554手目 選手の解説
※ここからは、嘉中くん視点です。
Y口の嘉中だぜぇ。
プレーオフからは、出場選手による解説。
なぜか俺までお鉢が回ってきた。11位なんだけどな。
4階のホールで、2ヶ所に分けて解説。女子プレーオフと男子プレーオフ。
あいかたは阿南。
けっこうすごい人数で、田舎の高校の全校集会より多い。
大盤が置かれた壇のまえに、ずらりとパイプ椅子がならんでいた。満員御礼。
だけど、俺は上がり症じゃないし、阿南もこういう性格だから、無問題。
昼飯の時間がほとんどなかったのだけは、残念だ。
阿南は大盤の駒を動かしながら、
「先手、長考してるね」
と、ピンマイクを通してコメントした。
【参考図】
これは現局面じゃないぜ。
解説してたら、盤がだいぶ動いてしまった。
今長考しているところから、6五同歩、4五歩、7七角、4六歩、同銀、7七角成、同桂、6六歩、同銀、7六歩と進めてある。阿南は6五の歩を手にして、6四へ持ち上げた。大盤特有の音がする。
「以下、同銀、7四歩、7七歩成、7三歩成、同金、7七金。そこで8六歩と突くか、それとも6五歩で銀を殺しに行くか、そこが分岐的。6五歩に対して、先手は対応が多いね。単に5六桂と置いてもいいし、4四歩、同銀と叩いてから置いてもいい」
【参考図 単に5六桂】
【参考図 4四歩~5六桂】
俺は、
「先手好調だな。鳴門がこの順を選んでるとは、思えない。ただ、6五歩に代えて8六歩も、4四歩、同銀、7一角の両取りがかかるから、やりにくいぜ。4二飛と逃げるなら、8六歩が空振りになる」
とコメントした。
「そうだね。もっと前から変化するんじゃないかな」
阿南はそう言って、局面をもどした。
少しばかり考える。
「……でも、後手からはそんなに変えられないよね、これ」
「そうだなあ、先手が選択するターンだろ」
パシリ
あ、指したな。
まあ、これは当然の一手。
問題はここからの解説が、当たっているかどうかだ。
4五歩、7七角、同角成、同桂、4六歩。
手順の前後はあるが、解説のコースに入った。指し手が早い。
同銀、6六歩、同銀、7六歩、6四歩、同銀。
阿南は、
「このあたりは両者、合意があるっぽいかな」
と推測した。
俺も駒を動かしながら、
「そうだな、どっちも悪くないと思ってる」
と返した。
ってことは、どちらかが錯覚してる……いや、そうでもないか?
おたがいにいいと思ってるなら、それは矛盾だ。
だけど、おたがいに悪くないと思ってるなら、これは矛盾しない。
単に互角ってだけかもしれない。
今回のケースは、どっちだ? 錯覚があるのか、ないのか。
7四歩、7七歩成、7三歩成、同金、7七金。
鳴門は6五歩と打った。
阿南は、
「さあ、みなさん、さっきの検討局面になりましたよ」
と、期待をもたせる言い方。
ここまでをまとめると、5六桂が第一候補、4四歩が第二候補。
パシリ
おっと~、ハズレた。
阿南は、
「解説の嘉中さん、ハズレちゃいましたね」
と笑った。
「5六桂は検討したが、これは検討してないな。8筋を止めるため?」
「8六歩とされても、8四に歩を打つ展開は、来ないと思うよ」
たしかに、これはちょっと謎だな。
鳴門も意表を突かれたのか、ここで手が止まった。
俺たちも仕事だから検討する。
「6六歩、6四桂だよな?」
「それが第一感。6六歩以外なら、4七歩と叩く手もあるけど、同玉、6六歩で、取り込み自体は起こるよ。ここはちょっと悩ましい。叩くか、叩かないか」
「どっちにせよ、5六桂と打たなかった理由には、ならないぜ」
「だね……」
阿南は口もとにこぶしを当てて、大盤からすこし離れて観察した。
おもむろに、後手の持ち駒へ手を伸ばす。
歩を持って、7六の桂馬を小突いた。
「ここに歩を打たれるのが、イヤだったのかな」
「あ~、なるほど、5六桂、7六歩は、あったか」
【参考図】
阿南は大盤の局面をもどして、この図に変えたあと、
「でも、これを極端に嫌う必要が、あったかなあ。4四歩のオプションを捨てるほど、怖いようには思えないけど」
と評価した。
なかなか辛口だ。
俺は、
「4四歩、7七歩成、4三歩成、同金の攻め合いは、ほんとに先手勝ち?」
と確認を入れた。
阿南は大盤の上部を見た。
「……うーん、イケそう」
「そこで4二金と逃げて、6四桂に6六歩は、先手もちょっと怖くないか?」
「いずれにせよ、烈にはなにか怖い筋があったんだろうね」
阿南は現局面へもどそうとした。
ここでゲストが登場。
我らの将棋アイドル、内木レモンちゃん!
