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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第6局 ジャビスコこども将棋祭り☆午後の部(2015年5月5日火曜)
64/682

52手目 高校生女子の部A3回戦 正力vs飛瀬(2)

 3六飛で、桂頭が受からない……いえ、そうでもないわね。5三角があるわ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は正力(しょうりき)さんの脳内イメージです。)

 

 3四歩、3五歩、2六飛、3四飛で受かってるわけか……やるわね。

 駒桜(こまざくら)市は層が厚いから、市代表経験者でなくても強いみたい。

 でも、これは3六飛でしょう。5三角に6六角があるわ。飛車が退けば、桂馬が助かる。退かずに8五飛と取ってきたら、3四歩。そこで3五歩と打つのは、2六飛に3四銀と取ることができない。2一飛成ですものね。飛車が8五にいるから、3四飛と取れないのよ。

 私は、3六飛と寄った。

「うーん……それでも寄ってくるのか……」

 飛瀬(とびせ)先輩は、悩み始めた。

 残り時間は、おたがいに2分しかないわね。

 飛瀬先輩はここの小考で、私は次の小考で終わりかしら。

 早指しが得意かどうかの勝負になりそうだわ。

「残り1分切ったし……指すしかないか……5三角……」

 6六角、8五飛、3四歩。さあ、どうするつもり?


 ピッ

 

 飛瀬先輩のほうは、30秒将棋になったわ。

「30秒の横歩とか、スペースクラフトの免許よりも厳しい……2四桂……」


挿絵(By みてみん)


 そこに桂馬? ……飛車は死んでないわよね。一瞬、ひやりとしたわ。

 2六飛の寄りに、3四銀もないわね。2四飛があるから。

「2六飛」

「6四角……」

 読んでいない手が、2連続できた。私は、若干動揺する。

 これは……なに? 2五桂の防止?

 でも、3三歩成、同金、2五桂のほうが、圧倒的に速いでしょう。

 そこで……ちょっと待って。2五桂、3二金だと、どうなるかしら?

 3三歩、4二金……追撃手段がないわね。次に5六歩が厳しいわ。

 私は、あごに手をあてて考え込んだ。皮手袋のなかがべっとりしてくる。


 ピッ

 

 私も30秒将棋になった。

「……3三歩成」

 これ自体は、盤上この一手だから、間違いないわ。

 飛瀬さんもそれを見越して、ノータイムで同金。

 考える時間をくれないわね。

 10秒……飛車の位置が悪いのを狙いたい……20秒……。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「2五飛」


挿絵(By みてみん)


「え……なにそれ……?」

 飛瀬先輩は、怪訝そうに飛車をみつめた。

「あ……飛車抜き……」

 バレたわね。うっかり5六歩なら、8五飛で勝ちよ。

 もちろん、そんなうっかりは期待してないけど。

「んー……飛車抜きは、簡単に阻止できるような……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3六歩……」

 きたわね。それは読み筋。4五桂、3二金で、次の手がないって読みでしょう。

 そうはさせないわ。

「5六桂ッ!」


挿絵(By みてみん)


「うッ……押し売ってきた……」

 盤上の風紀を正すためなら、多少は強引な手もね。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

 4二角。まあ、引くならそこよね。

 私は4五桂と跳ねて、3二金に3五飛と寄った。

「指す手がない……」

 さあ、暴発しなさい

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「あわわ……3七歩成……」

 同銀、3四歩、2五飛。

 ちょっと窮屈になったわね。でも、これで後手は手がないはずだわ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6五飛……」

「8八角」


挿絵(By みてみん)


