611手目 タダ取り
※ここからは、赤井さん視点です。
ハァ、あずささんの勘違いで、貴重な半日が潰れました。赤井もみじです。
今日はいよいよ、市立の練習会です。
なんとかスケジュール調整ができました。パチパチパチ。
夏休みの昼下がりに、学校の部室へ集合。
エアコンが備えつけだと、楽ですね。
もともとは視聴覚室だったので、ちょっとごてついたところもありますが。
まずは、飛瀬主将のあいさつ。
「それでは、練習会を始めます……目標は秋の団体戦優勝なので、はりきっていきましょう……いつもはスパークリングでぐるぐる回していますが、今日は勝敗の近いひとが当たり続ける、という方式にします……最初だけクジ……」
飛瀬先輩と来島先輩は、テキトウに抽選。
私は駒込くんと当たりました。
むむむ、強敵ですね。
「赤井さん、よろしく~」
「よろしくお願いします」
駒は並べ終えてあるので、振り駒です。
「駒込くんからで、いいですよ」
「ゆずり返します」
では、振ります。
カシャカシャカシャ、ぽい──歩が3枚。先手です。
あとは始まるのを待つばかり。
飛瀬先輩は椅子に座ったまま、周囲をぐるり。
「30分60秒です……準備はいいですか……? では、始めてください……」
「よろしくお願いします」
駒込くんがチェスクロを押して、対局開始。
私は7六歩、駒込くんは8四歩。
序盤は様子をみましょう。
2六歩、8五歩、7七角、3四歩、6八銀、3二金。
角換わりになりましたねえ。
駒込くんと私のあいだには、棋力差がけっこうあります。
定跡形を選んでくれるのは、ちょっぴりラッキーですね。
力戦圧殺が、一番イヤですから。
3八銀、4四歩。
ととと、角換わりを拒否されました。
「駒込くん、どうしました? お姉さんに叱られましたか?」
「え? なんで?」
「駒込くんから変化してくるのはめずらしいな、と」
しかも格下相手に、です。
駒込くんは、
「単純に棋理だよ」
と答えました。
「ほんとですか?」
「うん、角換わり後手って不利じゃん」
そう言われると、そうですね。
と、しゃべってる場合じゃ、ありません。
どんどん指しましょう。
7八金、4二銀、4六歩、4三銀、4七銀、6二銀。
積極策でも、なさそうです。
私は6九玉で、居玉を回避。
7四歩、5六銀、5四歩、2五歩、3三角、7九玉、9四歩。
むむッ、後手は居玉のままですか。
右玉も警戒しておきましょう。
4八飛でゆさぶりをかけます。
5三銀、5九金、7三桂、3六歩、6二金。
ほ、本格的に右玉くさくなってきたような。
そんなことないです?
私は3七桂で、とりあえず攻めを目指します。
「1五角」
覗かれました。
これは3八飛の一手。
駒込くんは10秒ほど考えて、6四歩。
ここで、もみじセンサーが反応。
今、3三角の引っ込みと、比較した気がしますね。
3三角、4八飛、1五角、3八飛の千日手コースもあったはず。
態度はあいまいにするけど、千日手はそこまで狙ってない、って感じでしょうか。
「……4五歩」
先に攻めちゃいましょう。
1五に角がいれば、この4五歩は取れません。
私のほうは囲いになってますし、攻めやすくはあると思います。
駒込くん、長考。
「……6五桂」
あ、攻め返してきましたね。
殴り合いに突入です。
6六角、8六歩、同歩、同飛、8七歩、8一飛。
「4四歩ですッ!」
攻めちゃった以上、押し込みますよ。
同銀右、4五歩。
「こっちも出るよ。5五銀」
同銀、同歩、同角。
駒込くんは待ってましたとばかり、3三角の引き。
同角成の一手……じゃないですね。4四銀もあります。
どっちがいいでしょうか。悩みます。
個人的には、4四銀です。理由は簡単で、3三角成のあと、手の繋げかたがよくわからないからです。細い攻めを繋ぐのは、やっぱり高段者ですよね。ここはじぶんの棋力を過大評価せずに、ごりごりいきましょう。
私は4四銀と置きました。
駒込くんは、右手のひとさしゆびで、じぶんのあごに触れました。
「うーん、ちょっとヤリ過ぎたか……」
盤外戦術はダメですよ。
同銀、同歩、5四銀。
そうやって止めるんですか。気づきませんでした。
指されてみれば、納得です。
4二歩は4五桂がありますし、攻め手もありません。
「6六角」
すなおに逃げます。
駒込くんは、5八歩で攻めに転じました。
あれ? 攻めがあるんですか? ……割り打ち?
