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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第48局 懐かしのメンバー集まれ!(2015年8月8日土曜)
607/682

595手目 平和記念公園

 翌日、オレは駒桜こまざくら市立いちりつ高校の部室に顔を出した。

 夏休みだから、さすがにいないか──いないな。

 そもそも開いてなかった。

 あきらめて、応援部を訪問。

 後輩たちが、次の試合のミーティングをしていた。

 あんまり邪魔しちゃ悪いから、かるく見学して帰った。

 やれやれ、OGと後輩が会う機会って、あんまないんだな。そりゃそうか。大川おおかわ先輩だって、卒業したあとは、ほぼ会ってない。

 オレは、裏見うらみにMINEで連絡を入れてみた。

 オープンキャンパスで東京にいます、とのこと。

 マジかよ~、行き違い。

 同窓生には、連絡をとりづらいんだよなあ。まだお盆じゃないから、帰省してないやつも大勢いたし、みんながみんな夏休みってわけでもなかった。

 しょうがねえ、駒込こまごめに連絡とるか。

 スマホでピピピ、と。


 プルルルル プルルルル


《もしもし》

「お、駒込、オレだよ、オレ」

《やっぱり掛けてきたわね》

「やっぱり?」

《将棋のお誘いでしょ?》

「ちげーよ、どっか遊びに行こうぜ」

 オレは、いくつか候補を提案した。

 近場のテーマパークの、アタリーに行く。

 H島市内に出る。

 姫野ひめのの家に突撃する。

《姫ちゃんは、どっか出かけてるらしいわよ》

「なんで知ってんの?」

《さっき将棋に誘ったら、いないって言われたから》

「将棋から離れろ。で、どうする?」

 駒込は、しばらく黙った。

 悩むなんて、めずらしい。

 まどかちゃんに任せる、とかなんとか言いそうなのに。

《H島市内に出ない?》

「お、ずいぶんとアクティブだな」

《日日杯の選手が、まだいるかもしれないのよね。ちょっと探してみたいわ》

「探してどうするんだ?」

《将棋をするのよ》

 だから将棋から離れろって。

 ま、いいや、どうせ会える可能性なんて、ほぼない。

 連れ回す口実はできた。

 オレたちは駒桜のバス停に集まって、H島市へ出発。

 夏休みだけあって、こども連れがめちゃくちゃいた。

 みんなどっかへ遊びに行くんだろうな。

 オレたちはH島駅前で降りて、行き先を相談。

「とりあえず、ぶらぶらしね?」

「そうね」

 路面電車で、H丁堀へ。

 降りたあとは、中央通りをぶらぶら。

 ショッピングモールに寄ったり、いろいろ。

 道中の話題は、昨日の木原きはらの披露宴から、大学生活へ移った。

晩稲田おくてだの将棋部って、やっぱり強いの?」

「なんだ、偵察か?」

「近畿と関東じゃ、ほぼ当たらないでしょ」

 たしかに、あの大会、なんだっけ……王座戦くらいだな、東西で合流するのは。

 全国のブロック代表でおこなわれる、総当たりの大会。

 それ以外のとき、関東は関東で、閉じていると聞いた。

 とりあえず、質問に答えることにした。

「強いね。オレじゃレギュラーになれない……いや、これだと評価が足りないな。オレがレギュラーになれない大学は、ほかにもありそうだ。晩稲田は、姫野クラスがごろごろいる」

