49手目 高校生男子の部A3回戦 御城vs並木(1)
※ここからは、並木くん視点です。
【第3ラウンド】
将棋プレアデス星団 vs 81Boys (改)
ピカピカの1年生 vs おらが将棋村
棋神ウォーリアーズ vs H市がなんぼのもんじゃ!
剣ちゃんズ vs 北西ブロック連合
Shogi International vs 思い出王手
こんにちは。僕の名前は、並木通。
ごく平凡な普通の男子高校生だよ。よろしくね。
コンビニで大好きな餡パンも買えたし、第3ラウンドに備えようか。
「大文字先輩、いよいよです」
昴くんは、トーナメント表を眺めつつ、そうつぶやいた。
「ああ、いよいよだな」
大文字先輩は、扇子をパチリと鳴らした。
僕も、なにかコメントしないとね。
「できる限り、がんばるよ」
……とは言っても、御城先輩に勝てる気は、あんまりしないんだ。
僕と先輩のあいだには、かなり棋力差があるから……レーティングで300近く。
でも、昴くんと大文字先輩もがんばってるから、僕もがんばるよ。
こんな中堅の僕を、わざわざチームに呼んでくれた恩もあるし。
「並木は、どういう作戦でいくんだ?」
と大文字先輩。
「御城先輩とですから、相居飛車になると思います」
「そりゃそうだが、矢倉にするのか? 角換わりにするのか? 横歩か?」
うーん……どうしよう。
「矢倉にしたいんですが、後手を引くと、選択肢は御城先輩にあるんですよね」
7六歩、8四歩。ここで御城先輩が、6八銀とする保証はないんだ。
「そうか……振り駒次第になりそうだな」
角換わりになったらなったで、かまわないんだけどね。
ただ、矢倉のほうが入ると思うんだ。
横歩は研究にハマりそうだから、止めておくよ。
「あら、並木くん」
あ、正力さんだ。黒い革手袋と黒いブーツが目印だね。
七日市の風紀委員なのに、こんなファッションしてていいのかな?
「並木くん、調子は、どう?」
「まあまあ、だよ」
「まあまあ……か。あいかわらず謙虚なのね」
そんなつもりはないよ。事実だよ。
だいたい、県大会でも毎回1、2回戦で負けてるんだからね。
「次は、だれと当たるの?」
「御城先輩」
「ふぅん……強敵ね」
そうなんだよ。強敵なんだよ。
「おそわれないように注意してちょうだい」
「それは、御城先輩に失礼だよ。男なら誰でもいいってわけじゃないんだから」
僕は女の子が好きだけど、女の子ならだれでもいいわけじゃないからね。
それと同じだよ。多分。
「私としたことが、風紀を乱す発言だったわね……撤回しましょう」
「正力さんは、だれと当たったの?」
「駒桜の飛瀬っていう人よ」
トビセ? ……聞いたことないかな。
「1年生?」
「いいえ、2年生よ」
「えーと、市代表じゃないよね?」
駒桜の市代表は、今年3年生の裏見先輩、それから、1年生で入った不良の不破さんに視覚障害者の春日川さん、中学3年生でアイドルの内木さん、2年生の箕辺さんしか知らないや。それより下は、3世代離れてるから、会う機会がないんだよね。
学生大会では、この3世代っていう数字が、とても重要なんだ。理由は単純で、3世代離れていると、中学と高校で一緒になることがないから。留年しない限りね。唯一の例外は、去年卒業した姫野先輩くらいかな。有名人だもんね。
「楓さんですら、あまり面識がないみたいね」
「同じ市なのに? だれと出てるの?」
「獄門の静さんと、椿油の美沙さんよ」
「えッ……なんていうか……すごい面子だね」
たしか、前空さんも、比較的最近出てきた選手なんだよね。
H県の西ブロックは、ほとんど神崎さん一強だったのに。
「美沙さんみたいに、風紀を乱すタイプじゃなければいいんだけど……」
黒木さんって、風紀を乱してるかな?
そりゃ、言動がちょっと変わってるし、なんか上から目線なところもある。
あと、自称魔女だったりするし……でも、冗談だよね。魔女裁判はダメだよ。
「それじゃ、おたがいにがんばりましょう。気弱にならないでね」
「うん、がんばろうね」
《これより、午後の部をおこないます。選手は着席してください》
アナウンスだ。
「よし、気張っていくぞ」
大文字先輩を先頭に、僕らは対局席へ移動。
まずは、捨神先輩を視認したよ。白髪だから、目立つね。
ところで、これはうわさに過ぎないんだけど……捨神先輩って、目が悪くないのにカラーコンタクトをしているらしいんだ。虹彩の色が、ほかの人と違うんだって。ほんとかな? 体のことだから、あんまり詮索しちゃいけないよね。自重するよ。
「お、並木、来たな」
御城先輩は、いつも本を読んでるよね……なんの本なんだろう?
「よろしくお願いします」
お手柔らかに。
駒を並べるあいだも、御城先輩は本から顔をあげなかった。
どうやって判断してるのかな? 駒の大きさと感触?
