表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第49局 オープンキャンパス(2015年8月7日金曜)
615/682

603手目 望郷

 玄関のドアのまえ。人通りを背景に、私は背筋を伸ばした。

 キャリーケースのハンドルに両手をそえて、頭をさげる。

「それでは、お世話になりました」

 伯母さんは、

「もうちょっと泊まっていっても、よかったのにぃ」

 と言って、笑った。

「受験勉強もありますので……もし合格したら、またあいさつに来ます」

「がんばってね」

 伯母さんは、駅まで送りましょうか、と言った。

 私は、だいじょうぶです、と答えた。

 それじゃあ、というところで、奥から小犬のハッちゃんが出てきた。

 ハッちゃんは、ちょこちょこちょこと歩いて、土間のまえで止まった。

 ワンと吠えて、また奥へちょとちょこと帰っていった。

 あいさつしてくれたのかな。

「ハッちゃんも、ばいばーい」

 私は伯母さんに、もういちど御礼を言って、駅へと向かった。

 電車に乗って、目黒へ。そこから山手線で品川に到着。

 帰省の時期だから、駅はごった返していた。

 私はH島行きの新幹線。

 そのまえにお土産を買う。

 荷物になるからここで買う、という選択になったのだ。

 キャリーケースがパンパンで、入らないのよね。

 家族と、学校の友だちと、部活と──ばらまく系がいいかな。

 消費期限も重要。

 今は夏休みだから、1ヶ月はもってもらわないと困る。

 というわけで、学校用には、ラスクをチョイス。

 家族には……フィナンシェは、どこでも買えるしなあ。

 このフルーツケーキがよさそう?

 銀座って書いてあるから、東京感がある。

 私は両方買って、紙袋に入れてもらった。

 お店を離れようとしたところで、ふいに声をかけられた。

裏見うらみ殿」

 ふりむくと、神崎かんざきさんが立っていた。

 今日は私服。白いノースリーブのシャツに、デニムを履いていた。

「見送りにきた」

「あ、わざわざごめん」

「拙者はもうしばらく、東京で羽を伸ばすとしよう。気をつけて帰られよ」

「つきそい、ありがとね。おかげで安心だったし、楽しかったわ」

 親が同伴だと、原宿とか渋谷で、あそこまで遊べなかったと思う。

 まあ、お母さんには悪いことをしたかな、という気もするけど。

 合格後はいっしょに来る機会があるだろうし、そのときということで。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん?

「神崎さん、ここ改札のなかだけど、入場券買ったの?」

 神崎さんは腕組みをして、不敵に笑った。

「ふふふ、さらばだ」

 こらーッ!


  ○

   。

    .


