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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第46局 決勝トーナメント・準決勝(2015年8月4日火曜)
577/681

565手目 ゴキゲンからの

※ここからは、磯前いそざきさん視点です。

 はい、というわけで、解説です。

 大盤会場は、満員御礼。

 みんなヒマだね。いや、いいことなんだけどさ。

 あたしはみかんといっしょに、大盤の前に立っていた。

 あたしが会場から向かって右、みかんが左。

 これ、右が一応上座なんだっけ? そうでもない?

 足もとのモニタには、選手の姿が映っている。

 まずは、レモンちゃんのあいさつから。

「皆さま、大変お待たせ致しました。これより、第10回日日杯、決勝トーナメント、準決勝の解説会を行います。司会の内木うちき檸檬れもんです」

 パチパチパチ。

 レモンちゃんは、あたしたちへ向きなおった。

「この大盤は、大谷おおたにひよこ選手、鬼首おにこうべあざみ選手のカードです。解説は、磯前いそざき好江よしえ選手、温田おんだみかん選手で、お送りします」

 はい、よろしくぅ。

 拍手を受けて、ちょっと恥ずかしい。

「開始まで、10分ほどございます。解説のおふたりに、戦型予想などを、お伺いしたいと思います。磯前選手、いかがでしょうか?」

 よし、これは準備してある。

 あのあと、真剣に予想した。

「大谷さんが先手なら、相掛かりだと思います」

「その心は?」

「プレーオフを見る限り、もう研究ストックがないっぽいです。というわけで、力戦に持ち込むんじゃないでしょうか」

「鬼首選手は、受けるでしょうか?」

「受けると思います」

 鬼首は、かなりの負けず嫌い──いや、負けず嫌いとは、また違うな。なんていうんだろう、挑発を避けないタイプ。初手2六歩なら、素直に8四歩だろう。

 このあたりも説明して、レモンちゃんは納得のようす。

「今のは、大谷選手が先手の場合ですね。後手だと、どうなるでしょうか?」

「後手の場合は、7六歩、8四歩の出だしになりそうです。横歩はないと読んでます」

 これは、わりと断言できる。

 ひよこの性格からして、プレーオフで出し惜しみは、しなかったはず。もし横歩の後手番で必殺があるなら、鬼首かあたしに、ぶつけてきたんじゃないかな。ただ、これは性格診断になっちゃうから、いちいち言及しなかった。そのまま話を続ける。

「問題は、鬼首さんがオールラウンド、っていう点です。振り飛車も指せるし、三間とか四間でもいいのかな、と……まあ、先手で振る必要は、ないかもしれません。後手でワンチャン振るかなあ、くらいです」

「ありがとうございます。温田選手は、どう予想しますか?」

 レモンちゃんは、みかんのほうへマイクを向けた。

「磯前先輩と、だいたいいっしょなの~でもでも、振り飛車党として言わせてもらうと、先手番だから振らないっていうのは、ないと思うの~振り飛車を不利飛車だと思ってるひとは、そもそも振らないの~」

 なるほどね、振り飛車は、困ったときのなんちゃって戦法じゃない、と。

 レモンちゃんは、モニタを確認した。

「あ、振り駒が始まります」

 鬼首が振って……歩が4枚っぽい?

 音声が入って来ないから、わからない。

 結果は、イヤホンでスタッフから伝わった。鬼首の先手。

 あたしは、

「7六歩、8四歩だと、予想しておきます」

 と繰り返した。

 こういうの、ごまかして曖昧に言うひとも、多いよね。

 でもさ、解説なんか気楽にやればいい、というのがあたしのスタンス。

 それでは、対局開始まで、静粛に──となるはずもなく。

 レモンちゃんは、

「それでは、解説のおふたりに、予選の感想も伺ってみましょう」

 と続けた。

 プレーオフの話はするなよ、絶対にするなよ。

「磯前選手、プレーオフは、いかがだったでしょうか?」

「……そうですね……3人の中では、順位が一番悪かったですし、予選で勝てなかったのが祟ったな、という印象です。あと、大谷さんには予選第1局でも負けてるので、特に言い訳もないですね」