 私は角を引いて、攻めを呼び込む……けど、飛瀬先輩は、7五飛と寄った。

 これは……。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6六角」

 私は、角をもどった。

 ……千日手になりそうね。どうしましょう。千日手はOKなの? おたがいに15分を使い切っているから、合計30分以上が経過。指し直しはできないわ。引き分け。

 6五飛、8八角、7五飛。ほ、ほんとに千日手コース。

 私は、頭の中で素早く整理をした。4R制だから、このままいくと、全勝チームか、あるいは1敗のチームが優勝のはず。全勝は、私たちと飛瀬先輩のチーム。要するに、今当たっている者同士。勝ち星は私たちが5勝、飛瀬先輩たちが4勝。1勝差。

 東雲(しののめ)vs黒木(くろき)不破(ふわ)vs前空(まえぞら)は、ほぼ互角か、どちらも身内寄り。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6六角」

「本格的に千日手模様……」

 今度は、飛瀬先輩が悩み始めた。

 でも、千日手の権利は私にあるわ。後手は、手を変えられないもの。

 仮に打開するとすれば、私が5三桂成、同角、5五飛とするくらいしかない。飛車交換で先手が有利にみえるけど、まったく自信のある変化じゃないわ。パスよ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6五飛……」

「8八角」

 もう、私のほうはノータイムでいいわね。

 7五飛、6六角、6五飛。

 飛瀬先輩は、細かく時間を使った。でも、結局手は変えなかった。

「千日手になった……?」

「なりましたね。同一局面が4回です」

「そっか……ありがとうございました……」

「ありがとうございました」

 沈黙。さて、なにから話したものかしら。

「最後……あんまり千日手にしたくなかったんだけど……」

 飛瀬先輩のほうから、話題をふってきた。

「まあ、私は構わなかったので」

「先手なのに……?」

「チームの方針が優先ですから」

 私が無理な勝負に出るより、青來(せいら)さんと(かえで)さんに任せたほうがいいわ。

 1勝1敗1分でも、そのまま首位キープだもの。

 青來さんと楓さんのところで2連敗はないと信じる。

「んー……なんか打開策はあったかな……?」

「先輩のほうからは、ないんじゃないですか? 選択肢は、私にあると思います」

「例えば……?」

「5三桂成、同角、5五飛とかですね」

 私たちは、少しだけ局面を変えた。


挿絵(By みてみん)


「ああ……うーん……むずかしいね……」

「進んでやる変化じゃないと思います」

「ということは、千日手は必然……もうちょっとまえで変化しないと……」

 飛瀬先輩は、しばらく考え込んだ。

 私も記憶をたぐる。

「3五歩って突いたところがあったよね……?」

「3五歩、7六歩、8五桂ですか?」

「うん、そこ……あそこは、手順がいろいろあるような気がして……」

「とりあえず、もどしてみますか」

 私たちは、中盤に局面をもどした。

 

挿絵(By みてみん)


「ここで、なにかありましたか?」

「2五桂があるかと思ったんだよね……」

「後手から先攻ですか?」

 私は少しだけ考えて、2六歩と殺しにいった。

「これさ……3七歩って叩いたら、同桂で取ってくれる……?」

「むずかしい質問ですね。欲張って2八金かもしれません」

 私が答えると、飛瀬先輩は「だよね」みたいな顔を浮かべた。

「そこで1七桂成と捨てて、同香、1六歩、同香、同香、1七歩……」

 それはさすがに私が……あら、なんだか変な雰囲気ね。

「同香成、同桂、1六歩、1八歩、1七歩成、同歩……少し気持ち悪いですか」

「んー、そっか……一応、桂香の総交換にはなるのか……」

 1七香成のとき、同金と取れないのよね。3八歩成とされちゃうから。

「1五歩まで突き越してると、2五桂はあったかも……」

「見送ったということは、深く読まなかったんですか?」

「8五桂を本線に読んでたんだよね……」

 飛瀬先輩はそう言って、3五歩のところを8五桂に変えた。


挿絵(By みてみん)