レモンちゃんは壇に上がって、手持ちマイクで挨拶。
「みなさん、こんにちは、内木レモンです。楽しんでらっしゃいますか? ちょっと飛び入りで、解説のおふたりに、お話をうかがいたいと思います」
拍手ぅ。
レモンちゃんは、阿南にマイクを向けた。
「今の状況は、いかがでしょうか?」
「そうですねえ、7六桂は予想外だったんですが、僕は先手を持ちたいです」
「先手の攻めが続くと、そうお考えですか?」
「しばらくは切れないんじゃないでしょうか。後手は、飛車と王様の位置が悪いです。金がうわずると、7三角が王手飛車なんで。6二飛、同角成、同玉のかたちは、飛車打ち一発で寄りになります」
「なるほど……阿南さん、ずいぶんと解説慣れしてますね」
「テーマが将棋だし、相方が知り合いですからね。それに、僕は空気読まないから」
笑いが起こる。
さっきから一部の女子に、めっちゃ睨まれてる気がするんだが。
帰り道に気をつけろよ。
「ありがとうございました。嘉中さんのご感想は、いかがでしょうか?」
レモンちゃんは、俺のほうにマイクを転換。
一人称俺、はやめておくか。
「僕はどっち持ちでもないんですが、5六桂じゃなかったのが、意外でした。どのルートでも攻め合いになるので、速度計算を正確にしたほうが、勝ちだと思います」
「ありがとうございました。では、長考中のようなので、対局者のエピソードなども、おうかがいしたいと思います。おふたりは、石鉄選手と鳴門選手に、どのような印象をお持ちですか?」
阿南は、
「プライベートで?」
とたずねかえした。
「ぶっちゃけトークは、ちょっと……」
また笑いが起こる。
「じゃあ将棋の話で。石鉄くんは、めちゃくちゃ正統派。鳴門くんは、ちょっと策士」
「本局にも、それは現れていると思いますか?」
「思いますね。相雁木に誘導したのは、鳴門くんですから」
「なるほど、なるほど……嘉中さんは、どうですか?」
「僕は同郷じゃないんで、そこまで詳しくコメントできないんですが……石鉄くんが正統派将棋なのは、わかります。鳴門くんのほうは、ちょっとわかんないです。対局回数も、ほとんどないので」
「ありがとうございます……あ、指しそうですね」
大盤のとなりにあるモニタで、鳴門の手が伸びた。
パシリ
レモンちゃんは、
「取り込みましたね~」
と感嘆した。
ここからは、解説再開。
阿南はすぐに6四桂、6七銀と進めてみせた。
レモンちゃんは、
「どちらも怖いですね」
とコメントした。
阿南は、
「4九玉、4七歩、同金、5五桂になっちゃうと、厳しいですね。ただ、6七銀一択というわけでもなくて、5五桂と先打ちする可能性もありますし、4七歩と一本入れる可能性もあります」
と答えた。ここからは、全部ですます調っぽい。
本譜は6四桂、5五桂の進行に突入。
以下、同銀、6七銀、4七玉と、上に逃げた。
5五歩、6六金で、先手は攻め駒を攻める展開。
レモンちゃんが、
「後手の攻めは切れそうですが……」
と言いかけたところで、鳴門はもう一手指した。
パシリ
これを見て、解説陣も一瞬沈黙。
レモンちゃんは、
「これで繋がっている、という判断でしょうか?」
と、俺たちに訊いてきた。
阿南は左手のひとさしゆびをくちびるにあてて、右手でひじを支えた。
「……なるほど、繋がりそうか」
「具体的には?」
「5八同金、4六歩、同玉、5八銀不成は、先手が悪いですよね。王様が狭いので、5三銀と打っても、4七金のほうが速いです。5八同金、4六歩、4八玉は、5八銀成、同玉に4七角が王手飛車で、アウトです」
【参考図】
阿南と俺は、ここまですらすらと並べた。
レモンちゃんは、
「理解しました。5八同金とせず、3八玉と引くのも、4七歩で痺れますね」
と、あいづちを打った。
レモンちゃんも強いよね。もうひとりの眼帯してる子も、強いって聞いたな。
会場を見渡すと、女子のプレーオフのほうに、その子はいた。
阿南は、パンと手を合わせて、
「というわけで、5八銀打には4六玉と立つしかないんですが、この瞬間に後手の選択肢が多いので、そうとう怖いです」
とまとめた。
【参考図】
石鉄の手が止まっている。
阿南は、大盤の駒をさわりながら、若干スローなしゃべりかたで、
「先手、ちょ~と誤算がありましたかねえ……」
とコメントした。
だよなあ。ここで考えるのは、変だ。
金2枚に銀2枚を接地させる順は、軽視していた可能性がある。
まあ、解説陣もこの局面を検討していなかったから、ひとのことは言えないが。
石鉄はけっきょく2分考えて、4六玉と立った。
残り時間は、先手が10分、後手が11分。
手数のわりには、使っているほうか。
サイドカメラの映像を見る。
鳴門はテーブルにひじをついて、猫背気味に考えていた。
こっちも悩んでいる感じがする。
レモンちゃんは、
「後手は、どう攻めますか?」
と、俺のほうに振ってきた。
「そうですね……8四角で金を狙うか、4七歩で叩きたいです」
「4七歩は、5八金、同銀不成で、次に歩成りを狙う感じでしょうか?」
「まあそれくらいかな……一手空くのが気になるけど……個人的には、8四角で金を直接狙うのが、好みです。先手が5五金と逃げたら、4七歩、5八金、同銀成とできますからね。次に5七角成が残って、後手有利です」
レモンちゃんは、阿南にも振ろうとした。
そのまえに、鳴門が指した。
パシリ
え……マジ?
阿南はちょっと目を見開いて、それから軽快に笑った。
「アハハ、これは後手ひよりましたね……大舞台ですもんね。しょうがないです。ここまでくると、純粋に棋力の問題じゃないな、うん。石鉄くん、チャンスだと思います」




