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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第53局 感想戦後の感想戦(H島県)(2015年8月20日木曜)
633/682

621手目 厄介もの

 ハァ、ハァ……あ、興奮してるわけじゃないよ。

 西野辺にしのべさんが口を割らないから、揉めてた。

 あ、これも興奮か。

 気をとりなおしていこう。

「では、最後に早乙女さおとめさん、よろしくお願いします」

 早乙女さんは、綺麗な黒髪を撫でながら、

「準決勝の萩尾はぎお戦*で」

 と申告した。

 西野辺さんは、

「負け棋譜にするの? プレーオフの勝ったやつでよくない?」

 と横やりを入れた。

「この棋譜は、解説会場でも困りものだったそうです。萩尾先輩が取り上げるとも思えないので、私が選んでおきます」

 これを聞いた西野辺さんは、

素子もとこちゃん、たま~に空気読むことあるよね」

 とからかった。

 うーん、そもそも高校生将棋指し、空気読まなすぎでは。

 ひとまず、ここは落ち着かせる。

「解説のひとに訊いても、よくわからない点があったので、いろいろ教えていただきたいですね」

「では、決まりということで」

 早乙女さんは、出だしをササッと並べた。


【先手:早乙女素子(H島県) 後手:萩尾はぎおもえ(Y口県)】

挿絵(By みてみん)


 西野辺さんは、

「これ、萩尾おねぇもちょっと腰引けてない?」

 と言った。

 早乙女さんは、

「角道止めをそう表現するなら、そうかもしれません」

 と返した。

 個人的には、工夫って呼びたい。

 早乙女さんは、

「ここまでで、なにかご質問は?」

 と訊いてきた。

「えっと、陽動振り飛車の可能性は、考えました?」

「いえ、考えていません」

「大盤解説会場では、先手の銀上がりがすこし早い、みたいな意見もありましたが」

「そうですか? 攻めを見せて牽制しただけです。ちなみに、どなたですか?」

梨元なしもとさんです」

「梨元先輩の解説はノリなので」

 わかる。

 思いついた手を解説してる感じ。

 私みたいなレベルには、そっちのほうが助かるところもあった。

 急所急所だけ説明されると、え、じゃあこれはどうなの?、っていう手がスルーされちゃうんだよね。

「このあと、右四間にしましたね。どのあたりからの予定ですか?」

「後手が4三銀と上がったところです」


【20手目】

挿絵(By みてみん)


「後手の雁木が確定したので、右四間を選択肢に入れました」

 ふむふむ。

「ちょっと先回りしちゃいますが、結果的にどうでした?」

「右四間の採用が良かったかどうか、ですか?」

「はい」

「そこは問題なかったと認識しています。本局のポイントは、もっとずっとあとです」

 うーん、このスムーズな取材。

 なんかAIとしゃべってるみたい。

「じゃあ、続きをお願いします」

 早乙女さんは、

「私は左高美濃に組みました。後手にスキがなかったので、間合いを取る意味もありましたが、攻めあぐねていたのも本音です」

 と、開戦がむずかしかったことを明かした。


【36手目】

挿絵(By みてみん)


 私は、

「この局面から、2八飛、5二玉、8八玉、8一飛と、おたがい様子見になりましたね。千日手は考えていましたか?」

 とたずねた。

「千日手が最善なら、千日手を採用する。これが私のポリシーです。そうでないならしません」

「となると、2四歩で開戦したのは、タイミングが取れたから?」

「正直なところ、誘われた感はあります」

「というと?」

 早乙女さんは、8三金まで進めた。


【50手目】

挿絵(By みてみん)


