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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
562/681

550手目 強き少年たち

※ここからは、囃子原はやしばらくん視点です。

 これは……どういうことだ?

 僕は腕組みをし、ふたりの対局を観察していた。

 どうも違和感をおぼえる。

 すると、左どなりの捨神すてがみくんが話しかけてきた。

「ねえ、なんかようすがおかしくない?」

 さすがは捨神くん。

 そのとおりだ。どうも対局者のようすがおかしい。

 六連むつむらくんの前向きな姿勢からして、明らかに優勢だと判断している。

 阿南あなんくんは逆に、劣勢を意識しているようだ。

 しかし……これは互角だ。

 僕がそのように答えると、捨神くんはうなずいた。

「だよね。僕も互角だと思う」

「入玉の応酬に、意識がいきすぎたか。全体を見れば、後手玉は簡単に寄らない」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 攻め込んだ。

 僕なら2三歩と受けるところだが──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 8九金。

 これも悪くない。

 7九金、5八銀成、同玉、7九金、同銀、4八角。


挿絵(By みてみん)


 捨神くんは、

「180手近いのに、形勢がまったくわからないや」

 とつぶやいた。

 僕は間をおいて、自分なりに読みを入れた。

「……わずかに後手を持ちたい」

「寄せる筋が、ありそう?」

「先手は受けがむずかしい。6八銀打でも5七歩がある」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 六連くんの選択は、4九香。

 これも5七歩がある。6八玉とは逃げられない。

 阿南くんもそれを打った。

 同馬、同角成、同玉、8四角、6六歩、同角、6七玉。


挿絵(By みてみん)


 捨神くんも意見を変えた。

「後手がいいね。再入玉の芽が出てきた」

 ここ数手で、六連くんのようすも変わってきた。

 現状に気づいたようだ。

 こぶしを口もとに当てて、険しい表情をしている。

 捨神くんは、

「軌道修正するかな? 相入玉?」

 とつぶやいた。

「……先手は入玉できないかもしれない。7六歩と突いても、6四桂がある」

 いや、しかし棋力差もあるか。

 阿南くんがどこかで最善を指し損ねると、入玉されそうだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 8五桂が指された。

 自分の入玉より、六連くんの入玉阻止を優先したようだ。

 個人的には、単に2八龍のほうがよかった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 8八金。

 さすがに受けた。

 阿南くんは、ここで2八龍と引いた。

 先手は3八歩を一本入れたい。金の拠点が外れたとき、保険になる。

 たとえそれ以外の手のほうがいいとしても、だ。

 ここまでくると、もはや客観的な手の良し悪しではない。

 人間にとって安全になる順を選びたい。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 6八歩。


挿絵(By みてみん)


 直接的に守った。

 阿南くんも相当迷っている。

 持ち駒の金を手にして、3一に打ちかけた。

 またもどす。

 捨神くんは、

「単に3一金と迷ってるね」

 と指摘した。

「節約するのは危ないように思う」

「僕も」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 阿南くんは金を置いた。3一金打。

 六連くんはノータイムで同飛成と切った。

 同銀としたあと、阿南くんはひたいに手をおいて、目を閉じた。

 そろそろ200手だ。ふたりとも、体力の限界に近いはず。

 次の手もむずかしい。4六角と打って牽制するか、それとも8五桂とこじ開けるか。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 捨神くんは、

「これは僕の第一感」

 と言った。

「そうなのかね?」

「5七飛といきなり打ち込む順があったからね」

 なるほど、8五桂、5七飛、7八玉、8八角成か。

 先に7八玉と引いておけば、これに6七金と対処できる。

 だが、この局面でも、5七飛と打つ余裕はありそうだ。

 阿南くん、打つか?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 阿南くんはぎりぎりで1七龍と引いた。

 安全策だ。

 もっとも、決め損ねた感がある。

 六連くんも見逃さなかった。

 8五桂、2四玉、4六角。

 攻防の拠点。

 僕は、

「これで後手はやや入りにくくなった」

 と評価した。

 トライが一度失敗していることも、大きい。

 心理的に入りにくいイメージがあるはずだ。

 さきほどの2八龍が遅れたのも、そのせいだろう。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシーン


挿絵(By みてみん)


