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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第1局 香子ちゃん、四国遠征編(2014年8月18日月曜〜25日月曜)
6/669

4手目 みかんは潮風に乗って

挿絵(By みてみん)


 端歩ッ!?

「その顔は、読んでなかったっぽいの〜」

 ええい、うるさーい。読んでなかったのは図星だけど、さすがにこれはムリでしょう。同歩、同香、同香、同角の狙いなんだろうけど……いや、それは偏見か。さっき私が読んだ6五歩と絡めてくるかもしれない。

 例えば……1五同歩、6五歩、同歩、1五香、同香……6六歩?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子(きょうこ)ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これが狙いっぽいわね……端の突破じゃなくて、歩の入手。

 5七金と逃げようが7七金と逃げようが、6五桂で金が死ぬ寸法だ。

「……金は助からないか」

「あ、そこまで読めてるの、すごいの〜」

 なんですか、その子供みたいな言い方は。

 いずれにしても、1筋が破れてるわけだから、1八飛を狙いましょう。

「1五同歩ッ!」

 6五歩、同歩、1五香、同香、6六歩、5七金(桂馬で取られても、形が崩れないほうを選択)、6五桂。ここで1八飛としかけて、ふと手を止めた。このままだと、角がほとんど死に体だ。私はすこし考えて、5九角〜3七角のこびん狙いに方針転換。

「5九角」


挿絵(By みてみん)


「それも、いい手なの〜」

 みかんさんは6四銀と上がって、先受けした。

 3七角、4六歩、同歩。

 金を逃げるチャンスができた? みかんさんのミス?

「まだまだ行くの〜7五歩〜」


挿絵(By みてみん)


 くぅ、これは同歩とできない。かえって早くなるパターンだ。

 4七金と逃げる? ……でも、金がそっぽだし、その隙に7六歩と取り込まれたら、こちらはすることがなくなる。反撃の足がかりを作っておかないと……。

「6九香」

 私は金桂交換を許容して、6筋から反発することにした。

 みかんさんは、5七桂成、同飛、7六歩と、一番過激に攻めてくる。

「6五歩ッ!」

 いろいろ手はありそうだけど、こびんを狙うなら、ここ。

 同銀だろうが7五銀だろうが、4五歩と突く。7三銀なら7五桂。

「いけいけどんどん7五銀〜」

「4五歩ッ!」

「ここで7三金打なの〜」


挿絵(By みてみん)


 ッ!? まさかの金を投入ッ!?

「それは、攻め駒が足りないでしょッ! 4四桂ッ!」

「この筋を見落としてるの〜9五歩〜」

 うッ……今度は、逆サイドの端歩を突かれた。

 3二桂成で、飛車角両取りなのに?

「……あッ」

「うふふ、3二桂成なら、9一飛〜9六歩なの〜」

 しまった……9二香が活きる展開になってる……3二桂成とできない……。

「30秒経ったの〜」

「ちょ、ちょっと待って」

 私は額に手を当てて、じっくりと考える。

 潮風でクールダウン。

「……7七歩」


挿絵(By みてみん)


 8六歩だけは回避する。4四桂は、角筋の()()めに使うしかない。

「なかなか冷静なの〜9六歩〜」

 7六歩、8四銀引。

 7六同銀ともしてくれないのか……相当慎重に指してきてる……。

「6六香」

 私は香車を飛び出した。

 みかんさんは、これにも先回りして、7四金左と逃げる。

「6七飛ッ!」


挿絵(By みてみん)


 もうこれに賭けるしかない。相手の陣形が、わけわかんないけど。

「6三歩〜これでどうするの〜?」

 それは見えている。私は、3二桂成とした。

 みかんさんは、4五飛と出る。3三成桂、同桂と角桂交換してから、4六歩。当然、2五飛とスライドされるけれど、2八歩と打って頑張る。

 7五歩、4二角、7六歩、3三角成。


挿絵(By みてみん)


 うむむ、なんだかこっちが振り飛車みたいな指し方になってる。

 馬を作って穴熊を補強するとか、本末転倒だ。

「穴熊は圧殺するに限るの〜7五桂〜」

 これも厳しい。飛車を逃げるしかない。

 私はしぶしぶ4七飛と逃げて、9七歩成、同銀、同香成、同香、9六歩。

 端攻めを、なんとか食い止めないと。

 同香、9五歩。一瞬だけ隙ができた。

「1七桂ッ! 飛車が死んだわよッ!」


挿絵(By みてみん)


 すこしは勝負形になってきた。

「9六歩〜」

 これは……これは手抜けないか。

「9八香」

 7七香、同桂、8六歩、8九香。

 マズい。飛車を取ってる暇がない。

「飛車はあげるの〜1五飛〜」

 しかも押し売られたッ!?

