619手目 わくわく
※ここからは、葉山さん視点です。
というわけで、日日杯の総括だーッ!
アフターケアもばっちりの、葉山新聞社ですよ。
今回も近いところから、順番に回っていこう。
まずは、H島市のソールズベリー女学院に集合。
いざ、インタビュー、というところで、早乙女さんの第一声は、
「H島県の代表者を、H島市に集合させる……F山差別ですね」
だった。
これを聞いた西野辺さんは、
「県庁所在地だから、しょうがなくない?」
と、意地の悪い笑みを浮かべた。
早乙女さんは、
「その傲慢さが、他県からヘイトを買っているのでは?」
と煽り返した。
県内抗争をしないで。
仲良くいこう。
一方、桐野先輩は、
「ふえぇ、ソールズの部室、かわいいものがなんにもないのですぅ」
と、テンションが下がっていた。
テンション上げていこう。
とりあえず、テーブルをひとつ囲んで、4人で座った。
私は出入り口を背にして、正面に窓をのぞんだ。校庭が見える。対面に西野辺さん、左に桐野先輩、右に早乙女さん。
私はボイスレコーダーをとりだして、テーブルに置いた。
「えー、それでは、録音させていただきます」
西野辺さんは、
「え? 録音する必要ある?」
と牽制してきた。
「今日は犬井くんがいないので、むずかしい局面の話は、あとでまとめようかな……と」
別件で不在らしい。
こっちのスケジュールのほうが、先だったと思うんだけどなあ。
西野辺さんは、うーんとうなったあと、
「記憶頼りに書かれても困るし、そんなもんか。じゃ、お花おねぇ、どうぞ」
と振った。
「ふえ? お花からですかぁ?」
「上級生だからね」
理由になってなくない?
まあ、始まってくれれば、それでいい。
私は、左に座っている桐野先輩へ向きなおった。
「では、事前にメールをさしあげた通り、1局を選んで、振り返ってください」
「お花は、素子ちゃんとの対局にしまぁす」
いきなりきたぁ。
その場にいるメンバーの負け棋譜をあげるひと。
西野辺さんは、
「おねぇ、マジで忖度しないね」
と毒づいた。
「ソンタクってなんですかぁ?」
「他人の都合を考えて行動する、ってことだよ」
「将棋にそんなものはありませぇん」
勝負ごとだもんね。
早乙女さんも、
「私が負けたのはただの事実ですし、かまいません」
と返した。
というわけで、桐野先輩は棋譜を並べ始めた。
私もスマホで棋譜を見ながら、手伝う。
「まずは、お花流ほんわか向かい飛車にしまぁす」
【先手:桐野花 後手:早乙女素子 16手目】
西野辺さんは、
「都成流じゃん」
とつっこみを入れた。
「ほんわか向かい飛車ですぅ」
どのあたりがほんわかしてるのか、謎過ぎる。
桐野先輩はまた駒を動かして、
「でぇ、こうしてこうしてこうしてぇ」
と、どんどん進めた。
私は、待ったをかけた。
「すみません、解説してください」
「ふえ? これ解説会なんですかぁ?」
そういうわけじゃないけど、うーん、なんだろ。
「印象に残ったこととか、なにを考えて指したとか、そのあたりもお願いします」
「うにゅ、注文の多い料理店ですぅ」
ここで、早乙女さんが助け舟を出してくれた。
「私から質問するかたちでも、いいですか? 感想戦の続きのようなものですし、あのときは議論できなかったことが、いくつかありますので」
はい、よろしくお願いします。
早乙女さんは、棋譜が全部頭に入っているらしく、すぐに質問した。
「まず、23手目、7五歩の早仕掛けが、成立していたかどうかです。この手は63秒で指しましたが、じっくりと駒組みするほうが、良かったかもしれません」
【23手目】
桐野先輩は、
「7五歩は、ぶっちゃけアリだと思いまぁす」
という返事だった。
早乙女さんは、
「あのとき候補手に入ってましたか?」
と念押しした。
「お花は候補手とか考えませぇん」
だろうなあ、完全に直感で指してそうだもん、このひと。
私は、ちょっと切り口を変えて、
「驚いたとか、感心したとか、そういうのってありました?」
と、感情面からさぐりを入れてみた。
「大胆でセクシーな手だと思いましたぁ」
早乙女さんは、うしろ髪をなでながら、
「私はセクシー担当大臣ではありません」
と反論した。
いや、そのまえに、発言の意味がわからん。
「セクシーって、どういう意味でセクシーなんですか?」
「セクシーはセクシーでぇす」
んー……記事にするには、NGワードっぽいかな。
あんまり深く訊いても、しょうがなさそう。
私は次をうながした。
早乙女さんは、
