624手目 女子の部1回戦 高崎〔藤花〕vs福留〔市立〕
※ここからは、高崎さん視点です。
よっしゃ、個人戦の季節だッ!
バスケも好調だし、ここはパパッと優勝しちまうぜぇ。
オレが指の骨を鳴らしていると、笑魅がやってきた。
「いおりん、やたら気合い入ってるでがすね」
「当たり前だろ、目指せ優勝」
「ム~リムリムリ、カタツムリ~」
やってみなきゃわかんないだろーが。
っと、表が貼られた。
ダッシュで見に行く。
オレとあずさ、か。
なんかシードが多い。
箕辺会長は、
「今回は3年生の欠席が多く、女子は調整がむずかしかったので、ご了承ください」
とかなんとか説明していた。
こまかいことはいいんだよ。全員たおせばオッケー。
オレは早速テーブルへ。
あずさも、しばらくしてやってきた。
「おせぇぞ」
「いや、まだ始まってないっしょ」
試合のまえは5分前行動。
駒をならべて、振り駒をして……オレの先手。
椅子のうえでストレッチ。
「いおりん、めっちゃヤル気あるね」
「きのうはニラギョウザ食ったからな」
「か、関係あるのかな……」
っと、葛城副会長がきょろきょろしてる。
そろそろだ。
「準備はいいですかぁ? ……では、始めてくださぁい」
「よろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いします」
あずさがポチっと押して、スタート。
7六歩、8四歩、7八金、8五歩。
【先手:高崎伊織(藤花) 後手:福留梓(駒桜市立)】
角換わり。
最新定跡はいろいろあるけど、テキトウに指すぜ。
あずさもどうせ覚えてないだろ。
7七角、3四歩、6八銀、7四歩、2六歩、7七角成、同銀。
このへんはあんま考えない。
2二銀、4六歩、7二銀、4八銀、3三銀、4七銀、9四歩。
将棋って、バシバシバシっと攻められないよな。
のんびりゲームというか。
バスケと違って、そこがいいっちゃいいんだが。
とりあえず、戦えるところまで持っていく。
6八玉、4二玉、3六歩、9五歩、2五歩、3二金。
オレは3七桂と跳ねながら、
「夏休み、なにやってた?」
と訊いた。
あずさは7三銀と上がって、
「んー、特に」
と答えた。
「特に、ってなんだよ」
「いつもどおりSNS見て、いつもどおりゲームして、いつもどおり漫画読んでた。いおりんは?」
「いつもどおり部活してた」
体育会系に休みはないんだぜ。
わかるか、このつらさが。
「というわけでストレス発散するッ! ボコすぜッ!」
「は?」
6六歩、1四歩、5六銀、6四歩、4八金、5二金、2九飛、6二銀。
もう仕掛けるだろ、これは。
「6五歩ッ!」
あずさは、
「えッ、そこを先手が突くの?」
とさけんで、考え込んだ。
4筋をさっさと突かないのが悪いんだぞ。
「んー……こうかな」
ふつうに同歩だった。
じゃあ、同銀。
7三銀に6六銀と出る。
あずさは、
「ムリ攻めっぽくない?」
と言った。
「通りゃいいんだよ、通りゃ」
「あたしも攻めよ。8六歩」
同歩、同飛、8七歩、8二飛、5六銀、6二飛、6五歩。
オレは6筋の位を確保した──けど、ビミョー。
こっから発展しない。
しょうがないから、あずさにちょいと動いてもらう。
3一玉、1六歩、4四歩。
「よし、4五歩」
オレはニヤニヤしながら、
「先手のほうがいいんじゃね?」
と言った。
「ぐッ……否定できないかも」
同歩、3五歩、4六歩。
3筋は見合いのまま。
なんか決め手ねーかな。
ちょっと腰を落として考える。
5五銀左~4六銀の完封コースもいいんだが、過激にいきたい。
となると、角打ちだ。
「5五角」
チェスクロを押す。
完璧じゃね? ……ん? そうでもないか?
これ、5四歩、4六角のあと、どうするんだ?
「……」
「……」
あずさもなにかを読んでる。気づかれた?
パシリ
……それはどうなんだ? 手順の問題?
同銀に5四歩?
オレは頭をかいた。
「よくわかんねぇ。とりあえず同銀だ」
あずさは4四歩と置いた。
パッシブだね。
だったら、おかまいなく攻める。
3四歩、同銀、4四角、3三歩、5六銀。
あずさは、
「て、手がない」
と言った。
あるだろ、6四歩とか。
あずさは4三金右で、上を厚くした。
それもアリか……2六角。
あずさは3五角と置いた。
ふーん、そういうこと。
4三金右、イイ手だった可能性ある。
角が消されちまう。
ま、しゃーねぇ。
同角、同銀。
さて……どうする? 2四歩で繋がるか?
