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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第53局 感想戦後の感想戦(H島県)(2015年8月20日木曜)
632/682

620手目 続・ラブパワー

 というわけで、ようやく1人目が終了。

 話しながら棋譜並べしてると、やっぱり1時間くらいかかる。

 出だしは順調……なのかな。

 私はメモ帳のページを変えた。

「では、西野辺にしのべさん、お願いします」

 西野辺さんは、視線を右のほうに向けながら、ふっふっふ、と笑って、

「じゃあ、ひよこおねぇとの対局*で」

 と言った。

 桐野きりの先輩は、

「くじゃくさんが羽を広げてきましたぁ」

 と煽った。

 西野辺さんは、

「羽を広げるのはオスだけだよ」

 と返した。

「うにゅ? そうなのですかぁ?」

 たしか、そうだった気がする。

 なんだっけ、求愛行動なんだっけ?

 まあ、そこは関係ないので、白熱するまえに話をもどす。

「では、対局後の感想戦をお願いします」

「りょーかい」


【先手:大谷おおたにひよこ(T島県) 後手:西野辺にしのべ茉白ましろ(H島県)】

挿絵(By みてみん)


 西野辺さんは、

「横歩は予定外だったけど、避ける理由もなかったから、受けたよ」

 という台詞から始めた。

 私は、

「これ、最終局直前ですよね。よく研究ストックありましたね」

 とコメントした。

「研究じゃないよ。1五歩の時点で予定外だったし」

「え? そうなんですか? 大谷先輩のストック?」

 西野辺さんは、これはオフレコで、と言いながら、

「舐めプだったんじゃないかなあ。決勝に余力残したかったんでしょ」

 と解釈した。

 えー、どうだろ、大谷先輩が、そういうことするかな。

 さすがに記事にできないから、スルーしておく。

 一方、早乙女さおとめさんは、

「1五歩というのは、31手目の話ですか?」

 とたずねた。

 西野辺さんは、

「え、この棋譜知ってるの?」

 と返した。

日日にちにち杯の棋譜は、すべて並べました。大谷先輩の端攻めだったと記憶してます」

 よく覚えてるね。

 まさにコンピュータ少女。

 西野辺さんは、

「そうそう、というわけで、わりと手なりだったんだよねえ」

 と言って、その局面まで動かした。


【31手目】

挿絵(By みてみん)


 私は棋譜を確認。

「ここから同歩、1四歩、7三銀、2五飛ですね。大谷先輩の指し回しが、意外と積極的です」

 西野辺さんは、

「ちょっと高飛車過ぎるから、金で反発する方針にした。ひよこおねぇ、この手に表情を変えた気がするんだよね」

 と言った。

「というのは?」

「んー、どういう変化だったのかなあ。3三金~2四金を最善と読んでなかったか、あるいは、読んでたけど私が反発しないと思ってたか。やっぱ舐めプ気味に指してて、最善手にビビったんじゃない?」

 あくまでもそう予想するのか。

 これもちょっとぼかして書こう。

 そこからは、3三金、1五飛、2四金、4五飛、6四銀、1三歩成、同香、同香成、同桂、4六飛で、いったん収まった。


【45手目】

挿絵(By みてみん)


 私は、

「このへんの形勢判断は、どうでしたか? 西野辺さん、このあと攻めてますよね?」

 とたずねた。

「まだ形勢判断する局面じゃなくない? 角交換して5四香とはしたけどさ」

「攻め潰すって感じです?」

「先手の飛車がぐずってるうちに、動きたくはあった。ただ、このあとの進行が良かったかどうかは、よくわかんない。角銀交換にはなったけど、バランスは取れてたから」

 本譜は5四香以下、3六飛、3二歩、4六角、7三桂、6六香で、5五銀の角銀交換を誘われるかたちになった。西野辺さんから誘った、じゃなくて、誘われた、というのがポイント。

 西野辺さんは、

「乗る一択だと思って、交換したよ」

 と言った。

「気合いで取ったわけですか?」

「いや、べつに力んではない。売られた喧嘩は買うってだけ」

 桐野先輩は、

「H島の女にケンカを売るとは、ええ度胸じゃのぉ、ですぅ」

 と笑顔で言った。

 そういう偏見を広めないでください。

 西野辺さんも、不敵な笑みを浮かべながら、

「というわけで、喧嘩上等。角銀交換からの殴り合い」

 と言って、先を進めた。

 5五同角、同香、4六銀、6四歩、同香、5七香成。


【60手目】

挿絵(By みてみん)


