562手目 プレーオフの総括
※ここからは、内木さん視点です。
内木檸檬です。
プレーオフのご視聴、ありがとうございました。
盛り上がりましたねえ。
ここからは、局後解説です。
お相手は将棋仮面。私は先に壇上で、スタンバイ。
将棋仮面が登場すると、拍手が起こった。
すっかり人気者。
将棋仮面は、決めポーズなんかしちゃって、
「よい子のみんな、おつかれさまだ」
と、あいさつ。
決勝トーナメントまでは時間がある。ゆっくりやりましょう。
「それでは、石鉄vs鳴門戦から、ふりかえっていきたいと思います」
大盤のほうは、すでに準備されていた。
初手からやるとたいへんなので、ポイントだけ。
「それでは将棋仮面さん、全体的な感想から、お願いします」
「とちゅう、先手が苦しくなったのを、よく逆転したと思う。鳴門くんの寄せ損ねもあるが、石鉄くんは決め手を与えないように指していた。それが功を奏したのだろう」
「先手が苦しくなったあたりを、まず解説してください」
将棋仮面は、大盤へ向きなおった。
局面はできている。
【石鉄vs鳴門 62手目】
「ここで同銀は、疑問だったと思う。6六金として、左側の歩を払いたい」
この手は意外、と言いたいところなんだけど、これ台本あるのよね。
事前に全部調べてある。でないと、そもそもピックアップできない。
「理由は、なんでしょうか?」
「7七銀なら、そのまま5五金、同歩、同銀とする」
【参考図】
「銀ではなく金で桂馬を取るのは、なぜでしょうか?」
「銀を渡さないことによって、後手の攻めが限定されるからだ」
「4七玉の安定度ですねえ」
4七玉となったとき、5八に打って王手になるのが銀。ならないのが金。
銀は、バックで守備に参加するのも得意だ。現に、4六を守っている。
このあたりは、私が解説した。
将棋仮面はうなずいて、
「とはいえ、ここはまだ互角にもどったくらいだろう。先手が本格的に苦しくなった原因は、77手目の5三角成だ」
と、次の局面へ移った。
【石鉄vs鳴門 77手目】
「一見自然な手だが、じつは寄りにならない。後手に7七飛成のスキを与えてしまった。はっきり後手良しになった」
「局後のインタビューでは、誤算があったと言っていました。馬筋が4二~3一と通るので、寄せになっていると思ったそうです」
「これは仕方がない。正解が難しかった。4二歩だ」
【参考図】
「同玉なら、今度こそ5三角成だ。というわけで、3一玉と逃げるわけだが、ここで2四歩と追撃することができる。手抜けないから同歩で、飛車を成り込むヒマがない」
パッと見て気づく手とは、言えない。
角を取られそうな場面だったから、ここで立ち止まって読みを入れるのは、困難。
私はマイクを持ちなおして、
「さて、後手有利になりました。どこで再逆転したのでしょうか?」
とたずねた。
「決定打を逃したのは、ここだ」
【石鉄vs鳴門 95手目】
「3七龍と切れば、後手優勢だった。同金、同角成は、馬のプレッシャーが強くて、先手負けになる。6五へ逃げようとすると、3八馬が王手飛車だ。かと言って、3七龍に4六銀は、同龍と強く取って、同玉、6八角成と縛られてしまう」
「4五に金を打たれたら、入玉も絶望的になります。でも切りにくいですよね」
「その通り。この手を見逃したのも、致命傷とまでは言えない。より問題だったのは、114手目の、2三歩」
【石鉄vs鳴門 114手目】
将棋仮面はこの歩をゆびさしながら、
「これは受けになっていなかった」
と指摘した。
「飛車先を止めたい心理は、わかります」
「うむ、しかも正解は、3一金。単に引く手だ。気づいても指しにくかったと思う」
私は、
「鳴門選手は、正解ルートが難解だったという印象です」
とまとめた。
「そうだな。石鉄くんがうまく粘った対局だ」
次に、早乙女vs大谷戦へ移る。
これも、別の大盤に再現してあった。
「それでは、こちらも全体的な感想から、お願いします」
「早乙女くんの完勝譜、と言っていいだろう。先手が良くなってから、正確に勝ちまで持ち込んだ一局だ」
「ソフト評価値も、ずっと右肩上がりでした」
いわゆる藤井曲線、というやつね。
将棋仮面は、さっそく解説に入った。
「というわけで、個人的に感心したところを紹介しよう。まずは、108手目」
【早乙女vs大谷 108手目】
「安全勝ちなら、2二龍でもよかった。以下、4四桂、4六歩、3六桂、3七玉と、やや危ない逃げ方にはなるが、先手玉は捕まらない。しかし、本譜は4一龍と、強く踏み込んだ。5一金打に同龍で、最短の勝ちを目指したわけだ」
