45手目 I know you are but what am I
※ここからは、大場さん視点です。
ゴォオオオォオォオオオオオッ
ふわぁ、すごいっス。
「わーい! ブルーインパルスかっこいい!」
ここは、Y県I市の米軍基地。
角ちゃんたちは、日米親善デーにやってきたっス。
5月5日に基地が開放されて、一般市民がなかに入れるんっスよ。
うわさには聞いてたけど、角ちゃんは初めてっス。めちゃくちゃ人が多いっス。
「あ、もどってきたっス」
角ちゃんたちが見てるのは、航空自衛隊のアクロバット飛行っス。
戦闘機が並んで、ビューッと飛行機雲を出すやつっスね。
これには、優太くんも大喜びっス。
ゴォオオォオオオオォオオォ……
「ああ、いっちゃった……」
優太くん、しょんぼり。
「面白かったっスね。角ちゃん、こんなの見たことなかったっス」
っていうか、Y県に来たのが初めてっス。
隣の県なのに、訪れたことなかったなんて、角ちゃんインドア派。
「それじゃ、続きを指しましょう!」
「え? また将棋するんっスか?」
「だって指し掛けですよ?」
そりゃ、そうっスけど……ブルーインパルス待ちで始めた気がするっス。
ただの暇つぶしだったっス。
「ここ、めちゃくちゃ暑いっス。なにか飲まないっスか?」
「じゃあ、局面だけ記録して、移動しましょう」
優太くんは、スマホで盤面をパシャリ。
そこまでして続きを指したいんっスか……中学生は怖いっス。
「……と言っても、日陰がないっスね」
戦闘機の下くらいしかないっス。
地面が全部コンクリートだから、デリケートな角ちゃんにはきびしいっス。
「とにかく、飲み物を買うっス」
角ちゃんたちは、盤と駒を片付けて、売り場へ移動。
売り子さんは、みんなアメリカ人なんっスね。軍服を着てるっス。
お昼に食べたステーキは、とっても美味しかったっスよ。
「プリーズ・ギブ・ミー・コーラっス!」
「Two hundred Yen」
なんかよく分かんないっスけど、200円って看板が出てるっス。チャリン。
プシュッと開けてゴクリ。
「ぷはぁ、生き返るっス」
「本場のコーラは美味しいですね」
コーラに本場とかあるんっスか? 暑さのせいだと思うっス。
と、日陰は……ないっスね。
「あそこの芝生にしませんか?」
「そうっスね。すこしはマシかもしれないっス」
角ちゃんたちは、芝生に腰をおろして、空を見上げたっス。
「たまには、こういうアウトドアもいいっスね……」
「今日は、わざわざI市まで来てくれて、ありがとうございまーす」
「どういたしましてっス」
優太くんには、いつもH市まで来てもらってるっスからね。
たまには、角ちゃんが交通費を払わないとマズいっス。
「じゃあ、続きを指しましょう」
マジっスか……もう観念して指すっス。
それに、戦闘機がいっぱい並んでても、角ちゃんにはよく分かんないっス。
駒を出して……。
「あ、ちょっと待ってください」
改心したっスか?
「トイレ行ってきます」
生理現象っスか。
「角ちゃん、ここで待ってるっス。気をつけて行ってくるっス」
「はーい」
優太くんは、仮設トイレにダッシュ。
人が並んでるから、しばらくかかりそうっスね。
暇になった角ちゃんは、王様でパシリパシリとリズムを取るっス。
……………………
……………………
…………………
………………
「Wow, shogi」
ふわぁ? 足もとが暗くなったっス。
角ちゃんが顔をあげると、ショートヘアーの金髪少女が立ってたっス。
サングラスを外して、青いお目めでウィンクしてきたっス。
「Are you a shogi player? Could you play with me?」
あわわわ、なに言ってるのか、全然分かんないっス。
もしかして、芝生に入っちゃいけなかったっスか?