 私は、

「評価値の話をして申し訳ないんですけど、この局面、互角なんですよね。対局中の実感は、どうでしたか?」

 とたずねた。

「体感的には、先手指しやすくなってるんじゃない? あ、そう思ったのは、もうちょっとあとだったかな。同銀に7二金と一回逃げるしかなくて、1四歩の叩きが、ちょっとキツかった記憶がある」


【63手目】

挿絵(By みてみん)


 西野辺さんは駒を動かしながら、

「同金しかない……と思ったんだけど、べつの手あった?」

 と訊いた。

 私はスマホのデータを確認した。

「日日杯で使ったソフトによると、同金が最善、2五桂が次善で、2五桂はすでに先手有利みたいです」

「やっぱりね。じゃあ、あのときは冴えてたのもあるな。すぐわかったし」

 好不調って、あるよね。

 西野辺さんは、

「ただなあ、もうこの時点で、先手持ちな気がする。主観的には。致命的なミスがあったっていうよりは、自然と先手が良くなる進行なのかも」

 と付け加えた。

 以下、1四同金、7五歩、8四飛、7七桂、7五歩、6六香。

 早乙女さんは、

「後手に手がないですね。1三の桂馬も遊びそうです」

 と言った。

 西野辺さんは、

「そこは認めざるをえない。だから、しばらくあとで4四角と打った」

 と言って、駒音高く置いた。


【80手目】

挿絵(By みてみん)


 だいぶ手が飛んだ。

 とはいえ、ここまでは後手が受ける一方になってて、省略してもよさそう。

 私は、

「分岐点でしたか?」

 と、あいまいにたずねた。

「だねえ。あとで検討したけど、ここから悪手合戦になってたみたい」

 西野辺さんは、理由も説明してくれた。

 まず、直感的にありそうな7六飛が悪手。

 で、この金当たりを防ぐために、7五歩と打ったのも悪手で、同飛も悪手、という展開。先手の優位が消えて、形勢は混とんとしていく。


【83手目】

挿絵(By みてみん)


 早乙女さんは、

「私の評価値も、かなり揺らぐ局面です。7六飛は、浅い読みだとアリですね」

 とコメントした。

 西野辺さんは、あんまり信用してないような顔で、

「なーんかオカルトだけど、結論には同意。正直、7六飛と寄られたところでは、なんにも思わなかったんだよね。普通の手っていうか、印象に残ってない」

 と振り返った。

 ちょっと掘り下げたい局面。

「大谷先輩も、そんな感じでしたか? 当然の一手だ、と?」

「わかんない。最終局直前だったし、ひよこおねぇは決勝トーナメントの可能性があったから、感想戦はほとんどしなかった」

 困ったな。

 大谷先輩がこの局面を候補にあげる可能性、ほぼないと思う。

 お互いうっかりなのかどうかは、けっこう重要な気が。

 私は記者脳をフル回転させる。

 もし余裕があるなら、大谷先輩にも訊いてみたい。

 感想戦をクロスリンクさせちゃダメ、という決まりはないからだ。

 だけど、どんどん質問の範囲が増えるし、仕事量も増えてしまう。

 タスクの管理も、ジャーナリストの責務。

「……西野辺さんから見て、錯覚が起こった理由は、なんだと思いますか?」

「べつの候補手が、見えにくいからじゃない? だって5五香で王手飛車じゃん」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 なるほど、後手視点でも、飛車は逃げる一手に見えるのか。

 早乙女さんは、

「攻め合うなら3六桂ですが、5五香、4四桂、5六香が王手なので、同銀と手を戻さざるをえず、6四飛と移動されて、気持ちの悪い局面になります」

 と指摘した。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これは私レベルじゃわからない。

 あとで犬井いぬいくんに訊こう。

 西野辺さんは、

「今考えたら、7六飛以下が悪手だとしても、本譜みたいに指すほうがいいのかも。この局面は難しすぎるもん」

 と言って、さらに進めた。


【95手目】

挿絵(By みてみん)


 西野辺さんは、

「先手にミスがあったとしたら、むしろここだと思う」

 と、比較的断言調だった。

「これ、受けない手があるんですか?」

「8五銀があったんだよね。これが金当たり」

 なるほど……ん?

「7四歩で止まりません?」

「そこで6五飛とスライド」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 今度こそ分かった気がした。

「後手は飛車を逃げないといけないので、6三香成とできますね。先手優勢ですか」

「うーん、まだ後手がいいんじゃない?」

 え? そんなことある?

「突破確定してないです? どうやって受けるんですか?」

「6一香」

「6一香……7二成香、6五香、8二成香で、ボロボロ取られません?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 西野辺さんは、

「それ、詰んでるんだよね」

 と、意外な回答だった。

 マジで?

