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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第46局 決勝トーナメント・準決勝(2015年8月4日火曜)
582/681

570手目 勝負の組み立て方

※ここからは、吉良きらくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 難解。それが、俺の第一印象だった。

 8四飛の選択には、ワケがある。

 4一飛なら4八飛、6三金、4九飛、6二金で、千日手模様。

 これが俺の読みだ。

 千日手にしても、よかったんだが──2局指すメリットを、感じられなかった。

 この段階で、先後は関係あるか? ないだろう。

 外野がどう言おうと、当事者の意見としては、そうだ。

 半分は気力で指している。

 全国大会でも、こんなレベルじゃ疲れない。

 俺は鍛えてるから、まだいい。れつはどうだ? 座力はまた別か?

 とにかく、この一局で仕留める。できないなら、俺の力量の問題だ。

 水を飲む。烈も動いた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 よし、そうこなくっちゃ、面白くない。

 俺は同歩と取った。

 同銀、同銀、同桂、4四銀。

 烈は30秒ほど読みなおした。

「7一角です」


挿絵(By みてみん)


 問題の局面になった。

 俺はいったん落ち着く。

 4三銀か、4三金。前者は重く、後者は軽く受ける手だ。

 4三銀は、4一銀、6一玉、3二銀不成、同銀、8二金。


挿絵(By みてみん)


 (※図は吉良くんの脳内イメージです。)


 きわどい。先手の攻めが切れている、とは言えない。

 7二銀に9五歩と、端に手をつける順が気になった。

 4三金の場合は、8二銀、7二金、7三銀不成、同金、5六桂。


挿絵(By みてみん)


 (※図は吉良くんの脳内イメージです。)


 これも厳しい。

 俺が一番悩んだのは、この順で後手が死んでいないかどうか、だった。

 即死する可能性もあった。

 6一玉に4四桂としないで、5三桂成、同金、同角成、同銀、4一飛成。

 右玉で一方的に飛車を成り込まれる。普通ならダメとしたもんだ──が、先手は駒を捨て過ぎている。角桂損。さすがに攻め切れない。

 6一玉で、しのげている……はず。

 だからこそ、8四飛を選んだ。

「4三金」

 俺はチェスクロを押した。

 烈は8二銀と打つ。さっきの順に入った。

 7二金、7三銀不成、同金、5六桂、6一玉。

 烈はほとんど迷わず、4四桂を選択した。

 7一玉、5二桂成。


挿絵(By みてみん)


 俺は手が止まった。

「……」

 頭のなかでは、すでに想定済みの局面だった。

 それでも、目の当たりにすると、かなりの圧がある。

 4四銀の予定だったにもかかわらず、不安が生じた。

 5三桂成、同金、同成桂、同銀、4一飛成の筋がちらついた。

 数手前に4四桂とせず、5三桂成、この順が、今のと若干似ていた。


【現局面から4四銀、5三桂成以下】

挿絵(By みてみん)


【55手目に5三桂成以下】

挿絵(By みてみん)


 王様の位置と、駒損の仕方がちがう。

 前者は7二玉で、先手は角桂損。

 後者は8二玉で、先手は桂損+角金交換。角を手放してるのが先手。

 駒損は駒損なんだが……差が縮んでいる。

 でも、桂損+角金交換だぞ? 普通なら、続かなくないか?

 それに、8二玉としないで7二玉とすれば、王様の位置も同じになる。

 となれば、持ち駒の金銀に、どれくらいの価値があるのか、ってことだ。

 詳細に読む。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………だいぶちがうか?

 7一銀、7二玉、5二金が気になる。


挿絵(By みてみん)


 3枚の攻めは切れない……ってやつか、なるほど。

 執拗に王手しないで、金をいったん置いておく、という発想が抜けていた。

 俺はもういちど水を飲んだ。

 どうする? 読み間違えた。認めるしかない。

 現状整理だ。

 駒損でも攻めが通る。攻めの主役は? 飛車だ。

 飛車が成り込んできたら、終わり。

 だったら対策は、成り込ませないこと。これだ。

 成り込みを防げるか?

