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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第50局 狙われていなかった街(2015年8月8日土曜)
620/683

608手目 蟹江さん

 早朝、午前6時──私たちは、昨日と同じ公園に集まっていた。

 すでに強くなっている日射しの中で、こどもたちに混ざって並ぶ。

 前に立ったおじさんとおばさんが、笑顔であいさつ。

「はーい、今日もがんばっていきましょう」

 ラジオ体操第一、はじめ。

「1、2、3、4……」

 私、しずかちゃん、美沙みさちゃんの3人で並んで、ストレッチ。

 背が高いから、一番うしろの列。おとなの保護者も何人かいた。

 次は、胸をそらす運動。

《いたたた》

 全然そらせてないエスパー。

 腰に手をあてたかっこうで、うんうんうなっていた。

「静ちゃん、体が固いね……」

《こんな姿勢、ふだんしないよ》

 そういう問題かな。

 美沙ちゃんも、

「超能力で横着おうちゃくするから、そういうことになるんですよ」

 と、手厳しい発言。

《おうちゃくってなに?》

「手を抜くことです」

《コスパと言って欲しいなあ》

 次は、体を横にまげる運動。

 静ちゃん、また曲がってない。

 なんだかんだでいい汗をかいて、曲が終わった。

 前で見本を見せていたおとなのひとは、

「はーい、それではスタンプ押しまーす」

 と言って、小学生を集めた。

 私たちは、こそこそと移動。

 公園の影に隠れる。

《最初から、こうすればよかったんだよなあ》

「シーッ……」

 運動は大事。

 健康にも美容にも。

 参加者は、ちらほら帰り始めた。

 と同時に、公園の入り口に人影が現れた。

 真っ赤な髪の、かごを手に持った女性。

「はいはーい、みんなおはよう、飴玉お姉さんだよ~」

 こどもたちは、嬉しそうに手を振った。

「アメ玉お姉さん、おはよ~」

「今日もラジオ体操したよ。アメちょうだい」

「いい子には飴玉あげるよ~気持ち良くなる飴だよ~合言葉は~?」

 こどもたちは一斉に、

「「「地球あげちゃいま~す」」」

 と叫んだ。

 犯行現場を確保。

 全部録画した。

 私がデータを整理しているあいだ、お姉さんは飴を配っていく。

 こどもたちは、その場で頬張る。

 静ちゃんはそれを見ながら、

《朝から堂々と、こどもに麻薬を配ってるのか。地球の治安、終わってるね》

 と呆れ顔。

 美沙ちゃんは、魔法のステッキを取り出して、

「犯罪宇宙人は叩き出しましょう」

 と息巻いた。

「落ち着いてください……」

「現行犯ですよ?」

「地球は加盟惑星じゃないから、対処は慎重に……」

 美沙ちゃんは腕組みをして、眉間にしわを寄せた。

「宇宙連合だか宇宙レンコンだか知りませんが、ここは地球です。地球人が決めます」

《そうだそうだ~選民意識をやめろ~》

 あわわわ、原住民に反抗されている。

「とりあえず、お手柔らかに……」

「で、どうしますか? 焼きますか? 凍らせますか?」

 お手柔らかにと言ってるのに。

「ひとまず、アジトを突き止めたい……仲間がいるといけない……」

「なるほど、では追跡しましょう」

 私たちは、飴玉お姉さんを尾行した。

 これが大変な道のりに。

 まずお姉さんはコンビニに寄って、牛乳パックと煮干しを購入。

 それを駐車場でパクパクゴクゴクして、ゴミ箱へポイ。

 これを見た静ちゃんは、

《うへえ、変な朝食》

 と、顔をしかめた。

 そのあとは、小さなタバコ屋さんへ。

 まだ7時だから、開いてるわけがない。

 シャッターは閉まっていた。

 お姉さんは、シャッターを叩いて、

「おーい、ばあさん、起きろ~!」

 と叫んだ。

 しばらくして、ガラガラガラという金属音。

 よぼよぼのおばあさんが、売り場に現れた。

「起きてるよ。朝からうるさいねえ」

「タバコ、いつものやつ」

「コンビニで買いな」

「コンビニは年齢確認あるから、めんどいの」

 おばあさんはぶつぶつ言いながら、タバコを出した。

 ダメなのでは?

