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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第45局 プレーオフ(2015年8月4日火曜)
567/683

555手目 紅潮

※ここからは、鳴門なるとくん視点です。

 チェスクロを押した僕は、頭をかいた。

 いやあ……ひよった気がする。気がするというか、ひよった。

 8四角は7一角の攻め合いで、勝てないと思ったんだけど。

 れつはこの手が意表を突いたのか、時間を使ってくれた。

「……5三銀です」


挿絵(By みてみん)


 まあ攻め合ってくるよね。

 僕は4一玉と逃げた。

 7一角、6四金、同銀成、7二飛。

 うっかり8二角成は、してくれなかった。

 それは5四桂の一手詰み。

 5三角成、7七飛成、6五金打、6一桂、6三馬。


挿絵(By みてみん)


 烈はガチガチに受け始めた。

 粘られてるけど、こっちも意外と粘れそう?

 もうちょっとで崩壊するかも、と悲観してた。

 少し安全になったとはいえ、ここも悩ましい。

 3一玉と逃げるのは、2四歩が入る。

 2筋へ移動するのは、むしろ危ないかも。

「……4二玉」

 烈、体をこわばらせる。

 読んでなかったというよりも、難しいルートに入ったと感じたみたいだ。

 まあ、これでも2四歩……あ、そう指した。

 同歩、3五歩。

 しゃにむに攻めてきた。玉の周りで危ないのに、おかまいなし。

 僕もそろそろ反撃しよう。

「5九角」


挿絵(By みてみん)


 下から攻める。

 同飛と切るのは、さすがに成立しない。

 4九歩、6八銀不成、5五玉、5七銀不成、5四歩、5二歩。

 ん? ……逆転してきたんじゃないか?

 さっきまでは先手が指しやすかったけど、今は僕のほうが指しやすい。

 それを裏付けるように、烈はここで手が止まった。

 予想以上に先手が危なくて、予想以上に後手が安全だった。

 それとも先手がミスった? 

 烈は大きく息をついて、右手を頭に持っていこうとした。

 またもどす。

 水でも飲んだ方が、いいんじゃない。

 利敵行為になるアドバイスはしないけど。

 とりあえず、盤面は先手が苦慮している。

 指す手がほとんどない。

 こっちが動くのを、待つ感じになるか。

 だとしたら、なにを指してくる? 7四歩?

 烈は2分考えて、7八歩と打った。


挿絵(By みてみん)


 これは……同龍だと5七金か。

 僕は6六銀不成と引いた。

 同金、7八龍、6八歩、同角成、5七銀。

 しぶとい。

 こんどは僕が迷う番になった。

 馬を逃げるのは当然として、どこに逃げるか。

 第一感、7七馬──だけど、6八歩と封鎖されたあと、なにをするのか曖昧だ。

 6九馬と入って、次に4七銀成を狙うほうが、厳しそう。

 例えば6九馬、3六桂、4七銀成、2四桂、2八歩。


挿絵(By みてみん)


 (※図は鳴門くんの脳内イメージです。)

 

 これは後手有利。

 2八歩の効果は、一見明確じゃない。けど、進めれば分かる。

 同飛、5七成銀、3二桂成、同玉、2三金、4二玉のあと、5七金とできない。

 2八龍で飛車を抜けるからだ。しかもこれが金当たり。後手優勢。

 僕はチェスクロで残り時間を確認した。

 ぎりぎり3分。

「6九馬」

 烈は猛烈に読んでくる。

 先手が不利なことは、自覚しているはず。

 とにかく暴れないようにさせるのが、第一。

 烈の長考は、かなりの時間におよんだ。すでに残り2分を切った。

 僕も4七銀成以外に、4七銀不成や6七銀成を読む。

 4七銀不成は桂馬に当たるけど、どうせ2四桂と跳ねられる。

 これは却下。

 一方、6七銀成は、悩ましい。


挿絵(By みてみん)


 (※図は鳴門くんの脳内イメージです。)


 当て方の問題なんだよなあ。

 4七銀成は5七の銀と4八の金に、6七銀成は5七の銀と6六の金に当たる。

 とはいえ、6七銀成、2四桂、2八歩、同飛、5七成銀は、いっしょか。

 分岐はない。

 となると、先手が次の手で3六桂としてくるかどうか、これが問題。

 僕はそちらのほうにも読みを進めた。

 3六歩一択じゃないんだよね。3四歩や2三歩もある。

 この場合は2八歩が効かない。さっきの順からは大幅に外れる。

「……」

「……」

 ん? このまま使い切るつもり?

