593手目 驚きの招待状
※ここからは、冴島さん視点です。
7月のとある夕暮れどき。
西日に背中を押されながら、オレは家路についていた。
東京の日没は、H島よりも早い。
オレの足もとには、長い影ができていた。
東京で大学生活を始めてから、4ヶ月弱。まだ慣れない。
高校と変わらない点があるとすれば、応援団と将棋部の、二足のわらじ。
応援団は、その延長みたいな雰囲気だ。将棋部は、けっこうちがった。
自発性があるというか、好き勝手やってるというか。
まあ、市立の将棋部も、好き勝手やってたしなあ。
説明がむずかしい。
それに、晩稲田じゃ、レギュラーは無理そうだ。
中野のアパートへ、ぶらぶら帰っていく。
都会だねえ。
ファッションセンスも、なんかちがうし──と、ついたついた。
5階建ての、ちょっと築年数高めなアパート。
オートロックでもない。
入り口から見て左側に、郵便受け。
今日もチラシが大量だな。
なになに、ピザ、整体、地域広報。
ん? なんだ、この封筒?
よくある茶色いやつじゃなくて、白い封筒だった。
差出人を見る──お、木原じゃーん。
MINEで連絡すりゃいいのにな。金の督促か?
高3のとき、千円借りてそのままだった気がする。
女子大生は金がないから、まだ返せないぜ。
まどかちゃん
やっほー、ゲンキしてる?
私はゲンキだよ。東京においしいものある? こんど買ってきてね。
ところで、結婚することになったから、披露宴の招待状を送るよ!
ゼッタイ来てね~♪
新郎 菅原道真
新婦 木原数江
○
。
.
真夏の駒桜市は、葉桜がキレイだ。
その枝の下を、オレはちょっと気取ったかっこうで、歩いていた。
ドレスにしようかなあ、とも思ったが、やっぱ似合わないからな。
男モノの礼服にした。レンタルスーツ。
ポケットに手をつっこんで、炎天下を歩く。あちぃ。
こういうとき、タクシーに乗れるといいんだが……おっと。
同窓を発見。うしろ姿に見覚えがある。オレと似たようなスーツを着ていた。
「おーい、スネ夫」
声をかけると、前髪に特徴のある男がふりむいた。
幸田だ。
あいかわらず、キザそうな顔してんなあ。
幸田は前髪を持ち上げながら、
「なんだ、冴島さんか」
と返した。
「こんにちは、くらい言えよ~」
「きみが言ってないだろ」
「チッ、あいかわらずだなあ」
「きみもね」
とりあえず、並んで歩く。
オレは、
「大学、どう?」
とたずねた。
「1年生だから、まだ特に、って感じ。冴島さんは?」
「部活で死ぬ」
「辞めたらいいんじゃないの?」
おまえなあ、そういうことを言うかね。
「スネ夫も部活忙しいっしょ」
「え、なんで?」
「将棋部は大会あるじゃん。それとも、関西は年イチ?」
「僕は将棋部じゃないよ」
「……マ? 帰宅部?」
「帰宅部って言い方は、大学生にはないと思うけど……電子工作部」
おーい、なんだその、趣味と実益を兼ねたようなチョイスは。
ちょっとショックなんだが。
将棋はもうやめたの?、とオレは訊いた。
スネ夫は、ややあきれぎみに、
「やってるよ、趣味で。むしろ、冴島さんはよく将棋部に入ったね」
と返した。
「そりゃ高校のとき、将棋部だったからな」
「晩稲田だと、レギュラーきつくない?」
「ベンチにも意味があるんだよ。わかるかあ?」
応援団の活動で、いろんな試合を観てきた。
ベンチはやっぱり大事。
応援の密度がちがうし、なにかあったときのバックアップ体制もちがう。
精神論じゃないぜ。組織論ってやつだ。
くどくど説明していると、スネ夫は、
「それにしても、菅原くんと木原くんが結婚とはね。冴島さんは、知ってた?」
と、話題を変えてきた。
「知ってたって、なにを?」
「高校のときから付き合ってた、って」
「いや……だけど、カレシがいるとは、言ってたんだよなあ*」
「そうなの?」
そーなの。あいてがみっちーとは、思わなかったが。
そのあとオレたちは、適当な話をしながら、会場へ向かった。
地元でそこそこ有名な、レストランに到着。
レストランウェディングだね。
オレはネクタイをなおした。
「よし」
ドアを開ける。
鈴が鳴った。正装した店員さんが出てくる。
「いらっしゃいませ」
招待状を見せる。
そのまま奥へ案内された。
店内は洋風で、明るいブラウンの木造りだった。
天井からは、小さなシャンデリア。壁には鏡がいくつかみえる。
棚には、高級そうなワイン。銘柄はわかんねえ。
それを通り過ぎて、ドアを開けると、広めの個室に出た。
白いテーブルクロスのかけられた、長方形のテーブル。
花が飾ってあった。披露宴用だろうな。ずいぶん凝ってる。
壁には、なんかの風景画。これは常設か。
先に到着しているメンバーもいた。
おとなしい赤のドレスを着た女と、メガネをかけたスーツの男。
女のほうは甘田、男のほうは千駄。
甘田はこっちを見るや否や、ニヤケ顔で、
「まどかちゃんじゃーん!」
と言って、くねくねしながらすり寄ってきた。
「おひさー、ゲンキしてた?」
「ああ、ゲンキだぞ。そっちは?」
「ぼちぼち」
なんだよ、ぼちぼちって。
「甘田、O阪化したかあ?」
「いや、O阪の大学じゃないんだけど……」
ん? そうだったか?
