4手目 みかんは潮風に乗って
端歩ッ!?
「その顔は、読んでなかったっぽいの〜」
ええい、うるさーい。読んでなかったのは図星だけど、さすがにこれはムリでしょう。同歩、同香、同香、同角の狙いなんだろうけど……いや、それは偏見か。さっき私が読んだ6五歩と絡めてくるかもしれない。
例えば……1五同歩、6五歩、同歩、1五香、同香……6六歩?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これが狙いっぽいわね……端の突破じゃなくて、歩の入手。
5七金と逃げようが7七金と逃げようが、6五桂で金が死ぬ寸法だ。
「……金は助からないか」
「あ、そこまで読めてるの、すごいの〜」
なんですか、その子供みたいな言い方は。
いずれにしても、1筋が破れてるわけだから、1八飛を狙いましょう。
「1五同歩ッ!」
6五歩、同歩、1五香、同香、6六歩、5七金(桂馬で取られても、形が崩れないほうを選択)、6五桂。ここで1八飛としかけて、ふと手を止めた。このままだと、角がほとんど死に体だ。私はすこし考えて、5九角〜3七角のこびん狙いに方針転換。
「5九角」
「それも、いい手なの〜」
みかんさんは6四銀と上がって、先受けした。
3七角、4六歩、同歩。
金を逃げるチャンスができた? みかんさんのミス?
「まだまだ行くの〜7五歩〜」
くぅ、これは同歩とできない。かえって早くなるパターンだ。
4七金と逃げる? ……でも、金がそっぽだし、その隙に7六歩と取り込まれたら、こちらはすることがなくなる。反撃の足がかりを作っておかないと……。
「6九香」
私は金桂交換を許容して、6筋から反発することにした。
みかんさんは、5七桂成、同飛、7六歩と、一番過激に攻めてくる。
「6五歩ッ!」
いろいろ手はありそうだけど、こびんを狙うなら、ここ。
同銀だろうが7五銀だろうが、4五歩と突く。7三銀なら7五桂。
「いけいけどんどん7五銀〜」
「4五歩ッ!」
「ここで7三金打なの〜」
ッ!? まさかの金を投入ッ!?
「それは、攻め駒が足りないでしょッ! 4四桂ッ!」
「この筋を見落としてるの〜9五歩〜」
うッ……今度は、逆サイドの端歩を突かれた。
3二桂成で、飛車角両取りなのに?
「……あッ」
「うふふ、3二桂成なら、9一飛〜9六歩なの〜」
しまった……9二香が活きる展開になってる……3二桂成とできない……。
「30秒経ったの〜」
「ちょ、ちょっと待って」
私は額に手を当てて、じっくりと考える。
潮風でクールダウン。
「……7七歩」
8六歩だけは回避する。4四桂は、角筋の塞き止めに使うしかない。
「なかなか冷静なの〜9六歩〜」
7六歩、8四銀引。
7六同銀ともしてくれないのか……相当慎重に指してきてる……。
「6六香」
私は香車を飛び出した。
みかんさんは、これにも先回りして、7四金左と逃げる。
「6七飛ッ!」
もうこれに賭けるしかない。相手の陣形が、わけわかんないけど。
「6三歩〜これでどうするの〜?」
それは見えている。私は、3二桂成とした。
みかんさんは、4五飛と出る。3三成桂、同桂と角桂交換してから、4六歩。当然、2五飛とスライドされるけれど、2八歩と打って頑張る。
7五歩、4二角、7六歩、3三角成。
うむむ、なんだかこっちが振り飛車みたいな指し方になってる。
馬を作って穴熊を補強するとか、本末転倒だ。
「穴熊は圧殺するに限るの〜7五桂〜」
これも厳しい。飛車を逃げるしかない。
私はしぶしぶ4七飛と逃げて、9七歩成、同銀、同香成、同香、9六歩。
端攻めを、なんとか食い止めないと。
同香、9五歩。一瞬だけ隙ができた。
「1七桂ッ! 飛車が死んだわよッ!」
すこしは勝負形になってきた。
「9六歩〜」
これは……これは手抜けないか。
「9八香」
7七香、同桂、8六歩、8九香。
マズい。飛車を取ってる暇がない。
「飛車はあげるの〜1五飛〜」
しかも押し売られたッ!?