《まもなく、H島です》

 機械音声のアナウンス。

 私は大きく背伸びをした。

 うーん、つかれた。

 私は早めに席を立って、ドアのところで待機。

 H島の街並みが流れていく。

 ここに住んでるわけじゃないけど、やっぱり落ち着く。

 5分ほどで停車した。ドアがひらく。

《H島、H島です》

 ホームに降りる。東京とは違った香りが、あたりに漂っていた。

 私は階をひとつくだって、改札を出た。バス停へ向かう。

 ちょうどいいタイミングで、バスが到着。

 荷物を置きやすい席に座って、発車を待った。

「……あッ」

 窓から、見知った顔がみえた。

 よっしーこと、横溝よこみぞさんだった。

 横溝さんもバスに乗って、お金を払った。

「よっしー」

 私が声をかけると、横溝さんはふりむいた。

「あ、香子きょうこちゃん」

 横溝さんは、意外そうな顔をしていた。

 それもそうか。H島駅前で会うなんて、普通は思わないものね。

 横溝さんは、私のとなりに座っていいか、とたずねた。

 どうぞどうぞ。

 私は窓際に座っていたから、横溝さんは通路側に座った。

「香子ちゃん、どこか行ってたの?」

「うん、東京のオープンキャンパス」

 横溝さんは、ひとりで?、とたずねた。

 私は事情を説明した。

「神崎さんとだったんだね……怖くなかった?」

 なるほど、横溝さん視点では、そうなるのか。

 獄門ごくもん高校って、けっこう怖いイメージがあるらしい。

「むしろ安心だった。よっしーは、H島でお買い物?」

「それと、塾。このまえの模試のアドバイス受けてた……」

 塾というのは、通っている塾のことじゃなかった。

 前回の模試で会場になっていた、大手の予備校のことだった。

 そこで無料相談をしてもらえる、と。

 ちょっと心配しすぎじゃないかしら。

「よっしー、AOで行くんじゃなかったの?」

「AO落ちたら、一般で受けないといけないから……」

 なるほどね……それでも心配しすぎだと思う。

 横溝さんは、学校の成績が悪いわけじゃない。

 それに、藤花ふじはな女学園は、進学校だ。

 まあ、横溝さんの性格からして、楽観的になろう、と言ってもムリがある。

 私は話題を変えることにした。

 夏休みの過ごしかたとか、学校の宿題とか、その他いろいろ。

 横溝さんが一番くいついてきたのは、東京観光の話だった。

「原宿かあ……楽しそう……」

「うん、楽しかった」

「卒業旅行で、そういうところに行けたらいいよね……ムリだろうけど……」

 んー、どうだろ。

 女子高生だけで旅行は、ダメかなあ。

 私は伯母さんの家に泊まったから、ギリオッケーだった。

 かといって、男子といっしょに行く、はもっとダメそう。

 旅行の話題は、あんまりよくなかったかも。

 みんな、受験勉強中だもんね。反省。

 そのあとは無難な会話を続けて、駒桜こまざくら市に到着。

 私はバス停で、よっしーと別れた。

 真夏の日射しは、まだ強い。

 私は商店街の日陰をたどりながら、家路についた。

「おーい、裏見うらみぃ」

 げッ、この声は──ふりむくと、松平まつだいらが手を振っていた。

 イラスト入りのシャツに、短パンというかっこうだった。

 私はキャリーケースを引いて、すこし戻った。

 松平の第一声は、

「どうした、家族旅行か?」

 だった。

「オープンキャンパスへ行ってたの」

 そっか、と松平は答えた。

「両親と?」

「ううん、神崎さんと」

 松平は笑った。

「ハハハ、俺と行くより安全だな」

「まったく」

 私はお土産のふくろを片手に、キャリーケースを引き始めた。

 松平は、あわてて追いすがった。

「持つぜ」

「けっこうでーす」

「べつに我慢しなくていいだろ。俺は手ぶらだ」

 もう一回ことわったけど、松平は同じことを言ってきた。

 仕方がないから立ち止まって──紙袋をさしだした。

「じゃ、お願い」

「オッケ」

 松平は袋を受け取って、

「で、これから帰るのか?」

 とたずねた。

「ええ」

「じゃあ、そこまで送ってく」

 私は、ん?、となった。

「松平は、そっちのほうに用があるの?」

「ない」

 私は空いた手を、ふたたびさしだした。

 松平はしばらくその手を見て、肩をすくめてみせた。

「散歩」

「……ありがと、家の曲がり角まで、お願い」

「やけに具体的だな」

「ナルに吠えられるでしょ」

 松平は苦笑した。

「たしかに」

 私たちは商店街を抜けて、街路に入った。

 東京の話をする。

 松平は、まだ見たことがない街だ。

 私は、

「そういえば、なんでオープンキャンパスに行かなかったの?」

 とたずねた。

 松平は、

「母方のばあちゃん、調子が悪いんだ。万が一のことを考えて、家にいる」

 と答えた。

「危ないの?」

「どうだろうなあ、取り越し苦労な気も……っていうか、そっちのほうがいい」

 そうね、と私は答えた。

 もしおじいちゃんが重い病気になったら、私は東京へ行くのをやめただろう。

 今いっしょに住んでいるおじいちゃんは、お父さんのお父さんだ。

 お父さんのお母さんは、もういない。

 私がちっちゃいころに、亡くなっていた。

 記憶はあいまいだ。悲しかったかどうかも、覚えていない。

 なんだか薄情なひとと思われそうだから、他人には話していない。

 夏が、ゆっくりと過ぎていく。

 蝉の声、野菊の白さ、サルビアのしなびた花弁、ミミズの死体。

 見慣れた通りも、どこかよそよそしい気配があった。

 東京へ行っていたからじゃない。それはもう、過去の話。

 この街をはなれる未来が、やってくる。

 その未来が、ただの夢物語では、なくなってしまったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