 先手は、あと1分しかない。

 なにか好手があるんじゃないかと、不安になってきた。

 背筋を伸ばして、盤からすこし距離を取る。

 見落としがあったか? 6五桂がじつは厳しいとか?

 僕はそのルートも読んだ。


 00:03 00:02 00:01


 ピッ


 烈、1分将棋に。


 01:00 00:59 00:58


 6五桂が、意外とむずかしいか?

 5三歩成があるから、3一玉の早逃げが必要?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ パシリ


挿絵(By みてみん)


 けっきょく本線。

 僕は4七銀成で、予定通り銀を活用した。

 烈は2四桂と突っ込んでくる。

 読みが噛み合った。僕は3分残したまま指せる。

 2八歩で、僕は飛車の頭を叩いた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6二歩です」


挿絵(By みてみん)


 !? なんだこれ?

 暴発……待て待て、烈あいてにその考えは、危険だ。

 だけど、時間稼ぎだとしたら?

 その場合は即指ししたほうが……いや、やっぱり読もう。

 烈はこんなところで、時間稼ぎをするタイプじゃない。

 さっきの長考で、この手に採算があると見たのだろう。

 僕は首のヘッドセットをなおして、テーブルにひじをついた。

 この手が合理的なら、6一歩成のほうが2九歩成より厳しい、ってことになる。

 そんなことがありえるのか?

 後手は大駒3枚になるから、判定勝ちも見えてくる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ルール確認が必要な状況になった。

 僕は挙手をして、スタッフのひとを呼んだ。

 若い男性スタッフが駆け寄ってきた。

「なんでしょうか?」

「プレーオフも、持将棋は24点法ですね?」

「はい」

「引き分けになったときは、プレーオフ進出時のポイントで決まり、ですか?」

「はい、その場合は、鳴門選手の負けになります」

 勝った対戦相手の順位を、上から5人足したとき、烈は31、僕は44。

 つまり、さっきまでは僕のほうが、ルール的に不利だった。

 これは烈も理解していたはず。事前に説明があった。

「ありがとうございました」

 僕は烈の意図を読む。

 わざわざ判定負けの筋を発生させるのは、不合理だ。

 ということは……2九歩成は入らない、って読みか。

 5三歩成が厳しい?


挿絵(By みてみん)


 (※図は鳴門くんの脳内イメージです。)


 6一歩成で、5三の地点が1枚減る。

 でも、取らなければいいような……同歩がマズいのは分かるし……例えば、3三玉と上に逃げて、3二桂成、同銀……その瞬間、5七金と取り返される。

 ここで僕の手が難しい? 3七の桂馬が邪魔だから、3六銀と打つ? ……5二馬で、いきなり入玉不能になる。3五の歩も邪魔か。同時に処理する方法は、ない。

 だったら、もっと前の段階で──あッ。

 僕は、口もとに手をあてかけた。

 これ……7二金で馬を捕獲できるぞ。同馬、同龍でさっきの筋を消して、2八飛に3七成銀。桂馬も消す。あっさり打開できた。僕の判定勝ちさえ見えてくる。

 だけど、話がうますぎだ。

 どうして2八同飛としなかった?

 烈の形勢判断が気になる。

 これしかなかったのか、それとも僕が見落としているのか。

「……7二金」

 30秒だけ残して、馬の捕獲を決断。

 烈は59秒使った。同馬。

 同龍、7三歩、6二龍、2八飛。


挿絵(By みてみん)


 手が広い。ここが一番悩む。

 2三歩で桂馬を殺すか、2七歩と叩くか、4七の成銀を動かすか。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5七成銀ッ!」

 同金に2三歩と押さえる。

 決められるところは、全部決める順を選んだ。

 3二桂成、同銀、6三歩、9二龍、2二金。

 烈は左右挟撃を狙ってくる。

 僕も反撃。

「4三桂」

 王手。

 烈は逃げ場所に迷った。

 6五玉は、2七銀~3八角の王手飛車がある。8七馬を先に入れてもいい。

 こちらへは逃げにくいはず。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 そう、そっちしかない。

 問題はここだ。

 僕は3五歩を考えていた。

 だけど、ごちゃごちゃやって2五銀と打たれたとき、同馬で刺し違えになる。

 大駒は渡したくない……けど、ぐずぐずしていたら、5一銀で下段に落とされる。そうなったら、持将棋がそもそも成立しない。大駒の枚数は、関係がなくなってしまう。

 大駒の枚数は、最終的にそろうわけか──誤算だった。

 どうする? 5一銀で耐えて、あとから上に脱出を図るか?