「ど、同角」

「これで決まりなの〜9七香〜」


挿絵(By みてみん)


 ……決まってる? 同香、同歩成……持ち駒は、歩桂香飛……9八歩、9六歩が詰めろになってて……放置は9八と、同玉、9七銀、9九玉、9八香まで。9八歩、9六歩、8八香と上がるのは、9八と、同玉、9七香、8九玉、9八銀で、逃げ道になっていない。

 私はしばらく考えて、同香、同歩成、9八歩と打った。

「あ、千日手狙いなの〜」

 これはもう、私の敗勢だ。千日手上等。

 9六歩、9七歩、同歩成、9八歩で、千日手がみえる。

「でもでも、こっちがあるの〜8七と〜」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 私は力なく同香と取って、同歩成、8九香。

 右側へ脱出する望みはできた……ものの、駒損が酷い。

「脱出もさせないの〜9八と〜」

 え? と金を捨てた? ……詰んでる?

「同玉」

「9一香〜」

 9七歩、同香成、同玉、9六歩。


挿絵(By みてみん)


 ……詰んでた。

 最後、9八と、同玉に9七歩と叩く順だけを読んでいた。それなら8八玉と横にスライドして助かってたのに……まさか、香車を捨てて吊り上げる手があったとは……。

 私は、大きく息をついた。

「負けました」

「ありがとうございました〜」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ノーマル四間に圧殺された。ショック。

「ちょっと酷かったわね」

「そんなことないの〜お姉さんも強かったの〜」

 お世辞なのか余裕なのか、よく分からない台詞で、感想戦が始まった。

「6九香と反撃せずに、4七金と逃げたほうがよかった?」


挿絵(By みてみん)


「7六歩で、どうするの〜?」

「そこで5五歩は?」

「枚数の関係で成立してないの〜5五同歩、5六歩、同歩、同金に5五歩で、簡単に止まるの〜1八飛とされたほうが、まだイヤなの〜」

 うーん、そうか。適当に言い過ぎてしまった。反省。

「それに、7六歩とすぐ取り込まないかもなの〜4七金、4五歩、同歩、同飛、4六歩、2五飛、2八歩で、1八飛を阻止してから7六歩としたいの〜」

「4五歩、同歩、同飛、4六香じゃない?」

 今回は6九香と打ってないから、香車は手持ちだ。

「4六香、2五飛、2八歩に4五歩で、香車が死んでるの〜」


挿絵(By みてみん)


 あうち、これも失敗か。

「よ、4六香に代えて、4六金はあると思うよ」

 うしろから、みかんさんの彼氏、(れつ)くんが口を挟んだ。

 小声で聞き取りにくい。もっと大きな声で話しましょう。船のうえだし。

「ダーリンが言ってる手は、ありそうなの〜4一飛、4五歩で、こびんの狙いは消えちゃうけど、7六歩、1八飛と回って、一局っぽいの〜」

 なるほど、これもありそうだ。ちょっと出っ張ってるのが気になるくらいか。

 私たちがあれこれ感想戦をしていると、アナウンスが入った。

《長時間の船旅、ありがとうございました。まもなく、M山、M山です》

 あらら、1時間経っちゃった。

「みかん、荷物の整理があるの〜ありがとうございましたなの〜」

 私たちは再度一礼して、キャビンにもどった。

 桂太(けいた)は、まだ寝ていた。よっぽど眠たかったようだ。

 私は肩をゆすって起こした。

「んー……あと5分……」

「船がつくわよ」

 桂太は目を覚まして、きょろきょろした。自宅だと思ってたんでしょうね。

 私たちは荷物をまとめて、船をおりる準備。

 ゆっくりと接岸して、またアナウンス。忘れ物がないように、とのこと。

「全部持った?」

「オッケー」

 私たちが足もとに気をつけておりると、みかんさんたちが目に入った。

「あ、あれ? みかん姉ちゃん?」

 桂太は彼女をみて、目を白黒させた。

「知り合い?」

「知り合いって言うか……うん、まあ」

 みかんさんは、私たちを手招きする。案内してくれるのかしら?