「後手は、切られて負けでした。5一金打ではなく、攻め合いに出たほうが、よかったということでしょうか?」
私は3六香と走ってみた。
もし私が後手ならこうするかな、と思う。
将棋仮面は、
「勝負手としては、そちらのほうにアヤがあっただろうな」
と答えた。
私は、
「3七歩なら、7四歩、3六歩、7五歩で、脱出口がひらけます」
と追加でコメントした。
「こうなると、後手もやや面白くなってしまう。やはり激しくいきたいところだ」
「具体的には?」
将棋仮面は、30秒ほど考えた。
じつはもう台本からはずれている。アドリブ。
「……7二銀と打つか」
【参考図】
「強いですねえ」
「あ、煽られている気もするが……同玉、8三角、同龍、同桂成、同玉、6一龍と滑り込んで、これが金当たりだから、なんとかなるだろう」
「ちょっと入玉が怖くないですか? 3八香成も残ってますよ?」
「この時点で、後手は詰めろになっている。7二銀、7四玉、8四飛、同玉、8一龍までだ。入玉はそう簡単ではないし、3八香成、同金のあと、2六桂などで追撃できるわけでもない。先手優勢だと思う」
「なるほど、6六の銀が利いているわけですか。納得しました。印象に残った局面は、他にありますか?」
「やはり最後の7六桂だな」
【早乙女vs大谷 159手目】
「この手は、ほんとうに綺麗な決め方だった。同香に7五金で、後手は受けなしだ」
「一応9二飛の受けがあるので、必至ではありませんね。一手一手ですが。ちなみに、7四香の受けが、悪かったのでしょうか?」
「ふむ……その時点で敗勢ではあったが……」
将棋仮面は、7四香に代えて、7四飛と打った。
7六桂を無効にする受けだ。
私はすこし考えて、6六銀と引いた。
将棋仮面も、この手にうなずいて、
「8四玉、6七桂、8五玉、7七銀引くらいで、止まる」
と答えた。
私は、
「本譜よりは、すこーしだけアヤがありそうです」
と評価して、次の大盤へ。
「さて、最後は磯前vs大谷戦です。これも熱戦でしたねえ」
【磯前vs大谷 116手目】
「磯前くんにとっては、残念な将棋になってしまった。ここで5二銀だった」
「あ、やっぱりそうなんですね」
「うむ、レモンくんの解説が正しかった」
私のことちゃんと褒めてて、ヨシ。
とはいえ、あんまりドヤ顔するとよくないので、謙遜しておく。
「細かい部分は、読み切れませんでした」
「勝ち筋は、かなり難解だった。最善の応手は、おそらく、5二銀、3二玉、5三馬、2三玉、4三銀成、4八銀、同飛、5七桂、3九玉、4八金、同玉、4九飛、3八玉の瞬間に、4三銀で詰めろをかける順だ」
【参考図】
私はこの局面を見て、
「後手が詰むのではありませんか?」
とたずねた。
「詰む。2二金、同角、同飛成、同玉、3一角、2三玉、2二金、1三玉、2一金、1二玉、2二角成の11手詰みになっている」
「先ほど、『最善の応手』とおっしゃいましたが、詰んでしまうのが最善なのですか?」
将棋仮面は、難しい質問だな、と断ったうえで、
「5二銀以下は、どう指しても後手勝ちだ。ふつうに指すと、一手違いにもならない」
と説明した。
「なるほど、先手のミスを誘わないと、逆転はムリなのですね」
「例えば、4三銀と銀を回収せずに、2六桂は、2七玉、2九飛成、2八金だ。けっきょく4三銀で、勝負するしかない」
【参考図】
私は、半分納得したような顔をしつつも、
「こちらは3八銀以下の5手詰みなので、わかりやすくないですか?」
とたずねた。
「わかりやすいからこそ、問題がある。先手はじぶんの詰めろに、当然気づく。だから、読み切れていなくても、詰ませにくるだろう」
「あ~、さきほどの順なら、先手の詰めろも長手数なので、気づかない可能性があるわけですね。だから、ムリに詰ませに来なくて、逆転の可能性が高くなる、と」
「正解だ。3八玉の瞬間に4三銀なら、4六桂からの11手詰めになる。これは先手も見落とす可能性が出てくる。詰まないと錯覚して4三馬なら、馬筋が逸れるから、7手に短縮される」
【参考図】
「これでも、さきほどより2手長いですね」
「というわけで、勝負術の話になってしまったが、本局もまた、大谷くんの勝負術が光った一局だった。形勢不利になっても、わかりやすい圧殺を選ぶことで、逆転に成功した。評価値がよくても、勝ち筋が細いと難しい、という好例だな。以上だ」
パチパチパチ。
私はマイクを持ちなおして、会場にごあいさつ。
「それでは、プレーオフの局後解説を終えます。決勝トーナメントは16時から開催となりますので、それまではごゆるりとお過ごしください。なお、囃子原グループから、お知らせがございます。本日ご来場の皆様には……」




