50手目 高校生男子の部A3回戦 御城vs並木(2)
4三金引、3五歩、同歩、2四歩、同銀。
「7三歩成」
あれ? 歩の成り捨て? ……あ、7五銀の阻止だね。
でも、これは……ピッ。30秒将棋になっちゃった。
ちゃんと29秒まで読んで……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同銀」
3五銀、3六歩、同金、3五銀、同角。
「6四角ですッ!」
7三同銀で、この飛び出しができるんだ。
7一角成が怖いけど、8四飛で耐えてるよ。7五銀打なら、同角、同銀、5四飛のスライドを追跡できなくて、後手が優勢なはず。
ピッ。ここで御城先輩も30秒将棋。
「いったん受けるか……5五歩」
すごい。これは角道を止めてるだけじゃなくて、さっきの8四飛〜5四飛を消した手だ。さすがは御城先輩。勝てるかどうか分からない。勢いで踏み込むよ。
「5七歩ッ!」
同角なら7一角成が消える。同銀なら7七歩成、同桂、同桂成、同金、6五桂。ここで7一角成とされても、7七桂不成が王手だから、なんとかなる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4四歩」
攻め合いだね。受けて立つよ。
3三金寄、4五桂、4七銀。金を逃げ回っても、しょうがない。
「一応は勝負形か……3三桂成」
御城先輩も、踏み込んできた。僕のほうが危ないかもしれない。
「これは同……」
ん、待ってよ。
同金、5七角、3六銀成、4三歩成、同金、2三飛成、3二金、2八龍。
(※図は並木くんの脳内イメージです。)
こ、これは僕が切れてるような……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5八歩成ッ!」
さきに歩を清算しよう。
同飛。取ってくれた。ここで手を戻す。3三金。
2八飛と戻ったら、3六銀成、4三歩成、同金、2三飛成、3二金、2八龍。
一見、さっきと同じにみえるけど、角が3五にいるから3五成銀とできる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3四歩」
飛車を見捨てたね。3二金、4三銀。これも厳しい。
取ったら泥沼だから、5八銀成、同玉、3八飛。
寄せの速度問題になってきた。
「本格的にマズいな……」
御城先輩は無表情に、4七玉とあがった。
今のは、ブラフかな? 入玉が怖いんだけど。
「7八飛成」
とにかく、金を回収しておこう。時間がない。
3二銀成、同玉、3三銀、同桂、4三金。
3三歩成の変化も気になったね。
4一玉、3三歩成、3八銀、5六玉、5八龍、4五玉。
きちんと寄せられるかな……6四の角が退くと、4二金打で僕が詰んじゃう。
うまい寄せ……上下から圧殺したい……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「よ、4八龍」
とりあえず王手。30秒じゃ読み切れないよ。
「止まったか? 4六桂」
うッ……止まった気がする。
適切な王手がない。
困惑した僕は、持ち駒に指を這わせた。
受けないといけない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
ああ、打っちゃった。これ、大丈夫かな?
同金、同角、同となら問題ないけど、4三歩成は危ない。間違えたかも。
「同金」
「同角」
「並木の意図が読めないな……4三歩成」
うぅ、そうだよね。歩を成ってくるよね。
これはもう、と金と角を交換するしかないよ。
「3三角」
と金を取ると、御城先輩は口元に手をそえて、しばらく考え込んだ。
「俺に寄りがあるのか?」
ないよ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同と」
4二金、4三金。
このままだと、千日手もみえる。4三同金、同と、4二金、3三金とか。
昴くん勝ちを見込んで、引き分けにしようかな。開始から30分経ってるし。
「4三同金」
御城先輩は、黙って同とと取った。
4二金、3三金、同金、同と、4二金、4三金。
このあいだも、真剣に考える。
さっきから読んでるのは、同金、同との瞬間に、4四歩。
(※図は並木くんの脳内イメージです。)
これが効かないかな?
同角で無意味かと思ったけど、そうでもないんだよね。例えば、4四同角、4二金、3三角成、同金、同とのとき、5三角か5三桂と打てる。どっちも先手が怪しい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4三同金」
「同と」
「4四歩」
僕は、試しに打ってみた。
御城先輩は、大きく息を吸い込む。両肘をテーブルに乗せた。
「千日手にしないのか?」
同角のあとでも、千日手コースはあると思う。ギリギリまで粘りたい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
え? 同玉?
