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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第50局 狙われていなかった街(2015年8月8日土曜)
622/681

610手目 狙われていなかった街

 赤い光が、古びた窓から射し込む。

 オレンジ色の太陽が、ガラスの向こうがわで、静かに揺れていた。

 たたみと丸テーブル。天井には、傘型のシェード。

 イッポリト星人は、ふすまを背にして、あぐらをかいていた。

 私たち3人は、テーブルを挟んで正座。

 イッポリト星人の赤い髪が、さらに赤く輝いてみえる。

「えー、このたびは職権を濫用いたしましたことを、深くお詫び……するとでも思いましたか……?」

 私の口上に、しずかちゃんは、

《うわぁ、これが公権力の横暴かぁ》

 と煽ってきた。

 いや、きちんと説明します。

「バルターナさん、あなたは実家の宇宙船を盗み、勝手に星間移動をしたあげく、連合に所属していない惑星に不法滞在しましたね……?」

 イッポリト星人こと、バルターナ・メトロノフさんは、

「家出をそんな大げさに言うなよ」

 と反論してきた。

「法的には、すべて該当しています……容疑を認めますね……?」

「あたしは犯罪者じゃない」

「いや、犯罪なのですが……」

 ここでまた静ちゃんが、

《カンナちゃん、なんかじぶんのミスをごまかそうとしてない?》

 と突っ込んできた。

「えー、これは手続上、必要な聴取でありまして……」

《そもそもさ、バルターナちゃん、15歳なんでしょ。最初に気づこうよ》

「えー、異星人の年齢は、なかなか判別がつきにくいわけでありまして……」

 イッポリト星人の成長速度が速いの、忘れてた。

 私がまごまごしていると、美沙みさちゃんはバンとテーブルをたたいた。

「まとめると、飛瀬とびせさんの過失かしつだと思います」

 まとめないでください。

 私は弁明する。

「容疑がまちがってたのは認めるけどさ……バルターナさんの行動が、怪しかったのも悪い……」

 バルターナさんは、

「どこが怪しかったんだよ」

 と返した。

「ハッカ飴を、なぜ配ってましたか……?」

「友好の証だよ」

「お菓子で釣るとか、お子様ですか……?」

「お子様なんだが?」

「地球年齢では、ですよね……? イッポリト星の成人年齢は、何歳ですか……?」

「……12歳」

「はい、論破……」

 今度は、バルターナさんがテーブルをバンバンし始めた。

「食べ物で機嫌をとるのは、常識だろ、常識」

「まあそこは、イッポリト星人がお子様だということで、いいんだけど……『地球あげちゃいます』っていうのは、なんですか……?」

「住む許可取ったほうが、いいかな、と思って」

「『住ませてください』くらいで、いいですよね……?」

「許可はいっぱいもらったほうが、うれしいだろ」

「はい、アウト……それから、こどもを狙ってたのは、なんでですか……?」

 バルターナちゃんは、頭をかきながら、

「この星のオス、あたしの胸をじろじろ見てくるから、キモイんだよ」

 と返した。

 あ、意外とまともな回答だった。

 私は論点をまとめた。

「それでは、静ちゃん、美沙ちゃん、どちらが悪いと思いますか……?」

《カンナちゃん》

「飛瀬さんですね」

 私は嘆息した。

「地球人に、宇宙法の話は難しかったか……」

《そういう態度がダメ》

 仕方がない、ここは粛々と執行します。

「とりあえず、ご両親から帰るように言われているので、帰ってください……」

 私がそう指示すると、バルターナさんは両手を顔にあてて、

「うわーん、帰りたくないよお」

 と泣いた。

 静ちゃんは、

《置かれたところで咲かなくても、べつにいいんだよ》

 となぐさめた。

 美沙ちゃんは、

「母星では、成人年齢なのでしょう? 従う義務がないと思いますが?」

 と同意した。

 バルターナさんは、手を顔から離して、にっこり。

 ウソ泣きじゃん。

「テラ星人は優しいなあ。陰湿なシャートフ星人とは、大違いだぜ」

「強制送還決定……」

「ジョーダンだよ」

 静ちゃんは、

《ドタバタ劇はここまでにして、実際のところ、強制送還なの?》

 とたずねてきた。

 また痛いところを突いてくる。

「ケースとしては、微妙……」

 宇宙船は実家から盗んでて、両親は被害届を出していない。

 だから、逮捕できない。

 無許可の星圏間移動は違法だけど、罰金のライン。

 最後の不法滞在は、連合加盟惑星だと、強制送還。

 だけど、地球は加盟していない。

 もちろん、麻薬の密売とか、原住民の虐待とか、そういうのがあったらアウトだけど、それにも該当していない。

 ここまで説明すると、バルターナさんは、ポンと太腿を叩いた。

「じゃ、帰んなくていいな。みんな仲良くしようぜ」

 うーん……しょうがないか。

 そもそも、局に連絡したのに、警察案件になってないっぽい。

 公務員的なことなかれ主義が、さく裂している。

 下っ端の私が、どうこうできる話じゃなくなった。

「とりあえず、おとなしくしておいてくださいね……」

「最初からしてるだろ。ところでさ、おたくら、ショーギって知ってる?」

 ん? いきなり話題が変わった。

 静ちゃんはテレパスで、

《知ってるよ》

 と答えた。

「じゃあショーギしようぜ。最近ハマってる」

 バルターナさんは、将棋盤と駒を持ち出して来た。

 駒を並べながら、

「シャートフ星人と黒服の女は、できないの?」

 とたずねてきた。

 できる、と、ふたりとも答えた。

「3人とも指すか。まずはエスパー姉ちゃんね」

 イッポリト星人は、じゃんけんしようと言い出した。

 振り駒の代わりか。

「じゃんけんぽん」

 静ちゃんは、グー、イッポリト星人は、チョキ。

 イッポリト星人、すぐチョキを出す。

「よーし、10秒以内に指せよ」

 なんだかよくわからないけど、将棋が始まった。

 バルターナさんは、10秒って言ったわりに、やたら考えていた。

「この星、めちゃくちゃ寒いよな。ミネラルもあんまねえし、健康に悪いぜ……え? だったらさっさと帰れ? まあそう言うなって。シャートフ星人は、なんでここに来てんの? ……仕事? なんの仕事? ……生態系調査? 調査してどうすんの? 侵略?」

イッポリト星人の地球侵略冤罪事件は、こうして終わったのです。人間のボードゲームを利用して日常に溶け込むとは、恐るべき宇宙人です。でもご安心下さい、このお話は遠い遠い未来の物語なのです……え? なぜですって?


将棋は今、宇宙人に指されるほど、普及してはいませんから──

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