「ありがとうございます。温田選手、予選について、ご感想は?」

 レモンちゃん、けっこう厳しいね。

 がんがん訊いてくるじゃん。

 みかんも、ちょっと困ったような感じで、

「大事なところで落としたから、しょうがないの~もっと強くならないとダメなの~」

 と答えた。

「ありがとうございます。失礼ながら、私は捨神すてがみvs囃子原はやしばら戦へ、移動させていただきます。またのちほど」

 レモンちゃんは、別の大盤へ移動した。

 15時59分。今度こそ静粛に。

 会場内の、ひそひそ声だけが聞こえる。

《……対局開始です》

 天井カメラに、ふたりの後頭部が映った。

 鬼首は余韻もなにもなくて、すぐに7六歩と指した。

 ひよこは10秒ほど気息を整えて、8四歩。

 鬼首は3手目も即指しだった。


【先手:鬼首あざみ(O山) 後手:大谷雛(T島)】

挿絵(By みてみん)


 ゴキゲンじゃん。

 みかんは、

「気分的にイケイケなの~」

 と微笑んだ。

 解説は、しやすくなったね。

 相居飛車だと、みかんは慣れてないだろうし。

 対抗形なら、この解説ペアには好都合。

 ひよこはまた10秒ほど考えて、8五歩と伸ばし切った。

 7七角、3四歩、5八飛、7七角成、同桂、6二銀。


挿絵(By みてみん)


 司会役がいないの、きつい。

 あたしたちだけで、なんとかするしかない。

 とりあえず、

「対抗形だね」

 と、見たまんまのことを言ってみる。

 みかんは、

「7七角成、同桂に8六歩、同歩、8七角もあったけど、それは7八銀、7六角成、8七角、8六馬、4三角成の殴り合いになるの~」

 と、変化を解説した。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「でもでも、これだってあったと思うの~大谷先輩、ちょっと消極的~」

 大舞台でやるには、勇気がいる順だ。

 そうこうしているうちにも、局面は進んでいた。

 7八金、1四歩、4八玉、4二玉、1六歩、3二銀。


挿絵(By みてみん)


 あたしは駒を動かしながら、

「左美濃を見せたね。先手も3八玉くらいか」

 と、無難にコメントしておいた──つもりなんだけど、これはハズレた。

 5九飛。早めの飛車引き。

 みかんは、

「先手、なにかプランがありそう~」

 と予見した。

 そんなもんかね。

 3一玉、6八銀、6四歩、6六歩。4四歩。

 ふーん、ほんとに王様を入らないな。

「これ、なにか意味あるの?」

「わかんな~い」

 だよね。なんか変なことしてる印象。

 この段階で、ゴキゲンの秘策があるのか?

 ひよこもなあ、ちょくちょく時間を使ってる。

「鬼首さんがゴキゲン指した局、みかんは知ってる?」

「うーん、わかんないの~」

 スタッフに訊かないと、ムリかな。

 ピンマイクに手をかけた瞬間、前列のほうから、

「ニャハハ、1局だけですよ。9回戦の越知おちvs鬼首ですね*。鬼首vs萩尾はぎおもゴキゲンの出だしでしたが、けっきょくなりませんでした**」

 という声が聞こえた。

 見ると、猫耳型ヘアの、メイド服を着たお姉さんが、3列目くらいにいた。

 私は脱帽して、

「お姉さん、ありがとうございます」

 とお礼を言ってから、みかんに、

「だとすると、研究があっても、おかしくないね」

 と告げた。

「やっぱりオールラウンダーは強いの~」

 6七銀、5二金右、3六歩、6三銀、3八銀。


挿絵(By みてみん)


「先手も美濃か。ゴキゲンと藤井システムの組み合わせハイブリッド?」

「ん~、なくはないの~大谷先輩も、左美濃潰しが怖いから、王様を待機させてる可能性があるの~」

 ひよこは7四歩と突いた。

 鬼首は前傾姿勢になる。後頭部が天井カメラに映った。

 その体勢で、指ぱっちんを2回。

 次の手を指した。


挿絵(By みてみん)


 ……ん? 金上がり? こ、これは──

「もしかして、右玉?」

「っぽいの~めちゃんこびっくり~」

 ひよこの手が、完全に止まった。

 現時点の残り時間は、先手が27分、後手が25分。

 すでにちょっと差がある。

 ひよこ、動揺するなよ。組み方が変なんだから、落ち着いて対処しよう。

 あたしは4四の歩を、前に進めて、

「とりあえず、4五歩と突いておきたい。理由は、4六歩が入っていないから。位を取っておく。4四角を打つスペースも欲しい。4四角に2六角は、取らなきゃ問題ない。4三銀くらいでオッケー」