これは、4二金、3三金、同金、同と、5二桂があるから、ダメなような……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4二金ッ!」
「1六角」
「!?」
そ、そんな手があるの? 凡人の僕にはみえなかったよ。
混乱した僕は、一瞬、頭のなかが真っ白になってしまう。
よ、4三金、同角成、4二金は、入玉されちゃうかな?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「さ、3二桂ッ!」
僕は、さきに桂馬を打った。
4五玉、4四歩。これには、同としかないはず。
「ミスったか……同と」
「同桂」
これが王手じゃないから、ちょっと不安だ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4三金」
これは同金とできない。同角成で寄らなくなる。
3四玉も防がないといけないから……3三金打かな?
「3三金打」
「……4四角」
あ、これは。
僕は、29秒ギリギリまで読み直した。
「5六銀」
同玉なら4七銀不成、6五玉は、4三金寄が詰めろのはず、4五玉は3六銀不成、同玉、3七金、2六玉、4六龍、1五玉、2四金の即詰みだね。
「ここまでか……俺の負けだ」
「ありがとうございました」
うわ、御城先輩に勝っちゃったよ。金星。
御城先輩は前髪をなでて、それから感想戦を始めた。
「4四歩に同角だったかもしれないな」
御城先輩と僕は、すぐに局面を戻した。
「3三金もありそうですね」
「それは即座に5六銀と打たれて、ダメなんじゃないか?」
5六銀……あ、そっか、ちょっと形が違うだけで、さっきの寄り筋と合流するね。
「即詰みかどうか、イマイチ分からなかったです」
「即詰みじゃないか? 同玉、4七銀不成、6五玉、6四銀。ここで5四玉は、6二桂、6三玉、7三金まで。5四玉に代えて7六玉は、7五歩、同銀、6五金、8六玉、8八龍、8七合駒、7五金、9五玉、9四歩までだな」
なるほど、詰んでるんだね。こっちの分岐は、御城先輩のほうが深く読んでたみたいだ。この変化はダメと踏んで、僕の深く読んでるほうへ来てくれたっぽい。
「だから、やるとしたら3三角成だったんだが、同金とくるだろう?」
「はい、その予定でした。同金、同と、5三桂かな、と」
「5四玉は8四飛で即死するから……4四玉だな」
御城先輩は局面をかえて、王様をまっすぐに立った。
……意外と手がないね。
「これは、ダメみたいです。5三角のほうが……」
「そうだな。5三角のほうが厳しそうだ」
僕は、桂馬と角を交換した。
「並木のほうに即詰みはない。これは俺の負けだろう」
「5三角って、詰めろになってますか?」
「なってるな。4四金と打って、5六玉、4七銀不成、6五玉、6四銀。ここで7四玉と上に逃げるのは、7三銀打、6三玉、6二飛で詰む。7六玉と逃げても、7五歩、同銀、6五銀打、8六玉、8八龍、8七合駒、7五銀、9五玉、9四歩。最初の7五歩に8六玉と逃げるのは、8八龍、8七合駒に7四桂だ」
「だったら、4三金で、詰めろ解除ですね」
「いや、それは解除になってない。5六銀といきなり捨てて、同玉、4七銀不成以下、結局詰むからな。3四玉と逃げても、2四金がある」
「……あ、これ、2通りの詰み筋が発生してるんですね」
4四金からの詰みと5六銀からの詰みを同時に消すのは、ムリだね。
「というわけで、4四同玉を選んでみたんだが、これもダメだったな」
御城先輩は、角をパシリと打ち付けて、3五の位置にもどした。
僕は、次の検討局面に悩む。いろいろ訊きたいことはあるんだけど──
「負けました」
「ありがとうございました」
大文字先輩が投了した。
「あっちは、さすがに魚住勝ちか……となると……」
御城先輩は、席を立った。僕も1番席を観にいく。
【先手:六連昴 後手:捨神九十九】
あれ……これって……。
「今、どっちの手番?」
僕は、近くにいた白鳥くんにたずねた。
白鳥くんはメガネをなおしながら、こっちを振り返る。
「並木、いたのか」
「どっちの手番?」
「捨神先輩だ」
あ……ってことは……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7八飛成」
昴くんは、ノータイムで同玉。
捨神先輩は、うっすらと笑みを漏らして、持ち駒の角に指を伸ばした。