「以下、同歩、6五角で、馬を作る展開になりました。後手の陣形を崩せたと思ったのですが、7二飛が機敏でした」
と続けた。
【36手目】
ここから7七銀のパターンと、4八馬のパターンを考えて、後者を選んだとのこと。以下、6五歩、3六歩、6四金で、後手が盛り返す流れになった。
私はメモを取りながら、
「後手が盛り返した、ってことは、ここまでは先手が良かったわけですか?」
とたずねた。
「いえ、評価値はずっと互角です」
「脳内で? AIで?」
「両方です」
そうなのか、じゃあ、盛り返したっていうのは、どういう意味なんだろ。
詳しく訊いてみると、どうやら陣形の話っぽかった。
出しゃばっていた馬が引っ込んだ、ってことかな。
このやりとりを見た西野辺さんは、
「これもう、素子ちゃんのインタビューになってない?」
と首をかしげた。
否定できない。
私がうまく聞き出すしかないか。腕の見せどころ。
「このあと陣形整理が進んで、6筋と7筋を取り返しましたね。そのあたりまで、並べていただけますか?」
ちょっと長くなるけど、6四金以下、3七桂、3二金、5八金、4二玉、2九飛、7六歩、7七歩、同歩成、同金、7五歩、7八金、7六歩、7七歩、同歩成、同金、7五歩、7八金、7六歩で、千日手模様に。
桐野先輩は、
「千日手は歓迎しまぁす」
とコメントした。
早乙女さんは、
「千日手でも良かったのですが、6九玉~7七銀~6八銀の評価値が互角だったので、そちらを選択しました。一日目から疲れる必要もありませんし、指し直しが後手ということもありました」
と補足した。
裏でいろいろ考えてるんだな、というのが分かる。
桐野先輩は、そこから5四銀と出て、さらに4三銀と組み替えた。
【70手目】
なんというか、独特の感性。
バラバラだった陣形が、いつの間にかそれっぽくなっている。
西野辺さんも、
「あそこから銀矢倉にできるのか、さすがだねぇ」
と感心していた。
ただ、早乙女さんによると、これでも全然互角らしい。
なので、動揺はしなかった、とのこと。
以下、5八玉、7四飛と整備が終わって、1五歩から開戦。
この端攻めについて、桐野さんは、
「これはムリ攻めだと思いましたぁ」
と、初めて形勢判断に触れた。
私は敏感に反応する。
「どうしてそう思いました?」
「お花のセンサーにビンビン来たのですぅ」
うーむ、どう書こう……桐野さんは、この端攻めをみて、直感的にいなせると判断した、と。これくらいの書き換えは、許されるっしょ。
その後の応酬も、具体的に解説してもらった。
要約すると、同歩、1四歩、同香、4五歩、同歩、同桂、4四銀左、4六馬に、6三角が重厚な反撃だったらしい。
【82手目】
この手の意味は、私にも分かった。
なにもしないなら4五銀で、桂馬のタダ取りだ。
早乙女さんは、
「5三桂不成でイケると思いました」
と説明した。
以下、同銀、7五歩、8四飛、2四歩、5四桂、5七馬。
【89手目】
桐野先輩は、
「これよりも、5三桂不成、同銀、2四歩、5四桂、6四馬とばっちんこして、同銀、4四歩のほうが困りましたぁ」
と言った。
早乙女さんも、これは認めた。
「そうなのですよね。銀矢倉に組まれたのですから、矢倉戦の基本を採用しなければなりませんでした。駒の損得よりも、陣形を先に崩したほうが勝ち、というわけです。その日の夜に気づきました」
たしかに、このあとは4六歩と打たれて、押され気味になってる。
先手は2三歩成と攻め合ったけど、同金、4六銀、同桂で銀桂交換になって、同馬、4五歩、3七馬、2五歩、2六歩、4六銀打、2八馬、9六歩。
【102手目】
攻守逆転だ。
桐野先輩は、
「ただぁ、お花もこのあと、ちょっちミスったのですぅ。9七香不成じゃなくて、6六歩、同歩、8五角でチラ見したほうが、良かったですぅ」
と、自分も間違えたことを認めた。
【参考図】
早乙女さんは、
「それでもまだ互角とは思います。マイナス200くらいですね」
と、具体的な数字を挙げた。
本譜は9六同歩、同香、9七歩、9七香不成、同桂、9六歩で、端の突破を図ったものの、ねじり合いになった。8六香と飛車先を遮断されて、けっきょく先手の2五歩が間に合う結果に。120手台には、先手が盛り返し始めた。桐野先輩が、まただんだんと受ける展開に。
【130手目】
早乙女さんは、
「この次が致命傷でした。6五馬と寄るのではなく、9五歩と叩くか、あるいは単に7四歩でした。本譜はこれ以降、ジリ貧です」
と反省した。
桐野先輩も、
「ここからは、どちゃんこ指しやすかったですぅ」
と同意した。
そうなの?