「ど、同角」
「これで決まりなの〜9七香〜」
……決まってる? 同香、同歩成……持ち駒は、歩桂香飛……9八歩、9六歩が詰めろになってて……放置は9八と、同玉、9七銀、9九玉、9八香まで。9八歩、9六歩、8八香と上がるのは、9八と、同玉、9七香、8九玉、9八銀で、逃げ道になっていない。
私はしばらく考えて、同香、同歩成、9八歩と打った。
「あ、千日手狙いなの〜」
これはもう、私の敗勢だ。千日手上等。
9六歩、9七歩、同歩成、9八歩で、千日手がみえる。
「でもでも、こっちがあるの〜8七と〜」
……………………
……………………
…………………
………………
私は力なく同香と取って、同歩成、8九香。
右側へ脱出する望みはできた……ものの、駒損が酷い。
「脱出もさせないの〜9八と〜」
え? と金を捨てた? ……詰んでる?
「同玉」
「9一香〜」
9七歩、同香成、同玉、9六歩。
……詰んでた。
最後、9八と、同玉に9七歩と叩く順だけを読んでいた。それなら8八玉と横にスライドして助かってたのに……まさか、香車を捨てて吊り上げる手があったとは……。
私は、大きく息をついた。
「負けました」
「ありがとうございました〜」
……………………
……………………
…………………
………………
ノーマル四間に圧殺された。ショック。
「ちょっと酷かったわね」
「そんなことないの〜お姉さんも強かったの〜」
お世辞なのか余裕なのか、よく分からない台詞で、感想戦が始まった。
「6九香と反撃せずに、4七金と逃げたほうがよかった?」
「7六歩で、どうするの〜?」
「そこで5五歩は?」
「枚数の関係で成立してないの〜5五同歩、5六歩、同歩、同金に5五歩で、簡単に止まるの〜1八飛とされたほうが、まだイヤなの〜」
うーん、そうか。適当に言い過ぎてしまった。反省。
「それに、7六歩とすぐ取り込まないかもなの〜4七金、4五歩、同歩、同飛、4六歩、2五飛、2八歩で、1八飛を阻止してから7六歩としたいの〜」
「4五歩、同歩、同飛、4六香じゃない?」
今回は6九香と打ってないから、香車は手持ちだ。
「4六香、2五飛、2八歩に4五歩で、香車が死んでるの〜」
あうち、これも失敗か。
「よ、4六香に代えて、4六金はあると思うよ」
うしろから、みかんさんの彼氏、烈くんが口を挟んだ。
小声で聞き取りにくい。もっと大きな声で話しましょう。船のうえだし。
「ダーリンが言ってる手は、ありそうなの〜4一飛、4五歩で、こびんの狙いは消えちゃうけど、7六歩、1八飛と回って、一局っぽいの〜」
なるほど、これもありそうだ。ちょっと出っ張ってるのが気になるくらいか。
私たちがあれこれ感想戦をしていると、アナウンスが入った。
《長時間の船旅、ありがとうございました。まもなく、M山、M山です》
あらら、1時間経っちゃった。
「みかん、荷物の整理があるの〜ありがとうございましたなの〜」
私たちは再度一礼して、キャビンにもどった。
桂太は、まだ寝ていた。よっぽど眠たかったようだ。
私は肩をゆすって起こした。
「んー……あと5分……」
「船がつくわよ」
桂太は目を覚まして、きょろきょろした。自宅だと思ってたんでしょうね。
私たちは荷物をまとめて、船をおりる準備。
ゆっくりと接岸して、またアナウンス。忘れ物がないように、とのこと。
「全部持った?」
「オッケー」
私たちが足もとに気をつけておりると、みかんさんたちが目に入った。
「あ、あれ? みかん姉ちゃん?」
桂太は彼女をみて、目を白黒させた。
「知り合い?」
「知り合いって言うか……うん、まあ」
みかんさんは、私たちを手招きする。案内してくれるのかしら?
