609手目 妖怪アパート
「ギニャー!」
私たちは、玄関に駆けつけた。
外装とはうらはらに、内部はそこそこ綺麗だった。もちろん、新築ってわけじゃない。だけど、住めるかどうかすらあやしい、という雰囲気はなかった。郵便受けがならんでいて、靴箱もあった。内廊下が見える。タマさんともうひとり、腰の曲がった小柄なおばあさんが、向かい合って立っていた。おばあさんは、手に箒をもって、ぶんぶん振り回しながら、
「ペットは禁止ッ! 何度言ったらわかるんだいッ!」
と怒鳴った。
タマさんは、黒猫の美沙ちゃんを抱いたまま、
「ペットじゃニャい。迷子の子猫ちゃんを、連れて来てあげたんじゃ」
と反論した。
「動物をアパートに入れるんじゃないッ!」
「ここは動物園みたいなもんじゃろ。なんで猫ちゃんがダメなんじゃ」
おばあさんは、箒でタマさんの頭を、バサバサやった。
「亀成ばあさん、耄碌したか?」
「おまえさんもババアだろ」
「にゃはーッ! 言ってはニャらんことをッ! 八つ裂きじゃッ!」
なぜか乱闘が始まった。
傍観していると、私のすねに、ふさふさとしたものが当たった。
見ると、美沙ちゃんが変身した黒猫だった。
「今のうちに潜入しましょう」
了解。
私たちはこそこそと、右の廊下を選択した。
うーん、なんだか不気味。
空間が歪んでいるのか、ふたり(2匹?)の罵声は、すぐに聞こえなくなった。
しかも、廊下が異様に長い。
どんどん奥へ進む。
左手の壁に、ドアが見えてきた。まずは開けてみる。
「キャッ!」
静ちゃんが悲鳴をあげた。口もとを押さえる。
部屋のなかには、十二単を着た女のひとが、丸まって横たわっていた。
すそから、巨大な蛇のしっぽがのぞいている。
美沙ちゃんは冷静に、
「蛇の妖怪さんですか」
と言った。
私は、
「シーッ」
と注意した。
美沙ちゃんは、
「寝てるみたいですよ」
と言って、肉球で女の人をゆびさした。
たしかに、寝息が聞こえる。
邪魔にならないうちに、退散。
ドアを閉めた。
パタン
「次、行こう……」
さらに奥へ奥へと進んでいく。
ものすごく変な建物だ。
外見よりも、内側の構造のほうが広い。
次のドアを見つけるまで、すこし時間がかかった。
「じゃ、開けるね……」
そーっと──あッ。
和室の中央に、おじいさんがひとり、ぽつんと座っていた。
丸坊主で、おでこがすごく盛り上がっていた。ひたいに深いしわがある。
正座をして、手には湯呑みを持っていた。
おじいさんは、まるで私たちの来室を、予期していたかのようだ。
やわらかい笑顔で、
「ほっほっほ、これはめずらしい、妖怪でも人間でもないかたがたが、3人も……いや、おひとりは人間か。して、なんのご用ですか?」
とたずねてきた。
私が返事をしかけると、美沙ちゃんは、
「この妖怪、オーラがヤバいです。とんずらしましょう」
と言って、猫の爪でスカートを引っ張った。
はい、了解。ドアを閉める。
パタン
次のドアをさがす。
突き当たりを右に曲がって、共同洗面台を通過。
ようやく3つ目を発見。
お邪魔します──あッ。
ちっちゃい和室のすみっこに、飴玉お姉さんがいた。
体操座りをして、立てたひざのあいだに、顔をうずめていた。
赤い髪が、両サイドに流れている。
静ちゃんは、
《なにか悲しいことでも、あったのかな?》
と、テレパスを送ってきた。
私は声を立てないように、テレパスで返す。
《イッポリト星人は、こうやって寝るのが普通……》
《カニさんのおねんね、ってわけか。どうする?》
とりあえず、武装解除。
私は持参した検知器で、室内をスキャンした。
……………………
……………………
…………………
………………あれ?
