608手目 蟹江さん
早朝、午前6時──私たちは、昨日と同じ公園に集まっていた。
すでに強くなっている日射しの中で、こどもたちに混ざって並ぶ。
前に立ったおじさんとおばさんが、笑顔であいさつ。
「はーい、今日もがんばっていきましょう」
ラジオ体操第一、はじめ。
「1、2、3、4……」
私、静ちゃん、美沙ちゃんの3人で並んで、ストレッチ。
背が高いから、一番うしろの列。おとなの保護者も何人かいた。
次は、胸をそらす運動。
《いたたた》
全然そらせてないエスパー。
腰に手をあてたかっこうで、うんうんうなっていた。
「静ちゃん、体が固いね……」
《こんな姿勢、ふだんしないよ》
そういう問題かな。
美沙ちゃんも、
「超能力で横着するから、そういうことになるんですよ」
と、手厳しい発言。
《おうちゃくってなに?》
「手を抜くことです」
《コスパと言って欲しいなあ》
次は、体を横にまげる運動。
静ちゃん、また曲がってない。
なんだかんだでいい汗をかいて、曲が終わった。
前で見本を見せていたおとなのひとは、
「はーい、それではスタンプ押しまーす」
と言って、小学生を集めた。
私たちは、こそこそと移動。
公園の影に隠れる。
《最初から、こうすればよかったんだよなあ》
「シーッ……」
運動は大事。
健康にも美容にも。
参加者は、ちらほら帰り始めた。
と同時に、公園の入り口に人影が現れた。
真っ赤な髪の、かごを手に持った女性。
「はいはーい、みんなおはよう、飴玉お姉さんだよ~」
こどもたちは、嬉しそうに手を振った。
「アメ玉お姉さん、おはよ~」
「今日もラジオ体操したよ。アメちょうだい」
「いい子には飴玉あげるよ~気持ち良くなる飴だよ~合言葉は~?」
こどもたちは一斉に、
「「「地球あげちゃいま~す」」」
と叫んだ。
犯行現場を確保。
全部録画した。
私がデータを整理しているあいだ、お姉さんは飴を配っていく。
こどもたちは、その場で頬張る。
静ちゃんはそれを見ながら、
《朝から堂々と、こどもに麻薬を配ってるのか。地球の治安、終わってるね》
と呆れ顔。
美沙ちゃんは、魔法のステッキを取り出して、
「犯罪宇宙人は叩き出しましょう」
と息巻いた。
「落ち着いてください……」
「現行犯ですよ?」
「地球は加盟惑星じゃないから、対処は慎重に……」
美沙ちゃんは腕組みをして、眉間にしわを寄せた。
「宇宙連合だか宇宙レンコンだか知りませんが、ここは地球です。地球人が決めます」
《そうだそうだ~選民意識をやめろ~》
あわわわ、原住民に反抗されている。
「とりあえず、お手柔らかに……」
「で、どうしますか? 焼きますか? 凍らせますか?」
お手柔らかにと言ってるのに。
「ひとまず、アジトを突き止めたい……仲間がいるといけない……」
「なるほど、では追跡しましょう」
私たちは、飴玉お姉さんを尾行した。
これが大変な道のりに。
まずお姉さんはコンビニに寄って、牛乳パックと煮干しを購入。
それを駐車場でパクパクゴクゴクして、ゴミ箱へポイ。
これを見た静ちゃんは、
《うへえ、変な朝食》
と、顔をしかめた。
そのあとは、小さなタバコ屋さんへ。
まだ7時だから、開いてるわけがない。
シャッターは閉まっていた。
お姉さんは、シャッターを叩いて、
「おーい、ばあさん、起きろ~!」
と叫んだ。
しばらくして、ガラガラガラという金属音。
よぼよぼのおばあさんが、売り場に現れた。
「起きてるよ。朝からうるさいねえ」
「タバコ、いつものやつ」
「コンビニで買いな」
「コンビニは年齢確認あるから、めんどいの」
おばあさんはぶつぶつ言いながら、タバコを出した。
ダメなのでは?