《振り駒をしてください》
さすがに、振り駒は捨神先輩かな? ……あ、そうだね。
捨神先輩は細長い指で駒をかき混ぜると、宙に放った。
「……歩が3枚、81Boys、偶数先」
「プレアデス、奇数先」
僕が後手だ。
《対局準備の整っていないところはありますか?》
ないよね……あれ? あるみたいだね。
女子のほうが、騒がしいよ。
「まったく、女どもはなにしてるんだ」
御城先輩は、女性にきびしい。
ドタドタドタ
……あ、西野辺先輩たちがもどってきた。
なんか言い争ってるね。いつものことだけど。
《ほかに準備のととのっていないところは、ありますか?》
返事なし。
《では、始めてください》
「よろしくお願いします」
僕が対局時計を押して、スタート。
御城先輩は、ようやく本を閉じて、7六歩。
僕は、小考した。
……………………
……………………
…………………
………………
「3四歩」
2六歩、4四歩、4八銀、4二銀、2五歩、3三銀。
やっぱり、角換わりは自信がないや。ムリヤリ矢倉にしよう。
「並木が振り飛車にするわけないよな。5六歩」
5二金右、6八銀、5四歩、7八金。
序盤は、とくにひねるところもないかな。
4三金、6九玉、6二銀、3六歩、3二金。
「4六歩」
これは……右四間かな?
でも、御城先輩が、そんな単純なことするかな?
用心しようか。4一玉、3七桂、8四歩、5八金右、8五歩、7七銀。
よくよく考えたら、5六銀とあがれないから、右四間はないね。
違う攻めをしてきそうだ。
7四歩、4七銀、3一角、9六歩。
ここで僕は、また小考。端を受けるかどうかだけど……受けるのは、端攻めのメリットがあるよね。デメリットは、7三銀〜6四銀の攻めをみせたとき、一手遅くなることかな。
一長一短って感じだ。
「7三銀」
15分30秒で長々と考えてもしょうがないし、受けないでいってみよう。
6六銀(先手はもう矢倉じゃないね)、6四銀。
「5五歩」
もう仕掛けてきた……タイミングとしては、妥当かな。
同歩……はないよね。同銀、同銀、同角、6四角、同角、同歩の総交換は、王様が4一にいる僕の不利。さすがは御城先輩、機敏な攻めだ。
だけど、僕も2連勝だし、ここは勢いにのって攻めるよ。
「7五歩」
これも、取ってくれないかな。7五同歩、同銀、同銀、同角が、3九角成をみせて先手になってるから。
「4五歩」
攻めを重ねてきたね……同歩、同桂、4四銀は、つながってるのかな? そこで4六歩と止めるのは、5五歩、2四歩、同歩、同飛、2三歩、2八飛(2七飛?)、7六歩。
(※図は並木くんの脳内イメージです。)
ザッと読んでみたけど……自信がないね。
これを選択するよりは、取らずに7六歩としたいかな。5四歩、同金、4四歩、同金、4五歩、5四金(4三金引もあるかな?)。これで、次に7五銀とすれば、同銀、同角が、3九角成をみせて急所。先手は4六銀とする暇がない。
うん、よさげだね。
「7六歩」
今度は、御城先輩が考える番だ。
僕は、鞄からアンパンを取り出すと、袋を開けた。
ぱくり……うん、おいしいね。コンビニの餡パンでも、十分に満足だよ。
「5四歩」
「同金」
「4六銀」
あッ……いきなり変化したね。でもこれは、御城先輩の小考中に気づいたよ。
「8六歩」
当然に攻めるよね。同歩、8五歩。これより速い攻めはない、はず。
「……同歩」
8六歩と垂らして……7九角。うん、そうしないと8筋が受からない。
きちんと対応されちゃったから、7三桂と跳ねよう。
7四歩、8五桂、8八歩……完全に落ち着いたかな。
僕の攻め、不発だった? 7三歩成があるから、7五銀とできないね。
やっぱり御城先輩は、強いな……どうしよう……。
僕は餡パンをむしゃむしゃしながら、続きを考えた。
「4二角」
王様を囲おうか。
「ずいぶんと悠長だな」
「そうですか?」
「いや、並木らしくて、いいんだが……4七金」
御城先輩も、攻めてこなかったね。4四歩が怖かったよ。
「3一玉」
「4四歩」
あ……このタイミングか……同銀でも同金でも、4五歩かな。あるいは、2四歩、同歩、4五歩かも。4七金は、このとき3六歩の反撃を防ぐためだよね、明らかに。4四同銀は、2四歩、同歩、4五歩、3三銀、3五歩、同歩、同銀、3四歩、4四銀(出ても大丈夫だよね?)、同銀、同歩、同金、4五歩かな。
(※図は並木くんの脳内イメージです。)
2三歩を入れたほうがいいのか、迷うね。入れると歩切れ。
4四同金だと、やっぱり2四歩、同歩を入れてから、4五歩、4三金引、3五歩、同歩、同銀、3四歩、4四銀、同銀、同歩、同金、4五歩。形が変わらないね。どっちも後手が気持ち悪い……これ、もう僕が不利なのかな……。
ハッ、ダメだ。正力さんにも、悲観しないように言われたから、読み直すよ。
……………………
……………………
…………………
………………
これ? 途中の2四歩に同銀はダメかな?
4四歩に同金、4五歩、4三金引、3五歩(2四同銀の可能性があるから、こっちを先に入れてくるかも)、同歩、2四歩、同銀、3五銀、同銀……ん、待ってよ。ついでに3六歩も入れておこう。無視して2四銀と突っ込んできたら、3七歩成、2三銀成、2八とで間に合ってるね。3六歩、同金、3五銀、同角。
(※図は並木くんの脳内イメージです。)
これは、受けずに7五銀で勝てないかな?
7一角成、6六銀、8二馬、7七歩成、同桂、同桂成、同金、同銀成、7一飛、5一歩。次に6七成銀と寄るのが、かなり厳しいよね。5七桂、7九玉、7七銀打と攻めていけば、先手は寄りそうだ。
僕は、チェスクロを確認する。のこり時間は、僕が2分、御城先輩が5分。
差がついちゃった。もう指そう。
「4四同金」
僕が指すと、御城先輩は、ちらりとだけ口元をむすんだ。
「ふむ……これは、捨神次第になるかもしれないな……4五歩」