まあいいや。
オレは、
「今日は、だれが呼ばれてるんだ?」
と訊いた。甘田は、知らないと答えた。
すると、千駄が、
「同学年の将棋関係者だけらしい」
と教えてくれた。
マジ? 限定しすぎじゃね?
大川先輩も裏見も呼んでないってこと?
つっても、この部屋じゃあ、10人くらいしか入んないもんな。
「確定情報?」
「菅原くんから、そう聞いた」
確定情報っぽい。
オレたちはそのあと、立ったまま雑談をした。
大学生活のこと、最近見たドラマ、SNSのネタ。
将棋部の後輩が、なにをしているのか。
4人とも、今回の結婚式には、驚いていた。
そして、将棋を続けているのは、4人の中でオレだけだった。
甘田はお笑い研究会、千駄はアーチェリー部に所属しているらしい。
なんかショックだなあ。
しばらくして、ほかのメンバーも到着。
傍目、三宅、姫野の順。
傍目は、薄いグリーンのドレス、三宅はリクルートスーツ。
姫野は、ばっちり高級そうなブルーのドレスだった。
甘田と傍目のドレスは、レンタルっぽいんだよね。姫野だけ浮いてる。
姫野は開口一番、
「遅くなり、失礼いたしました」
と言った。
オレは、
「よお、姫野、ゲンキしてたか?」
とたずねた。
「はい、冴島さんも、お元気そうでなによりです」
「姫野は将棋部か?」
「はい……唐突なご質問ですね」
「ほかのやつらは、将棋部じゃないらしいぜ」
姫野は、知っている、と答えた。
「ストーカーかよ」
「強豪大の将棋部のメンバーは、おおよそ押さえると思いますが……」
んなわけないだろ。
千駄は腕組みをして、
「このようすだと、関西の次期会長は、姫野くんかな」
と笑った。
「それは上層部が決めることです」
「たしかに……さて、新郎新婦のご入場は、いつなんだろう?」
千駄の問いかけに、幸田は、
「そもそも、これって披露宴なの? 会食に見えるけど?」
と訊き返した。
「会食も立派な披露宴だ。結婚式、とは言ってないからね」
そのときだった。
入り口のほうから、
「会食みたいな披露宴で、悪かったな」
という声が聞こえた。
ふりかえると、背の低いヤンキー男が立っていた。
菅原だ。モーニングコートを着ていた。
オレたちは、順番にあいさつした。
幸田は、
「べつに会食を非難したわけじゃないからね」
と釈明。口はわざわいのもとだぜ。
ひと通りあいさつが終わったあと、菅原は、
「よく来たな。遠かっただろ」
と言った。
千駄は、
「おめでたい席に呼んでもらえて、うれしいよ。ところで、木原さんは?」
とたずねた。
「もうすぐ来る……と、来た」
ドアの向こうに、かわいいピンクのドレスを着た、木原があらわれた。
「おっは~、みんなひさしぶり~」
これまた順番にあいさつする。
オレが最後。
「今回は、おめでとさん」
「まどかちゃんも、ありがとね。今日は、あたしたちの3回目の披露宴だけど、一番楽しみにしてたよ」
??? 3回目?
オレは、どういう意味だ、とたずねた。
「呼びやすいひとから、順番にパーティーしてるの」
どうやら、披露宴というよりも、結婚おめでとうパーティーのようだ。
木原の地元の友だちが1回目、みっちーの地元の友だちが2回目、で、今回は県外に出た友だち。どれも少人数で、アットホームな雰囲気。
そういうの、いいねえ。
オレが関心していると、木原はお腹をさすって、
「赤ちゃんのために、お金を貯めないといけないからね」
と言った。
「……おめでた?」
「そうだよ」
「何ヶ月?」
「5ヶ月目」
幸田は、櫛で前髪をそろえながら、
「卒業で張り切りすぎたみたいだね、菅原くん」
と言った。
菅原は顔を赤くした。
「いいからさっさと席につけッ! ……って、駒込が来てないじゃないかッ!」
*96手目 思い悩む少女
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
3年3ヶ月に渡って続いた日日杯編は、前回で終わりです。
3位決定戦の結果は、みなさんのご想像にお任せします。
ここからは日常編にもどります。しばらく話題が転々としたあと、将棋大運動会編か、囃子原くん主催の特大イベント編に入る予定です。このふたつは、ふたたび長期連載になるかと思います。前回の大運動会は、駒桜市のメンバーが中心でしたが、今回はこれまでの登場人物全員から、27名を選抜します。8チーム+お邪魔虫チーム(前回の桐野、吉備、神崎トリオのポジション)です。
それでは、香子ちゃんの1コ上世代のお話を、お楽しみください。




