602手目 下町
神崎さんのアクロバット行動から、1時間後。
私たちは正門の前にいた。
「じゃ、がんばってね~」
森本さんは、わざわざここまで見送ってくれた。しかも、スポーツ施設を回ったあと、学食でいっしょに食事もしてくれた。とはいえ、森本さんがアルバイトをさぼりたかっただけなんじゃないかな、という気も。
私と神崎さんは、カレーをチョイスした。森本さんは、もっと別のを食べたら、と言ってくれたけど、私は、カレーが好きなので、と言ってごまかした。八ツ橋と食べ比べをするのが、真の目的。結論からいうと、味は微妙に違いつつ、まあこんなものかな、というチープ感は、同じだった。学食ごとの特徴って、そんなにないのかしら。
私たちは森本さんに手を振って、駅のほうへと向かった。
「すまぬ、最近、体がなまっていてな」
そういう問題じゃないでしょ。
森本さんがスルーしてくれたから、よかったようなものを。
「して、見学はこれで終わりか」
「そうね、ここからはフリー」
「ならば、観光しか手はあるまい」
その通りッ!
東京観光第2弾へ、出発ッ!
○
。
.
というわけで、やってまいりました。浅草です。
「一時間もかかるとは、東京の地理は、げに複雑怪奇」
ですね。こんなにかかるとは思わなかった。
乗り継いで乗り継いで、ようやく到着。
駅を出たときの第一印象は、これが下町かあ、だった。
建物が古いわけじゃないんだけど、昔からあるんだろうなあ、って感じ。渋谷とか原宿みたいに、どこかの段階で人工的に発展させました、という雰囲気がなかった。
とりま、浅草寺へ。
有名な雷門を通って、お土産物屋さんを左右に見つつ、お寺へ到着。お寺と言っても、わりと派手。赤い壁に、すごくおっきな屋根がついていた。あと、線香の匂いがすごい。
神崎さんは、黒い屋根を見上げながら、
「ひぃちゃんと来たときのままだな」
と、感慨深げだった。
こういうところで拝んでいる大谷さん、サマになってそう。
私も列にならんで、お賽銭を放った。
志望校に合格しますように、と。
合格祈願のお守りも買って、そのあとはお菓子を物色。
いろいろあるけど、全体的に和菓子が中心だった。
どら焼き、きんつば、雷おこし、人形焼。
私たちは人形焼を単品で買って、食べてみた。
カステラに、あんこを入れて焼いたお菓子だ。
名前には聞いていましたが、どれどれ。
もぐもぐもぐ。
……………………
……………………
…………………
………………むッ、これはッ!
神崎さんは、
「もみじまんじゅうのぱちものではないか」
とつぶやいた。
いや、神崎さん、それは東京のひとにケンカを売り過ぎ。
落ち着いて。
とはいえ、H島県民としては、第一感、
もみじまんじゅうに似ている
というのも事実。
ただし……ちょっと違うのよね。
生地の食感は、もみじまんじゅうのほうが薄い。
あんこも、味わいがなんとなく異なっていた。こっちのほうが、濃いような。
まあ、これはこれで美味しい。焼き立てだし。
安くてお土産にちょうどよさそうだったけど、地元の銘菓と似てるから、保留。
そのあと私たちは、スカイツリーへ移動した。
浅草へ行ったらスカイツリーでしょ、やっぱり。
下から見ると、めちゃくちゃ高かった。
そして、入場チケットも高い。
展望デッキの当日券は、2100円。
展望回廊も入れると、3100円。
神崎さんは、
「拙者がおぶって登ろうか」
と提案した。
遠慮しておきます。
そもそも周囲から丸見えでしょ。
今夜のニュースで流れてしまう。
とはいえ、払って登るかというと、それも微妙。
正確に言うと、このタイミングで登る必要はないかな、と。
理由は、ふたつ。ひとつは、大学に合格したら、いつでも来れるから。これを神崎さんに伝えたら、そういうのは大抵行かずに終わる、と言われた。ちょっと正論。
もうひとつの理由は、東京の夜景を見たいから。こっちのほうが重要。SNSにアップされている写真や動画だと、夜のほうがキレイかな、と思った。これはひとそれぞれだとしても、私はそうだった。
というわけで、今回はパス。
下から見上げて、土産話にする。
そのまま東京ソラマチへ移動。
スカイツリーのすぐ下にある、グルメとショッピングの通りだ。
