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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第54局 再来!秋の個人戦(1日目・2015年9月6日日曜)
647/682

635手目 女子の部準決勝 来島〔市立〕vs春日川〔藤花〕(1)

※ここからは、来島くるしまさん視点です。女子準決勝開始前に戻ります。

 やらいでか。

 というわけで、準決勝進出。

 ここまで来たのは大きい。優勝したいかも?

 とりあえず近場のメックで、お昼ご飯をパクパク。

 ハンバーガーを食べる。

 となりに座っているカンナちゃんは、

「あんまり時間ないけど、今日の春日川かすがかわさんの棋譜、見とく……?」

 と訊いてきた。

「あるの?」

「もみじちゃんが採譜してくれてた……」

 正面に座っているもみじちゃんは、

「1回戦負けで、ヒマだったもので」

 と照れ笑いした。

 ううん、部員のことを考えてくれたんだね。

 これは無下にできないから、

「ありがと、概略を教えてもらえるかな?」

 とたずねた。

 もみじちゃんの話によると、横歩でばっさりの短期勝負だったらしい。

 私は紙ナプキンで手を拭きながら、

「横歩はキレ味抜群……か」

 とつぶやいた。

 カンナちゃんは、

「横歩はぽっきりもあるから、諸刃の剣だよね……」

 と、暗に避けなくてもいいというアドバイスをしてきた。

 だけど、私はもう方針は決めてあった。

 コーラを飲んで、ひと息つく。

「どうなるかわからないけど、がんばるね」

 会場にもどると、すこしひとは減っていた。

 帰ったか、昼食先でそのままダベってるか、かな。

 琴音ことねちゃんは、もう会場入りして、対局席についていた。

 あと10分。

 すこしストレッチをして──よし、着席。

 私は椅子を引きながら、

「こんにちは」

 とあいさつした。

 琴音ちゃんは、目を閉じたまま、

「来島さんですね。よろしくお願いします」

 と返した。

「よろしく……振り駒してもいい?」

「どなたか、立会人をお願いします」

 駒北こまきた大場おおばさんが引き受けてくれた。

 大場さんは、なぜかすみちゃんって呼びにくいんだよね。

 彼女の一人称だからかな。

「それじゃ、遊子ゆうこちゃん、振るっス~」

 振り駒の結果は──私が先手。

 しばらくして、辰吉たつきちくんが来た。

 チェスクロに布テープを貼る。

 固定用。

「……では、試してください」

 琴音ちゃんは、何度か押す仕草をした。

「だいじょうぶです」

「なにかあったら、運営に声をかけてください」

 辰吉くんは、そのままホワイトボードの前へ移動した。

「準備はよろしいでしょうか」

 万端。

「……それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 琴音ちゃんがチェスクロを押して、対局開始。

 7六歩、3四歩、6六歩。


【先手:来島遊子(市立いちりつ) 後手:春日川琴音(藤花ふじはな)】

挿絵(By みてみん)


 琴音ちゃんは、わずかにあごを上げて、

「ほぉ……」

 と言った。

 んー、あからさまな対策だからね。

 横歩拒否。

 悪いけど、長期戦にさせてもらう。

 琴音ちゃんは10秒ほどで、8四歩と指した。

 2六歩、3三角、6八銀、6四歩、7八金、6二銀。


挿絵(By みてみん)


 急戦っぽい構え。

 いなしていなして、の展開にしていきたい。

 4八銀、3二金、3六歩、4二銀、6七銀、6三銀、3七銀。

 雁木を目指しつつ、スキを作らないように。

 4四歩、4六銀、4三銀、7七角、8五歩、6八玉。

 琴音ちゃんの手は、だいぶ速かった。

 速攻の目途が立ってる?

 ううん、ちょっと違う気がする。

 ひとまず攻めのポジション作り、という雰囲気だ。

 7四歩、5八金、5四銀右、3七桂、4一玉。

「2五歩」

「5二金」


挿絵(By みてみん)


 6五歩狙いなのは、ほぼ間違いない。

 それでも、単なる角換わりよりは、脅威がない。

 あって右四間。

 琴音ちゃんが短期決戦狙いなら、そのルート、という事前予測。

 先手から開戦する動機がないから、攻めてくるまで待つ。

 5六歩、7三桂、7九玉。

「6五歩」


挿絵(By みてみん)


 これがノータイム。

 思ったよりタイミングが早かった。

 同歩、同銀、6六歩、5四銀。

 まあ、いったんは引くよね。

 問題は、このあとに予定があるのかどうか。

 手渡しともとれる。

 現に、私がなにか指さないといけない。

「……1六歩」

「6三銀」

 突き返さないんだ。

 1五歩と詰める。

 5四歩、2六飛、4二角。


挿絵(By みてみん)


 一直線に攻めてくる。迷いがない。

 琴音ちゃんは、背筋をまっすぐに、それでいて少し俯き加減に、目を閉じていた。

 次の手すら決めている気配がある。

 すでに後手優勢?

