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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第45局 プレーオフ(2015年8月4日火曜)
569/682

557手目 物憂げな控え室

※ここからは、磯前いそざきさん視点です。

 だれもいない選手控え室。

 あたしは壁の大型モニタで、ひよこの対局を観戦していた。

 椅子を動かして、モニタのまえを堂々と占拠。

 お茶を飲み飲み、あれこれ思案。


挿絵(By みてみん)


 ここで素子もとこちゃんは長考している。

 ちょっと不穏な空気。

 単純に考えたら、3二香成だと思うけどね。

 以下、同銀、同馬、8七龍右、4八玉でしょ。

 4八玉、8七龍右、3二香成でもいいけど、進行が固定されないよね。

 8七龍右以外の心配をしないといけないのは、余計だ。


 カチャリ


 ん? だれか来た?

 あたしがふりむくと、奇抜な髪形の少女が、とびらのそばに立っていた。

 鬼首おにこうべだった。

 鬼首は鬼首で、あたしの存在に面食らったらしい。

 眉をひそめて、

「なんだ、先客がいるのか」

 と言った。

「先客もなにも、今はプレーオフ控え室だよ」

「そうめんどくせえこと言うなって」

 鬼首はずかずかと入室して、お菓子のコーナーへ移動した。

 チョコレートを物色し、それからオレンジジュースを注いだ。

 椅子を動かして、あたしのとなりに勝手に座る。

 ここまで図々しいと、注意する気にもならない。

 ま、ほかの選手が入室禁止とも聞いてないし、いっか。

 鬼首は包装を開けて、さっそく食べ始めた。

 チョコの匂いがただよう。

「……ん、こんなところで考えてんのか?」

 鬼首はモニタを見て、けげんそうな顔をした。

 だよね。

 そこはあたしも疑問なんだな。

「パッと見、3二香成、同銀、同馬、8七龍右、4八玉で、よさそうだけどね」

「オレなら、秒で指すぜ」

 つまり、素子ちゃんが読んでるのは、もっとあとの局面だ。

 どのへんを考えてるのかは、なんとなくわかる。

 ここから3二香成、同銀、同馬、8七龍右、4八玉、6二玉のあと、先手がどう攻めをつなげるか。3三角が有力かな、と思うけど、7一玉と逃げられて、そんなに深追いはできない。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 龍が守りに効いてるから、ヘタに攻めるとごちゃごちゃになる。

 そんなことを考えていると、鬼首は、

「おまえは、どっち持ち?」

 と訊いてきた。

「先手」

「だよなあ。オレも先手持ちだ」

 ひよこには悪いけど、この時点でちょっと苦しい感じがする。

 ただし、先手がそのまま押し切って勝ち、でもないから、素子ちゃんも悩んでる。

 アマチュア的には、そんなに勝ちやすいパターンじゃない。


 パシリ


 画面に3二香成が映った。

 同銀、同馬、8七龍右、4八玉、6二玉、3三角、7一玉、3八銀。


挿絵(By みてみん)


 受けたかあ。

 鬼首は、

「8四歩、同龍、6六角成のほうが、良かったと思うぜ」

 と、べつの手を示した。

 たしかに、それもあったな。

 3八銀は、わりかしお堅い手だ。

 狙いがちょっとあいまいなところもある。

 あたしは席を立って、壁に設置してあるリモコンを引き抜いた。

 席にもどって、チャンネルを変える。

 案の定、大盤解説のチャンネルもあった。

 茉白ましろちゃんと亜季あきちゃんか。

 大盤は、現局面じゃなかった。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 んー、6四香、8三歩、同龍、5八銀打かな。