「あ、アイ・キャン・ノット・スピーク・イングリッシュっス!」
角ちゃんが答えると、女の子は急に笑い始めたっス。
ば、バカにされたっスか?
「Ahahaha……冗談デース。日本語分かりマース」
ズコーっ!
「び、びっくりさせないで欲しいっス」
「Sorry, my name is Catherine King」
あ、今のはなんとなく分かったっス。
「キャサリンさんっスか?」
「キャシーと呼んでください」
「大場角代っス。角ちゃんって呼んで欲しいっス」
これこそまさに、日米親善っス。
でも、なんで角ちゃんに話しかけてきたんっスかね?
他にも、女子高生っぽい人は、たくさんいるっス。
「それ、将棋デスネ?」
キャシーちゃんは、将棋盤を指差したっス。
「そうっス。ジャパニーズ・チェスっス」
「Yeah, I know, I wanna ask you to...」
「あら、キャシーちゃん、ここにいたんだ」
ふわぁ、またなんか現れたっス。
ロングヘアーに、三白眼の女の人っス。
ナルシストっぽい顔してるっスね。それに、服装が変わってるっス。
「Oh, Aki……なんて格好してるんデスカ?」
「どう? クールでしょ?」
三白眼の女の人は、そう言ってポーズをとったっス。
真っ黒で、両胸にポケットがあるっス。ベルトの位置がかなり高いっス。
警察かなんかの制服だと思うんっスけど……ファッションセンスのある角ちゃんがみても、なかなかハイレベルっスね。
それにしても、暑くないんっスか?
「SS-Dienstrock Schwarz……よくゲートで引っかからなかったデスネ」
「こっそり持ち込んで、トイレで着替えてきたわ」
きたないっス! 仮設トイレとか、絶対不衛生っス!
角ちゃん、ちょっと距離を取るっスよ。
角ちゃんが芝生のうえで後ずさりしてると、三白眼がこっちを見たっス。
「あら、この子は? 知り合い?」
「No, no, but she is a syogi player」
「リアリ? ……あ、ほんとだ」
三白眼の人も、将棋盤に気づいたっス。
そんなに将棋が珍しいんっスか? 立派なボードゲームっス!
「あなた、どこの学校?」
「駒桜北高校っス」
「こまざくらきた? ……ああ、H県の人?」
なんか通じたっス。
「Komazakura...Ah! Fuwa's high school!」
「ノー、シー・イズ・テンドー」
日本語が通じるなら、日本語を公用語にするっス! なんで英語なんっスか!?
「Whichever!! ワタシが頼みたいのはデスネ……」
「ただいまーッ!」
優太くんが帰ってきたっス。
「大場お姉さん、なにして……ああッ!」
優太くんは、ふたりの女の人をみて、飛び上がったっス。
「キングお姉さんと長門お姉さんだッ!」
え? ……知り合いっスか?
「Oh, Yuta, hello」
「あら、優太くんじゃない」
「こんにちはッ! お姉さんたちも来てたんですね」
友だちの友だちが現れたときの気まずさは、半端ないっス。
角ちゃんキョドるっス。
「あ、紹介します。この人は、大場角代さん、僕の友だちです」
「よ、よろしくっス」
「Yuta's girl friend? ...Wow」
「優太くん、危ない人には、ついて行っちゃダメよ」
なんで危ない人あつかいなんっスか!? 隣県でも怒るっスよ!?
「大丈夫です。大場お姉さんは、とっても優しいです」
どうっスか、角ちゃんの信用度は。穴熊よりも堅いっス。
「防長ファイブのお姉さんがふたりもいるなんて、すごいですね」
「将棋指しは引かれ合う、日本のことわざデース」
そんなことわざないっス。
「うふふ、ミリタリあるところに、長門亜季あり、ってね」
あ、やっぱりミリオタだったっス。なんとなくそんな気がしたっス。
「ところで、『ぼうちょうふぁいぶ』って、なんっスか?」
新手のローカルアイドルユニットっスか?