 そんなはずはない。

 これはむしろ、彼女の中で方針がブレていない証拠。

 最短、最短で来る気だ。

 私はここで1分ほど投入した。

 3五歩は、あるよね。もうこちらから攻める。

 だけど、それって攻めさせられてないかな?

 琴音ちゃんとしては、先手が勇み足になるのもオッケーだよね。

 となれば──

「6八角」

 琴音ちゃんは、微妙にうなずいた。

「7五歩」

 受け切る。

 同歩、同角、7六歩、6四角。

 私は6五歩で、さらに角を追った。


挿絵(By みてみん)


 同桂としてくるかな? ……あ、してきた。

 ここで反撃。

「2四歩」

 琴音ちゃんの手が止まった。

 この突きはもちろん、同歩、同飛で歩の入手。

 次に6六歩を見せている。

 あせらせるのが目的。

 琴音ちゃんは、静かに息をして、じっと読んでいる。

 見落とし? その可能性は低そう。

 歩の枚数を勘違いしていた、というのも考えられない。

 勘違いしていたら、同桂としなかったはず。

「……同歩」

 同飛、2三歩、2九飛。

「8六歩」

 圧が強い。

 同……歩? 角?

 角は攻めに弾みがつくか。

「同歩」

「8五歩」


挿絵(By みてみん)


 打ちたいところに打ってくるかと思ったけど……違った。

 同銀のあと、7四銀で桂馬を支えないといけなかったからかな。

「同歩」

 8六歩と置かれた。

 6六歩なら7七歩……打たなくても7七歩か。

「6六歩」

 7七歩、同桂、同桂成、同角。

 琴音ちゃんは、ここで手を止めた。

 メリハリがある。

 だんだんわかってきた。

 ある程度読んでストックを溜めて、その先は考慮せずにひたすら攻める。

 完全な分岐点に達したら、そこでまた考える、っていうパターンだ。

 水平線効果でうっかりが発生するリスクはあるけど、効率的。

 私も並行して読む。

 普通に考えたら、8五飛だよね。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来島さんの脳内イメージです。)


 8八歩……次の手はわかった。9五桂だと思う。

 このゴリ押しが、一番琴音ちゃんっぽい。

 しかも厳しい。

 8七歩成、同歩、同桂成、同金、同飛成まで来たら、崩壊する。

 私はちょっとお尻を浮かせて、座り直した。

「……」

「……」

 水筒の水を飲む。

 もう一度考える。

 受けが難しい。

 8七歩成、同歩がダメなのはわかるけど、じゃあ別の手は?

 ひとつ思いついたのは、9五角の飛び出し。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来島さんの脳内イメージです。)


 7八と、同玉、9四歩、6八角と収めて……ダメか。

 駒損だし。

 でも、これ以外にないかも。

 どこかで悪くしたかも。

 私は他の手も模索した。

 2五飛? ……もっと悪くなりそう。飛車を渡していいわけがない。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 指されちゃった。

 8八歩、9五桂。

 私は真剣に考える。

 残り15分を切ったあたりで、いいアイデアが浮かんだ。

 6五歩。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来島さんの脳内イメージです。)


 さすがに角は逃げないとダメなんじゃない?

 取り合いだと、8七歩成、6四歩、7七と、6三歩成、7八と、同玉、6三金……あ、ここで9六角が、飛車金両取り。しかも王様まで連絡してる。

 これは先手がいい。

 となると、6五歩に4二……5三角か。

 でも、次に8七歩成は……消えない。つまり、これは防げない。

 9六角、7八と、同玉、9四歩でいっしょ……じゃないね。

 7三角成とできる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来島さんの脳内イメージです。)


 これは6五歩の効果だ。

 死中に活あり。

 私は6五歩と突いた。

 琴音ちゃんは、すこし表情がこわばった。

 長考→ノータイムの連鎖が止まった。

 手ごたえあり。

「……」

「……」

 1分ほどして、琴音ちゃんは角に手をそえた。

 静かに5三へ下がる。

 よし、ここからが勝負。

 いざ、やらいでか。

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