私と神崎さんは、雑貨屋さんを中心に回った。
んー、このソールサンダル、かわいい。
「神崎さん、こういうの似合わない?」
「かかとが高い靴は履かぬ」
いやいや、似合ってるかどうかですよ。
他の棚も見てみる。
「このサングラス、UVカットに良さそう」
鏡のまえで、かけてみる。
ちょっと横に細い。もっと大きめのほうが、よさそう。
「神崎さんは、どう?」
かけてもらう。
神崎さんは、鏡で確認したあと、私のほうへ顔を向けた。
「どうだ」
……………………
……………………
…………………
………………殺し屋に見える。
インチキハリウッド映画に出てくる、ジャパニーズニンジャガールみたい。
神崎さんは、本物のニンジャガールだけど。多分。
「裏見殿、どうだ」
「あ、うん、似合ってる」
ウソじゃない。
かっこよすぎるというか、なんというか。
私たちはそのあと、スイーツを食べた。
甘味処のお店で、きな粉餅とお汁粉を注文。
店内は、いたって簡素。木製のテーブルと椅子が並んでいるだけで、和風のお店です、というアクセントはなかった。浅草でいくつか覗いてみたときと、違う。あのときは、壁に竹のデザインなんかがあって、インバウンド向けのアピールかな、というお店もちらほら。
きな粉餅は、ザ・きな粉餅。まったく奇をてらっていない。
お汁粉には、ソフトクリームが乗っていた。
それぞれシェアして食べる。
ふむふむ、なかなか美味しいですね。
ひとつだけ気になる点があるとすれば、ソフトクリームの甘みだった。
あんこを圧倒している気がする。
神崎さんも、同じ意見だった。
半分くらい食べて、私は、
「神崎さん、全部食べれる?」
とたずねた。
「どうした、口に合わぬか」
「お夕飯が入らなくなりそう」
なるほど、と、神崎さんは言った。
「ならば、ありがたくいただこう」
神崎さんは、両方の残りを、ぺろりとたいらげてしまった。
ありがとうございます。
お店を出て、散策。
別の雑貨屋さんに寄ったり、お洋服を見たりしながら、押上駅へ到着。
カラフルな改札のまえで、私は交通系ICカードを出した。
「神崎さんは、どうやって帰るの?」
「甘味を食べたゆえ、すこし運動したい。走って帰る」
「へ?」
「では、裏見殿、今日も楽しかったぞ。さらば」
神崎さんは、ハッと声をあげて、その場から掻き消えた。
近くにいた家族連れの女の子が、もろに目撃。
大声で、
「爸爸、日本真的存在忍者啦!」
と叫んだ。
なに言ってるのかわかんないけど、裏見香子、退散。
押上から浅草線で三田へ、三田から私鉄に乗り換えて、武蔵小山へ。
伯母さんの家に帰ってみると、英断だったことが発覚。
夜はお寿司だったのだ。危ない危ない。
スーパーじゃなくて、お寿司屋さんで買って来たものらしかった。十二貫入り。
私はシャワーを浴びて、おじさんの帰りを待ってから、食事。
んー、マグロが力入ってる。
お茶も美味しい。
私が舌鼓を打っていると、伯母さんは、
「香子ちゃん、どの大学にするか、決まった?」
とたずねてきた。
私はニガ笑いしながら、
「いえ、まだ迷ってます。それに、合格しないと入れないので」
と答えた。
「それもそうか……ねえ、あなた、なにかアドバイスはないの?」
イクラを食べようとしていたおじさんは、手をとめた。
「私が通ってたときと、時代が違うからなあ」
はぐらかそうとしているわけじゃ、ないみたい。
というのも、やけにマジメに考えている表情だったからだ。
おじさんは、
「とりあえず、八ツ橋も都ノも、西のほうにあるからね。住むんだったら、新宿より西側になる。八ツ橋なら、三鷹、吉祥寺あたりまで、都ノだったら、調布あたりまで」
と付け加えた。
私は、東京の地理がまだ頭に入っていなかったから、
「それは、どういう意味ですか?」
とたずねた。
「かよいやすい範囲だよ。あとで調べてみるといい」
食事を終えたあと、私は歯をみがいて、おじさんの言う通りに調べてみた。
なるほどな、という結論に。
こういうエリア的な考えは、地方民だと難しい。
もうちょっと分析しないとダメかなあ。
そんなことを考えながら、私は深い眠りについていた。




