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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第47局 決勝トーナメント・決勝(2015年8月4日火曜)
596/682

584手目 火焔のゆくえ

※ここからは、萩尾はぎおさん視点です。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)

 

 打ち込んできた。

 ボクは同桂と取る。

 思ったより接戦だ。先手優勢かと思ったけど──どこかで間違えたか?

 いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 大谷おおたに先輩は同桂成。

 おそらくは同玉に4四角。

 これで受かると踏んでいるのだろう。

 そうはさせない。

「同玉」

 4四角、6六香、1三金。

「1六桂ッ!」


挿絵(By みてみん)


 龍は死なない。

 1五玉に2四角。

 同金とはできないし、1六玉と立つこともできない。

 立つと1三角成で、次の開き王手につながる。

 大谷先輩は、この組み立てを読んでいなかったみたいだ。

 表情が微妙に変わった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 2六玉。

 ボクは2九香で、上を押さえていく。

 3七玉、3九香、同成香、1三角成。

 入玉阻止の可能性は、五分五分か?

 2九成香、2二馬、6六歩。

「2四桂ッ!」


挿絵(By みてみん)


 奥の手、第2弾。

 これで先手の入玉は、足止めされた。

 それに、ボクのほうも入玉は可能。

 最悪持将棋の保険付き。

 大谷先輩は対局中にもかかわらず、両手を合わせた。

萩尾はぎおさん、あなたの力量には、刮目せざるをえません。端の攻防は、拙僧の想定を超えておりました……ならば、次の手順に、拙僧のすべてを賭けます」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 6五桂。

 入玉を確定させるのは難しい、という読みか。

 こちらの寄せを見せてきた。

 だったら、それをお手伝いにさせるだけ。

 この反動でボクも入玉する。

「6八玉」

 6七歩成、同玉。

 おそらく6六歩、5六玉、5七桂成、同玉の進行。

 そこで6五桂なら、5六玉と立って、5五香に4五玉と滑り込む。


挿絵(By みてみん)


 (※図は萩尾さんの脳内イメージです。)


 これで入れる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5七桂成です」


挿絵(By みてみん)


 ッ! そっちが先か。

 さっきとどこが違う? 上へ抜けられるのは、変わらない。

 ボクは一瞬だけ躊躇した。

 6六歩を入れなかった理由は、なにかありそうなんだけど……6二歩?

 5四玉と入った瞬間、6二に歩が打てると入れない?

 ありうる。

 これが大谷先輩の工夫か? ……いや、待て、ボクの深読みの可能性もある。

 そもそも、さっきの発言がブラフなら、どうする?

 本当は破れかぶれだとしたら?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同玉ッ!」

 どのみち取るしかない。

 大谷先輩の動きに乗る。

 5五香。


挿絵(By みてみん)


 ボクは、ひとさしゆびと中指を頬に添えて、思考の海に沈んだ。

 5五香……5六歩で止めるしかない……そこで6五桂?

 それは6六玉で、まったく問題ない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 ボクは5六歩と置いた。

 同香、同玉、5五香、4五玉。

 4筋に入る。

 大谷先輩は2二角と払った。


挿絵(By みてみん)


 王手だ。

 このうっかりを狙ってた? まさかね。

 危ないのは、5四玉と急ぐことだ。

 4四飛、6三玉、5八香成がある。

 いきなり入玉が怪しくなる。

 やっぱり6二歩の余地を残したっぽいな。

 だとすれば、6六歩と打たなかった時点で、この図が見えていたはず。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 冷静に4一金と取る。

 5八香成。

 これが5五金の一手詰め。

 中段玉なのに、詰めろで迫られる恐怖。

 大谷先輩、刮目するのはこっちですよ。

 だけど、見開いた目は、いつかは閉じないといけない。

「4四銀」

「3三金です」


挿絵(By みてみん)


 3三金? ……同銀成、同角で、角を逃がすのか。

 これも取るしかない。

 同銀成、同角。

「4四金」


挿絵(By みてみん)


 大駒は引き付けて受けろ、プラス、5二桂の防止。

 5二桂ならそのまま3三金と取る。

 後手は金がないから、4四銀、3四玉で、1筋方面に入れる。

 5二桂とせずに、2四角でも同じ。

 このとき、1二の龍が大きい。1五角としなかったのは、このため。

 ボクはチェスクロを押した。

「萩尾さん、拙僧が6六歩と打たなかった理由は、これです」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ッ!

