610手目 狙われていなかった街
赤い光が、古びた窓から射し込む。
オレンジ色の太陽が、ガラスの向こうがわで、静かに揺れていた。
たたみと丸テーブル。天井には、傘型のシェード。
イッポリト星人は、ふすまを背にして、あぐらをかいていた。
私たち3人は、テーブルを挟んで正座。
イッポリト星人の赤い髪が、さらに赤く輝いてみえる。
「えー、このたびは職権を濫用いたしましたことを、深くお詫び……するとでも思いましたか……?」
私の口上に、静ちゃんは、
《うわぁ、これが公権力の横暴かぁ》
と煽ってきた。
いや、きちんと説明します。
「バルターナさん、あなたは実家の宇宙船を盗み、勝手に星間移動をしたあげく、連合に所属していない惑星に不法滞在しましたね……?」
イッポリト星人こと、バルターナ・メトロノフさんは、
「家出をそんな大げさに言うなよ」
と反論してきた。
「法的には、すべて該当しています……容疑を認めますね……?」
「あたしは犯罪者じゃない」
「いや、犯罪なのですが……」
ここでまた静ちゃんが、
《カンナちゃん、なんかじぶんのミスをごまかそうとしてない?》
と突っ込んできた。
「えー、これは手続上、必要な聴取でありまして……」
《そもそもさ、バルターナちゃん、15歳なんでしょ。最初に気づこうよ》
「えー、異星人の年齢は、なかなか判別がつきにくいわけでありまして……」
イッポリト星人の成長速度が速いの、忘れてた。
私がまごまごしていると、美沙ちゃんはバンとテーブルをたたいた。
「まとめると、飛瀬さんの過失だと思います」
まとめないでください。
私は弁明する。
「容疑がまちがってたのは認めるけどさ……バルターナさんの行動が、怪しかったのも悪い……」
バルターナさんは、
「どこが怪しかったんだよ」
と返した。
「ハッカ飴を、なぜ配ってましたか……?」
「友好の証だよ」
「お菓子で釣るとか、お子様ですか……?」
「お子様なんだが?」
「地球年齢では、ですよね……? イッポリト星の成人年齢は、何歳ですか……?」
「……12歳」
「はい、論破……」
今度は、バルターナさんがテーブルをバンバンし始めた。
「食べ物で機嫌をとるのは、常識だろ、常識」
「まあそこは、イッポリト星人がお子様だということで、いいんだけど……『地球あげちゃいます』っていうのは、なんですか……?」
「住む許可取ったほうが、いいかな、と思って」
「『住ませてください』くらいで、いいですよね……?」
「許可はいっぱいもらったほうが、うれしいだろ」
「はい、アウト……それから、こどもを狙ってたのは、なんでですか……?」
バルターナちゃんは、頭をかきながら、
「この星のオス、あたしの胸をじろじろ見てくるから、キモイんだよ」
と返した。
あ、意外とまともな回答だった。
私は論点をまとめた。
「それでは、静ちゃん、美沙ちゃん、どちらが悪いと思いますか……?」
《カンナちゃん》
「飛瀬さんですね」
私は嘆息した。
「地球人に、宇宙法の話は難しかったか……」
《そういう態度がダメ》
仕方がない、ここは粛々と執行します。
「とりあえず、ご両親から帰るように言われているので、帰ってください……」
私がそう指示すると、バルターナさんは両手を顔にあてて、
「うわーん、帰りたくないよお」
と泣いた。
静ちゃんは、
《置かれたところで咲かなくても、べつにいいんだよ》
となぐさめた。
美沙ちゃんは、
「母星では、成人年齢なのでしょう? 従う義務がないと思いますが?」
と同意した。
バルターナさんは、手を顔から離して、にっこり。
ウソ泣きじゃん。
「テラ星人は優しいなあ。陰湿なシャートフ星人とは、大違いだぜ」
「強制送還決定……」
「ジョーダンだよ」
静ちゃんは、
《ドタバタ劇はここまでにして、実際のところ、強制送還なの?》
とたずねてきた。
また痛いところを突いてくる。
「ケースとしては、微妙……」
宇宙船は実家から盗んでて、両親は被害届を出していない。
だから、逮捕できない。
無許可の星圏間移動は違法だけど、罰金のライン。
最後の不法滞在は、連合加盟惑星だと、強制送還。
だけど、地球は加盟していない。
もちろん、麻薬の密売とか、原住民の虐待とか、そういうのがあったらアウトだけど、それにも該当していない。
ここまで説明すると、バルターナさんは、ポンと太腿を叩いた。
「じゃ、帰んなくていいな。みんな仲良くしようぜ」
うーん……しょうがないか。
そもそも、局に連絡したのに、警察案件になってないっぽい。
公務員的なことなかれ主義が、さく裂している。
下っ端の私が、どうこうできる話じゃなくなった。
「とりあえず、おとなしくしておいてくださいね……」
「最初からしてるだろ。ところでさ、おたくら、ショーギって知ってる?」
ん? いきなり話題が変わった。
静ちゃんはテレパスで、
《知ってるよ》
と答えた。
「じゃあショーギしようぜ。最近ハマってる」
バルターナさんは、将棋盤と駒を持ち出して来た。
駒を並べながら、
「シャートフ星人と黒服の女は、できないの?」
とたずねてきた。
できる、と、ふたりとも答えた。
「3人とも指すか。まずはエスパー姉ちゃんね」
イッポリト星人は、じゃんけんしようと言い出した。
振り駒の代わりか。
「じゃんけんぽん」
静ちゃんは、グー、イッポリト星人は、チョキ。
イッポリト星人、すぐチョキを出す。
「よーし、10秒以内に指せよ」
なんだかよくわからないけど、将棋が始まった。
バルターナさんは、10秒って言ったわりに、やたら考えていた。
「この星、めちゃくちゃ寒いよな。ミネラルもあんまねえし、健康に悪いぜ……え? だったらさっさと帰れ? まあそう言うなって。シャートフ星人は、なんでここに来てんの? ……仕事? なんの仕事? ……生態系調査? 調査してどうすんの? 侵略?」
イッポリト星人の地球侵略冤罪事件は、こうして終わったのです。人間のボードゲームを利用して日常に溶け込むとは、恐るべき宇宙人です。でもご安心下さい、このお話は遠い遠い未来の物語なのです……え? なぜですって?
将棋は今、宇宙人に指されるほど、普及してはいませんから──