「ほんとにギリギリの戦いだったよ……6九角」
……やっぱり詰んでる。
「13手詰めだったな」
と白鳥くん。
昴くんは、じっと角を見つめていた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
ギャラリーから、歓声が漏れた。僕は、嘆息。
それからしばらくのあいだ、沈黙がおとずれた。
「……8七の地点に駒を打たなくても詰むのは、意外でした」
昴くんの発声で、感想戦が始まった。
「アハッ、それは僕も意外だったよ。角と桂馬が利いてて、詰まないと思ったから。こっちはもう受けようがないし、どこかで7四角か7四桂が入ってたら、僕の負けだったね」
《これより、5分切れ負けになります。スタッフの指示にしたがってください》
ふたりが感想戦を続けるなか、会場にアナウンスが入った。
捨神先輩は、にっこりと笑う。
「ちょっと内容が難し過ぎたから、休憩にしてもいいかな?」
「はい、後日、ネットで検討しましょう」
ふたりは一礼して、席を立つ。
将棋盤に背を向けた昴くんと、僕の目が合った。
「ごめん、負けてしまった」
「あ、うん、お疲れさま」
「チームは?」
「残念だけど、負けたよ」
「0−3? 1−2?」
「1−2」
僕が答えると、昴くんはホッとしたような顔をした。
「よかった。並木くんが勝ったんだね。0−3だと終わるところだった」
「え? どうして?」
昴くんは、トーナメント表を遠目に見やる。
「そのときは、チームの勝数だけでなく、勝ち星差でも逆転されるから」
勝ち星差? ……そっか、第3ラウンドで、僕らと81Boysは勝ち星7。並んでる。さっきの試合で僕らが0−3負けだと、あっちは勝ち星8、こっちは勝ち星6。81Boysが0−3負けなんてしないだろうから、優勝は絶望的になっちゃってた。首の皮一枚で残った格好だ。
「のこり2ラウンドを2−1、2−1で凌げば、優勝できるかもしれない。第5ラウンドで、81Boysと再戦になる可能性が高い」
「そうだね」
僕は、確信をもってうなずき返した。
このあたりの計算は、カードゲームの大会で活躍してる昴くんの得意分野だ。
「ただ、こうなると心配なのは、兎丸くんたちのチームだ」
そう言えば、ピカピカの1年生も2連勝してたね。
僕らは、会場内で兎丸くんたちの姿をさがした。
「あそこにいるよ」
僕は、会場のすみっこを指差した。根津くんと椎名くんの姿もみえる。
「兎丸くんのところが勝ってたら、僕らは暫定3位……確認しに行こう」
場所:ジャビスコこども将棋祭り 高校生男子の部Aクラス 3回戦
先手:御城 悟
後手:並木 通
戦型:ムリヤリ矢倉
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △4二銀
▲2五歩 △3三銀 ▲5六歩 △5二金右 ▲6八銀 △5四歩
▲7八金 △4三金 ▲6九玉 △6二銀 ▲3六歩 △3二金
▲4六歩 △4一玉 ▲3七桂 △8四歩 ▲5八金 △8五歩
▲7七銀 △7四歩 ▲4七銀 △3一角 ▲9六歩 △7三銀
▲6六銀 △6四銀 ▲5五歩 △7五歩 ▲4五歩 △7六歩
▲5四歩 △同 金 ▲4六銀 △8六歩 ▲同 歩 △8五歩
▲同 歩 △8六歩 ▲7九角 △7三桂 ▲7四歩 △8五桂
▲8八歩 △4二角 ▲4七金 △3一玉 ▲4四歩 △同 金
▲4五歩 △4三金引 ▲3五歩 △同 歩 ▲2四歩 △同 銀
▲7三歩成 △同 銀 ▲3五銀 △3六歩 ▲同 金 △3五銀
▲同 角 △6四角 ▲5五歩 △5七歩 ▲4四歩 △3三金寄
▲4五桂 △4七銀 ▲3三桂成 △5八歩成 ▲同 飛 △3三金
▲3四歩 △3二金 ▲4三銀 △5八銀成 ▲同 玉 △3八飛
▲4七玉 △7八飛成 ▲3二銀成 △同 玉 ▲3三銀 △同 桂
▲4三金 △4一玉 ▲3三歩成 △3八銀 ▲5六玉 △5八龍
▲4五玉 △4八龍 ▲4六桂 △4二歩 ▲同 金 △同 角
▲4三歩成 △3三角 ▲同 と △4二金 ▲4三金 △同 金
▲同 と △4二金 ▲3三金 △同 金 ▲同 と △4二金
▲4三金 △同 金 ▲同 と △4四歩 ▲同 玉 △4二金
▲1六角 △3二桂 ▲4五玉 △4四歩 ▲同 と △同 桂
▲4三金 △3三金打 ▲4四角 △5六銀
まで130手で並木の勝ち