 2枚角が狙いだったか。

 ボクは背筋をぞくりとさせ──そして、冷静になった。

「大谷先輩、ボクはまだ負けていません。美しさがひとの心を奪うのは、一瞬だけです。勝負は違う。先手玉は、入れます。3三金」

 同角成、5四玉。


挿絵(By みてみん)


 馬を作っても、すべての筋に利かせることはできない。

 それが真理。

 5二銀打、6三歩、5三金、6五玉、6三金。

 いったんうしろに引く。

 諦めたと見せかけて、7筋から8筋へ迂回トライする。

 1七龍、2七桂、5五桂、5四香、6三桂成、同銀。

「1五角」


挿絵(By みてみん)


 持ち駒も極力使わせる。

 大谷先輩は59秒まで考えて、2六桂と打った。

 7五歩と突く。

 7三桂、7六玉。

 7三の桂馬を抜けば、入れる。そして、抜くことは可能。

 大谷先輩は、和服のそでをまくり、9筋へ腕を伸ばした。


挿絵(By みてみん)


 先輩は、音もなく銀を引いた。

 そのまま静かに、チェスクロを押す。

 その手つきは、あるオーラに満ちていた──勝った、と。

 なぜだ? なぜそんな手つきで指す?

 止める確信があるのか? ……それとも、寄せる自信が?

 詰めろはかかっている。だけど、ボクの王様は寄らない。入玉も止まらない。

「7九香」

 6五歩、6七歩、2四馬。

 詰めろ詰めろでくる。

 ボクは7四歩で、上部のハッチを開けた。


挿絵(By みてみん)


 王様の視界がひらける。

 同銀、7五金打、1五馬、7四金。

 大谷先輩は、持ち駒の歩を手にした。

 静かに、ほんとうに静かに、それは置かれた。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………そうか。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………思わず笑みがこぼれる。

「持将棋と見せかけて、入玉阻止と見せかけて、詰ます……と見せかけて、真相は、もうひとつ奥にあった、と……まったく読めませんでした。まるで、よくできたドラマみたいだ」

「まだお指しになられますか?」

「ええ」

 7三金、1七歩成。


挿絵(By みてみん)


 入玉はできる──点数が足りない。

 1五馬に同龍なら、点数は足りた。でも入玉ができなかった。

 これが大谷先輩の、遠大な構想。

 美しい。この大会の最高傑作だと思う。

 ただ、その主役が、自分ではなかったというだけだ。

 ボクは天を仰いだ。目を閉じる。ライトの明かりが、まぶたに透ける。

「これは独り言ですが……土を焼くとき、かまから出さなくても、だいたいの想像はつくんです。おおよその出来上がりは……だけど、ごくまれに、ボクの想像を超えた作品が出てくる……」

 そう、それは高々十数年の人生のなかで、数えるほどだけあった。

 炎が、ボクの想像を超えたことが。

「すべてが想像のうちに収まるなら、人生はとてもつまらないと思います……たとえ自分にとっては気に入らないものであっても、奇跡は奇跡……」

 目を開ける。

 前を向く。

 大谷先輩は、すでに居住まいを正していた。

 ボクは微笑む。心から。

 ようやく終わりだ。ほんとうに長かった。そして、楽しかった。

「ボクの負けです。ありがとうございました。優勝、おめでとうございます」

場所:第10回日日杯 4日目 決勝トーナメント 女子決勝

先手:萩尾 萌

後手:大谷 雛

戦型:角換わり力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲8八銀 △3二金 ▲3八銀 △6二銀 ▲2五歩 △7七角成