「どうかしら、姫ちゃんは、また腕をあげてるみたいだけど」

 かばうじゃん。

 まあ、姫野も県代表クラスだったし、過大評価ではないと思う。

 オレは鼻の下をかきながら、

「1年で、バカ強いのがふたりいる。変なコンビ。ひとりがメイド服を着て、もうひとりを、ぼっちゃまって呼んでる。コスプレ大会かと思って、ビビったぜ」

 と、舞台裏を教えた。

「名前は?」

朽木くちきたちばな

 駒込は、記憶をたどるように、こめかみに指をそえた。

「……朽木は知ってる。全国大会の名簿に、名前があったから」

「橘は?」

「知らない」

 そうなんだよ。

 こんだけ強いんだから、どうせ全国の常連だろ、と思いきや、違ってた。

 ほかの学生に訊いても、ダメだった。

「そういえば、まどかちゃん、日日にちにち杯の会場にいた?」

「いや、一昨日おととい帰ったばっかだぞ」

「どうして来なかったの?」

 どうしてって言われてもな。

「興味がなかったわけじゃない……が、全国レベルのメンツは、ほぼ知らないんだよね。だから、ちょっと他人事だった。日程も合わなかった」

「……そう」

 ひさびさだね、その冷めた返し。

 かえって心地いいくらいだ。

 徒歩のまま、K屋町へ到着。このまま進むと、原爆ドームにつく。

「時期的に、平和記念公園まで行っても、よさそうだが……」

「べつにいいわよ」

 オレたちは、まっすぐ歩いた。

 しばらくして、原爆ドームが左手に見えてきた。

 県民だけど、そんなに何回も見た建物じゃない。

 このへんまでは、あんま歩かないし。

 そこから左に折れると、平和記念公園。

 川に囲まれた中州で、林が続いたあと、公園の広場に出た。

 左右に立ち入り禁止の芝生があって、あいだに舗装された道が通っている。

 その一番奥に、∩型の記念碑がおいてあった。

 訪問者も多い。

 半分以上は、観光客だろう。インバウンドも盛況だ。

 オレたちは、記念碑からすこし離れたところで、しばらく佇んでいた。

 真夏の太陽に照らされて、あたりはどこか揺らいでみえた。

 たまに吹く風が心地いい。

 オレは、ポケットに手をつっこんだまま、

「日日杯で、日程が合わなかったって言ったじゃん。開幕の8月1日は、大学の行事も、残ってたし……だけど、前回の日日杯は、もうちょっとあとにやってたらしい」

 駒込は、汗ばんだひたいから、前髪をどけて、

「……第9回の決勝の棋譜、日付が8月9日だった気がする」

 と答えた。

「そそ、でもさ、それだと開始は6日なわけじゃん。今回はH島大会だったから、その日が含まれないようにしたんだと思う。オレの勝手な推測だけどね」

 囃子原はやしばらってやつの配慮か、それとも、ほかのスポンサーか。

 その配慮が、どういう意図から出てるのか、それはわかんねえ。

 ほんとうに気遣ったのかもしれないし、黙とうのタイミングで大会の運営をどうするのか、それを考えるのが、めんどくさかっただけかもしれない。

 オレが物思いにふけっていると、背後から急に話しかけられた。

「ニャニャ、冴島さえじまさんと駒込さんじゃ、あーりませんか」

 ふりむくと、猫山ねこやまさんが立っていた。

 喫茶店のメイド服じゃなくて、ワンピース……って、ええッ、なにそのガラ。

 白をベースに、茶色と黒の模様が、まばらに混ざっていた。

 なんだろ、これ。虎柄とらがらじゃないし……三毛猫?

 さらに、グレーのワンピースを着た、ちょっと暗い感じの女性と、白装束を着た、能天気そうな女性もいた。ワンピースのひとは、麦わら帽子に日傘をさしていて、今にもバテそうな表情。白装束のほうは、うってかわって、ニヤニヤしながらこっちを見ていた。

 猫山さんは、

「今日も暑いですね~おふたりは、キセイというやつですか?」

 とたずねてきた。

 オレが代表して答えた。

「そうです。猫山さんは? お友だちとお茶ですか?」

「ナメちゃんがビールを飲みたいらしいので、今からビアガーデンです」

 悪いオトナだあ。

 ここで、白装束の女性がわりこんできた。

「ニャハハハ、女子高生諸君、気をつけて旅をするんじゃぞ」

「いえ、女子大生です」

「細かいことは気にするでない」

 なんだこのひと、会話がびみょうに噛み合わない。

 一方、日傘の女性は、汗だらだらで、

「早く移動しましょう~干からびる~」

 とあえいでいた。

 だいじょうぶか。ビール飲んでる場合じゃ、ないんじゃね。

 熱中症になるぜ。

 オレは、親切心から、

「汗をかいたら、水分だけじゃなくて、塩分もとったほうが、いいですよ」

 とアドバイスした。

 女性は、意識がもうろうとしているのか、

「デンプン?」

 と訊き返してきた。

「塩分です。塩ですよ、塩」

 オレがそういうと、女性は白目を剥いて、

「し、塩ッ!? 私を殺す気ですかッ!?」

 と返した。

 いやいや、なに言ってんだ。

 マジで熱中症なんじゃね。

 オレはポケットから、塩飴をとりだした。体育会系の味方。

「塩飴あげます」

「ぎゃーッ! 殺されるーッ!」

 女性は、日傘をほっぽりだして、逃げ出してしまった。

 陸上選手も真っ青のスピードで、公園の向こうに消えた。

「え、あの……」

「ニャハハ、ナメちゃん、そそっかしいですねえ。それじゃ、たまには八一やいちをご贔屓に。タマさん、行きましょう」

 猫山さんと白装束の女性は、傘をひろって、その場を去った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………どういうこと?

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