606手目 ケティちゃん
※ここからは、捨神くん視点です。
《ただいま、大変混雑しております。順番にお繋ぎしておりますので、しばらく経ってから、おかけなおしください》
通話は切れた。
僕はタメ息をつく。
まいったな。全然繋がらない。
赤井さんの家に寄ってから、何回もかけ直している。
毎回同じ機械音声が流れた。
スマホの時計を見る。
発売開始から、30分以上経っていた。
Web予約も、混雑中の表示が出るだけだった。
真夏の太陽のしたで、僕は途方にくれた。
大通りに出たところで、ちょっと考える。
どうしようかな、不破さんなら詳しいかも。
不破さんの電話番号は──
「おーい、捨神ぃ」
ふりむくと、箕辺くんが手を振っていた。
「アハッ、箕辺くん、おはよ」
「日傘に歩きスマホは危ないぞ」
「今度さ、ケティちゃんの記念グッズが出るって話、おぼえてる?」
「ああ、40周年のやつか。来島が言ってた」
「今日から予約開始なんだけど、繋がらないんだよね」
箕辺くんの表情が変わった。
えッ、という顔。
「開始は明日だろ?」
「今日からだよ」
箕辺くんは、じぶんのスマホをチェックした。
口もとに手をあてて、青くなる。
「ヤバ……」
箕辺くんも、買う予定があったのかな。
「まだ開始30分くらいだからね、だいじょうぶだよ」
「いや……もう売り切れてると思うぞ」
こんどは、僕がおどろいた。
「え、ほんと?」
「こういうのは、10分くらいで完売する」
そうなんだ──しまったな。
クラシックのチケットとは、全然ちがうわけか。
読みまちがえた。
とはいえ、箕辺くんの焦りかたも、よくわからなかった。
箕辺くん、ケティちゃんグッズは、集めてないよね。
持ってるところ、見たことないし。
あ、もしかして、妹の薫ちゃん用?
とりあえず、対応を相談しよう。
と思ったところで、女の子の声が聞こえた。
福留さんだった。
「箕辺せんぱ~い」
箕辺くんは、すぐには気づかなかった。
スマホをいじりながら、ぶつぶつ言っている。
「箕辺せんぱ~いッ!」
箕辺くんは、ようやく顔をあげた。
「ふ、福留か、どうした?」
「先輩たち、どうしたんですか? なにかありました?」
「いや、なにもないぞ」
え、あるんじゃない?
福留さんに相談するチャンスだよ。
赤井さんもいる。
だけど、箕辺くんはヘルプを頼まなかった。
福留さんは、
「なにか困ったことがあれば、手伝いますよ?」
と、念押ししてきた。
「いや、ほんとになんでもない……捨神、ちょっと用事を思い出した。またあとでな」
箕辺くんはそう言うと、立ち去ってしまった。
なんで?
福留さんも変に思ったみたいで、
「なにかあったんですか?」
と、こっちにたずねてきた。
「んー……僕もよくわかんない」
「なにか困ったことがあるなら、あたしたちも手伝いますよ?」
福留さんに頼んだら、解決するかも。
僕は、ちょっと口をひらきかけた。
でも、こんなプライベートなこと、お願いしていいのかな。
箕辺くんがどっかへ行っちゃったのは、福留さんたちにメイワクをかけたくなかったからかも。グッズを探すのを手伝って、って言ってるのに近いし。
「アハッ、だいじょうぶだよ」
福留さんは、小首をかしげた。
あやしまれたかも。
悪いことしてるわけじゃないから、いいよね。
僕は福留さんたちと別れて、どうするか考えた。
善後策を練る。
……………………
……………………
…………………
………………あッ、そうだ。
天堂に、いろんなレアグッズを売ってる女の子がいた。
あれ、どうやって入手してるんだろ。
ちょっと高かった記憶がある。
僕は、その子の連絡先を知らないから、どうしたらいいのかわからなかった。
けど、お金が必要そうなのは、わかった。
たしか、現金払いオンリー。
お財布には、カードしか入ってない。
とりあえず銀行かな。
最寄りの支店は、この近くだ。
僕は銀行へ直行した。
自動ドアをくぐると、冷気に包まれた。
ATMに並んで、10万円ほどおろす。
いくらいるんだろ。
次は、不破さんに連絡を──あ、来島さんだ。