▲同 銀 △2二銀 ▲1六歩 △3三銀 ▲7八金 △7四歩

▲4六歩 △7三桂 ▲6八玉 △6五桂 ▲6六銀 △6四歩

▲3六歩 △4二玉 ▲4七銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛

▲8七歩 △8一飛 ▲5五角 △7三角 ▲4五歩 △9四歩

▲4六角 △5二金 ▲1五歩 △6三銀 ▲5六銀 △3一玉

▲9六歩 △9五歩 ▲同 歩 △同 香 ▲9七歩 △6二角

▲3七桂 △5四歩 ▲5八金 △4二金右 ▲7九玉 △1四歩

▲4四歩 △同 角 ▲4五銀 △6二角 ▲2四歩 △同 歩

▲1四歩 △4四歩 ▲5六銀 △1八歩 ▲同 飛 △1七歩

▲4八飛 △1四香 ▲1三歩 △同 桂 ▲9六歩 △同 香

▲同 香 △9五歩 ▲6五銀直 △同 歩 ▲6四香 △同 銀

▲同 角 △6三銀 ▲8二銀 △6一飛 ▲4六角 △8八歩

▲同 金 △9六歩 ▲4三歩 △同金直 ▲7三銀成 △5三角

▲2三歩 △5二銀 ▲7二成銀 △6三飛 ▲7三成銀 △6一飛

▲7二成銀 △6三飛 ▲7三成銀 △6一飛 ▲1七香 △同香成

▲7二成銀 △4一飛 ▲1四歩 △2五桂 ▲同 桂 △同 歩

▲1三歩成 △4五香 ▲同 銀 △同 歩 ▲7三角成 △9七歩成

▲同 金 △4六香 ▲4七歩 △7七香 ▲7八香 △8八歩

▲同 玉 △8五桂 ▲8六金 △9九銀 ▲7九玉 △6一銀

▲8二成銀 △2七成香 ▲4六歩 △2六角 ▲4九飛 △3八成香

▲1九飛 △4八成香 ▲2二歩成 △同 金 ▲6四馬 △5三金

▲2二と △同 銀 ▲5三馬 △同 角 ▲2四桂 △8八角

▲6九玉 △7八香成 ▲同 玉 △3三角成 ▲3二金 △同 馬

▲同桂成 △同 玉 ▲2四桂 △3三玉 ▲3二金 △2四玉

▲1二飛成 △7七香 ▲同 桂 △同桂成 ▲同 玉 △4四角

▲6六香 △1三金 ▲1六桂 △1五玉 ▲2四角 △2六玉

▲2九香 △3七玉 ▲3九香 △同成香 ▲1三角成 △2九成香

▲2二馬 △6六歩 ▲2四桂 △6五桂 ▲6八玉 △6七歩成

▲同 玉 △5七桂成 ▲同 玉 △5五香 ▲5六歩 △同 香

▲同 玉 △5五香 ▲4五玉 △2二角 ▲4一金 △5八香成

▲4四銀 △3三金 ▲同銀成 △同 角 ▲4四金 △8八角

▲3三金 △同角成 ▲5四玉 △5二銀打 ▲6三歩 △5三金

▲6五玉 △6三金 ▲1七龍 △2七桂 ▲5五桂 △5四香

▲6三桂成 △同 銀 ▲1五角 △2六桂 ▲7五歩 △7三桂

▲7六玉 △8八銀不成▲7九香 △6五歩 ▲6七歩 △2四馬

▲7四歩 △同 銀 ▲7五金打 △1五馬 ▲7四金 △1六歩

▲7三金 △1七歩成


まで230手で大谷の勝ち

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