危険物の反応は、出なかった。
《カンナちゃん、どう?》
《凶器はないみたい……》
《そっか、じゃあ取り押さえて終わりだね。私のサイコキネシスでやる?》
《お願いします……》
静ちゃんの体から、ふわっと圧が起きた。
その瞬間、スーッと電灯が消えて──また明るくなった。
「あッ……」
周囲の景色が変わった。
ボロアパートの部屋は消失して、真っ白な壁を持つ、方形の空間になった。
電灯がないのに、部屋のなかは明るい。
私たちは、そのすみっこに立っていた。
ドアもなくなって、脱出不能に。
これは──部屋の中央に、ホログラムがあらわれた。
〈わっはっは、アホなシャートフ星人を捕まえたぜぇ〉
飴玉お姉さんことイッポリト星人は、邪悪な笑みを浮かべていた。
「しまった……罠だったか……」
〈いや、ほんとに寝てた。おまえらがセキュリティに突っ込んできただけ〉
ん? 罠じゃないのか。
美沙ちゃんは、
「罠のほうがよかったですね。これじゃ、こっちがアホの子ですよ」
と嘆息した。
〈火口に舞い降りた碧岩竜ってやつだよなあ、こいつは〉
「はわわわ、ヤツメヤギにも死角はある、になっちゃった……」
私たちの会話を聞いた美沙ちゃんは、
「宇宙ことわざごっこをしてる場合じゃありません。どこなんですか、ここは?」
と息巻いた。
〈んー、そっちのふたりは、地球人だよな? あたしになんの用だ?〉
私は代表して、
「麻薬の密売容疑で、逮捕します……」
と告げた。
〈はぁ? 麻薬の密売? なに言ってんだ?〉
「ごまかしてもムダです……静先生、美沙先生、よろしくお願いします……」
美沙ちゃんは猫からもどって、魔法のステッキをとりだした。
「宇宙人さん、もしかしてここは、宇宙船のなかですか?」
〈そうだぜぇ。このまま海に捨ててやるよ〉
「わかりました。では、Sta!」
美沙ちゃんは、ステッキを振った。
ガコンと、空間が揺れた。
私たちは思わず転倒しかけた。
静ちゃんは、
《じ、地震?》
とあせった。
美沙ちゃんは、
「すみません、UFOを止めた経験がないので、急ブレーキになってしまいました」
と謝った。
ホログラムも転倒していた。
このようすだと、本人も転倒したっぽい。
私はすかさず、
「静ちゃん、このまま宇宙船を、目立たない場所へ……」
と指示した。
《目立たない場所って、どこ?》
「うーん……瀬戸内海の無人島とか……」
すると美沙ちゃんは、
「艶田市にある、私の館へ運んでください。あそこなら隠せます」
と提案した。
静ちゃんはうなずいた。
《りょーかい、レッカーしまーす》
宇宙船が動き始めた。
加速を感じる。
イッポリト星人は、ようやく立ち上がって、おろおろした。
〈な、なんで操縦が効かねえんだ? おまえらなんかしてるだろッ!〉
はい、それではボッシュート。
いざ、艶田市へ。
三〇分後、私たちは艶田市の山奥にいた。
大きな洋館のまえ、舗装されていない敷地に、宇宙船を着陸させた。
このカクカクしたデザインは、いかにもイッポリト星人好みだね。
あきらかに安いモデルだけど。
イッポリト星人は、静ちゃんのサイコキネシスで拘束済み。
地面にあぐらをかいて、両腕を背中に固定されている。
「それでは、事情聴取を始めます……」
「くそぉ、なんでエスパーが辺境の星にいるんだよ」
「まずは名前を……」
「裁判所に訴えるぞッ!」
「静ちゃん、もうすこしきつく……」
静ちゃんは出力をあげた。
イッポリト星人の両腕が、急角度にねじれる。
「いでででッ!」
《甲殻類から進化しただけあって、人間より硬い感触がするなあ》
「静ちゃん、そのくらいで……」
あんまり拷問すると、美沙ちゃんがうるさいからね。
イッポリト星人は、ちょっとぐったりした。
「生物権侵害だぞッ! 生物権侵害ッ!」
「お名前を……」
イッポリト星人は、しばらくそっぽを向いたあと、口をひらいた。
「……バルターナ・メトロノフ」
「地球で麻薬の密売をしているのは、なぜですか……?」
「してねーって」
私は証拠写真を見せた。
「これはアメ配ってるだけだろ」
「この成分が宇宙麻薬に指定されていることは、知ってますか……?」
「知らね」
「じゃあなんで配ってましたか……?」
「あたしの星だと、みんな食べてる」
「みんな食べてる……?」
あ、そっか、この薬物、イッポリト星人にも効かないんだった。
耐性がある星では、地産地消を許可されている。
でも、全体としてつじつまが合わなかった。
「あげたあいてが中毒になったどうか、確認してましたよね*……?」
「そりゃ中毒性はあるだろ」
「麻薬だって認識してるじゃん……」
「地球人だってコーヒーとか飲んでるだろッ!」
ん? どういうこと?
よくわかんなくなってきた。
静ちゃんは、
《他の薬物をやってて、支離滅裂になってるんじゃない?》
と推測した。
ありえるし、それっぽいかな。
「宇宙IDを言ってください……」
「プライバシーだぞ、プライバシー」
「静ちゃん、もう一発……」
「あ~、言えばいいんだろ、言えば」
イッポリト星人は、IDを言った。
私は通信機をとりだして、局に連絡。
「もしもし……あ、おつかれさまです、カンナエア・トビセウスです……テラ系第三惑星で、犯罪者を捕まえました……はい、IDは……」
かくかくしかじか。
「はい……え……? 家出……?」
*196手目 飴玉お姉さん、本気を出す
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