627手目 女子の部2回戦 大場〔駒北〕vs林家〔藤花〕(2)
※ここからは、獅子戸くん視点です。
あーあ、1回戦負けか。つまんねー。
会場をぶらぶらしていると、虎向のそばに来た。
なんか熱心に観てる──大場vs林家?
俺は、
「おまえ、変わったもん観てるな」
と、うしろから声をかけた。
虎向はふりむいて、
「なんだ、ジョージか」
と返した。
「そういや、虎向も1回戦負けだったな」
「これはなにかの間違いだッ!」
静かにしろ、対局中だぞ。
俺は頭をかきながら、
「1回戦負けなんて、羽生でも藤井でもあるだろ」
と返した──ん? 藤井に1回戦負けって、あるんだっけか?
テキトウなこと言った。
俺はとりあえず、
「なんで女子の対局観てんの?」
とたずねた。
虎向は、
「残ってる振り飛車党が、ほとんどいない」
と答えた。
「捨神先輩がいるじゃん」
「あれはレベルが高すぎて、参考にならない」
そうか?
そんなこと言い出したら、プロの棋譜並べに意味はないと思うが。
「つーか、兎丸の応援してやれよ」
「兎丸は勝つからいいんだよ」
意味がわからん。宗教かよ。
まあいいや。どれどれ。
ふーん、って感じ。
俺は、
「居飛車を持ちたい。次に6三馬で盤石だ」
と評価した。
虎向は、
「大場先輩、馬引きを見落としてたと思う」
と言った。
「そもそも、どうなってたんだ?」
虎向の説明によると、千日手模様から、後手の攻めが繋がり始めたらしい。具体的な手順を聞くと、ちょっと難解だった。
「……それって見落としなのか?」
「5四馬から、明らかに考え込んでるぞ」
たしかに、大場先輩、めっちゃ困ってるな。
このひと、すぐ顔に出るから、わかる。
凄い表情で腕組みをして、肩をいからせていた。
一方、笑魅は無表情。
両極端だ。
俺は、
「と金は見捨てるしか、ないんじゃないか」
と言っておいた。
虎向は、
「見捨て方が問題だ。3八銀で金を取るか、5五銀で歩を支えるか」
と悩んだ。
「3八銀一択だと思うがね」
「そうか?」
振り飛車党の指し方は、よくわかんねーけど……あ、指す。
パシリ
やっぱりな、って感じ。
笑魅は4八金、同飛からの8六飛。
虎向は、
「4三銀か5二銀で、絡みたい」
と読んだ。
どっちかだろうな、たぶん。
さっきの長考で考えてたらしく、大場先輩の手は早かった。
4三銀の打ち込み。
同銀、同歩成、同馬、5二銀。
どっちもか。
同金に4四歩。
難解……か? AIにかけたら、傾いていそうではある。
虎向は、
「案外、先手もイケる」
と、意見を変えた。
笑魅は、8九飛成。
これが厳しいんじゃね。
4八の飛車が浮いてる。3九銀で純粋な王手飛車。
4三歩成とするヒマはなさそうだ。
大場先輩、また考える。
「……4九飛っス」
なる……ほど? いや、どうだ、これ?
虎向は、
「勝負手だ」
と、見たまんまのことを言った。
俺は、
「同龍、同銀、7六馬が銀当たりだから、キツイと思うけどな」
と返した。
「たしかに」
笑魅、ちょっと考えてる。
罠っぽいもんな、これ。
それでも取るイチ──取った。
4九同龍、同銀、7六馬。
大場先輩は6七歩と収めた。
「と金をいただきマンモス」
けっきょく、と金は消えた。
「まだまだっスよ。飛車打ちっス」
8二飛で王手。
俺は、
「3二銀に4三金?」
とつぶやいた。
虎向は、
「たぶん……でも、馬が強過ぎる」
と指摘した。
だなあ、7六の馬が邪魔だ。
とはいえ、それくらいしかなかったらしく、3二銀に4三金だった。
ピッ
っと、後手のほうが先に1分将棋か。
ちょくちょく使ってたっぽい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
6二歩、8一飛成。
笑魅は59秒まで考えて、7九飛と下ろした。
大場先輩も、ここで1分将棋に。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「よ、4八銀っス!」
ギリギリでチェスクロを押した。
これが正解……くさい。
3八銀は3九銀で寄ってた。
笑魅、攻めを考える。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
手堅いなあ。
虎向は、
「端攻めされたほうが、キツかった。まだチャンスあるぞ」
と言った。
そうかあ? これもう先手敗勢だろ。
馬が強過ぎるんだよ、馬が。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
3二金、同馬。
「まだまだっス! 4三歩成ッ!」
んー? ……同馬に3一銀を決めて、8八龍の徹底抗戦?
ムリだろ。
笑魅は冷静に……4八銀不成?
龍の守備を嫌った?
3二と、同玉、4四桂、3三玉、3一龍。
あれ? あやしくなったか?
王手飛車コースだぞ?
笑魅、きょどってる。
さっきのは4三同馬だったろ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「えーい、毒食わば皿までってんだ」
4四玉。
王手飛車を許容した。
8八角、5三玉、7九角、3九銀打、1七玉、2八銀打。
あ、後手勝ち……か? 詰むか?
