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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第45局 プレーオフ(2015年8月4日火曜)
572/682

560手目 会場の熱気

※ここからは、裏見うらみ桂太けいたくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 磯前いそざきの姉ちゃん、大谷おおたにの姉ちゃん、ふたりともがんばれ~。

 一般会場のうしろのほうで、四国勢も観戦中。

 こういうワイワイしてる空間、好きなんだよね。

 俺のひだりどなりには、二階堂にかいどう亜紀あきちゃんが座っていた。

 亜紀ちゃんは、

「ハァ~、お姉ちゃん、いつもみたいにハキハキしなきゃ」

 と、さっきから愚痴っていた。

 振り飛車党だから、しょうがないと思うんだよね。そもそも、振り飛車党をこの対局の解説に選ぶのはどうなの、ってことになりそう。

 右に座っている香宗我部こうそかべ先輩は、

「お互いに疲れ切ってる感じの将棋だな。インファイトだが、殴り方に力がない」

 と言った。

 たしかにね。サッカーも、後半はぐだぐだになるからなあ。

 最後に渾身の必殺技が出て終わり、みたいなスポーツって、まずない。

 手なり将棋だから、解説も苦労してる。

 早紀さきちゃんは、

《えー、そうですねー、6九飛と寄る手も、あるかもしれません》

 と、自信なさげ。

 これには亜紀ちゃんが、

「お姉ちゃん、その振り飛車脳やめて……ここは取るイチだよ……」

 と頭をかかえていた。

 仕掛けの筋に飛車を振れ、ってね。

 あ、モニタに手が映った。なにか指したっぽい。

 同歩かな。

 レモンちゃんは、

《取りました。これは同桂の一手です》

 と言いながら、駒を動かした。

 この予想は当たって、同桂。

 以下、2五歩、7五歩で、攻め合いに。


挿絵(By みてみん)


 レモンちゃんは、

《カウンター狙いだったのでしょうか。2五歩はノータイムでした》

 とコメントした。

 出雲いずも先輩は、

《大谷うじの7五歩も早かった。2五同歩もあったように思うが》

 と指摘した。

 出雲先輩の解説によると、2五同歩、同桂、2四角、同角、同金、6六銀と逃げてどうか、らしい。こっちは過激な順だね。

 本譜の7五歩は、同歩じゃなくて、2四歩が本命。

 というわけで、磯前姉ちゃんも2四歩。

 同金、8八銀、6六歩、4四歩、同歩、7七桂。


挿絵(By みてみん)


 桂馬をぶつけた。

 同桂成、同銀で、大谷姉ちゃんの長考。

 ここで解説陣の意見が、完全にばらける。

 出雲先輩は2三歩。2筋を収める手。

 早紀ちゃんは7六歩で、そのまま取り込む手を提案した。無難。

 レモンちゃんは3五歩。んー、2五桂、2二角、2三歩で、攻め込まれるんじゃないかな。それを見落とし、ってことはないか。攻め合い上等?

 伊吹いぶきちゃんは8六歩、同銀、6五桂。ただ、ほかの3人と違う手にしたかっただけっぽい。一番最後に答えてたし、だいたい出尽くしましたかねえ、とも言っていた。

 俺は、

「亜紀ちゃんなら、どう指す? 俺は7六歩なんだけど」

 とたずねた。

「うーん……どの順も、先手の反撃が怖いよね」

「まあね。その中では7六歩が、一番マシだと思う」

 ようするに、7六歩、同銀、7七歩、6八金左、7一飛と回って、どうか。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 けっこうイケると思うんだ。

 ちなみに、7七歩に同金はダメだよ。7五歩、6五歩、7六歩の取り合いの瞬間、金当たりになっちゃうからね。

 そして、この予想がどんぴしゃだった。

 飛車寄りまでパタパタと進んで、磯前姉ちゃんは7三歩。

 同飛に7五桂。


挿絵(By みてみん)


 うまいッ! 単に7五桂だと、同銀、同銀、同飛で駒損。

 この局面で同銀は、7三角成で飛車を取れる。

 解説も慌ただしくなってきた。

 レモンちゃんは、

《先手、好調のようです。5三金に6五歩で、攻めが続きます》

 と、先手持ちを宣言した。

 早紀ちゃんも、

《7五銀、7三角成、7六銀で2枚換えですけど、交換させられてる感がありますね》

 と同意した。

 本譜もその順に。

 5三金、6五歩、7五銀、7三角成、7六銀。

 磯前姉ちゃんは7二飛で、本格的な寄せに入った。


挿絵(By みてみん)


 4三玉、6二馬。

 大谷姉ちゃんは、勢い8七銀成。

 この手を見た伊吹ちゃんは、

《後手の方針は、頓死狙いっぽいです。後手はだいぶ前から、劣勢を意識していたみたいですね。上から潰す順を、がんばって作っているんでしょう》

 と解釈した。

 レモンちゃんも、

《たしかに、ここで6九玉の早逃げ以外は、逆転しそうです》

 とつけくわえた。

 俺も読んでみる──なるほど、放置だと7八銀だし、7七金のような受けは、8八銀から追われそうだ。

 磯前姉ちゃんは、帽子のつばを親指ではじいた。

 6九玉。冷静。

 4五桂、同桂、同歩、3七桂、2八歩。

 大谷姉ちゃんは、飛車の頭を叩き始めた。

 同飛、2七歩、同飛、2六歩、同飛、2五歩、2八飛。


挿絵(By みてみん)


