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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第49局 オープンキャンパス(2015年8月7日金曜)
612/682

600手目 若者の街

「おつかれさまでした。がんばってくださいね~」

 学生スタッフのエールを受けながら、私は教室をあとにした。

 個別ブースでの相談会は、30分くらいで終了。

 教員と学生スタッフからの説明が主だった。

 入試のシステム、学部で勉強すること、将来のキャリアなんかを訊いた。

 入試の話以外は、まだピンとこなかった。

 廊下に出た私は、あたりを見回した。

神崎かんざきさん、外で待つって言ってたけど……」

「ここだ」

 うわ、びっくりした(本日3度目)

 壁紙がいきなりはがれて、神崎さんが姿をあらわした。

「ちょっと、ひとけの多いところで、そういうのはダメでしょ」

「安心せよ。気づかれない自信がある」

 いや、あっちの高校生が、びっくりして2度見してるんですが。

 とりあえず、目立たないうちに移動。

 建物から出ると、強烈な暑さだった。

「して、まだ大学に用事はあるのか」

「ううん、ないわ」

 つまりは、自由時間。

 というわけで、東京観光に、出発ッ!

 私たちは駅から新宿にもどって、山手線に移動した。

 渋谷で降りる。

 どひゃ~、すっごいひと。

 ホームから改札までの移動が、大混雑。

 神崎さんは、

「導線がおかしいのではないか」

 と言って、周囲を一瞥した。

「ドウセン?」

「ひとの流れを誘導する順路のことだ」

 たしかに、と思った。

 なんだか、変に入り組んでいるような。

 ともかく改札を抜けて、ハチ公前に到達。

 ここも混雑していた。

 あの有名なスクランブル交差点があるからだ。交差点は、駅から見てまっすぐ正面、右斜め前、そして左右、合計4本の道をむすぶ大きなもので、数十人が一斉に渡れる規模だった。右へ向かう道路には、一般的な商業施設が立ち並んでいる。左へ向かう道路も、似た感じ。ホテルの併設された大型のショッピングモールが建っていた。

 一番特徴的なのは、ハチ公前から正面の方向だった。壁がスクリーンになっている、大きめのビルがまずあって、パチンコの広告が映っていた。そのビルを右手に進むと、さっきの右斜め前の道に入る。ここからじゃよく見えないけど、有名な渋谷センター街。サブカルや若者文化の中心地だ。そっちじゃなくて、ほんとうにまっすぐ進むと、道玄坂。道玄坂は、さらに右斜めと左斜めの道に分岐している。右斜めは文化村通りだった。

 スマホで自撮りしながら、ちょうど渡っているひとたちもいた。

 神崎さんは、

「ふふふ、じつはひぃちゃんと、一度来たことがあってな」

 と言った。

「え、そうなの?」

塁球るいきゅうの全国大会が関東であったとき、ちらっと寄った」

「ルイキュウ?」

「そふとぼおるの和名だ」

 渋谷に大谷おおたにさんと神崎さんって、なんだかミスマッチ──でもないか。服装だって、このあたりを歩いているひとのほうが、奇抜にみえる。ゴスロリとか、なんかのコスプレとか、ちらほらいた。なんだか自由な雰囲気がある。

 とりま、私たちも交差点を渡ることに。

 渡りながら撮影すると、危ない気がするから、渡る前にふたりでパシャリ。

 さらに渡ったあとで、動画撮影もしておいた。

 センター街を散策。カプセルトイを回したり、変わったお店に入ったり、いろいろ。文化村通りのほうへも行ってみた。女子高生が行くような施設は、こっちにはあんまりないっぽかった。ディスカウントストア、家電店、宝石店、喫茶店。喫茶店は高級なイメージで、なかなか入りづらいものを感じた。

