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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第53局 感想戦後の感想戦(H島県)(2015年8月20日木曜)
634/683

622手目 小雨の中で

 夏休み最終週。

 あせったり、楽しんだり、憂鬱になったりと、みんな忙しい時期。

 駒桜こまざくら市は、雨が降っていた。

 どんよりとした雲から、小雨が舞う。

 取材を延期するかなあ、とも思った。

 でも、捨神すてがみくんからは、喫茶店でいいよ、という返事。

 というわけで、八一やいちに集合した。

 将棋をやってても、奇異な目で見られないメリットがある。

 傘を畳んで、入店。

 捨神くんは、先に来ていた。

 奥の4人席から、私に手を振った。

 私は傘を傘立てにさした。

「ごめんごめん、遅くなっちゃった」

「アハッ、まだ5分前だよ」

 とりあえず注文。

 店内はエアコンが効いてるから、ホットコーヒーにした。

 あと、ケーキも注文する。チョコレートケーキ。

「今日は私が持つから、スイーツ頼んでもいいよ」

「ありがとう。じゃ、遠慮なく」

 捨神くんは、パンケーキにした。

 飲み物が届いたところで、さっそく取材開始。

「どの棋譜にする?」

吉良きらくんとの決勝*」

 私はおどろいた。

 そのおどろきは、一瞬で伝わってしまった。

「あ、ダメだった?」

「いや、いいんだけど……勝ったやつでも、いいというか……吉良くんも同じのを選びそうだから、重複回避で、例えば準決勝とか……」

 私が口ごもっていると、捨神くんは軽快に笑った。

「準決勝は、囃子原はやしばらくんが選択すると思うよ」

「え、ほんと? そう言われたの?」

「ううん、なんとなくわかるんだ。囃子原くんは、あれをピックアップすると思う。だから、準決勝を選んでも、けっきょくは被るよ」

 ……見極めがつかない。

 囃子原くんが、あの負け棋譜を解説するって、ありえる?

 棋力の高いひとがみると、いい棋譜なのかなあ。

 私はしばらく迷った。

葉山はやまさんが困るなら、ほかのでもいいよ。ないわけじゃないから」

「……オッケー、本人の意志は尊重する」

「ありがとう」

 捨神くんは、駒を動かし始めた。


【先手:吉良きら義伸よしのぶ(K知県) 後手:捨神すてがみ九十九つくも(H島県)】

挿絵(By みてみん)


「まず、出だしからだね。本局は四間飛車で、端を突き合ったかたち」

「いきなり質問で悪いんだけど、角道を止めた理由って、教えてもらえる?」

 捨神くんは、うーん、そうだね、と言って、しばらく黙った。

「葉山さんは、この出だしに前例があるって、知ってる?」

「中学生のときの、全国大会だよね。吉良くんとの。捨神くんがいつも通り、角交換型振り飛車にすれば、こうならなかったんじゃないかな、と思って」

 単純な疑問。単純な好奇心。

 なのに、危ないことを訊いてるんじゃないか、という不安がぬぐえなかった。

 捨神くんは、ちょっと笑って、

「じつはさ、対局中、吉良くんから誘われたと思ったんだよね。あとで考えてみたら、角道を止めたのは僕なんだし、そんなわけ……いや、でも……」

 と、そこで言葉をにごした。

 窓から、遠くを見つめる。

「でも、やっぱり誘ったのは、吉良くんなんじゃないかな。初手の雰囲気……あるいは、ふたりとも、ずっと前からそう決めてたみたいに……」

 あいまいな解説。

 というか、解説ですらなく……なんていうんだろ。

「親しい棋士だと、座った時点で体調がわかるとか、そういうレベルの話?」

「んー、どうだろう。僕と吉良くんって、そんなに将棋指したことないし。だけど、最初の数手で、やりたいことがわかったというか……むずかしいね。オカルトかな」

 捨神くんは、静かに笑った。

 私はそれを受け止めて、軽くうなずいた。

「じゃあ、続きをお願い」

「とりあえず、前例がどこまでか、説明したほうがいいよね。4三銀までだよ」


【22手目】

挿絵(By みてみん)


 これも事前に調査してあった。

 けど、話の流れに乗ったほうが、いいと判断した。

「6八金寄で新局面、だよね。これって、そんなに王道の対策じゃなくない?」

「うん、普通は穴熊かな」

「中学生のときの棋譜は、吉良くんの勝ちだったんだよね? 吉良くんから外してきた理由は、なんだと思う? なにかの対策?」

 犬井いぬいくんの予想は、捨神くんの用意を外すためじゃないか、だった。

 合理的な解釈だと思った。

 捨神くんは、

「どうだろう……指されたときは、けっこう感動した覚えがある」

 と返した。

「感動? なんか意味深な手なの?」

「中学のときは、右銀急戦だったんだ。だから、持久戦だと、全然違う将棋になっちゃうし、このあとも、右銀急戦になったし……あ、ごめん、意味不明だね。言語化したくても、できない気がする」

 そういうこと、あるよね。

「じゃあ、続きを」

「テクニカルなところだけ言うと、吉良くんは前例の右銀急戦に、6八金寄の工夫を加えた、ってことだね。その目的は、左美濃を作ること。で、僕は5四銀とプレッシャーをかけるかたちにしたけど、そのまま開戦されちゃった」


