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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第46局 決勝トーナメント・準決勝(2015年8月4日火曜)
589/681

577手目 増殖する選択肢

※ここからは、捨神すてがみくん視点です。

 飛車を取らずに、桂馬を跳ねる。

 静かな会場に、チェスクロを押す音だけが響いた。


挿絵(By みてみん)


 最善だと思う。じぶんの中では。

 読みは入れた。あとはそれを信じるしかない。

 だけど、不安が残った。

 囃子原はやしばらくんは、明らかにこの局面へ誘導している。

 ここまでが研究? さすがにそれはないよね。

 穴熊にするかどうか迷ってたし、長考もウソっぽくはなかった。

 だとすれば、臨機応変にこの流れを作っている。

 僕は飲み込まれないようにしなきゃいけない。

 5二飛、3五角成、6二角、同馬、同飛。

 馬は維持できない。

 後手陣をすこしでも崩して、カウンターを狙う。

 僕は仕掛けることにした。

「7五歩」


挿絵(By みてみん)


 囃子原くんは、ほぉ、とつぶやいたあと、4四角と打った。

 これも攻防だね──もういちど、7一角と打つしかないか。

 7三歩成まで、いけるかな?

 そこまでいけたら、いい勝負。

 7一角と打って、チェスクロを押す。

 5二飛、4四角成、同銀、6三角、5一飛、7四歩。

 7三歩成の可能性が、俄然高くなってきた。

 囃子原くんは、と金の製造を止める気がないらしい。

 その証拠に、5五歩と反撃してきた。

「……同歩」

「6六歩だ」


挿絵(By みてみん)


 同銀は5五銀、同銀、同飛の交換。

 同歩だと? ……5五銀、7三歩成、5六歩か。

 以下、4八銀、6六銀と、回転しながら入ってくるパターンだね。

 でも、これは止められるんじゃないかな。

 僕はチェスクロを確認した。

 残り10分。あまりない。同歩と取る。

 5五銀、7三歩成、5六歩。

 僕は4八銀と引いた。6二とも考えたけど、5七歩成のほうが速そうだ。

 後手は当然、6六銀と突っ込んでくる。

 ここで5二歩ッ!


挿絵(By みてみん)


 と金と角の連携で、止められるはず。

 もちろん、止まることは囃子原くんも承知だった。

 5二同金、4五角成、5七歩成で、踏み込んでくる。

 ようするに、殴り合いを希望なんだね。

 受けて立つよ。

 殴り合いが怖いわけじゃない。迷うのが怖いんだ。

 同金、同銀成、同銀。

 囃子原くんは、フッとほほえんだ。

「本局は、同じ筋が何度も出るな。興味深い」

 そう言って、8九角と置いた。


挿絵(By みてみん)


 7一角のやり返し、みたいな手だ。

 これには、うまい対応がある。

 7五飛と浮いて、空中で紐をつける。

 4五角成、同飛、3五歩、同飛、4四角。

 桂頭が狙われてる。

 飛車を逃げるのは簡単だけど、もう一回3五歩と打たれそうだ。

 先手だけ一方的に崩されると、もたない。後手は穴熊。

 チェスクロを確認する──残り8分。

 長考は、できて2回。ここで一回使う価値は、あると思う。

 まず、現状を整理しよう。

 僕は美濃で、囃子原くんは穴熊。

 僕の美濃は崩れてる。でも、囃子原くんの穴熊は2枚。

 囲いではそこまで差がついていない。

 ただ、僕は3六の地点が弱い、という問題があった。

 囃子原くんは、ここを狙っている。

 僕は、後手になったつもりで、本線の攻め筋を読んだ。

 真っ先に考えたのは、この時点で3一飛成。

 切っちゃえば、同銀でかたちが崩れる。そこから3四金と張りつく。でも、同銀じゃなくて、同飛、6三と、3五歩と、攻め込まれる順が気になった。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神んの脳内イメージです。)