「この手がなければ、そのまま千日手だった可能性が高いです」

 いかん、思考過程が省略され過ぎている。

 それっぽく聞き出していこう。

「たしかに、ちょっと前に出てる感じがしますね。後手からの挑発ですか?」

「挑発というより、お誘いです」

「じゃあ、乗ったのが2四歩?」

「乗った、とまでは言えません。私が2四歩から開戦したのは、あくまでも形勢判断の問題です」

 ふむ……本人的には、合理的に指しただけ、ってことか。

 どうだろうなあ、深層心理でも、そうなのかしらん。

 深層心理なんてものがあるのかどうか、わかんないけど。

 私は、

「ここから5八金、6二銀、2四歩、同歩、同飛、4五桂で、千日手は完全に消えましたね。このあとの進行もお願いします」

 と頼んだ。

「飛車当たりなので、とりあえず2九飛、3七桂成、同角までは確定です。本譜は次に2四歩でしたが、ここで8四金のほうが一貫性はあります。少し警戒していたのは、8四金、2六角に9五歩です」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「同歩にいったん5三銀として、3五歩、同歩、同角、2五歩、2四歩まで引き付けてから、9六歩と打ち込むのが一例です」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 私は、

「萩尾さんがこれを選ばなかった理由は、なんだと思いますか?」

 とたずねた。

「それはわかりません」

 あっさり。

 他人の考えだしね。

 早乙女さんは、本譜へ戻った。

 これもちょっと似たような流れで、2四歩以下、2六角、5三銀、3五歩、同歩、同角、3三金。けっきょく3筋の突き捨ては入った。先手は2六角とまた下がって、後手はようやく8四金。先手はさらに5九角と下がって、9五歩と再開戦。


【70手目】

挿絵(By みてみん)


 私は、事前のメモを参照しながら、

「後手が攻勢に出ました。早乙女さんとしては、想定内でしたか?」

 とたずねた。

「5九角と引いた時点では、想定内です。8筋の守備を兼ねています」

「了解です。8~9筋方面の攻防、解説をお願いします」

「先ほどの局面から、9五同歩、8六歩、同歩、8五歩で、継ぎ歩になりました。あからさまな棒金なので、これをどう受けるかです。本譜は同歩、同金、8六歩、同金、同角、同飛、8七銀で、正面から受け止めました。他に選択があったかと言われると、ないように思います。以下、8一飛、8六歩で、いったん収まりました」


【83手目】

挿絵(By みてみん)


 桐野きりの先輩は、

「萌ちゃん、角が遊んでるのですぅ」

 と評した。

 早乙女さんは、

「おっしゃる通りです。なので、6二銀と角道を開けてきました」

 あ、これ、角を参加させるためなのか。

 意味がよくわからなくて、手待ちなのかな、と思ってた。

 以下、3九飛で、先手も動き始める。

 3七歩、7五歩、8五歩、同歩、6五歩、同歩、7五歩。


【92手目】

挿絵(By みてみん)


 早乙女さんは、

「ここは少し悩みました。7四歩と打つか、3七飛と取る手もあったと思います」

 と言って、それぞれの展開を説明してくれた。

 7四歩には同玉じゃなくて、8五桂と跳ねる。8六歩、7六桂、7八玉、3八歩成、同飛と浮かせてから、8八歩。もし3八歩成に同銀なら、9八歩。この場合は、8八歩が効かない。8五歩、8九歩成、同飛と、回り込まれてしまうからだ。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 7四歩に代えて3七飛も、7六桂、7八玉、8八歩が生じる。でも、こっちの場合は、7七桂と跳ねて、8九歩成、7六銀、同歩、同金、9九とと取り合ったあと、6四金で反撃に出る手があった。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 とちゅうで7七桂と跳ねられるのは、7四歩、8五桂を入れてないから。この順を踏まえると、7四歩は余計な可能性もあった。

 そして、この結論は、桐野・梨元コンビの解説とも一致していた。

 7四歩じゃなくて6四金のほうが有力、と指摘していたからだ。

 早乙女さんは、

「というわけで、候補手はいろいろあったのですが、先に6四金と置きました。分岐が多いので、局面を確定させて、えだを減らしたかったこともあります」

 とまとめた。

 以下、5二玉、7四桂、7六桂、7八玉、6三歩、6二桂成、同玉、7四金、8八角。


【102手目】

挿絵(By みてみん)