 4筋はスカスカだ。

 俺は目を閉じる。

 組み立ての問題。ダンスと同じ。

 組み立てられる振りつけと、組み立てられない振りつけがある。

 それは人体の構造で決まる。

 関節は、曲がらない方向へは曲がらない。

 将棋も同じだ。

 組み立てられる順と、組み立てられない順がある。

 それは将棋のルールで決まる。

 駒は、動けないところへは動けない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………組める。

「1三角」


挿絵(By みてみん)


 これが俺の答えだ。

 端角を起点に組み立てる。

 烈の表情が、かすかに変わった。

 予期していなかったように見える。

 この振りつけは、難易度Sだぜ。応手も難解だ。

 5三桂成と行くか、6二銀と打つか、1五歩と突くか。

 俺自身、読み切っているとは言わない。

 最善だと感じた順を選んだだけだ。

 烈は残り8分まで考えて、5三桂成と突っ込んだ。

 4六銀、3五銀。


挿絵(By みてみん)


 それは読んである。

「4八歩ッ!」

 叩いて同飛に5三金。

 同成桂に5六桂と打ち込んだ。


挿絵(By みてみん)


 王手飛車確定。

 烈はくちびるを結んだ。

 見落としじゃあないだろうが、攻守は逆転。

 先手の飛車が成り込める可能性は、なくなった。

 同歩、5七銀打、7九玉、4八銀成、同金、8二玉。

、いったん逃げる。

 4六銀、同角、6八銀打。

 ん? 控えて打った?

 5七銀なら、1九角成の予定だった。同角成、同金、5九飛の王手金は、6九桂一発で受かる。

 本譜は、角を逃げる必要がない。攻めてもいい。

 5九銀か5九飛が、パッと思い浮かぶんだが──罠の可能性もある。

 さっきのところは、5七銀、1九角成で、斬り合えただろ。6二銀と打てた。

 なんで後手に余裕を与えた? 受けに徹するつもりか?

 6八銀打は早かったし、手つきもしっかりしていた。

 飛び込んでいくには、ためらいがある。

 だとしたら、本譜も1九角成で──いや、ダメだ。それは遅い。6八銀型は、5七銀型より硬い。こちらがゆるめると、あとで攻めようがなくなる。

「……5九銀」


挿絵(By みてみん)


 打った瞬間、わずかに後悔の念が生じた。

 攻めさせられている?

 5八金、6八銀成、同金右、5七銀。

 烈はここで、6二銀と打った。

 詰めろじゃない。

 俺は4九飛、8八玉まで決めた。

「フゥ……」

 ひと息つく。

 そのかすかな音に、烈は顔をあげて、すぐにもどした。

 俺はそういう仕草も、もう気にならなくなってきた。

 じっと盤を見る。

 6八銀成が、詰めろじゃないんだよな。

 7三銀不成、同玉、6二銀、8二玉、7三金、8一玉の瞬間、6八銀で質駒を回収されてしまう。これは詰めろ。俺の負けだ。

「7二金」

 いったん受ける。

 罠を張ってみた。6三銀みたいな手なら、6八銀成で勝ちだ。7二銀成、9三玉、7三銀成で、後手負け、じゃない。7八成銀、9七玉に8六角で詰む。

 引っかかってくれる気はしない。

 いずれにせよ、速度勝負になった。

 残り時間は、先手が3分、俺が4分。ほとんどない。

 烈はそのうち1分使って、5七金と受けた。

 同角成、6八金打、6七金、同金直、同馬、7九金打。


挿絵(By みてみん)


 やっぱり受けか。

 どうやら烈は、受け切りの方針らしい。

 6八銀打以下の狙いは、はっきりしてきた。

 先手は簡単に寄らないかたちだ。

 俺は苦しさを感じる。後手は補強のしようがない。

「5六馬」

「6八桂」

 執拗に受けてくる。

 

 ……ピッ


 予定より早く時間がなくなった。

 俺のほうが1分将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! 切るッ!


「7八馬ッ!」

 同金、4五角。

 攻防に打つ。


 ……ピッ


 烈も1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 当然の受け。

 俺も8三金打で受ける。

 6一銀、6二金、同成桂。

 詰めろか? ……いや、詰めろじゃない。

 攻めの手は入るか? 8六歩は? 6九銀は?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)

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