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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第45局 プレーオフ(2015年8月4日火曜)
566/681

554手目 選手の解説

※ここからは、嘉中ひろなかくん視点です。

 Y口の嘉中だぜぇ。

 プレーオフからは、出場選手による解説。

 なぜか俺までお鉢が回ってきた。11位なんだけどな。

 4階のホールで、2ヶ所に分けて解説。女子プレーオフと男子プレーオフ。

 あいかたは阿南あなん

 けっこうすごい人数で、田舎の高校の全校集会より多い。

 大盤が置かれた壇のまえに、ずらりとパイプ椅子がならんでいた。満員御礼。

 だけど、俺は上がり症じゃないし、阿南もこういう性格だから、無問題。

 昼飯の時間がほとんどなかったのだけは、残念だ。

 阿南は大盤の駒を動かしながら、

「先手、長考してるね」

 と、ピンマイクを通してコメントした。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これは現局面じゃないぜ。

 解説してたら、盤がだいぶ動いてしまった。

 今長考しているところから、6五同歩、4五歩、7七角、4六歩、同銀、7七角成、同桂、6六歩、同銀、7六歩と進めてある。阿南は6五の歩を手にして、6四へ持ち上げた。大盤特有の音がする。

「以下、同銀、7四歩、7七歩成、7三歩成、同金、7七金。そこで8六歩と突くか、それとも6五歩で銀を殺しに行くか、そこが分岐的。6五歩に対して、先手は対応が多いね。単に5六桂と置いてもいいし、4四歩、同銀と叩いてから置いてもいい」


【参考図 単に5六桂】

挿絵(By みてみん)


【参考図 4四歩~5六桂】

挿絵(By みてみん)


 俺は、

「先手好調だな。鳴門がこの順を選んでるとは、思えない。ただ、6五歩に代えて8六歩も、4四歩、同銀、7一角の両取りがかかるから、やりにくいぜ。4二飛と逃げるなら、8六歩が空振りになる」

 とコメントした。

「そうだね。もっと前から変化するんじゃないかな」

 阿南はそう言って、局面をもどした。

 少しばかり考える。

「……でも、後手からはそんなに変えられないよね、これ」

「そうだなあ、先手が選択するターンだろ」


 パシリ


 あ、指したな。


挿絵(By みてみん)


 まあ、これは当然の一手。

 問題はここからの解説が、当たっているかどうかだ。

 4五歩、7七角、同角成、同桂、4六歩。

 手順の前後はあるが、解説のコースに入った。指し手が早い。

 同銀、6六歩、同銀、7六歩、6四歩、同銀。

 阿南は、

「このあたりは両者、合意があるっぽいかな」

 と推測した。

 俺も駒を動かしながら、

「そうだな、どっちも悪くないと思ってる」

 と返した。

 ってことは、どちらかが錯覚してる……いや、そうでもないか?

 おたがいにいいと思ってるなら、それは矛盾だ。

 だけど、おたがいに悪くないと思ってるなら、これは矛盾しない。

 単に互角ってだけかもしれない。

 今回のケースは、どっちだ? 錯覚があるのか、ないのか。

 7四歩、7七歩成、7三歩成、同金、7七金。

 鳴門なるとは6五歩と打った。

 阿南は、

「さあ、みなさん、さっきの検討局面になりましたよ」

 と、期待をもたせる言い方。

 ここまでをまとめると、5六桂が第一候補、4四歩が第二候補。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 おっと~、ハズレた。

 阿南は、

「解説の嘉中さん、ハズレちゃいましたね」

 と笑った。

「5六桂は検討したが、これは検討してないな。8筋を止めるため?」

「8六歩とされても、8四に歩を打つ展開は、来ないと思うよ」

 たしかに、これはちょっと謎だな。

 鳴門も意表を突かれたのか、ここで手が止まった。

 俺たちも仕事だから検討する。

「6六歩、6四桂だよな?」

「それが第一感。6六歩以外なら、4七歩と叩く手もあるけど、同玉、6六歩で、取り込み自体は起こるよ。ここはちょっと悩ましい。叩くか、叩かないか」

「どっちにせよ、5六桂と打たなかった理由には、ならないぜ」

「だね……」

 阿南は口もとにこぶしを当てて、大盤からすこし離れて観察した。

 おもむろに、後手の持ち駒へ手を伸ばす。

 歩を持って、7六の桂馬を小突いた。

「ここに歩を打たれるのが、イヤだったのかな」

「あ~、なるほど、5六桂、7六歩は、あったか」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 阿南は大盤の局面をもどして、この図に変えたあと、

「でも、これを極端に嫌う必要が、あったかなあ。4四歩のオプションを捨てるほど、怖いようには思えないけど」

 と評価した。

 なかなか辛口だ。

 俺は、

「4四歩、7七歩成、4三歩成、同金の攻め合いは、ほんとに先手勝ち?」

 と確認を入れた。

 阿南は大盤の上部を見た。

「……うーん、イケそう」

「そこで4二金と逃げて、6四桂に6六歩は、先手もちょっと怖くないか?」

「いずれにせよ、れつにはなにか怖い筋があったんだろうね」

 阿南は現局面へもどそうとした。

 ここでゲストが登場。

 我らの将棋アイドル、内木うちきレモンちゃん!