 早紀ちゃんは、このやりとりの意味をたずねた。

 2筋を受けないと崩壊しそうだったから、というのが、出雲先輩の回答。

 今の手順なら、先手を取れるからね。まだ後手番。

 ただ、残り時間が厳しい。後手は5分を切っている。

 解説陣の意見も分かれた。

 出雲先輩は、6七桂の打ち込みを推奨した。パッと見、ありそう。

 レモンちゃんは7八歩成で、直接的な王手。同金、同成銀、同玉に6七金で、追い回せるのではないか、という意見。

 伊吹ちゃんもこれに乗っかった。このふたりの意見が合うのは、めずらしい。

 早紀ちゃんは5一銀打という、受けの手を提案した。


【参考図(出雲案)】

挿絵(By みてみん)


【参考図(内木うちき夜ノよるの案)】

挿絵(By みてみん)


【参考図(二階堂(早)案)】

挿絵(By みてみん)


 すっごいバラバラ。どれもアリ。

 大谷姉ちゃんはお茶を飲んで、また考えた。

 ここ一番の局面な気もするし、あっさり流して、時間を残したい局面な気もする。

 2分が経過して、7八歩成が選択された。

 同金、同成銀、同玉、6七金、同金、同歩成、同玉、6六銀。


挿絵(By みてみん)


 ん? 思ったより危ないか?

 3三の角が、活躍する展開になってきた。

 今度は、磯前姉ちゃんが考える番だ。

 レモンちゃんは、

《先手優勢だとは思いますが……》

 と、だんだんトーンダウンしてくる。

 伊吹ちゃんは、もうちょっと楽観的で、

《切れてると思いますけどねえ。金と桂馬2枚じゃ、続かないです》

 と断言した。

 後手の無理攻めっぽくは、ある。ただ、頓死筋もありそう。

 大盤も忙しくなった。

 レモンちゃんは、

《左は角筋も利いてますし、5八玉でしょうか》

 と言って、そちらのほうへ王様を引いた。

 伊吹ちゃんは、この手に不満げ。

 右手をかるくにぎって、口もとに当てて考え込んだ。

《……7八玉と、左に引いてよくないですか?》

《狭いほうへ逃げるんですか?》

《いや、レモンちゃんのほうが、狭いですよ。飛車に接近しますしぃ》

 アイドル対決、再燃。

 でも、今回は早紀ちゃんのフォローが入った。

《左へ逃げると、7五桂と打たれて、右へ逃げると、5七金から銀を取られる、という感じですね。それぞれの手について、ふたりはどう対応しますか?》

 伊吹ちゃんは、7八玉、7五桂に6九玉と引いて、6七桂成、5九玉と、さらに逃げる順を提示した。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これを見たレモンちゃんは、

《やっぱりこっちへ逃げてるじゃないですか》

 と、つっこみを入れた。

《いえいえ、銀をボロっと取られない順なんです。そう言うレモンちゃんは、5七金以下で、どう受けるんですか?》

《5二銀と打ち込みます》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 え、それって寄らなかったら、先手即死じゃない?

 会場の疑問を、伊吹ちゃんも代弁してくれた。

《修正の利かない手ですが、いいんですか?》

《先手は4八金に同飛と取れるので、一手余裕があります》

《その余裕のあいだに、なにを指すんですか?》

《5三馬で寄せます》

 伊吹ちゃんは、3二玉、5三馬に、4八銀と打ち込んだ。

 同飛、同金、同玉、6八飛、3九玉、2七桂、2九玉、1九桂成、同玉。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 レモンちゃんは胸を張って、

《ほら、先手は詰みませんよ》

 と、自説の正しさを強調した。

 伊吹ちゃんは、

《まだひとつ調べただけでしょう。っていうか、馬がどいたら詰みます》

 と、安全の証明ができていないことを指摘した。

 やんややんや。

 俺は香宗我部先輩と亜紀ちゃんに、意見を訊いた。

「俺の棋力だと、なんとも言えんが……ひとつだけ確かなのは、5二銀だと修正が利かない、という点だ」

「わたしは、2三玉と逃げられるのが、気になるかなあ。5二金で銀を回収されたら、今度こそ先手は寄るよね……あ、でも、それは後手が詰みそう?」

 難しい、難しいよ、これは。

 磯前姉ちゃんは、まだ考えている。

 残り時間が2分を切った。

 先後の持ち時間差は、とっくに逆転。

 使い切りそう。

 王様をどこに逃げるか。そのあとどう寄せるか。

 モニタの向こうがわで、スポーツキャップのつばが上がった。

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