 私は、

「大盤解説だと、ここで後手が良くなったかな、という雰囲気でした。具体的な順も挙がってました」

 と伝えた。

「どういう順ですか?」

「えーと……7七桂、9五香、同香、8五桂、同桂、同飛、7七銀、9七角成、8六歩、9五飛、9八歩、8七馬、同玉、7八銀です」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「同玉とさせてから、9八飛成、6九玉、3五桂、3六銀です」

 早乙女さんは、しばらくのあいだ髪をさわりながら、考えていた。

「……なるほど、難解ですね。4七桂打、3七飛、7八香、6八銀打くらいで、先手もギリギリ耐えているとは思いますが」

「今考えたってことは、対局中は読んでませんでした?」

「読んでいませんでした」

 全部見えるわけじゃ、ないのか。

 まあそりゃそうだよね。

 私はここから、本局一番の難所に誘導した。

「6六桂のところ、お願いします」

 さっきの局面から、7七桂、8五桂、8六銀打、9五香、同香、7七桂成、同銀、6六桂と進める。


【110手目】

挿絵(By みてみん)


 早乙女さんは、

「ひとまず整理しましょう。この手には、同銀か同金しかありません。王様を逃げると、8七飛成で後手勝ちになるからです。本譜は同銀でした。同金のほうがなぜ微妙に悪いのか、という点を説明します。同金、8五桂、8八銀、同桂成と進めてみます」

 と言って、サッとそこまで行った。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「これを同玉は、7六歩と突かれて、逃げ場がなくなります。ただし、6三金という押し込みが効くので、敗勢かと言われると、そうではありませんが」

 私は、

「6三金はタダ捨てですか? 同玉で?」

 と確認を入れた。

「同玉は後手負けです。6四香と打たれて、5二玉ならば6三角の王手飛車、5三玉は冷静に7六金と払っておいて、先手優勢です。したがって、6三金には5一玉と下がって、1筋方面へ逃げ込むのがマストです」

 うーん……むずかしい。

「8八桂成に逃げるのは、どうですか?」

「考えられるのは6九玉ですが、まず7七桂不成で王手します」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 あ、これは激しく終了くさい。

「なるほど、王手しながら、飛車の通り道を作るんですね」

「というわけで、6六桂に同金はできません。同銀の一択です」

「同銀だと互角ですか?」

 早乙女さんは、いいえ、と言った。

「残念ながら、この時点で後手持ちだと思います。6六桂は私の見落としです」

 んー、そっか、はっきり認めちゃうのか。

 ここは記者として、ちょっと突っ込んだ質問をしておこう。

「答えにくいかもしれませんが、見落としの原因は、なんだと思いますか?」

「端的に奇手だから、かと」

「たしかに、焦点のタダ捨てですね」

「もうひとつ挙げるとすれば、同銀以下で先手が悪くなる理由が、非常に細かい応酬だったということもあります。具体的には、9七角成、8九香、8六歩、同銀、9六馬、8七桂、8六飛、7七金、8一飛、9二香成、7一飛、7二歩、3一飛、7五金に、7四桂が効いたことです」


【126手目】

挿絵(By みてみん)


 この局面だ、犬井いぬいくんが気にしてたのは。

 早乙女さんは、この3手後に投了している。

「私の棋力だと判定しづらいんですが、これって先手敗勢ではないですよね?」

「敗勢ではありませんが、普通に指して後手勝ちの局面です。同金、同馬、7六金は、8六歩から続きますし、取らずに7六金も、8六歩から完封コースです。後手玉を寄せる方法がないので、あとは評価値がどんどん悪くなるだけです」