後手玉も危ない。
2六玉、3七銀右不成、同桂。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「しまいでげす」
……そっか、詰んでるな。金がもう1枚ある。
大場先輩は、がっくりと肩を落とした。
「これ負けるんっスか……負けましたっス」
ゲームセット。
大場先輩は、えーッ、という顔で、
「角ちゃん、良かったっスよね?」
と、感想戦を始めた。
笑魅は、
「そうでげすか? とちゅうで千日手に誘ってなかったです?」
と返した。
「あのときは、角ちゃん自信がなかったっス。でも、そのあとは指せてると思ったっス」
ふたりは局面を戻した。
【検討図】
今初めて見たが……むずかしい。
大場先輩の話によると、攻めから守りにまわった後手は、作戦が失敗してるんじゃないか、ということだった。
けど、笑魅は、
「守りに入ったら劣勢、ってわけじゃないと思いますけどね」
と反論した。
「そうっスか? 流れ的におかしいと思ったっス……あ、虎向ちゃん、ジョーちゃん、これ、どう思うっスか?」
俺は、
「すみません、この局面は観てないです」
と答えた。
「今考えてオッケーっス」
そう言われてもなあ。
俺は虎向にゆずった。
虎向は、
「ここ、5八飛じゃなくて、3九銀打だったと思うんですよね」
と答えた。
「飛車放置っスか?」
「取れなくないです? 9八馬、同香、6八飛で、と金を抜こうとしても、4三歩成、同銀、7七角の王手飛車ですよね」
【検討図】
大場先輩は、
「あ~、この時点で王手飛車の筋、あるっスね」
と納得した。
虎向は、
「なので、打つなら7八なんですけど、5八銀とさらに固めておけば、安全になります。と金も残ります。これなら先手いいんじゃないですか?」
と付け加えた。
大場先輩は、
「あちゃ~、っス。飛車あげてもいいっていう発想が、なかったっス」
と反省した。
これに対して、笑魅は、
「ただ、このあとすぐに後手が良くなった感じもナッシングぅ、なので、ターニングポイントは違う手だと思いマッスル」
と、前提から疑ってる発言をした。
「例えば、なんっスか?」
「5二銀で清算したのが、よくないんじゃあ~りませんか?」
【検討図】
笑魅は、ここから安泰になった、と説明した。
「でも他になかったっスよ」
「受けはいかがで?」
「これ受けてたら勝てなくないっスか?」
ギャラリー視点でも、ここで受けてるようじゃ勝てないよな。
もちろん、笑魅が言ってるのは、5二銀よりいいんじゃないか、ってことだ。
虎向は、
「一回受けて、2五金を狙うの、アリだと思うんですよね」
という意見だった。
大場先輩は、
「受けに金銀使ったら、攻められないっス」
と返した。
虎向は、
「4九歩で節約して受けません?」
と提案した。
【検討図】
どうだろう……よくわからん。
そうこうしているうちに、葛城先輩からアナウンスが入った。
「お昼休みの時間でぇす。13時までに、ちゃんと戻ってくださぁい」
大場先輩は、タメ息をついた。
「終わりにするっスか。今年も優勝できなくて、角ちゃん悲しい」
「ごっつぁんです」
よーし、飯にするぜ。
時間がないから、ちゃちゃっとな。
「あ、獅子戸くぅん、ちょっと手伝いで残ってねぇ。午後対局ないよねぇ?」
……マジっすか。
場所:2015年度 秋季個人戦 女子の部 2回戦
先手:大場 角代
後手:林家 笑魅
戦型:先手三間飛車
▲7六歩 △8四歩 ▲6六歩 △3四歩 ▲7八飛 △8五歩
▲7七角 △1四歩 ▲1六歩 △6二銀 ▲4八玉 △4二玉
▲3八銀 △5二金右 ▲3九玉 △3二玉 ▲6八銀 △5四歩
▲5八金左 △3三角 ▲6七銀 △2二玉 ▲2八玉 △5三銀
▲7五歩 △4四歩 ▲5九角 △3二銀 ▲4六歩 △4三金
▲4七金 △4二角 ▲3六歩 △6四銀 ▲7六銀 △5五歩
▲9六歩 △5三銀 ▲7四歩 △同 歩 ▲6五銀 △6四歩
▲7四銀 △5四銀 ▲9七桂 △2四角 ▲8五銀 △7三歩
▲7四歩 △7二飛 ▲7三歩成 △同 飛 ▲7四銀 △7二飛
▲8六角 △4五歩 ▲6四角 △4六歩 ▲4八金引 △7三歩
▲6五銀 △同 銀 ▲同 歩 △8二飛 ▲8六歩 △5六歩
▲同 歩 △5四金 ▲4四歩 △6四金 ▲同 歩 △4七銀
▲6三歩成 △6九角 ▲9八飛 △3八銀成 ▲同金上 △4七銀
▲3九銀 △4八銀成 ▲同 銀 △5七金 ▲3七金打 △4八金
▲同 金 △4七銀 ▲3九銀 △5七歩 ▲6八金 △4八銀成
▲同 銀 △8七角成 ▲5七金 △4九金 ▲5八飛 △5四馬
▲3八銀 △4八金 ▲同 飛 △8六飛 ▲4三銀 △同 銀
▲同歩成 △同 馬 ▲5二銀 △同 金 ▲4四歩 △8九飛成
▲4九飛 △同 龍 ▲同 銀 △7六馬 ▲6七歩 △6三金
▲8二飛 △3二銀 ▲4三金 △6二歩 ▲8一飛成 △7九飛
▲4八銀 △5九銀 ▲3二金 △同 馬 ▲4三歩成 △4八銀不成
▲3二と △同 玉 ▲4四桂 △3三玉 ▲3一龍 △4四玉
▲8八角 △5三玉 ▲7九角 △3九銀打 ▲1七玉 △2八銀打
▲2六玉 △3七銀右不成▲同 桂 △3五金
まで142手で林家の勝ち