お姉さんは、その場でスパスパと吸い始めた。
右ひじをカウンターに乗せて、道路のほうを見ながら、
「この街に、絶対もう一匹いるんだけどなあ。そいつの宇宙船をかっさらえば……」
とつぶやいた。
おばあさんは、
「ええ、なんか言ったかい?」
と返した。
「独り言だよ、独り言。まあいいや、ばあさんに言ってもわかんねえだろうけど、そいつはどうもシャートフ星人くさいんだ。イッポリト星に不法侵入して、勝手に鉱山掘ってた陰湿宇宙人だぜ」
私は、ふたりの視線を感じる。
「静ちゃん、美沙ちゃん、イッポリト星人の言うことを信じるの……?」
《これさあ、2種族とも追い出したほうが、よくない?》
「そうですね、その案は深く検討する必要があると思います」
みなさん、落ち着いて。
「どうしてそんな酷いことを言うの……ウルウル……」
《嘘泣きはダメ》
「宇宙条約違反だよ……」
「いいえ、地球は加盟してないので」
とかなんとかやってるうちに、お姉さんはタバコを吸い終えた。
吸殻を、近くの灰皿に突っ込む。
「じゃ、ばあさん、長生きしろよ」
「あんたもね」
ふたたび追跡。
お姉さんは髪が真っ赤だから、けっこう目立つ。
通勤中のひとたちに、ちらちら見られていた。
とちゅうで大通りを折れて、路地へ。
私は光学迷彩で、静ちゃんはESPで、透明に。
美沙ちゃんは魔法で、黒猫に変身した。
こっそりと追跡。
静ちゃんは、
《このお姉さん、警戒心なさすぎじゃない?》
と言った。
美沙ちゃんも、
「たしかに、振り返るという行為すらしてませんね」
と返した。
んー、どうだろう。
それ自体は、おかしくないような。
静ちゃんと美沙ちゃんは、なんだかんだで地球人なんだよね。
異星人の気持ちは、わかりにくいのかもしれない。
宇宙連合に加盟してる惑星人から見たら、地球は科学水準が低い。辺境の星。現地の生物に襲われても、簡単に撃退できると感じる。僻地だから、宇宙警察と遭遇することも、普通は考えない。
とはいえ、これを言ったらまた揉めそうだから、黙っておく。
「とりあえず、追っかけよう……」
私たちは、路地をどんどん進んで行った。
お姉さんは、ときどき髪をかいたり、独り言を言ったりするだけだった。
右に曲がって、左に曲がって──ん?
「あれ……この道……」
《見覚えがある?》
このまま行くと、アレに到着するんじゃ。
私の危惧は当たった。
いきなりひらけた敷地が現れて、古いアパートが姿を見せた。
よくある外廊下じゃなくて、内廊下になっている、年代物のアパートだ。
壁はボロボロで、配管もあちこち錆びている。
屋根は一部がはがれていて、玄関の近くまで、雑草が伸びていた。
ここだけ、ひんやりとした空気が漂っている。
美沙ちゃんは猫の姿のまま、
「邪気を感じます」
とつぶやいた。
「だね……ここは妖怪アパートだよ……」
《魑魅魍魎そろいぶみじゃん。あ、私以外ね》
「難しくなった……」
《なにが?》
「宇宙公務員として、現地生物に対する過度な干渉は禁止……妖怪と共存してるなら、うまく分断させないと……」
《現地生物と恋愛するのは、過度な干渉じゃないの?》
お静かに。
私が迷っていると、うしろから聞きなれた声がした。
「ニャニャ、見かけん猫がおるわい」
ふりむくと、長い黒髪を垂らした、白装束の女性が立っていた。
タマさんだ。
タマさんは、鼻をくんくんさせた。
「む、人間の匂いがするぞい」
《え、この女のひと、もしかして妖怪?》
シーッ。
ここは美沙ちゃんに任せる。
美沙ちゃんは、黒猫の尾をふりふりして、
「ニャーニャー」
と鳴いた。
「ん? おぬしの飼い主の匂いか?」
「ニャー」
「そうかそうか、めんこい猫ちゃんじゃの。こんなところに、なんの用じゃ?」
「ニャーオニャーオ」
「赤い髪の女? ……ああ、蟹江ちゃんか」
ビンゴ。
なにをしゃべってるのかわかんないけど、アタリだ。
「ニャーニャー」
「んー、どの部屋じゃったかのぉ。下の階じゃったと思うが」
タマさんは、ニャハっと笑い、
「そうじゃ、わしが手伝ってやろう」
と言って、美沙ちゃんを抱きかかえた。
あ、いけない。
「いい毛並みじゃのぉ」
タマさんはそのまま、アパートに消えてしまった。
私と静ちゃんは、透明モードのまま相談。
《どうするの、これ?》
「蟹江さんっていう名前なら、イッポリト星人で間違いないと思う……」
《なんで?》
「イッポリト星人は、地球の甲殻類みたいなのから進化してる……」
《へぇ、それで硬いわけか。じゃあ、その蟹江さんを捜せばいいんだね》
とは言ったものの、敵の本拠地の可能性もあり──
私が逡巡していると、アパートから大きな悲鳴が聞こえた。