 けど、神崎さんは、

日日にちにち杯の報酬で、ふところは暖かい。ひとつ、どうだ」

 と提案した。

 たしかに、あのときは囃子原はやしばらグループに、かなり奮発してもらった。

 私たちは相談して、手頃そうな喫茶店を選ぶことにした。

 ところが、これは失敗。

 ネットで見つけたところは、どこも満員で入れなかった。

 それもそうで、土曜日の昼下がりだ。みんなお茶をしてるに決まってる。

 神崎さんは、

「東京は、どこも混んでいるな。ろくに茶も飲めんとは」

 と嘆息した。

 むむむ、どうしましょう。

 並ぶのは、避けたい。暑さ対策をしていないからだ。

 日傘でも持ってくればよかったかしら。

 そんなことを思っていると、ふいに声をかけられた。

「見覚えのある顔だと思ったが、やっぱりおまえか」

 ふりかえると──金髪の若い白人男性が立っていた。

 え? だれ? と思いきや、すぐに知っている顔だと気づいた。

「ポール……さん?」

「そうだ。東京へ引っ越したのか?」

 神崎さんは、不審者と見たのか、一歩前に出ようとした。

 私は、あわてて紹介した。

「地元の知り合いの知り合いのひとよ」

 我ながら、漠然とした説明だと思った。

 猫山ねこやまさんの知り合いでしかないから、本当によくわからないのだ。

 とはいえ、なんでポールさんがここに、とまでは思わなかった。

 東京のひとだ、ということだけは、知っていたから。

 でも、まさか渋谷でばったり出会うとは。

 ポールさんは、

「アイは元気にしてるか?」

 とたずねた。

「ええ、お元気です」

「そうか」

 それだけの会話のなかに、安堵の気配があった。

 ポールさんは、

「で、おまえは東京に引っ越してきたのか?」

 と、もういちどたずねた。

「いえ、大学の下見です」

「ダイガク……universitéか、人間は勉強が好きだな」

 いやあ、どうでしょう。

 イヤイヤやってるひとのほうが、多いのでは。

 私だって、研究者になりたいほど好きかっていうと、そうじゃない。

 ポールさんは、

「渋谷はトラブルも多い。気をつけろ」

 とだけ言って、その場を去ろうとした。

 神崎さんは背中越しに、

「おぬし、このあたりには詳しいのか」

 と訊いた。

 ポールさんは、顔だけふりむいて、

「ガイドはしないぞ」

 と答えた。

案内あないは無用。茶の飲める穴場を教えて欲しい」

「ネットで探せ」

「どこも混んでいる」

 ポールさんは、わざとらしいタメ息をついた。

「それはガイドだろ」

「言葉の綾かもしれぬが、場所だけでよいのだ」

 ポールさんは、やれやれと言った調子で、

「俺の知り合いで、店をやってるやつがいる。そこでいいなら、な」

 と返した。

「かたじけない」

「ここが住所だ」

 ポールさんは、そのお店のカードを見せてくれた。

 ずいぶんアナログね。

 どれどれ……鶴弥つるや千年堂せんねんどう? 変わった名前だ。

 カードに書かれている住所を、スマホで調べてみた。

 あー、原宿へ向かって歩いて行くのか。

 ちょっと遠いけど、原宿も行きたかったから、結果オーライと考える。

 私は、

「ありがとうございました」

 とお礼を言った。

「事故らないようにな。アイにもよろしく伝えてくれ」

 私たちは、そこで別れた。

 スマホを頼りに、どんどん進む。

 人通りが多いから、歩くのにもひと苦労だった。

 10分ほど歩いて、ようやく到着、したものの──

「なんだここは、茶店さてんではないではないか」

 か、漢方屋さん。

 白い服を着た細身の男性が、カウンターに立っていた。

 ナビの間違いかと思いきや、看板に鶴弥千年堂と書いてあった。

「あの男、騙したな」

 んー、あの一件で、恨まれていたのでは……あッ!

 私は、張り紙に気づいた。

 漢方茶、この場でお入れします、とのこと。

 このことかあ。

 そりゃ、お茶を飲める穴場だろうけどさ、ポールさん、これはどうなの。

 さすがに漢方茶は飲まない。

 しかたがないので、そのまま原宿へ移動する。

 これまたすごい人、人、人。

 特に竹下通りはすごくて、ファッションのメッカみたいなところだった。

 神崎さんはあたりを見回しながら、

「ここも茶店はむずかしそうだ」

 と言った。

 まあ、そこはもうあきらめましょう。

「クレープ買わない?」

「甘味か。よかろう」

 私たちはクレープ屋さんに並んだ。

 私はイチゴの入った、ストロベリーのクレープを、神崎さんは、ツナと卵のフードクレープを注文した。歩きながら食べる。

 うーん、おいしい。

 お洋服を見たり、プリクラを撮ったり、アクセサリー雑貨を手にしたり。

 お土産も、こういうところで買えば、喜ばれるんだろうけどなあ。

 全員に配るには、予算が足りない。

 私たちは原宿を満喫したあと、16時頃に、駅前で解散した。

 私は山手線で目黒へ移動して、そこから武蔵小山へ。

 おばさんの家に帰ると、お夕飯の準備をしているところだった。

 クレープを食べたのは、余計だったかも。

 ま、けっこう歩いたし、いっか。カロリーは消費されたでしょ。

 お風呂に入って、夕食を食べて、今日一日のできごとをあちこちにSNSで報告して、終了。明日は、都ノみやこの大学のオープンキャンパスだ。

 電気を消したあと、私はすぐに熟睡した。

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