「Oh, you know nothing, pitiful girl」
「あなた、本当に将棋指し?」
なんで知ってて当たり前みたいな反応なんっスか。
「防長ファイブっていうのは、Y県で将棋が強いお姉さん5人組のことです」
……………………
……………………
…………………
………………
え?
「こ、この人たち、将棋指しなんっスか?」
「That's right!」
「2014年度Y県中学代表、長門亜季よ、よろしく」
しかも県大会優勝経験者っスか!?
「スミチャン=サン、ワタシと将棋指すのデース」
こ、こっちの外人さんなら、勝てるかもしれないっス。
「ちなみに、キャシーちゃんも県大会優勝経験者だから」
どうなってるんっスか!? 日本はアメリカの植民地になってるっス!
「大丈夫ですよ、大場お姉さんも強いです」
「角ちゃん、県大会優勝どころか、市代表にすらなったことないっス」
「Y県は強くないから、心配いりません!」
そ、そういうこと無邪気に言っちゃダメっス。
ふたりから、危ないオーラが出始めたっス。
「どうかしら、Y県H県親善デーということで、一局」
「U.S.Aと、軽く遊びマセンカ?」
目が笑ってないっス! 戦争みたいな雰囲気になってるっス!
「大場お姉さん、せっかくだから一局指しましょう」
うぅ、優太くんのピュアさが裏目に出てるっス。
「……アキちゃんと指すっス」
「Oh, no, shy girl! Come on!」
とりあえず、外人に国技で負けたときのガッカリ感だけは回避するっス。
「うふふ、そうこなくっちゃ……駒を並べましょう」
ああ、なんでこんなことになってるんっスか、角ちゃんのゴールデンウィーク。
「振り駒をするわね」
もう好きにしていいっス。
「……あら、歩が2枚、後手だわ」
「じゃあ、30秒将棋で、僕が数えますね」
優太くんが秒読みっスか。唯一の癒し要素っス。
「それじゃ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっス」
7六歩、3四歩、7五歩。こうなったら、がむしゃらにいくっス。
「ふぅん、早石田か……4二玉」
最近は、新石田流への対策が多過ぎるっス。
この4手目4二玉型と、4手目1四歩型が、悩みのタネっスね。
6六歩、6二銀、7八飛。
「3二銀」
ん? クマらないんっスか?
べつにクマる必要はないんっスけど、決断が速かったっス。
なにか用意してる可能性が高いっス。
4八玉、3一玉、3八銀、8四歩、3九玉、8五歩。
「7六飛っス! これで石田流の好形っスよ!」
「同じく飛車を浮くわ。8四飛」
ここで飛車浮きっスか……まだ開戦には踏み切れないっスね。
「6八銀」
駒を足していくっス。3三角、2八玉。
「1四歩」
アキちゃんは、端歩を突いたっス。
これは突き返すっスね。1六歩。
「2四歩」
銀冠の合図っス。組んでるあいだに、こっちは攻めの態勢をつくるっス。
6七銀、2二玉、5六歩、2三銀、7七桂、3二金、7九角。
これで主導権は、角ちゃんのものっス。先攻できそうっス。
「ところで、オオバさん」
「なんっスか?」
「今日は、H県で大会があるって聞いたけど、出てないの?」
大会? ……ああ、ジャビスコこども将棋祭りのことっスね。
「優太くんのほうが先約だったっス」
「へぇ……てっきり、H県の人は、みんな出てるのかと思った」
「長門お姉さん、25秒ですよ」
「秒読みは20秒からお願い。5四歩」
これは……4六角のとき、5五歩の止めっスか?
さっきから狙いがみえてこないっス。
「20秒です」
「4六角っス」
次は、なにがなんでも7四歩っス。
「うふふ、オオバさんって、攻めっ気たっぷりなのね……じゃあ……」
アキちゃんは、6筋に手を伸ばしたっス。
な、なにを指すつもりなんっスか?