 レモンちゃんは壇に上がって、手持ちマイクで挨拶。

「みなさん、こんにちは、内木レモンです。楽しんでらっしゃいますか? ちょっと飛び入りで、解説のおふたりに、お話をうかがいたいと思います」

 拍手ぅ。

 レモンちゃんは、阿南にマイクを向けた。

「今の状況は、いかがでしょうか?」

「そうですねえ、7六桂は予想外だったんですが、僕は先手を持ちたいです」

「先手の攻めが続くと、そうお考えですか?」

「しばらくは切れないんじゃないでしょうか。後手は、飛車と王様の位置が悪いです。金がうわずると、7三角が王手飛車なんで。6二飛、同角成、同玉のかたちは、飛車打ち一発で寄りになります」

「なるほど……阿南さん、ずいぶんと解説慣れしてますね」

「テーマが将棋だし、相方が知り合いですからね。それに、僕は空気読まないから」

 笑いが起こる。

 さっきから一部の女子に、めっちゃ睨まれてる気がするんだが。

 帰り道に気をつけろよ。

「ありがとうございました。嘉中さんのご感想は、いかがでしょうか?」

 レモンちゃんは、俺のほうにマイクを転換。

 一人称俺、はやめておくか。

「僕はどっち持ちでもないんですが、5六桂じゃなかったのが、意外でした。どのルートでも攻め合いになるので、速度計算を正確にしたほうが、勝ちだと思います」

「ありがとうございました。では、長考中のようなので、対局者のエピソードなども、おうかがいしたいと思います。おふたりは、石鉄いしづち選手と鳴門選手に、どのような印象をお持ちですか?」

 阿南は、

「プライベートで?」

 とたずねかえした。

「ぶっちゃけトークは、ちょっと……」

 また笑いが起こる。

「じゃあ将棋の話で。石鉄くんは、めちゃくちゃ正統派。鳴門くんは、ちょっと策士」

「本局にも、それは現れていると思いますか?」

「思いますね。相雁木に誘導したのは、鳴門くんですから」

「なるほど、なるほど……嘉中さんは、どうですか?」

「僕は同郷じゃないんで、そこまで詳しくコメントできないんですが……石鉄くんが正統派将棋なのは、わかります。鳴門くんのほうは、ちょっとわかんないです。対局回数も、ほとんどないので」

「ありがとうございます……あ、指しそうですね」

 大盤のとなりにあるモニタで、鳴門の手が伸びた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 レモンちゃんは、

「取り込みましたね~」

 と感嘆した。

 ここからは、解説再開。

 阿南はすぐに6四桂、6七銀と進めてみせた。

 レモンちゃんは、

「どちらも怖いですね」

 とコメントした。

 阿南は、

「4九玉、4七歩、同金、5五桂になっちゃうと、厳しいですね。ただ、6七銀一択というわけでもなくて、5五桂と先打ちする可能性もありますし、4七歩と一本入れる可能性もあります」

 と答えた。ここからは、全部ですます調っぽい。

 本譜は6四桂、5五桂の進行に突入。

 以下、同銀、6七銀、4七玉と、上に逃げた。 

 5五歩、6六金で、先手は攻め駒を攻める展開。

 レモンちゃんが、

「後手の攻めは切れそうですが……」

 と言いかけたところで、鳴門はもう一手指した。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 これを見て、解説陣も一瞬沈黙。

 レモンちゃんは、

「これで繋がっている、という判断でしょうか?」

 と、俺たちに訊いてきた。

 阿南は左手のひとさしゆびをくちびるにあてて、右手でひじを支えた。

「……なるほど、繋がりそうか」

「具体的には?」

「5八同金、4六歩、同玉、5八銀不成は、先手が悪いですよね。王様が狭いので、5三銀と打っても、4七金のほうが速いです。5八同金、4六歩、4八玉は、5八銀成、同玉に4七角が王手飛車で、アウトです」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 阿南と俺は、ここまですらすらと並べた。

 レモンちゃんは、

「理解しました。5八同金とせず、3八玉と引くのも、4七歩で痺れますね」

 と、あいづちを打った。

 レモンちゃんも強いよね。もうひとりの眼帯してる子も、強いって聞いたな。

 会場を見渡すと、女子のプレーオフのほうに、その子はいた。

 阿南は、パンと手を合わせて、

「というわけで、5八銀打には4六玉と立つしかないんですが、この瞬間に後手の選択肢が多いので、そうとう怖いです」

 とまとめた。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 石鉄の手が止まっている。

 阿南は、大盤の駒をさわりながら、若干スローなしゃべりかたで、

「先手、ちょ~と誤算がありましたかねえ……」

 とコメントした。

 だよなあ。ここで考えるのは、変だ。

 金2枚に銀2枚を接地させる順は、軽視していた可能性がある。

 まあ、解説陣もこの局面を検討していなかったから、ひとのことは言えないが。

 石鉄はけっきょく2分考えて、4六玉と立った。

 残り時間は、先手が10分、後手が11分。

 手数のわりには、使っているほうか。

 サイドカメラの映像を見る。

 鳴門はテーブルにひじをついて、猫背気味に考えていた。

 こっちも悩んでいる感じがする。

 レモンちゃんは、

「後手は、どう攻めますか?」

 と、俺のほうに振ってきた。

「そうですね……8四角で金を狙うか、4七歩で叩きたいです」

「4七歩は、5八金、同銀不成で、次に歩成りを狙う感じでしょうか?」

「まあそれくらいかな……一手空くのが気になるけど……個人的には、8四角で金を直接狙うのが、好みです。先手が5五金と逃げたら、4七歩、5八金、同銀成とできますからね。次に5七角成が残って、後手有利です」

 レモンちゃんは、阿南にも振ろうとした。

 そのまえに、鳴門が指した。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 え……マジ?

 阿南はちょっと目を見開いて、それから軽快に笑った。

「アハハ、これは後手ひよりましたね……大舞台ですもんね。しょうがないです。ここまでくると、純粋に棋力の問題じゃないな、うん。石鉄くん、チャンスだと思います」

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