でもこれ、同飛なら割り打ちになりませんよ?
「……あッ」
そっか、同飛、1五角のとき、3八飛ともどれないんですね。
(※図は赤井さんの脳内イメージです。)
ここで3八飛は、4七銀があります。
困りました。取れないなら、6九金ですか。
私はそちらを選択。
6九金、4七銀、3九飛、4八銀成、2九飛、1五角。
けっきょく角は出られてしまいましたが、ここで反撃。
「4三銀ッ!」
同銀、同歩成、同金、1一角成。
思ったより、いい勝負じゃないですか、これ?
駒込くんの3七角成に対して、私はさらに2一馬。
これが金当たりです。先手。
駒込くんは1分ほど考えて、中指で5二玉と滑らせました。
金の守備……あッ、馬当たりになってますね。危ない。
3二馬、と。
駒込くんは8六歩。
暴れにきましたか?
同歩、8七歩。
挟まれたかたちに。あんまり悠長にはできません。
私はここで長考。
残り時間は、先手が10分、後手が12分。
けっこう使いました。ちょくちょく考えていたので。
2分ほど考えて、5六香がいい手に見えてきました。
5八に歩があるから、5五歩とできないんですよね。
桂か銀で受けないといけないと思います。6三玉なら4三馬。
「5六香です」
駒込くん、また長考。
劣勢を認識してるっぽいですか?
軽口がなくなってます。
私も念入りに読みます。
5五銀、同香、同馬が本命。以下──
残り時間が8分を切ったところで、駒込くんは王様にゆびをそえました。
スッと6三玉。
え? ……金がタダ……ですよね?
なんか見間違えてます?
メガネをはずして、もういちどかけなおして、確認。
タダ……ですね。
飛車を回られていきなり馬が死亡、というわけでもなさそうです。
それに、4三馬と引けば、次に5四馬があります。
そこまでは分かってるんですが──めちゃくちゃ罠くさくないですか?
これはなにかありますよ。
私は読みに読みを重ねました。
だんだん分かって……こないですね。
えー、なんですか、これ? 金捨ててるだけだと思うんですけど。
残り時間を確認。5分を切りかけ。
時間攻めでしたか? だとしたら、ハマっちゃったかもしれないです。
もうこれ以上考えても仕方がないので、指します。
4三馬、と。
駒込くんは30秒ほど考えて、飛車を走らせました。
王様を守らないんですか? ……え、これ先手が寄ってます?
詰めろですね。
これが罠かと、一瞬焦りました。
が、落ち着いて考えてみると、そうでもないような。
7七銀打か9八金で止まります。
止まりますよね?
かたち的に7七銀打を選択。
同桂成、同銀、8八銀、同銀、同歩成、同金、5九歩成、8七歩。
駒込くんは6九ととして、いったん清算しました。
同飛。
これで有効な王手はありません。
8六の飛車を逃げないといけないのでは?
駒込くん、長考。
罠だったら、ここからもノータイムで来ますよね。
そうしないってことは、後手が困ってるはずです。
「んー……そうか……」
駒込くん、ひとりごと。
5:00……4:30……4:00……3:30……
考えますね。持ち時間は、逆転しました。
飛車の引き場所かな、と思います。
8一飛は5四馬で終わるので、8二ですよね、たぶん。
3:00
あ、動きました。
パシリ
あーん、読みがあわない。
飛車渡したら詰むってオチですか。
真剣に考えます。
ああしてこうして──詰まない……っぽい?
8六歩、6九成銀、同玉、2九飛は、合駒をするまでもなく詰まないですよね。
手筋は……金駒を捨てて、引っ張り出すパターン?
5八銀とか、いかにもです。
あ、でも、銀だと7八玉の次がないです。
5八金? ……5八金で詰みます?
同玉は詰む……かも……4八飛で……逃げると……?