「ここで2五桂ですか?」

「8四飛かな……2五桂は、5五角と飛び出されたときがむずかしくて……」

「即3七歩ではダメなんですか?」

「同桂、同桂成、同銀で、収まってない……?」

「1七桂成と捨てますか? さっきより、さらに端が薄くなってます」

 私が提案すると、飛瀬先輩は、しばらく考えた。

「どうだろ……1七桂成、同香、1六歩、同香、同香、3五歩とか……?」


挿絵(By みてみん)


「それなら、1四飛と回りますね。私の端が破れてます」

「そこで3四桂と両取りにかけたら、ダメかな……?」

「あ、それがありますね……私の方が遅いです」

 このひと、思ったより深く読んでるわね。

 引き分けにしておいて、正解だったかも。

「ということは、1七桂成の押し売りは成立していませんね。失礼しました」

「本譜の5六桂でも思ったけど……正力さんって……好きな男の子に『やっぱり私がいないとダメなのね』と、自分を押し売っていくタイプ……かな……」

 な、なにを言ってるのかしら、このひと。偏見もいいところだわ。

「そう言えば……応援にはいかなくて、いいの……?」

「いえ、べつに」

 青來さんは、周りがみえなくなるタイプだし、楓さんは、私にみられるのがイヤみたいなのよね。チームワークがバラバラ。まさにインコンパチブル(気が合わない)だわ。

 ……とはいえ、飛瀬先輩をここに釘付けにするのも、悪いわね。

「先輩が応援に行きたいなら、私は反対しません」

「あ……うん……じゃあ、そうしようか……ありがとうございました……」

「ありがとうございました」

 私は、席を立った。

 さて、どうしたものかしら。応援する必要はないけど、応援していけないってわけでも、ないのよね。普通に観戦しましょう。

 まずは、青來さんのところからね。


【先手:黒木(くろき)美沙(みさ) 後手:東雲(しののめ)青來(せいら)

挿絵(By みてみん)


 あら、はっきり青來さん優勢だわ。

 私がほくそえんでいると、青來さんは上半身をウキウキさせ始めた。

「美沙ちゃん! 投了しましょう! これ私の勝勢です!」

 出たわね。青來さんの十八番(おはこ)、投了勧告。

 もちろんマナー違反よ。あとで注意しておきましょう。

「投了はしません」

 美沙さんは、パシリと駒を打ち付けた。7九銀だ。

「悲惨な投了図になっても知りませんよ! うりゃうりゃうりゃーッ!」

 7八金、同銀、7九銀、9七玉、7八龍。

 

挿絵(By みてみん)


 決まったわね。8七龍までの詰めろだし、8八金は、同銀不成、同銀、8七飛成、同銀、8八銀、8六玉、8五歩と打って、同玉なら8七龍、8六合駒、8四歩、7五玉、6四銀、同銀、7四金まで。同玉に代えて7五玉も、8七龍が上下の詰めろで終わり。

「9八金と打っても、9五歩までですよ! 投了しましょう!」

「くッ……負けました……」

「ありがとうございました!」

 これで1勝1分。首位は確定。

 私は、楓さんのほうへ移動した。

 

【先手:不破(ふわ)(かえで) 後手:前空(まえぞら)(しずか)

挿絵(By みてみん)


 ここは……勝ってるの? きわどくみえるわ。

 でも、楓さんは余裕の笑みを浮かべてるし、先手優勢かしら?

「さあ、どうする?」

 楓さんはスティック付きの飴玉をくわえて、椅子をうしろに傾けた。

 あぶないわよ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 前空先輩は、4八龍と引いた。

「あたしの玉は詰まないよ、3八銀」

 4六龍。根元の銀を抜かれた。大丈夫?