私たちがそちらへ足を運ぶと、みかんさんは桂太に挨拶した。
「あ、やっぱり桂太くんなの〜」
「みかん姉ちゃん、こんにちは……やっぱりって?」
「そっちのお姉さんがウラミだったから、親戚だと思ったの〜」
マイナー苗字の宿命。
「みかん姉ちゃんは、なんでこの船に乗ってたの?」
「ダーリンとH島観光してたの〜桂太くんは、里帰りなの〜?」
そうだと、桂太は答えた。桂太の家系からみると、うちが一応本家なのよね。
「あ、烈も来てたんだ」
桂太は、おなじ中学3年生の烈くんに挨拶した。
烈くんも、同学年の同性だからか、すこし緊張がほぐれたようだ。
うっすらと笑って、
「ひ、ひさしぶり」
と答えた。
桂太はニヤニヤ笑って、ひじで烈くんを小突く。
「みかん姉ちゃんとデートしてたの?」
「……」
烈くんは、顔が真っ赤。
私は、男子ふたりのやり取りをよそに、みかんさんに話しかける。
「みかんさんって、ここが地元?」
「そうなの〜」
「K知に行く高速バスの停留所、教えてくれない?」
「おやすい御用なの〜リムジンバスでM山駅まで行って、そこから乗るの〜」
私たちは、港から出ているリムジンバスに乗って、JRの駅へ向かった。
途中、瀬戸内海の反対側をみやる。さすがに、中国地方の陸地はみえなかった。
北のほうに瀬戸内海があるっていうのは、なんだか違和感。
「お姉さんは、E媛で遊んでいかないの〜?」
隣に座っているみかんさんが、私に尋ねた。
「今回のスケジュールだと、ちょっとムリね」
「そんなにタイトなスケジュールなの〜?」
「そこまでじゃないんだけど、予算とか、いろいろ」
本格的に四国一周していたら、とてもじゃないけどお金が足りない。
「残念なの〜今度来るときは、道後温泉に寄っていくの〜」
バスは、20分くらいでM山駅に到着した。みかんさんたちも降りる。
「それじゃ、温田さん、石鉄くん、ありがとね」
「お姉さん、おもしろいひとなの〜連絡先教えて欲しいの〜」
なんじゃそりゃ。私は念のため、あまり使わないパソコンのメアドを教えた。
あやしいひとじゃないとは思うけど、用心に越したことはない。
みかんさんのほうは、あっさりとMINEのアドレスを教えてくれた。
「お姉さん、桂太くん、気をつけて行くの〜」
「ふ、ふたりとも、またね」
みかんさんと烈くんの見送りを受けて、私たちは切符売り場へ。
「さっきの女の子、桂太と知り合いよね?」
「知り合いというか……姉ちゃんも、ネットで顔見たことあるんでしょ?」
はい? 話が噛み合わない。
「全然」
「さっき、顔見知りっぽい感じだったじゃん」
私は、彼女と将棋を指したことを伝えた。
桂太は、びっくりして、
「えぇ? 絶対負けたでしょ?」
と言った。予想は合ってるけど、言い方がムカつく。
「あのね……世の中に、絶対はないのよ」
「だって、E媛の県代表だよ、あのふたり」
……………………
……………………
…………………
………………
え?
場所:H島〜M山間の高速フェリー
先手:裏見 香子
後手:温田 みかん
戦型:先手居飛車穴熊vs後手四間飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角
▲4八銀 △4二飛 ▲6八玉 △6二玉 ▲7八玉 △7二銀
▲5六歩 △7一玉 ▲5八金右 △3二銀 ▲7七角 △5二金左
▲5七銀 △9四歩 ▲8八玉 △6四歩 ▲9八香 △4五歩
▲6六歩 △7四歩 ▲9九玉 △7三桂 ▲8八銀 △4三銀
▲7九金 △5四銀 ▲3六歩 △8四歩 ▲9六歩 △8二玉
▲6七金 △6三金 ▲5九角 △1四歩 ▲1六歩 △8三銀
▲3七角 △7二金 ▲6八銀 △8五歩 ▲7七銀右 △4一飛
▲7八金 △9二香 ▲5八飛 △4三銀 ▲6八銀 △4四銀
▲7九銀右 △5四歩 ▲5九角 △5三銀 ▲6八角 △1五歩
▲同 歩 △6五歩 ▲同 歩 △1五香 ▲同 香 △6六歩
▲5七金 △6五桂 ▲5九角 △6四銀 ▲3七角 △4六歩
▲同 歩 △7五歩 ▲6九香 △5七桂成 ▲同 飛 △7六歩
▲6五歩 △7五銀 ▲4五歩 △7三金打 ▲4四桂 △9五歩
▲7七歩 △9六歩 ▲7六歩 △8四銀引 ▲6六香 △7四金左
▲6七飛 △6三歩 ▲3二桂成 △4五飛 ▲3三成桂 △同 桂
▲4六歩 △2五飛 ▲2八歩 △7五歩 ▲4二角 △7六歩
▲3三角成 △7五桂 ▲4七飛 △9七歩成 ▲同 銀 △同香成
▲同 香 △9六歩 ▲同 香 △9五歩 ▲1七桂 △9六歩
▲9八香 △7七香 ▲同 桂 △8六歩 ▲8九香 △1五飛
▲同 角 △9七香 ▲同 香 △同歩成 ▲9八歩 △8七と
▲同 香 △同歩成 ▲8九香 △9八と ▲同 玉 △9一香
▲9七歩 △同香成 ▲同 玉 △9六歩
まで136手で温田の勝ち