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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第52局 盆踊るひとびと(2015年8月15日土曜)
629/682

617手目 ケトロン飴

※ここからは、幸田こうだくん視点です。

 やあ、こんばんは、幸田こうだすすむだよ。

 元駒北こまきた高校将棋部の、ね。

 え? だれに向かってしゃべってるんだって?

 壁打ちだよ、壁打ち。

 以前もどこかでしたことがある。

 ま、気のせいかもしれないけど。

 今日は駒桜こまざくら市のお盆祭り。

 ずいぶんな人手だ。

 僕は同窓の藤井ふじいくんといっしょ。

 みっちーも誘おうかと思った。でも、新婚さんだからやめた。

 同じく同窓の佐川さがわくんは、都合が悪かった。

 藤井くんは、

「お盆祭りへマジメに来たの、ひさしぶりだなあ」

 と言った。

「どれくらい?」

「中学校以来だ。何年生かは忘れた。幸田は?」

「高1のとき、近所の手伝いで来たよ」

「手伝い? 出店?」

「電飾」

「でんしょく?」

「照明係」

 なるほどな、と藤井くんは納得した。

「幸田は昔から、工作が好きだったよな」

「人並みにね」

 藤井くんは笑った。

「あれを人並みとは言わないだろ」

 そうかな。

 電子工作オタクって、もっと濃いひとを指すと思う。

 僕は家でちょっとしたものをいじって、それで満足していたタイプだ。

 ひとまえであれこれ蘊蓄を語ったこともない。 

 そう答えると、藤井くんは、

「饒舌なのがオタクってわけじゃない」

 と反論した。

「ま、そうかもね」

「それに、大学じゃ電子工作部なんだろ? それだけ好きってことだ」

「残念なことに、まったくついていけてないよ。本物のマニアばっかりさ。テキトウに相槌を打って、ごまかしてる。まあ、それに怒ってもしょうがないけどね。将棋部だって、レベル差があるときは、つきっきりで教えたりしないから」

 たしかに、と言って、藤井くんは笑った。

 あんまり笑いごとでもないんだけどなあ。ま、いっか。

 前髪をなおして──っと、あそこにいるのは、下級生グループだ。

 2年生の集団。

 藤井くんは、

大場おおばもいるな。声かけるか」

 と提案した。

 楽しそうにしてるし、いいんじゃない……あいさつしないのも妙か。

 藤井くんが先頭に立って、手を振った。

「おーい、大場」

 大場さんは、一瞬きょろきょろしたあと、すぐに気づいた。

「あ、先輩たち、こんばんわ~っス」

 他のメンバーもあいさつしてくれた。

 特に箕辺みのべくんは、

「幸田先輩、藤井先輩、おひさしぶりですね。お元気ですか?」

 と言ってくれた。

 会長を任されてるだけのことはある。

 それがいいかどうかはともかく。

 大場さんは、

「先輩たち、いつ帰ったんっスか?」

 と訊いてきた。

「お盆前だよ」

「連絡してくれたら、駒北の部員で集まったっスよ」

 それはどうだろう。五見いつみくんあたりは、あまり乗り気じゃなさそう。

 僕の偏見か。

 藤井くんは、

「部の調子はどうだ? 勝ってるか?」

 とたずねた。

 大場さんは、浴衣のそでに腕をつっこんで、体を右へかたむけた。

「びみょ~っスねえ」

 なかなかむずかしいよね。

 駒北はもともと、トップ争いに絡んでいたわけじゃない。

 僕は、

「気張らずにやるといいよ」

 と言っておいた。アドバイスでもなんでもないレベル。

 そのあと、すこしだけ雑談をして、僕たちは別れた。

 藤井くんは、

「大場、案外ちゃんとやってるみたいだな」

 と、安堵の表情を浮かべた。

「あれ、藤井くん、そこは心配してないんじゃなかったの?」

 去年の秋、3年生のあいだで、次期主将の相談があった。

 藤井くんは、大場でなにも問題ないだろ、と言ってた記憶がある。

「あれは佐川さがわが心配しすぎだったから、反対へ振っただけだぞ」

「なるほどね……っと、そろそろなんか買う?」

 お腹が空いてるわけじゃない。

 でも、せっかくのお祭りだから、なにか買うことに。

 定番のかき氷あたりかな……ん? なんだか変わった店がある。

 天幕には、奇妙な記号が並んでいた。全然読めない。

 だけど、単なる模様にしては、文字っぽい雰囲気があった。

 藤井くんも気になったのか、足をとめて、

「あの店、なんだ?」

 とゆびをさした。

 真っ赤な髪をしたお姉さんが、青いかたまりを売っている。

 咥えタバコで、火はつけていないみたいだ。

 なんだろう。

 とりあえず近づいてみよう。

 僕たちが店のまえに立つと、お姉さんは咥えタバコのまま、

「お、いらっしゃーい。おいしい飴だよ~地球人でもちょっと気持ちよくなる飴だよ~」

 と、変なプロモーションをしてきた。

 藤井くんは笑って、

「お姉さん、ヤバいもの売っちゃダメですよ」

 と返した。

「ヤバくないよ~みんなハッピーになれるケトロン飴だよ~」

 初めて聞く名前だ。

 僕は、商標ですか、と訊いた。

「しょうひょうってなに?」

「ブランドです」

「ぶらんど? ……ぶらんどってなに?」

 ん? 日本語ネイティブじゃないのかな?