 茉白ちゃんは、6七香成と成り込みながら、

《同銀、同龍のあと、2三馬が龍当たりになっちゃうんだよね》

 と解説した。

 亜季ちゃんは、

《この馬が効いてくると、後手は寄りつきにくいです》

 とコメントした。

 あいかわらず、すごいファッションしてるな。

《そうだね……うーん、やっぱり後手がむずかしいか》

 鬼首も、

「早乙女がポカしなきゃ、先手勝ちだろ」

 と言って、席を立った。

「もう行くの?」

「チョコ食べに来ただけだし」

 鬼首はジュースをもう一杯注いで、控え室を出て行った。

 またひとりになる。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 攻め合いを放棄したね。

 さっきの順が悪いと見たか。

 素子ちゃんは30秒ほど考えて、4一銀と引っかけた。

 5一金引、8三歩、同龍、4二金、4一金、同馬。

 先手はガジガジ流だ。

 ひよこはここで、ようやく6四香。

 解説の亜季ちゃんは、

《攻め合いに持ち込まないと、苦しいと見たようです》

 と解釈した。

 まあそうなんだろうけど、さっきと局面がちがうから、そこがどうかだな。

 方針変更とまで、言えるかどうか。

 素子ちゃんは、6六歩の軽い受け。

 7七銀、5二金、2六桂、5八金打。


挿絵(By みてみん)


 ん……思ったより、むずかしいか?

 いや、先手持ちなんだけど、簡単に決まらない気がしてきた。

 解説陣も、攻め筋をあれこれ模索し始める。

 茉白ちゃんは、

《6六香、6七歩、同香成、同金、同龍のあと、6一金で、どうかな》

 と提案した。

 あたしの第一感。

 亜季ちゃんは、

《先に5二金、同馬、6二金、4三馬と弾いておいてから6六香、もありますね》

 と、べつのルートを示した。

 自陣の安心感で言えば、後者。

 ただ、後者は6六香、6七歩、同香成、同金、同龍、5八金、7八龍の瞬間、4四馬で銀を狙う手が生じてしまう。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これで即死してるわけじゃないけど……どうだろう。

 あたしは席を立って、お茶を汲みなおした。

 ひんやりとした液体を、口にふくむ。

 椅子に座って、ひと息ついた。

 待ち時間っていうのは、なかなか体力を使うよね。

 釣りだって、その場でずっと緊張してるわけじゃない。

 しかも、じぶんが釣ってるんじゃなくて、他人の釣りを眺めてる状況だもんな。

 これはあれか、観戦やめて、昼寝でもしてたほうが、いいかも。

 あたしは迷った挙句、モニタを切った。

 お茶を飲み干して、そのまま廊下に出た。

 気分が晴れる──っと、だれかいるな。

 よくみたら、記者のふたりだった。

犬井いぬい、なにやってんの?」

 犬井はこちらをふりかえって、

「あ、すみません、声が聞こえてました?」

 とたずねてきた。

「いや、全然」

「だったらよかったです」

「で、なにやってんの?」

 決勝トーナメントのインタビュー準備だと、犬井は答えた。

 あたしは、

「まだプレーオフも終わってないのに、気が早くない?」

 と返した。

「質問事項を決めて、位置取りも確認しないといけないので」

「プレーオフのメンバーに、インタビューはしてくれないの?」

 犬井は、ちょっと気まずそうに、

「もうしわけありませんが、やらない方針でした」

 と答えた。

「なんで?」

「記事にしたとき、挟みにくいと思ったんです」

「……なるほどね」

 なんとなく、わかる。

 プレーオフの記事は、予選と決勝のあいだになる。そこにインタビューが長々と載ってても、しょうがないか。プレーオフ抜けした選手は、連続でインタビューされちゃうことにもなる。

 あたしは、釣り用のキャップをなおした。

「インタビューされたきゃ、決勝に出ろ、か。了解」

「自信のほどは?」

「それはインタビュー?」

 あたしの返しに、犬井はほほえんでみせた。

「個人的な質問、ということで」

 自信のほど、ね──あると言えばあるし、ないと言えばない。

 そもそもこの状況で、自信なんて意味あるんだろうか。

 それすらもわからない。

「……最後は、じぶんを信じるしかないんだよね。チームメイトも監督もいないんだし。それを自信というかは、おいといて……じぶんくらいは、信じてあげたいかなあ。それが本心。ほかのふたりも、そう思ってるだろうけど」

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