来島さんは、ポ○モンのキャラクターフード付きの、長袖シャツを着ていた。
僕といっしょで、日焼け防止みたい。
来島さんは、フードの中から覗き込むようなかっこうで、
「捨神くん、こんにちは」
とあいさつした。
「アハッ、こんにちは」
「なんだかゲンキないね?」
僕は事情を話した。
すると、
「ふーん……融通できなくもないよ」
と返ってきた。
「え、ほんと?」
「ただし、転売になっちゃうけど」
来島さんの話では、あるルートから転売してもらえるかも、ということだった。
「いくらくらいになりそう?」
来島さんはすこし考えて、ゆびを3本立てた。
「3万円?」
「高めに見積もって、それくらい。たぶんもうちょっと安い」
うーん、どうしよっか。
来島さんから買うか、天堂の女子から買うか。
天堂の女の子は、話したことがなかった。
つまり、知り合いから買うか、そうじゃないひとから買うか。
むずかしいね。
信頼できるのは前者、あとくされがなさそうなのは後者。
「……ごめん、来島さんにお願いしても、いい?」
「他にアテがあるなら、そっちを検討するのも、アリだと思うよ?」
「夏休みだから、その子と連絡がつくかどうか、わかんないんだよね」
「了解。差額はあとで精算ね」
僕は財布をとりだして、3万円を来島さんに渡した。
「じゃ、よろしく。ダメだったら連絡して」
「うん」
僕は来島さんと別れた。
ホッとひと息。
それじゃ、そろそろ飛瀬さんに、連絡しよっか。
赤井さんの家に寄ったみたいだから、まだこのあたりにいるかも。
電話する。
プルルル プルルル
あれ? 出ない。
どこに行ったんだろ。
プルルル プルルル
うーん、出ない。
僕が困惑していると、ピロンとMINEが鳴った。
カンナ 。o O(ごめん、今図書館)
あ、そうなんだ。
つくも 。o O(ごめん、邪魔しちゃったね。何時くらいに終わりそう?)
カンナ 。o O(報告書書いてるから、夕方までかかりそう)
そっか、缶詰状態なんだね。
このまえの2年生会でも、最近すごく忙しいって言ってた。
つくも 。o O(ゆっくりしてね。マンションの鍵はだいじょうぶ?)
カンナ 。o O(ありがと。だいじょうぶ)
僕はメッセージに「いいね」をして、中断した。
あとは、夕飯の買い物と──ん?
また箕辺くんだ。
なんか、お店から出て来た。
こんどは僕のほうから声をかける。
「箕辺くん、どうしたの?」
「お、捨神もか」
「なにが?」
「ケティちゃん人形がないか、調べてるんだろ?」
あ、そういうことか。
箕辺くんが出てきたのは、おもちゃ屋さんだった。
「ごめん、来島さんに、箕辺くんの分も頼めばよかった」
「ゆ……来島が、どうかしたのか?」
僕は、さっきのできごとを話した。
すると箕辺くんは、すごく複雑な表情になった。
「ケティちゃん人形を転売してもらえる? 来島から?」
「うん」
箕辺くんは、視線をそらして、
「ケティちゃんは、もう持ってるのか……?」
と、ひとりごとをつぶやいた。
「だれが?」
「な、なんでもない」
さっきから、どうも会話が噛み合わない。
「薫ちゃんのプレゼントじゃないの? 来島さんに、2つ目も頼んでみたら?」
「いや、それはマズい」
「どうして?」
箕辺くんは、一瞬口ごもって、
「俺は転売が嫌いだからだ」
と答えた。
「どうして? 仲介業だよね?」
「ああいうのは、買い占めとか万引きとか、そういうのが裏にあるからだ」
「え、そうなの? まさか、来島さんが不正に入手してるってこと?」
「そんなわけないだろッ!」
箕辺くん、いきなり怒らないで。
「遊子に限ってそんなことはない。俺は信じてるぞ」
な、なんだかよくわからないけど、この話題は、やめたほうがよさそう。
箕辺くんが転売嫌いなら、薫ちゃんも嫌いな可能性がある。
そういうプレゼントをもらっても、喜ばないかもしれない。
「僕はこのあと用事があるから、このくらいで失礼するよ」
「ああ、怒鳴って悪かった」
それじゃ、夕飯の買い物に行こう。
ケーキも買おうかな。
飛瀬さんとふたりきりで、楽しいことをいっぱいしようね。