 むッ……攻めたか。5四桂で、角を追い回すかと思ったが。

 焦れたか? 決めに行きたくなったのかもしれない。

 六連くんは、この手でかえって気が楽になったらしい。

 さきほどまでの苦しそうなオーラは、消えていた。

 入玉を露骨にされるよりは、決めに来てもらったほうが、決着は早い。

 あとは一手一手の正しさの問題だ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同金、8六桂、同歩、7七角成、同玉。

 阿南くんはペットボトルの水を3分の1ほど飲んで、大きく息をついた。

 6六金と置く。

 8八玉、7七金打、9八玉、7六金寄。


挿絵(By みてみん)


 詰めろ。8七金上、8九玉、8八歩、同銀、7八金直まで。

 しかし、必至ではない。

 六連くんはここでいったん3六桂、2五玉を決めた。

 僕は周囲に目をくばる。

 この時間まで会場に残っていたメンバーは、全員テーブルの周りにいた。

 吉良きらくんはポケットに手を突っ込み、僕の正面で観戦していた。

 石鉄いしづちくんはすこし離れたところで、温田おんだくんといっしょにいる。

 彼は胸元で手を組み、心配そうな表情だった。

 鳴門なるとくんは観戦に来ていなかった。彼らしい、と言おうか。

 代わりに米子よなごくんがいた。真面目な顔で、首をひねっていた。

 ほかに大谷おおたにくん、早乙女さおとめくん、少名すくなくん、それから桐野きりのくんと西野辺にしのべくん、那賀ながくんもいた。

 本大会一番の観戦者数だ。

 当事者の視界には、もはや入っていないけれども。

 7八金、9七香、8九玉、8八歩、同銀、9九香成、同銀。

 決めにいったが、きわどい。

 8七香、8八香、6九飛、7九歩、7八金、同玉、5九飛成。


挿絵(By みてみん)


 決まらなかった──が、どうだ? まだ切れてはいない。

 先手玉は、依然として詰めろだ。6六桂から詰む。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 六連くんは、6九桂と受けた。

 捨神くんはこれを見て、

「危なくない?」

 と言った。

 たしかに、危ない。

 詰みはないとしても……いや、詰むか?

 ギャラリーの何人かは、表情が変わった。

 読みに集中し始める。

 僕と捨神くんも、黙って読んだ──7七歩から入りたい。

 長手数だが、直感的に寄る筋がある。

 捨神くんは、

「詰むかもしれないけど、9七金と置いたほうが、安全だね」

 と言った。

 阿南くんは寄せに行くだろうか?

 後手玉が入玉しにくいとしても、うしろに下がる手はある。

 2四玉から逃げて、そうとう安全なのだ。

 意識が前向きなこの状況では、王様のバックは考えにくいか?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 阿南くんは7七歩から入った。寄せを決断したらしい。

 六連くんはノータイムで8九玉。

 7八金、同歩、同歩成、同玉、6六桂。


挿絵(By みてみん)


 これで後手は歩のみ──だが、もはや関係ない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7九玉、7八歩、8九玉、6九龍、7九歩、同龍。

 捨神くんは、静かにくちびるを動かした。

「詰んでるね」

 ……そうだな。9四の歩が、致命的だった。

 いずれにせよ、後手玉は寄らない。その時点で、六連くんの負けだ。

 9八玉、8八香成、同銀、同龍、同玉。

 阿南くんは10秒残して、8七銀と打った。


挿絵(By みてみん)