 悪くはない……と思う。

 そもそも、後手の攻めが成立しているのかどうかも、微妙だ。

 でも……5二とと攻め合うのは、3六歩、4二と、3七歩成、同銀に1七金と放り込んで、同香、同角成、同玉、2七桂以下、詰んでしまう。3六歩とされた時点では、もう修正が利かない。

 そっか、この角は、詰みにまで働くんだ。

 さすがだね、囃子原くん。

 感心しちゃったよ。本当に。

 ピアノの伴奏をしていたら、期待以上の音を出された感覚だ。

 だけど、かえってヤル気が出てきた。

 選択を迫られた手じゃない。

 もっといい音を返す。それだけを考えればいい。

 次に考えたのは、6五飛。

 これは6二と狙いなんだけど……9九角成、6二と、同金の瞬間、飛車筋が通る。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神んの脳内イメージです。)


 成り込めない。

 いったん5六歩? それをするなら、この順に飛び込む必要はないよね。

 6二とに代えて、4六銀打の先受けも考えた。

 以下、7三桂、同桂成で、と金を消される。

 4四馬とされたかたちは、後手玉を薄くする方針と、ちぐはぐだった。

 手を練らないと、ダメっぽい。

 とにかく考える。盤に、深く──

「……4五飛」

 囃子原くんは、ニヤリと笑った。

「その様子だと、よい手が見つかったようだな……9九角成だ」

 見つかったかどうかは、わからない。

 だけど、これが僕の答え。


 パシーン


挿絵(By みてみん)


 ふたりのあいだの時間が、一瞬だけ止まる。

 囃子原くんは10秒ほど考えて、あごを上げた。

「面白い手だ。3五歩」

 同飛、3三香、同飛成、同馬。

 僕は3五香と打ち返す。


挿絵(By みてみん)


 囃子原くん、これをどう受ける?

 5三歩で、両取りのかたち。

 馬を逃げたら5二歩成、同飛、3一香成、同銀で、瞬時に崩壊する。

 もちろん、囃子原くんは、こんなポカはしなかった。

 5三金で、歩を先に払った。

 3三香成、同桂、6二と、4一飛、2六角。


挿絵(By みてみん)


 馬は消せた。

 手ごたえを感じる。

 思ったより、先手がいい。

 囃子原くんの表情に、変化はなかった。

 その代わり、さっきよりもオーラが強くなったように感じる。

 盤を挟んでいるからこそわかる、気迫だ。

 囃子原くんはそのまま持ち歩を手にして、盤上に打った。

 3五歩。

 執拗に攻めてくる。

 同角、4四金打、同角、同飛。

「2六角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 飛車金にスラッシュを入れる。

「それは放置だ。3四香」

 また3六狙い? ……え、これって厳しいの?

 よくわからない。

 さっきまでとは違って、一気に崩れる感触はなかった。

 だって、4四に角がいないからね。あの詰みに利いていた角が。

「……」

 囃子原くんが、そのことに気づいていないはずがない。

 5二と? 同金とできないよね。そこで3六香ってこと?

 5二と、3六香、5三と、3七香成、同……そうか、どれで取っても微妙だ。

 同銀は4七飛成、同角は3六歩、同玉は5五角が厳しい。

 と金を寄らずに、受ける? 受けるなら4八銀打だけど、消極的過ぎるかな?

 じゃあ、5五銀で飛車を圧迫するのは? 中途半端?

 どれも分岐が多い。5二とじゃなくて6三と、5五銀じゃなくて5五金もある。

 いっそのこと、4四角とすなおに取ったほうが──


 ピッ


 時間がない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 4四角と取る。

 囃子原くんは、ノータイムで同金。

 狙いがまだ読めない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「7一飛ッ!」

 打った瞬間、しまったと思った。

 8二に角を打ち返せる。

 3七のラインに利いてしまう。

 顔に出たかもしれない。あるいは、チェスクロを押す仕草に。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 いや、そんなに悪くない。8二角、8一飛成、3六香、4六銀打として、3七香成、同銀上、2五桂、3八香で耐えてる。

 囃子原くんは、前髪をなおした。

「8二角でもいいが……この受けはどうかな」


挿絵(By みてみん)

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