 それとも、3五歩以下で馬銀交換をして、あくまでも入玉を確保?

 60秒で考えるには、酷な選択肢になった。


 30 29 28 27


 とにかく2八飛が邪魔だ。

 捕獲する方法は? 位置的には狙いやすいはずだ。


 18 17 16 15


 閃いた。3五歩、3一銀、3三玉、3二金、3四玉、2五銀、同馬、同桂の瞬間、3七角、同玉、3六銀、4八玉、3七銀打。


挿絵(By みてみん)


 (※図は鳴門くんの脳内イメージです。)


 これだッ! 先手玉を押しもどせるし、8八飛で寄せる手も見える。

 大駒の3枚目をどうするかは、あとで考える。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3五歩ッ!」

 僕はチェスクロを押した。

 烈はさっきと同じように、険しい表情をしていた。

 僕は8八飛以下の寄せを読む。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3一銀。

 僕は攻めを59秒読んだあと、3三玉と上がった。

 烈は3二金と寄せてくる。

「3四玉」

 この瞬間、烈はくちびるをむすび、うなずいた。

 その行為に、背筋がぞくりとする。

「2三飛成です」


挿絵(By みてみん)


 え……同玉、2二銀成、3四玉、2五銀、同馬、同桂で?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あッ。

「……しまった」

 肩のヘッドセットがずり落ちる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………詰んでる。

 同玉、2二銀成、3四玉、2三銀、2四玉、3四金だ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は鳴門くんの脳内イメージです。)


 上から押さえ込む必要がなかった。

 馬筋の過信……ちがう、意識が持将棋に行きすぎた。

 思考の大部分が、大駒の枚数調整に向かってしまった。

 将棋は、王様を詰ませるゲームなのに。


 20 19 18 17 16


 烈は顔が紅潮していた。

 僕はじぶんの顔色が分からない。

 分かっているのは、プレーオフに敗退したという、その事実だけ。

 僕は目を閉じた。視界が闇につつまれる。

 あのとき持将棋にした時点で、逃げだったのか、それとも──


 10 9 8 7 6


「読み負け……か。気取るまでもなかったな。おめでとう。僕の負けだ」

石鉄烈 決勝トーナメント進出確定


場所:第10回日日杯 4日目 男子プレーオフ

先手:石鉄 烈

後手:鳴門 駿

戦型:相雁木


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲6八銀 △4四歩 ▲4八銀 △4二銀

▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △9四歩 ▲4六歩 △5四歩

▲4七銀 △6二銀 ▲2五歩 △3三角 ▲3六歩 △7四歩

▲3七桂 △5二金 ▲6六歩 △6四歩 ▲2九飛 △7三桂

▲6七銀 △4三銀 ▲4八金 △6三銀 ▲6八角 △6二金

▲6九玉 △7五歩 ▲5八玉 △6五歩 ▲同 歩 △4五歩

▲7七角 △同角成 ▲同 桂 △4六歩 ▲同 銀 △6六歩

▲同 銀 △7六歩 ▲6四歩 △同 銀 ▲7四歩 △7七歩成

▲7三歩成 △同 金 ▲7七金 △6五歩 ▲7六桂 △6六歩

▲6四桂 △5五桂 ▲同 銀 △6七銀 ▲4七玉 △5五歩

▲6六金 △5八銀打 ▲4六玉 △4四歩 ▲5三銀 △4一玉

▲7一角 △6四金 ▲同銀成 △7二飛 ▲5三角成 △7七飛成

▲6五金打 △6一桂 ▲6三馬 △4二玉 ▲2四歩 △同 歩

▲3五歩 △5九角 ▲4九歩 △6八銀不成▲5五玉 △5七銀不成

▲5四歩 △5二歩 ▲7八歩 △6六銀不成▲同 金 △7八龍

▲6八歩 △同角成 ▲5七銀 △6九馬 ▲3六桂 △4七銀成

▲2四桂 △2八歩 ▲6二歩 △7二金 ▲同 馬 △同 龍

▲7三歩 △6二龍 ▲2八飛 △5七成銀 ▲同 金 △2三歩

▲3二桂成 △同 銀 ▲6三歩 △9二龍 ▲2二金 △4三桂

▲4六玉 △3五歩 ▲3一銀 △3三玉 ▲3二金 △3四玉

▲2三飛成


まで127手で石鉄の勝ち

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