 背筋を伸ばし、勝利を確信している。

 六連くんは、さきほどから目を見開いて、盤を見つめていた。

 信じられない──そういう表情にみえた。

 9七玉、9六銀不成、8八玉、8七金、9九玉、9七香。

 六連くんは、無意味な合駒をしようとした。

 手が震えて、駒が落ちた。飛車が床に転がり、跳ねる。

 だれも拾わない。

 六連くんはうなだれた。

 30秒を過ぎたところで、盤のうえに雫が落ちた。

 嗚咽が聞こえる。

 リベンジのために、もう一度指したかったが……ここでお別れらしい。

 残念だ。

 またどこかで指そう。強き少年よ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! プッ

【現時点の男子戦況】


 1位 囃子原礼音 13勝2敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定

 2位 吉良義伸  12勝3敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定

    捨神九十九 12勝3敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定

 4位 石鉄烈   10.5勝4.5敗 全局終了 プレーオフ

    鳴門駿   10.5勝4.5敗 全局終了 プレーオフ

 6位 六連昴   10勝5敗 全局終了 予選敗退


場所:第10回日日杯 4日目 男子の部 15回戦

先手:六連 昴

後手:阿南 是靖

戦型:居飛車力戦形


▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △6四歩 ▲2六歩 △3二銀

▲2五歩 △6二銀 ▲7八金 △6三銀 ▲2四歩 △同 歩

▲同 飛 △3三角 ▲2八飛 △2四歩 ▲4八銀 △1四歩

▲3六歩 △2三銀 ▲6八銀 △1五歩 ▲5六歩 △3二金

▲6九玉 △4二玉 ▲3七銀 △8四歩 ▲7七角 △5二金

▲4六銀 △9四歩 ▲9六歩 △3一玉 ▲5八金 △5四銀

▲3五歩 △同 歩 ▲同 銀 △3四歩 ▲4六銀 △9三桂

▲3七桂 △4四角 ▲2九飛 △6二飛 ▲6五歩 △7七角成

▲同 桂 △3八角 ▲2八飛 △4九角成 ▲6六角 △4四歩

▲8四角 △6五歩 ▲7三角成 △6一飛 ▲2五歩 △3九馬

▲2六飛 △2五歩 ▲同 飛 △2四歩 ▲2六飛 △2二玉

▲5七銀引 △2五歩 ▲同 飛 △3三桂 ▲2六飛 △2五歩

▲7二馬 △3一飛 ▲2五桂 △同 桂 ▲4八銀 △4九馬

▲6七歩 △2四銀 ▲5九金 △1四桂 ▲2八飛 △4八馬

▲同 金 △3九銀 ▲3八飛 △4八銀成 ▲同 飛 △3七桂成

▲4九飛 △3八金 ▲5九飛 △4八成桂 ▲5七飛 △3七金

▲2三歩 △同 玉 ▲2五歩 △3三銀 ▲2四銀 △同 銀

▲同 歩 △3三玉 ▲5四馬 △同 歩 ▲6四角 △5八角

▲同 飛 △同成桂 ▲同 玉 △3八飛 ▲6九玉 △6一飛

▲5三銀 △6四飛 ▲5二銀成 △2四玉 ▲4九金 △2八飛成

▲4六角 △2五玉 ▲6四角 △5五歩 ▲同 角 △1九龍

▲3九桂 △4八銀 ▲9一角成 △2八角 ▲4六馬 △3五香

▲2七香 △2六桂 ▲2九歩 △4九銀不成▲2八歩 △3九龍

▲2六香 △同 玉 ▲2七銀 △同 金 ▲同 歩 △1七玉

▲2六角 △2七玉 ▲1八金 △1六玉 ▲5九桂 △2四香

▲2一飛 △2二銀 ▲1七金 △2五玉 ▲3五角 △同 歩

▲2六香 △1四玉 ▲2四香 △8九金 ▲7九金 △5八銀成

▲同 玉 △7九金 ▲同 銀 △4八角 ▲4九香 △5七歩

▲同 馬 △同角成 ▲同 玉 △8四角 ▲6六歩 △同 角

▲6七玉 △8五桂 ▲8八金 △2八龍 ▲6八歩 △3一金打

▲同飛成 △同 銀 ▲7八玉 △1七龍 ▲8五桂 △2四玉

▲4六角 △7七歩 ▲同 金 △8六桂 ▲同 歩 △7七角成

▲同 玉 △6六金 ▲8八玉 △7七金打 ▲9八玉 △7六金寄

▲3六桂 △2五玉 ▲7八金 △9七香 ▲8九玉 △8八歩

▲同 銀 △9九香成 ▲同 銀 △8七香 ▲8八香 △6九飛

▲7九歩 △7八金 ▲同 玉 △5九飛成 ▲6九桂 △7七歩

▲8九玉 △7八金 ▲同 歩 △同歩成 ▲同 玉 △6六桂

▲7九玉 △7八歩 ▲8九玉 △6九龍 ▲7九歩 △同 龍

▲9八玉 △8八香成 ▲同 銀 △同 龍 ▲同 玉 △8七銀

▲9七玉 △9六銀不成▲8八玉 △8七金 ▲9九玉 △9七香


まで240手で阿南の勝ち

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