 私は考えてみる──わからん。

「すみません、詰み手順をお願いします」

「6七歩成、同金、同香成、同玉、6六飛、5八玉、6八金、4八玉、5七角、同玉、6七飛成」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「あとは角出て詰み」

 けっこう難解じゃない?

 私は、

「対局中に気づいてました?」

 とたずねた。

 西野辺さんは、ドキリとしたようすで、

「え、まあ、8二成香まで進んだら、気づくっしょ」

 と答えた。

 ほんとぉ?

 桐野先輩は、

「えへへ、そういうことにしておくのですぅ」

 と言った。 

 西野辺さんは、

「ま、ともかく、8五銀とされなかったから、これで後手の有利が確定。そのあとは、先手を包囲していく流れ。最後に4七銀のところで、迷った」

 と、終盤へ移行した。


【101手目】

挿絵(By みてみん)


 西野辺さんは、

「なんだかんだで、ここが一番考えたね。7三歩と5六香と7四飛を比較して、どれでもイケるかな、と思った。例えば7三歩、6三銀成、8三桂、6五飛の折衝は、後手も戦えるし、5六香は同銀なら攻め潰せそう。7四飛は王手飛車狙いね」

 と、口頭でスラスラ並べた。

 速い速い。

 これはボイスレコーダーに頼ろう。

「選択したのは、7四飛でしたね。決め手は?」

「一番分かりやすいと思った。入玉を目指されたけど、さすがにムリがあったし」

 このあとは、先手の王様を寄せて行って、終了。

 私はメモをまとめ終えた。

「では、全体の感想をひとこと」

「悪手はあとから指したほうが重い、っていう格言通りだったかな。私も悪手連発したけど、最後の最後に悪手だったのは、ひよこおねぇの6八歩。会心譜じゃなくても、満足のいく棋譜だったと思う。考えがまとまった一局」

「勝因は、読みが冴えてたってことですか?」

「あとラブパワー」

 勝因は読みの冴えとラブパワー、と。

 メモメモ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん?

「ラブパワーってなんですか?」

 西野辺さんは、あッとなった。

 その横で、桐野先輩はニヤニヤしていた。

「じつはぁ、あの朝**、茉白ちゃんのピがぁ……」

「わーッ! わーッ!」

「そのあたり、ちょっとと言わず、だいぶ詳しくお願いします」

 毎回毎回ノロケ話しちゃって、あったまきた。

 とっととしゃべらんかーいッ!

*526手目 ラブパワー

https://ncode.syosetu.com/n2363cp/538

**519手目 ボーダーライン

https://ncode.syosetu.com/n2363cp/531


場所:第10回日日杯 4日目 女子の部 16回戦

先手:大谷 雛

後手:西野辺 茉白

戦型:横歩取り


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲5八玉 △4二玉 ▲3四飛 △7二銀

▲2四飛 △2三歩 ▲2六飛 △8四飛 ▲8七歩 △1四歩

▲3八銀 △7四歩 ▲1六歩 △9四歩 ▲9六歩 △8二飛

▲1五歩 △同 歩 ▲1四歩 △7三銀 ▲2五飛 △3三金

▲1五飛 △2四金 ▲4五飛 △6四銀 ▲1三歩成 △同 香

▲同香成 △同 桂 ▲4六飛 △8八角成 ▲同 銀 △5四香

▲3六飛 △3二歩 ▲4六角 △7三桂 ▲6六香 △5五銀

▲同 角 △同 香 ▲4六銀 △6四歩 ▲同 香 △5七香成

▲同 銀 △7二金 ▲1四歩 △同 金 ▲7五歩 △8四飛

▲7七桂 △7五歩 ▲6六香 △2五金 ▲5六飛 △7六歩

▲6五桂 △同 桂 ▲同 香 △7三桂 ▲6六銀 △6五桂

▲同 銀 △4四角 ▲7六飛 △7五歩 ▲同 飛 △7四歩

▲同 銀 △6六歩 ▲4五桂 △6七歩成 ▲同 金 △6六歩

▲3四桂 △4一玉 ▲7七金 △3三歩 ▲6八歩 △5四香

▲5六歩 △3四歩 ▲4六歩 △3五金 ▲4七銀 △7四飛

▲同 飛 △8五角 ▲7六飛 △同 角 ▲同 金 △6七歩成

▲同 玉 △8八角成 ▲6一飛 △5一桂 ▲6六角 △7八銀

▲5七玉 △6六馬 ▲同 玉 △8七銀不成▲8五角 △3二玉

▲8一飛成 △7一歩 ▲9一龍 △7六銀成 ▲同 角 △4五金

▲同 歩 △7四桂 ▲6七玉 △6六角


まで130手で西野辺の勝ち

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