 お姉さんは、その場でスパスパと吸い始めた。

 右ひじをカウンターに乗せて、道路のほうを見ながら、

「この街に、絶対もう一匹いるんだけどなあ。そいつの宇宙船をかっさらえば……」

 とつぶやいた。

 おばあさんは、

「ええ、なんか言ったかい?」

 と返した。

「独り言だよ、独り言。まあいいや、ばあさんに言ってもわかんねえだろうけど、そいつはどうもシャートフ星人くさいんだ。イッポリト星に不法侵入して、勝手に鉱山掘ってた陰湿宇宙人だぜ」

 私は、ふたりの視線を感じる。

「静ちゃん、美沙ちゃん、イッポリト星人の言うことを信じるの……?」

《これさあ、2種族とも追い出したほうが、よくない?》

「そうですね、その案は深く検討する必要があると思います」

 みなさん、落ち着いて。

「どうしてそんな酷いことを言うの……ウルウル……」

《嘘泣きはダメ》

「宇宙条約違反だよ……」

「いいえ、地球は加盟してないので」

 とかなんとかやってるうちに、お姉さんはタバコを吸い終えた。

 吸殻を、近くの灰皿に突っ込む。

「じゃ、ばあさん、長生きしろよ」

「あんたもね」

 ふたたび追跡。

 お姉さんは髪が真っ赤だから、けっこう目立つ。

 通勤中のひとたちに、ちらちら見られていた。

 とちゅうで大通りを折れて、路地へ。

 私は光学迷彩で、静ちゃんはESPで、透明に。

 美沙ちゃんは魔法で、黒猫に変身した。

 こっそりと追跡。

 静ちゃんは、

《このお姉さん、警戒心なさすぎじゃない?》

 と言った。

 美沙ちゃんも、

「たしかに、振り返るという行為すらしてませんね」

 と返した。

 んー、どうだろう。

 それ自体は、おかしくないような。

 静ちゃんと美沙ちゃんは、なんだかんだで地球人なんだよね。

 異星人の気持ちは、わかりにくいのかもしれない。

 宇宙連合に加盟してる惑星人から見たら、地球は科学水準が低い。辺境の星。現地の生物に襲われても、簡単に撃退できると感じる。僻地だから、宇宙警察と遭遇することも、普通は考えない。

 とはいえ、これを言ったらまた揉めそうだから、黙っておく。

「とりあえず、追っかけよう……」

 私たちは、路地をどんどん進んで行った。

 お姉さんは、ときどき髪をかいたり、独り言を言ったりするだけだった。

 右に曲がって、左に曲がって──ん?

「あれ……この道……」

《見覚えがある?》

 このまま行くと、アレに到着するんじゃ。

 私の危惧は当たった。

 いきなりひらけた敷地が現れて、古いアパートが姿を見せた。

 よくある外廊下じゃなくて、内廊下になっている、年代物のアパートだ。

 壁はボロボロで、配管もあちこち錆びている。

 屋根は一部がはがれていて、玄関の近くまで、雑草が伸びていた。

 ここだけ、ひんやりとした空気が漂っている。

 美沙ちゃんは猫の姿のまま、

「邪気を感じます」

 とつぶやいた。

「だね……ここは妖怪アパートだよ……」

《魑魅魍魎そろいぶみじゃん。あ、私以外ね》

「難しくなった……」

《なにが?》

「宇宙公務員として、現地生物に対する過度な干渉は禁止……妖怪と共存してるなら、うまく分断させないと……」

《現地生物と恋愛するのは、過度な干渉じゃないの?》

 お静かに。

 私が迷っていると、うしろから聞きなれた声がした。

「ニャニャ、見かけん猫がおるわい」

 ふりむくと、長い黒髪を垂らした、白装束の女性が立っていた。

 タマさんだ。

 タマさんは、鼻をくんくんさせた。

「む、人間の匂いがするぞい」

《え、この女のひと、もしかして妖怪?》

 シーッ。

 ここは美沙ちゃんに任せる。

 美沙ちゃんは、黒猫の尾をふりふりして、

「ニャーニャー」

 と鳴いた。

「ん? おぬしの飼い主の匂いか?」

「ニャー」

「そうかそうか、めんこい猫ちゃんじゃの。こんなところに、なんの用じゃ?」

「ニャーオニャーオ」

「赤い髪の女? ……ああ、蟹江かにえちゃんか」

 ビンゴ。

 なにをしゃべってるのかわかんないけど、アタリだ。

「ニャーニャー」

「んー、どの部屋じゃったかのぉ。下の階じゃったと思うが」

 タマさんは、ニャハっと笑い、

「そうじゃ、わしが手伝ってやろう」

 と言って、美沙ちゃんを抱きかかえた。

 あ、いけない。

「いい毛並みじゃのぉ」

 タマさんはそのまま、アパートに消えてしまった。

 私と静ちゃんは、透明モードのまま相談。

《どうするの、これ?》

「蟹江さんっていう名前なら、イッポリト星人で間違いないと思う……」

《なんで?》

「イッポリト星人は、地球の甲殻類みたいなのから進化してる……」

《へぇ、それで硬いわけか。じゃあ、その蟹江さんを捜せばいいんだね》

 とは言ったものの、敵の本拠地の可能性もあり──

 私が逡巡していると、アパートから大きな悲鳴が聞こえた。

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