2四歩、同歩のあとが、よくわからないんだよな。
アシストが必要。
5五銀左でスクリーンプレイ。
あずさは4七歩と打った。
手筋だなあ。
3八金、と。
「5四歩」
「引っ込まないぜ。4四歩」
あずさは、うッ、という顔になった。
ほれほれぇ。
「行くしかない……5五歩」
4三歩成、同金、5五銀。
あずさは6五飛と走って、6六金と使わせてから、6二飛。
攻めをつなげるなら……このへん。
パシリ
飛車角交換確定。
しかも、6二角成、同銀は、6一飛で王手銀桂取り。
あずさ、ここで大長考。
残り時間は……こっちが15分で、あずさが8分。
あずさはそこから5分使って、6六飛と切った。
同銀、6二歩。
なるへそ、すこしは安全になったか。
こんどはオレが考える番だ。
意外と角がきゅうくつ。
5一飛、4一金、5六飛成はつまんねえしなあ。
……………………
……………………
…………………
………………お、ここに打てばいいんじゃね?
パシリ
あずさは、あーッ、という感じで、頭をかいた。
わかりやすい両取り。
つっても、読んでたっぽい。すぐに指した。
8八歩。手筋。
8一飛成、2二玉、9一龍、8九歩成、9三角成。
龍の横利きが通った。
あずさは4八金。
なーんとなく、めんどくさい。
もっとすっぱりイケそうだったんだが、どうも変だ。
どっかでまちがったな、これ。
「2四歩」
あずさはすこし迷って、同銀とした。
同歩なら、2三香とぶっこむ予定だった。さすがにそうはならないか。
「さっぱりさせる。4八金」
「え、取ってくれるんだ……同歩成」
2六香と重ねる。
あずさ、また悩む。だけど時間はない。
ピッ
ほい、後手1分将棋。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3四角ッ!」
2四……取ってだいじょうぶか?
5八と、同玉、4六桂とか……いや、ヘタに受けるのもマズい。
オレは2四香と走った。
同歩、2三歩、同角。
角で取んの?
オレはさらに2四飛と走った。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
パシリ
なんだこれ? ……あ……そういう……いや、どういう手だ?
わかんね。
オレは1分考えてみた。
ダメだ。なんだろうな、これ。
こういう考えを読むのは、苦手なんだよ。
ディフェンスのフェイクなら、すぐにわかるんだが。
残り8分。
……………………
……………………
…………………
………………ん?
……………………
……………………
…………………
………………あ、そっか。
「なーんだ、切って終わりじゃん」
2三飛成、と。
同銀なら3一角から、同玉なら2一龍から詰みだ。
あずさは、同玉、2一龍、2二歩、2四歩、1三玉、2五桂打まで指して、
「あー、詰んでたか、負けました」
と、頭をさげた。
「対戦あざーす。最後、気づいてなかったのか?」
「1分将棋だし、寄るほう考えてもしょうがないと思った」
「ま、そりゃそうか。6五歩と突いた時点で、オレがよかった」
「いや、それはさすがに早すぎ」
そうかぁ? あのあと、苦しいと感じたとこはない。
オレは、
「そのあと、後手は手がなかっただろ」
と返した。
「まあ、それはそうなんだけど……個人的にミスったと思ったのは、4七歩成かな」
「どこだっけ?」
「いおりんが5五角と打ったところ。2二角と受けとけばよかった」
【検討図】
オレはちらっと考える。
「……3四歩、同銀、2二角成くらいでイケるだろ」
「むぅ、それは否定できない」
感想戦は、パパッと終えた。
2回戦がある。
控えブースにもどると、笑魅もいた。
「どうだった?」
「勝ったでがす」
調子いいんじゃねーの。
2学期もスタートダッシュだぜッ!
「つーわけで、笑魅、コーラ買ってこい」
「は?」
場所:2015年度 秋季個人戦 女子の部 1回戦
先手:高崎 伊織
後手:福留 梓
戦型:角換わり力戦形
▲7六歩 △8四歩 ▲7八金 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲6八銀 △7四歩 ▲2六歩 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀
▲4六歩 △7二銀 ▲4八銀 △3三銀 ▲4七銀 △9四歩
▲6八玉 △4二玉 ▲3六歩 △9五歩 ▲2五歩 △3二金
▲3七桂 △7三銀 ▲6六歩 △1四歩 ▲5六銀 △6四歩
▲4八金 △5二金 ▲2九飛 △6二銀 ▲6五歩 △同 歩
▲同 銀 △7三銀 ▲6六銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛
▲8七歩 △8二飛 ▲5六銀 △6二飛 ▲6五歩 △3一玉
▲1六歩 △4四歩 ▲4五歩 △同 歩 ▲3五歩 △4六歩
▲5五角 △4七歩成 ▲同 銀 △4四歩 ▲3四歩 △同 銀
▲4四角 △3三歩 ▲5六銀 △4三金右 ▲2六角 △3五角
▲同 角 △同 銀 ▲5五銀左 △4七歩 ▲3八金 △5四歩
▲4四歩 △5五歩 ▲4三歩成 △同 金 ▲5五銀 △6五飛
▲6六金 △6二飛 ▲7一角 △6六飛 ▲同 銀 △6二歩
▲8五飛 △8八歩 ▲8一飛成 △2二玉 ▲9一龍 △8九歩成
▲9三角成 △4八金 ▲2四歩 △同 銀 ▲4八金 △同歩成
▲2六香 △3四角 ▲2四香 △同 歩 ▲2三歩 △同 角
▲2四飛 △3四銀 ▲2三飛成 △同 玉 ▲2一龍 △2二歩
▲2四歩 △1三玉 ▲2五桂打
まで111手で高崎の勝ち