 私の心配をよそに、不破さんはノータイムで2二金。

 前空先輩も、ノータイムで同玉と取った。

「これで決まりだね」

 楓さんは、人差し指と中指で、器用に角をつまんだ。

 1三角と打ち込む。


挿絵(By みてみん)


「……ッ!」

「気づくのが遅かったな。詰みだよ」

 詰んでるの? 同香、同歩成、3一玉……あら、2一飛があるわね。

 4二玉、5一飛成、同玉、5二馬、同玉、5三歩成、4一玉、4二金までか。

 前空先輩は、角をじっとみつめたまま、不満げに首をかしげた。

 持ち駒の金銀をぜんぶ集めて、盤上にばらまく。

「ん? 投了か?」

 前空先輩は、こくりとうなずいた。

「ありがとうございました……と」

 楓さんがチェスクロを止めて、ゲームセット。

 さて……この感想戦、どうするつもりなのかしら。

 前空先輩がしゃべらないから、話が進まないと思うのだけれど。

「せめて、1一金って打ったほうがよかったんじゃないか?」

「……」

「おい、なんか言えよ」

「……」

「かーッ! こいつ、マジで可愛げがねーなッ!」

 あなたには言われたくないと思うわよ、さすがに。

「おまえなあ、しゃべんないと感想戦に……ッ!?」

 楓さんは、急にギクリとすると、両手で胸元をおさえた。

 あたりをキョロキョロして、席を立った。

「て、手洗い」

 楓さんは胸元を押さえたまま、そそくさと会場を出て行った。

 どうしたのかしら……? ブラジャーが外れた?

 でも、ホックが勝手に外れたりはしないわよね。サイズが合ってないか、超能力でも使わない限り……って、やだわ。飛瀬先輩に流されてるじゃない、私。

《これより、5分切れ負けになります。スタッフの指示にしたがってください》

 70分が経過したみたいね。もう、対局はほとんどのこってないわ。

 私は、しばらく会場内を見回していた。

 すると、男子のほうから、並木(なみき)くんたちが走ってくるのがみえた。

「並木くん、会場を走り回っちゃダメよ」

 私は、並木くんに声をかけた。

「あ、ごめん」

「どうだった?」

「僕は奇跡的に勝てたんだけど、チームは負けちゃった」

「そう、残念ね……あら、口もとになにかついてるわよ」

 私はハンカチを取り出すと、そっと拭いてあげた。

「ありがとう。たぶん、餡パンだよ」

「並木くんって、中学のときからそうよね。やっぱり私がいないとダメなのかしら」

「えぇ、そんなことないよ、もう高校生だし」

「うふふ、冗談よ……六連(むつむら)くんたちが呼んでるわ」

 私は、並木くんを見送ったあと、ちらりとほかの席に目をやった。

 2勝1分で絶好の結果。他が大勝していなければ……ね。

場所:ジャビスコこども将棋祭り 高校生女子の部Aクラス 3回戦

先手:正力 安奈

後手:飛瀬 カンナ

戦型:横歩取り8四飛型


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲3六飛 △8四飛

▲2六飛 △2二銀 ▲8七歩 △5二玉 ▲5八玉 △9四歩

▲3八金 △9五歩 ▲4八銀 △1四歩 ▲7五歩 △1五歩

▲7七桂 △4二角 ▲6八銀 △3三桂 ▲7六飛 △2四飛

▲2七歩 △5四歩 ▲8六飛 △8二歩 ▲7六飛 △5五歩

▲3六歩 △7四歩 ▲同 歩 △7五歩 ▲4六飛 △7四飛

▲3五歩 △7六歩 ▲8五桂 △8四飛 ▲3七桂 △2三銀

▲3六飛 △5三角 ▲6六角 △8五飛 ▲3四歩 △2四桂

▲2六飛 △6四角 ▲3三歩成 △同 金 ▲2五飛 △3六歩

▲5六桂 △4二角 ▲4五桂 △3二金 ▲3五飛 △3七歩成

▲同 銀 △3四歩 ▲2五飛 △6五飛 ▲8八角 △7五飛

▲6六角 △6五飛 ▲8八角 △7五飛 ▲6六角 △6五飛

▲8八角 △7五飛 ▲6六角 △6五飛


まで88手で千日手

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