604手目 極度練習しなさい
※ここからは、福留さん視点です。
今日は、もみじちゃんの家で、女子会。
女子会と言っても、あたしともみじちゃんだけ。
人数じゃないよね。濃さだよ、濃さ。
あたしは畳のうえに寝そべって、スマホで漫画を読んでいた。
やっぱり『五月のトラ』は面白いなあ。
もみじちゃんの家は、すっごい和風。
今いる部屋も、アニメでしか見たことのないような、縁側のある和室。
あたしは黄色い横縞のあるTシャツに、ネイビーブルーのハーフパンツ。
もみじちゃんは、無地の白いTシャツに、カーキ色のハーフパンツ。
11時を回って、気温も上がってきた。
扇風機が回っているけど、暑い。
「もみじちゃん、エアコン入れない?」
「心頭滅却してください」
「いや、ムリ」
ヴィーヴィー
ん? スマホが振動した。
画面の上部から、電話の表示が出た。
普通の電話じゃなくて、SNSの無料通話だった。
将棋部のアカウント。
あたしはすぐには出ずに、
「将棋部のアカウント、だれが管理してたっけ?」
と、もみじちゃんに尋ねた。
もみじちゃんは、うちわであおぎながら、
「2年生のだれかじゃないですか。出たほうがよいのでは」
と返した。
んー、無視はよくないか。
あたしは電話に出た。
「もしもし福留です」
《私です……》
「!」
あたしは飛び上がった。
「美しき桜川の水面に輝く月にして将棋部主将様……」
《挨拶はいいです……夏休みの練習会は、いつしますか……? やりませんでは良心がない……》
「はい、必ずや……必ず明日には」
《また電話します……スケジュール調整してください……》
そこで通話は切れた。
あたしは胸を手でおさえながら、倒れた。
「ウウウ……」
「大変です、あずささんが」
もみじちゃんは、あたしにスポーツドリンクを飲ませてくれた。
プハッ、生き返った。
でも問題は解決していない。
「夏休みに練習会するって話、冗談だと思ってたんだけど」
「秋の大会があるので、冗談というわけには、いかないような……」
っていうかさ、スケジュール調整を1年生に丸投げって、おかしくない?
2年生がやることなんじゃないかな。
葉山先輩は忙しそうだったけど、他のふたりは、そうでもないような。
あたしは畳に寝っ転がって、
「3年生は来ないわけじゃん。2年生3人と、1年生4人……あ、歩夢がいるから、5人か。合計8人で回しても、けっきょくいつものメンバーなんだよね」
と言った。
「他校も呼びますか?」
「んー、集まるかなあ」
もうすぐお盆だし、前もって話してたわけでもない。
あたしはごろごろしながら、頭を使った。
天井の木目が、視界を右に左に流れていく。
「……虎向に相談するか」
この作戦は、失敗。
お盆前で集まれるわけないだろ、と一蹴された。
ですよねえ、という感じなので、反論もできない。
あたしはまた、ごろごろする。
ときどきジュースを飲む。
「……よもぎちゃんに相談しよう」
あたしは、よもぎちゃんにMINEをした。
既読がつかない。
だーッ、どっか行ってるっぽい。
デートか、デートなのか。
あたしはスマホを持ったまま、うつぶせになった。
「もっと女子高生らしいことをしたいなあ」
もみじちゃんは、
「好きなひとの自転車で、ふたり乗りするとかですかねえ」
と言って、頬に手をそえた。
あんなの地球温暖化で、できんっちゅーねん。
熱中症になる。
「っていうか、もみじちゃん、好きなひといるの?」
「いないです」
恋に恋する乙女か。
「そういうあずささんは、好きなひといるんですか?」
「捨神先輩とか、箕辺先輩とか、佐伯先輩とか」
「それはハーレムを作りたいだけですよね」
ハーレムじゃいかんのか。
あたしはまた仰向けになった。
「そもそもさ、いい男はすでにカノジョがいるわけよ、わかる?」
「そ、そうですか? さっきの3人のカノジョ、だれか言えます?」
……………………
……………………
…………………
………………
「いや、間違いなくいる」
「冤罪ですよね、それ」
「いや、いないってありえる? 捨神先輩とか、選びたい放題じゃん」
「あずささんの中で、捨神先輩はどういうキャラなんですかね……」
そういう問題じゃなくて──
ヴィーヴィー
ん、また電話だ。
「もしもし」
《あたし、飛瀬カンナ……今、あなたの家の前にいます……》
○
。
.