【33手目】

挿絵(By みてみん)


 私はメモを見ながら、

「3筋方面のやりとりは、どう受け止めてた?」

 とたずねた。

「後手としては、満足だった。突破されなかったから。欲を言えば、飛車交換でさばけたほうが、良かったかもしれない。左桂も活用できてないし」

「先手は、そこを突ける可能性はあった?」

「9筋から再開戦したのは、そういう意味もあったんじゃない?」


【47手目】

挿絵(By みてみん)


 捨神くんは、

「この端攻めの是非は、むずかしいよね。ただ、ちょっと前に話を戻すけど、吉良くんは3筋の攻めに、自信があったんだと思う。邪推していいなら、僕の4三金で、研究から外れちゃったんじゃないかな」

 と言った。


【40手目】

挿絵(By みてみん)


 吉良くんがこの棋譜を選んだら、要確認。

「これは、その場で考えたの?」

「うん、個人的には気に入ってる。4三金と上がらずに、4五歩と攻め合うのは、さすがに無理筋だと思うから」

「吉良くんの端攻めを誘発した、という見方は?」

「ありえるんじゃない。でも、この端攻めが致命傷だったとは、考えてない。その点で後悔はないよ」

 ふむふむ。

 犬井くんの読みだと、この端攻めを許容した時点で、後手面白くないんじゃないか、っていう話だった。捨神くんは、そうは思わないわけだ。

 となれば、このあとの攻防について、いろいろと訊いてみたくなる。

「端攻めは受け切った、と感じた?」

「ううん、そもそも、受ける方針じゃなかった。端は明け渡して、前のめりになった先手を討ち取るつもりだった」

 捨神くんは、本譜の進行を詳しく解説してくれた。

 同歩、9三歩の打ち込みでは、9四歩と控えて打つ手もあった。これについては、7五歩と反撃する予定だったらしい。

 本譜の9三歩には、4二飛じゃなくて、3三角もあった。これは9五香に5四歩と突いて、相手の動きを見ることになる。本譜の4二飛も、ひと呼吸置く手だから、どちらが良かったかはむずかしい、という見解だった。

 そのあいだにスイーツも出てきて、私は食べながらメモを取った。

 捨神くんは、

「本譜は4二飛で、一番単純に端を破らせる順だね。後手玉が寄るとは思わなかったし、方針として一貫してると思った」

 とまとめた。

「9九香の瞬間、怖くなかった?」


【61手目】

挿絵(By みてみん)


「ううん、これで寄らない、という読みだったから」

「でも、読み落としがあったら?」

「もちろん、そういう不安はあるよ。だけど、覚悟はできてたつもり」

 うむむ、覚悟って、そんなに持続しないと思う。

 私が弱いだけかしらん。

「このあと、けっこう際どい攻防じゃなかった?」

 後手はいったん9五歩と受けて、2六飛に6五桂、4四角、同飛、9五香、8三玉。先手は駒が足りないらしく、一気に2四飛と切った。同歩に9一角。


【71手目】

挿絵(By みてみん)


 いきなりの詰めろ。

 捨神くんは、

「ここで7三銀と上がって、寄らない」

 と言って、そう指した。

「9三歩成で、と金ができてもオッケー?」

「9三歩成、7二玉、8三金、6二玉、7三金、5二玉までは必然で、そのあとの対応を考えてた。本譜は4五銀だったけど、6三金もあったと思う」

 捨神くんは、6三金、同玉で清算して、7三銀と打つ順を示した。

 以下、5三銀、8二角成、4七飛成、4四歩。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「同龍が第一感で、まだ互角」

「本譜の4五銀に9九角が、狙いの一発、でいいのかな?」

「そうだね、これが詰めろ」

 この手は、会場でも指摘されていた。

 伊吹いぶきさんが最初だったけど、たぶん囃子原くんも気づいていた。

「端を明け渡して詰めろ、だから作戦成功って感じ?」

「着地がブレてない程度かな。後手有利になってるわけじゃないから」

「会場でも、意見がわかれてたみたい。石鉄いしづちくんと伊吹さんが先手持ちで、囃子原くんは互角だった」

「囃子原くん、具体的な話はしてた?」

 してた、と私は答えた。7九金、4一飛、8三と、3三角成と、本譜同様に進んで、6三金、同玉、7三角成、5三玉、6三銀、4二玉、6四馬、3二玉、6五馬の変化。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 捨神くんは、

「あ、これは僕も読んだ。清算する順だから、一番最初に読んだかも」

 と答えた。

「吉良くんがこれを選ばなかったのは、本譜のほうが良かったから?」

「どうだろう、消極的だから、嫌った可能性もありそう」

 なるほどね。

 吉良くんは3三角成に6六歩で、そこから攻め合いになった。

 同馬、6七金、同馬、同銀、6二金打、6三金、同金、7三と。


【93手目】

挿絵(By みてみん)


 捨神くんはここで、顔をくもらせた。

「次を間違えたかもしれない……たぶん」

*585手目 止まらない時間

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