 と説明した。

「3七桂で、すぐに狙いたくなるの~」

「それはあるよね……5四銀で、支えるしかないか」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 あたしは盤面を大きく見て、構想を練る。

「……2六歩、4三銀上、2五歩?」

「4三銀上だと、2筋が守れないから、2四歩が生じるの~」

「たしかに、2九飛と回って、すぐに突くのもあり……っていうか、2九飛は必然か。だとすると……いや、さすがに3三銀はないね。5五歩、同銀、4五桂で潰れる」

「もしかして、先手はこれを狙ってるの~?」

 かもしれない。

 鬼首は、どっちかっていうと攻め将棋、のはず。

 ただなあ、このあたりの棋風は、1、2回戦ったくらいじゃ、わからない。

 鬼首がどういう性格なのか、あたしはまだ測りかねていた。

 ひよこは2分ほど考えて、ようやく4五歩。

 以下、3七桂、5四銀、2六歩、4三銀上、2九飛で、解説通りになった。

 ひよこは3二金。雁木が完成。

 鬼首は一本9六歩と入れた。

 ひよこは端を受けずに、7三桂と跳ねた。


挿絵(By みてみん)


 ここで、鬼首も手が止まった。

 あたしは、

「さっきの解説通りなら、2五歩から2四歩だと思うけど、他を絡めておくかどうか」

 とコメントした。

「絡めるところ、あんまりなさそうなの~」

 そうなんだよね。

 5七角みたいに、とりあえず置いておく、という手はある。

 だけど、特に効果があるわけじゃない。

 あたしはちょっと考えて、

「2五歩、4四角、2四歩と、ストレートに行くのが本命か」

 とつぶやいた。

 みかんは、

「同歩、同飛、2三歩、2九飛に、8六歩とできないのは、気になるの~8六歩、同歩、同飛は、8五歩で飛車が動けなくなるから~」

 と指摘した。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 あれ、そうだな。

 先手視点で考えてたけど、後手視点でこの進行は、イヤかもしれない。

「んー、2五歩に4四角が、ヌルいのかな……」

「2四同飛に、2三歩以外の手は、ないの~? そこ手抜きたいの~」

 ん、そっか、その手があったか。

 あたしは2三歩を入れない順を考えた。

 打たないのも成り立つ、という結論に。

「2筋を放置して、8六歩、同歩、6五歩と突こう」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「これで、どう? 同歩は6六歩で銀が死ぬから、ないよ。同桂一択」

「そこで後手も同桂なら、この桂馬が取れないっていう寸法なの~」

 その通り。取ったら9九角成。

「この進行は、後手悪くないんじゃない?」

「先手も2筋から反撃してきそうなの~」

 あたしは、大きな歩の駒を手にして、2二に打った。

「こう?」

「そこまでは分かんないの~振り飛車で、こんなかたちにならないの~みかんなら、6四角って打ちそう~」

「それもあるね。6四角、8一飛、7三角成から、ぼちぼち、と」

 難しいな。

 先手も、そこそこ指せそうだ。

 鬼首が飛び込んだだけあって、採算のある順になっている。

 それでも、あたしは後手持ち。


 パシリ


 あ、指した。

 モニタには、2五歩が映っていた。

 4四角、2四歩。開戦。

 同歩、同飛、8六歩、同歩、6五歩。

「解説、当たったね」

 ひと安心。ここまでは、けっこうぐだぐだだったから。

 以下、同桂、同桂。

 鬼首は30秒ほど考えて、2三歩。


挿絵(By みてみん)


 あ、それなんだ。

 あたしはとりあえず、歩を大盤に打った。

「磯前先輩、この手は、どういう意味なの~?」

 ちょっと待って。

 わかんないときに振られると、困る。

「2二歩、同金、2三歩、3二金なら、手番は先手。ただ、歩切れになる。それを嫌ったのかな……後手番になっちゃったけど」

「後手からも、あんまり手はなさそうなの~」

 たしかに、手渡しとも考えられる。

 おかしな手を指したら、一気に押し込まれるパターンか?

 ひよこ、どう対応する?

 腕力で持っていかれないように、祈っとくよ。

*461手目 鬼

https://ncode.syosetu.com/n2363cp/473/

**501手目 ダレる解説

https://ncode.syosetu.com/n2363cp/513/

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