「飛瀬先輩、ヘルプミー……」
あたしは畳のうえに正座をして、命乞いをしていた。
両手を合わせて、拝む。
「どうしたの……?」
「すぐにスケジュール調整しますので、命だけは……」
「たまたま寄ったから、秋の予定を相談しようと思っただけなんだけど……」
なんだ、そうなのか。
あたしは正座を崩した。
「それを早く言ってくださいよ」
「なに……危ない話でもしてたの……?」
「捨神先輩に彼女がいるかどうか、です」
「今、楽にしてあげるね……」
ひえッ。
そのあとは、秋の個人戦、団体戦の打ち合わせ。
よもぎちゃんもいるときのほうが、良かったと思う。
まあ、連絡係があたしになってるし、しょうがない。
先輩は用事があるとかで、長居せずに帰ってしまった。
あとに残ったあたしともみじちゃんは、雑談。
「飛瀬先輩って、捨神先輩のこと、好きなのかな?」
もみじちゃんは、え、どうしてですか、と尋ねた。
「捨神先輩の話のときだけ、やたら感情的な気がするんだよね」
「友だちだからじゃないですか?」
「もっと個人的な感情だよ。人によって態度を変えるのは、あやしい」
もみじちゃんは、うーんとうなって、目を閉じた。
しばらく考える。
「……そういうあからさまなのって、ないと思います」
「えー、なんで?」
「普段はみんな平等に扱って、恋愛対象にだけ態度を変える、なーんてピンポイントなひと、むしろレアキャラじゃないですか?」
むむむ、一理ある。
あたしは、
「でも、飛瀬先輩、普段は感情の起伏がないじゃん。それが態度を変えるんだから、よほどのデカ感情があるとしか思えない」
と反論した。
もみじちゃんは、
「恋愛脳ですね」
とばっさり。
えーい、そこは論点じゃないのだ。
「スタート地点にもどろう。論点は、捨神先輩にカノジョがいるかどうかだよ」
「話を逸らしましたね」
「逸らしてないってッ!」
もみじちゃん、今日は当たり強くない?
なんかあったのかな。勘繰っちゃうよ。
ピンポーン
ひええええ、飛瀬先輩、戻って来たッ!?
「もみじちゃん、出て」
はいはい、と言いながら、もみじちゃんは玄関へ向かった。
すると、意外な声が聞こえた。
「す、捨神先輩ッ!?」
なぬ?
あたしも慌てて玄関へ向かう。
なんと、捨神先輩が立っていた。
日傘をさして来たらしく、手に高級そうなのを持っていた。
すこしブルーの入ったシャツに、カーキ色のデニム。
うっすらと汗をかいていて、セクシー。
捨神先輩は、いつもの困ったような笑顔で、
「アハッ、いきなりでごめん。飛瀬さんが来てなかった?」
と尋ねた。
あたしたちは、来てました、と答えた。
もみじちゃんは、
「でも、すぐにお帰りになられましたよ」
とつけくわえた。
捨神先輩は、
「あれ、じゃあ行き違いか……」
と言って、口もとにこぶしを寄せた。
そのポーズもセクシー。
もみじちゃんは、
「飛瀬先輩、なにか用事があるっておっしゃってました」
と言った。
「あ、それはぼ……あ、ううん、そっか、お邪魔してごめん」
と言って、そのまま帰ってしまった。
……………………
……………………
…………………
………………あやすぃ。
「もみじちゃん、今の、あやしくなかった?」
「え、なにがですか?」
「捨神先輩、飛瀬先輩と待ち合わせしてたんじゃないかな」
「ええ、まあ、そんな感じでしたが……それが、なにか?」
「スマホで連絡取ればいいだけなのに、行き違いっておかしくない?」
もみじちゃん、はあ、そうでしょうか、と、ごにょごにょ。
いやいや、これはあやしいよ。
事件の香りがぷんぷんする。
じゃけん、こっそりあとをつけましょうねぇ。