 そのわりには話し方が流暢だけど。

 なんだか急にあやしくなってきたぞ、と思ったら、藤井くんは、

「商品の名前ですよ。ケトロン飴っていう名前の商品なんですか?」

 と言い換えた。

「あ、そうだよ、イッポリト星のこどもも大好き、ケトロン飴だよ~」

 こんどは僕たちのほうがわからなくなった。

 いっぽりとせいって、なんだろ。

 藤井くんも気になったらしく、

「いっぽりとせいって、どこですか?」

 とたずねた。

「イッポリト星はイッポリト星だよ~火山がいっぱいある~」

 火山がいっぱいある外国の町かな。

 国名じゃないと思う。

 高校で地理を履修したときに、そういう名前は聞かなかった。

 全部覚えてるわけじゃないけどね。

 とりあえず、商品を見てみることにした。

 真っ青な、テニスボールサイズの球体だった。

 毒々しいようでもあり、綺麗なようでもあり。

 っていうかこれ、アレなんじゃないの?

 藤井くんも、

「リンゴ飴……ですよね?」

 と確認を入れた。

「ケトロン飴だよ~」

 パクリ商法……でもないか。味がちがうのかも。

 ただ、スティックがついてなかった。

 手で持って食べるのは、難易度が高い。

 僕は前髪をなおしながら、

「これ、手で食べるんですか?」

 とたずねた。

「え? なんで?」

「お箸じゃムリですよね?」

「あ、食べ方を見せてあげるね~」

 お姉さんはそう言って、ひとつ持ち上げた。

「ほい」

 バキッという音がして、飴が割れた。

 そのまま握力で潰す。

 粉々になったところで、小さな紙箱へ放り込んだ。

 がさがさとシャッフルする。

「こうして~」

 お姉さんは、箱を口もとへ持っていき、上を向いて流し込んだ。

「ガリガリガリ……うん、おいしい」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え、ちょっと待って。

 物理的になんかおかしくなかった?

 藤井くんも変に思ったらしく、

「これ、飴なんですよね?」

 とつっこみを入れた。

「そうだよ~」

「なんていうか……もろいんですね」

「もろいんってなに?」

「壊れやすい、です」

 お姉さんは笑った。

「もちもち、こども用だもん。じゃあ、買ってくれるかな~?」

 んー、どうしよう。

 こうやって食べる飴は、初めて見た。

 土産話になりそうだ。しかも1個150円。

 縁日の屋台にしては良心的。

 僕も藤井くんも、買うことにした。

「じゃ、作ってあげるね~」

 お姉さんは1個1個潰して、紙箱に入れてくれた。

 300円払う。

「ありがとね~」

 お姉さんに見送られて、移動。

 じゃ、食べようか。上を向いて、箱の角度に気をつけて。


 ガリッ


 カタいッ!

 藤井くんは、

「カッた。ふつうの飴より硬いぞ」

 と、目を白黒させていた。

 なんとかして噛み砕こうと、苦心してみる──ダメだ。

 藤井くんは、口をもごもごさせつつ、

「あのお姉さん、馬鹿力だなあ」

 と、今さらながらにおどろいていた。

 どうだろう。なにかトリックがあるんじゃないかな。

 いずれにせよ、噛み砕けないのは事実だから、舐めることにした。

 冷静に味わってみると、ハッカ味だと気づいた。

 飴自体はおいしいね。これについては、両者意見が一致した。

 とはいえ、全部食べるのはきつい。持って帰ろう。

 藤井くんは箱を片手に、

「そろそろ時間だ」

 と、スマホを確認した。

「そうだね、待ち合わせ場所へ……あッ」

 噂をすれば、なんとやら。

 向こうの道に、千駄せんだくんたちが見えた。

 藤井くんは、

「こいつを食わせて、感想を聞くか」

 と冗談半分で言った。

「ただのハッカ飴でしょ」

「んー、つまらんか。じゃあ、あのお姉さんの怪力を見せて、トリックを見破ろうぜ」

 いやいや、それって営業妨害でしょ。

 もっと楽しいことをしようよ……と言えるキャラでもないか、僕は。

 僕は嘆息して、

「ちなみに、どういうトリックだと思う?」

 とたずねた。

「あのおっぱいが偽物で、なにか仕込んでるんじゃないか」

冴島さえじまさんに殴られるよ」

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