 私たちがそちらへ足を運ぶと、みかんさんは桂太に挨拶した。

「あ、やっぱり桂太くんなの〜」

「みかん姉ちゃん、こんにちは……やっぱりって?」

「そっちのお姉さんがウラミだったから、親戚だと思ったの〜」

 マイナー苗字の宿命。

「みかん姉ちゃんは、なんでこの船に乗ってたの?」

「ダーリンとH島観光してたの〜桂太くんは、里帰りなの〜?」

 そうだと、桂太は答えた。桂太の家系からみると、うちが一応本家なのよね。

「あ、烈も来てたんだ」

 桂太は、おなじ中学3年生の烈くんに挨拶した。

 烈くんも、同学年の同性だからか、すこし緊張がほぐれたようだ。

 うっすらと笑って、

「ひ、ひさしぶり」

 と答えた。

 桂太はニヤニヤ笑って、ひじで烈くんを小突く。

「みかん姉ちゃんとデートしてたの?」

「……」

 烈くんは、顔が真っ赤。

 私は、男子ふたりのやり取りをよそに、みかんさんに話しかける。

「みかんさんって、ここが地元?」

「そうなの〜」

「K知に行く高速バスの停留所、教えてくれない?」

「おやすい御用なの〜リムジンバスでM山駅まで行って、そこから乗るの〜」

 私たちは、港から出ているリムジンバスに乗って、JRの駅へ向かった。

 途中、瀬戸内海の反対側をみやる。さすがに、中国地方の陸地はみえなかった。

 北のほうに瀬戸内海があるっていうのは、なんだか違和感。

「お姉さんは、E媛で遊んでいかないの〜?」

 隣に座っているみかんさんが、私に尋ねた。

「今回のスケジュールだと、ちょっとムリね」

「そんなにタイトなスケジュールなの〜?」

「そこまでじゃないんだけど、予算とか、いろいろ」

 本格的に四国一周していたら、とてもじゃないけどお金が足りない。

「残念なの〜今度来るときは、道後温泉に寄っていくの〜」

 バスは、20分くらいでM山駅に到着した。みかんさんたちも降りる。

「それじゃ、温田(おんだ)さん、石鉄(いしづち)くん、ありがとね」

「お姉さん、おもしろいひとなの〜連絡先教えて欲しいの〜」

 なんじゃそりゃ。私は念のため、あまり使わないパソコンのメアドを教えた。

 あやしいひとじゃないとは思うけど、用心に越したことはない。

 みかんさんのほうは、あっさりとMINEのアドレスを教えてくれた。

「お姉さん、桂太くん、気をつけて行くの〜」

「ふ、ふたりとも、またね」

 みかんさんと烈くんの見送りを受けて、私たちは切符売り場へ。

「さっきの女の子、桂太と知り合いよね?」

「知り合いというか……姉ちゃんも、ネットで顔見たことあるんでしょ?」

 はい? 話が噛み合わない。

「全然」

「さっき、顔見知りっぽい感じだったじゃん」

 私は、彼女と将棋を指したことを伝えた。

 桂太は、びっくりして、

「えぇ? 絶対負けたでしょ?」

 と言った。予想は合ってるけど、言い方がムカつく。

「あのね……世の中に、絶対はないのよ」

「だって、E媛の県代表だよ、あのふたり」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え?

場所:H島〜M山間の高速フェリー

先手:裏見 香子

後手:温田 みかん

戦型:先手居飛車穴熊vs後手四間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角

▲4八銀 △4二飛 ▲6八玉 △6二玉 ▲7八玉 △7二銀

▲5六歩 △7一玉 ▲5八金右 △3二銀 ▲7七角 △5二金左

▲5七銀 △9四歩 ▲8八玉 △6四歩 ▲9八香 △4五歩

▲6六歩 △7四歩 ▲9九玉 △7三桂 ▲8八銀 △4三銀

▲7九金 △5四銀 ▲3六歩 △8四歩 ▲9六歩 △8二玉

▲6七金 △6三金 ▲5九角 △1四歩 ▲1六歩 △8三銀

▲3七角 △7二金 ▲6八銀 △8五歩 ▲7七銀右 △4一飛

▲7八金 △9二香 ▲5八飛 △4三銀 ▲6八銀 △4四銀

▲7九銀右 △5四歩 ▲5九角 △5三銀 ▲6八角 △1五歩

▲同 歩 △6五歩 ▲同 歩 △1五香 ▲同 香 △6六歩

▲5七金 △6五桂 ▲5九角 △6四銀 ▲3七角 △4六歩

▲同 歩 △7五歩 ▲6九香 △5七桂成 ▲同 飛 △7六歩

▲6五歩 △7五銀 ▲4五歩 △7三金打 ▲4四桂 △9五歩

▲7七歩 △9六歩 ▲7六歩 △8四銀引 ▲6六香 △7四金左

▲6七飛 △6三歩 ▲3二桂成 △4五飛 ▲3三成桂 △同 桂

▲4六歩 △2五飛 ▲2八歩 △7五歩 ▲4二角 △7六歩

▲3三角成 △7五桂 ▲4七飛 △9七歩成 ▲同 銀 △同香成

▲同 香 △9六歩 ▲同 香 △9五歩 ▲1七桂 △9六歩

▲9八香 △7七香 ▲同 桂 △8六歩 ▲8九香 △1五飛

▲同 角 △9七香 ▲同 香 △同歩成 ▲9八歩 △8七と

▲同 香 △同歩成 ▲8九香 △9八と ▲同 玉 △9一香

▲9七歩 △同香成 ▲同 玉 △9六歩


まで136手で温田の勝ち

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