 ふむ……大盤解説会場での、最終的な結論と一致している。

 ただ、心情的なところでは、まだ納得できない。

 それとも、早乙女さんにとっては、心情の問題じゃないってことなのかな。

 早乙女さんは、また後ろ髪を撫でながら、

「そういえば、もうひとりの大盤解説者は、桐野先輩でしたね。ここまで、特にコメントらしいコメントが、なかったように思うのですが……」

 と、話を振った。

「居飛車さんだったのでぇ、おはなはほとんど聞き手でしたぁ」

「そうですか。では、この3手後に投了していますし、解説はここまでということで」

 私は、まとめに入った。

「全体の感想をお願いします」

「そうですね……個人的には、一番美しい棋譜だったと思います」

 抽象的感想はやめて。

「美しい、とは?」

「駒の連携が精緻で、かつ、広範だったという意味です。数学で喩えると、楕円曲線とモジュラー形式のような」

 喩えないで。

 とりあえず、これにて3人とも終了。

 西野辺さんは、ふぅ、とひと息ついてから、にやりと笑った。

「ところで、無報酬ってことはないよね? 夏休みに休日出勤だよ?」

 私は手をすり合わせる。

「へっへっへ、じつは囃子原はやしばらグループから、会合費が出ておりまして」

「よっしゃッ! 女子会だーッ! 市内なら案内するよ」

「お花はパフェ食べたいですぅ」

「数学書は経費で落ちませんか?」

 落ちません。

 それでは真夏のグルメに、出発だーッ!

 あ、ボイスレコーダーは切っとこ。

*572手目 静かな立ち上がり

https://ncode.syosetu.com/n2363cp/584


場所:第10回日日杯 4日目 決勝トーナメント 女子準決勝

先手:早乙女 素子

後手:萩尾 萌

戦型:後手右玉


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △8四歩

▲4六歩 △3二金 ▲4七銀 △8五歩 ▲7八銀 △5四歩

▲5八金右 △6二銀 ▲6八玉 △4二銀 ▲5六銀 △5三銀右

▲3六歩 △4三銀 ▲9六歩 △7四歩 ▲2五歩 △3三角

▲3七桂 △7三桂 ▲7九玉 △9四歩 ▲4八飛 △6二金

▲7七角 △8三飛 ▲1六歩 △6四歩 ▲6六歩 △1四歩

▲2八飛 △5二玉 ▲8八玉 △8一飛 ▲6七金 △4二角

▲5九角 △3三桂 ▲2九飛 △6三玉 ▲4七銀 △7二金

▲5六歩 △8三金 ▲5八金 △6二銀 ▲2四歩 △同 歩

▲同 飛 △4五桂 ▲2九飛 △3七桂成 ▲同 角 △2四歩

▲2六角 △5三銀 ▲3五歩 △同 歩 ▲同 角 △3三金

▲2六角 △8四金 ▲5九角 △9五歩 ▲同 歩 △8六歩

▲同 歩 △8五歩 ▲同 歩 △同 金 ▲8六歩 △同 金

▲同 角 △同 飛 ▲8七銀 △8一飛 ▲8六歩 △6二銀

▲3九飛 △3七歩 ▲7五歩 △8五歩 ▲同 歩 △6五歩

▲同 歩 △7五歩 ▲6四金 △5二玉 ▲7四桂 △7六桂

▲7八玉 △6三歩 ▲6二桂成 △同 玉 ▲7四金 △8八角

▲7七桂 △8五桂 ▲8六銀打 △9五香 ▲同 香 △7七桂成

▲同 銀 △6六桂 ▲同 銀 △9七角成 ▲8九香 △8六歩

▲同 銀 △9六馬 ▲8七桂 △8六飛 ▲7七金 △8一飛

▲9二香成 △7一飛 ▲7二歩 △3一飛 ▲7五金 △7四桂

▲7六金引 △6六桂 ▲同金寄 △8六歩


まで130手で萩尾の勝ち

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