私は進めてみてもらった。
6五馬、5四香、7四銀、4一角、2三金、4二玉、1三金、3七桂、2八飛、3六桂、2六飛、7七銀。
【142手目】
桐野先輩によると、
「7八銀成が、もう防げませぇん」
とのこと。
理由をたずねたところ、6八金打、7八銀成、同金のあと、4八金と逆から打つのが成立しちゃってるから、らしい。だから、6八金打とせずに3六飛とするしかなくて、その瞬間に7八銀成。ボロっと侵入されてしまう。
西野辺さんは、
「あ、そっか、これ7八銀成のあと、1三の金を助けたら、7四角で先手寄っちゃうね」
と指摘した。
【参考図】
なるほどなるほど、1三の金も、取られるしかないのか。
後手優勢なことが、私にもわかった。メモメモ。
桐野先輩は、
「というわけで、お花の勝ちですぅ」
とまとめた。
じつはまだ20手くらいあるんだけど、先手が自然と寄ってるみたい。
私は、
「全体を通して、いかがでしたか?」
と感想を求めた。
「なんだかんだで、この将棋が一番わくわくしましたぁ」
桐野先輩らしい基準だね。
私はメモを終えて、今度は西野辺さんに向きなおろうとした。
すると、桐野先輩は、
「ところでぇ、こんな怖い企画しちゃっても、いいんですかぁ?」
と訊いてきた。
「え……怖いですか?」
「光ちゃん→お花→茉白ちゃん→素子ちゃん→つっくん→すばるくんのあと、7人目が現れて、めちゃんこ怖いことが起きまぁす」
これは学校の怪談じゃなーいッ!
場所:第10回日日杯 1日目 女子の部 5回戦
先手:早乙女 素子
後手:桐野 花
戦型:後手ダイレクト向かい飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △9四歩 ▲2五歩 △9五歩
▲6八玉 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀 ▲3八銀 △3三銀
▲7八金 △4四歩 ▲4六歩 △2二飛 ▲6五角 △7四角
▲同 角 △同 歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲7五歩 △同 歩
▲6五角 △7二銀 ▲4三角成 △6二金 ▲6五馬 △7三金
▲7五馬 △6四歩 ▲4七銀 △6三銀 ▲5六歩 △7二飛
▲4八馬 △6五歩 ▲3六歩 △6四金 ▲3七桂 △3二金
▲5八金 △4二玉 ▲2九飛 △7六歩 ▲7七歩 △同歩成
▲同 金 △7五歩 ▲7八金 △7六歩 ▲7七歩 △同歩成
▲同 金 △7五歩 ▲7八金 △7六歩 ▲6九玉 △5四銀
▲7七歩 △同歩成 ▲同 銀 △7六歩 ▲6八銀 △3一玉
▲5七馬 △2二玉 ▲4八金 △4三銀 ▲5八玉 △7四飛
▲1五歩 △同 歩 ▲1四歩 △同 香 ▲4五歩 △同 歩
▲同 桂 △4四銀左 ▲4六馬 △6三角 ▲5三桂不成△同 銀
▲7五歩 △8四飛 ▲2四歩 △5四桂 ▲5七馬 △4六歩
▲2三歩成 △同 金 ▲4六銀 △同 桂 ▲同 馬 △4五歩
▲3七馬 △2五歩 ▲2六歩 △4六銀 ▲2八馬 △9六歩
▲同 歩 △同 香 ▲9七歩 △同香不成 ▲同 桂 △9六歩
▲8六香 △5七歩 ▲同 銀 △9四飛 ▲8五桂 △8四歩
▲2五歩 △2七歩 ▲同 馬 △8五歩 ▲2四歩 △1三金
▲4七歩 △5七銀成 ▲同 金 △3二玉 ▲3七馬 △8六歩
▲5五桂 △同 金 ▲同 馬 △4四桂 ▲6五馬 △5四香
▲7四銀 △4一角 ▲2三金 △4二玉 ▲1三金 △3七桂
▲2八飛 △3六桂 ▲2六飛 △7七銀 ▲3六飛 △7八銀成
▲4八玉 △1三桂 ▲5八金 △4九金 ▲5七玉 △6四金
▲6六馬 △5五歩 ▲4六歩 △5六歩 ▲4七玉 △5五金
▲同 馬 △同 香 ▲2三歩成 △6九角 ▲5九歩 △同 金
▲3七玉 △5八角成 ▲4七桂 △5七歩成
まで166手で桐野の勝ち




