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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
559/682

547手目 絶壁

※ここからは、石鉄いしづちくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 打開してくると思いました。

 吉良きら先輩は、こういうところでひよらないですよね。

 僕は4一玉。

 吉良先輩は2三飛成で、堂々と成り込んできました。

 率直に言って、後手悪くないと思います。先手玉は危ないですから。

「5二玉」

 どんどん右へ。

 吉良先輩の3二金で、僕は小考。

 5一銀もありますが、ここは攻めたいです。

 迷っているのは、8七歩と垂らすか、8八歩と叩くか。

 どっちも厳しいと思うんですよね。

 8七歩は、金を入手すれば詰めろです。6八歩成、同歩、6九金まで。

 金は3二に落ちてますからね。そのうち交換になるはず。

 僕は読みを入れました。

 例えば、8七歩に4二金と突っ込んで、同玉、2二龍、3二桂、3三銀、5二玉、3二龍、6一玉のあと、先手は難しくありませんか?


挿絵(By みてみん)


 (※図は石鉄くんの脳内イメージです。)


 8七金みたいな手だと、詰みます。6九馬、8八玉、8七馬、同玉、8六飛以下です。もちろん、吉良先輩はうっかりしないと思いますが、詰めろを簡単にほどけないなら、後手がいいでしょう。

 問題は、8八歩とどちらがいいか、です。これはけっこうな直接手。

 同玉、6九馬、8七銀、8五歩みたいな展開ですか? 8八歩に金を渡しても詰めろにならないので、4二金もありえますね。以下、同玉、2二龍、3二桂、3三銀、5二玉、3二龍、6一玉と追われて、どうか。

 金を入手したとき、詰めろになっている8七歩と、ならない8八歩。

 一見して、前者が最善。じゃあ、なぜ悩んでいるのか。

 それは、8七歩に2八龍という受けが利くからです。


挿絵(By みてみん)


 (※図は石鉄くんの脳内イメージです。)


 8八歩の場合、これは成立しません。8九歩成とすればいいだけ、ですから。

 つまり8七歩の効果は、2八龍と撤退させる、これに帰着します。

 そうなると、8八歩という直接手のほうが、いい可能性も。

「……」

 残り5分。切り上げどきです。

 僕は、持ち駒の歩をつまみました。

「8七歩」


挿絵(By みてみん)


 垂らします。

 吉良先輩はこの手を見て、

「そっちか」

 と、小声でつぶやきました。

 オールバックの前髪を撫でて、視線をサイドへ。

 本命で読んでいなかった、という仕草。

 僕の読みが浅かったですか? ……いえ、そういう考えは、やめます。

 この対局は、僕が先輩を超えられるか超えられないか、それに尽きます。

 8七歩が先輩の読みを上回っていれば、それでいいんです。

 僕が続きを読むなか、吉良先輩はサイドへ視線を固定しました。

 そして1分後、視線をもどし──僕と目が合いました。

「なるほどな……たしかにこっちのほうが、いいのかもしれない……が、将棋は一手じゃ決まらないぜ」

 吉良先輩は2八龍と撤退。

 ここからは僕の攻めに、吉良先輩の受け。

 5九馬、8七金、8六角、7七桂、6五桂。


挿絵(By みてみん)


 全軍躍動。

 同桂なら6八歩成、同歩、同角成、同龍、同馬、同玉、8七飛成で、先手は完全に潰れです。後手は寄りません。

 吉良先輩は8六金。

 僕は同飛としかけて、手をひっこめました。

「失礼しました」

 一瞬、イヤな筋が浮かびました。8六同飛に4二金と寄って、同玉、2二龍、3二桂、3三銀、5二玉、3二龍、6一玉……7三桂。


挿絵(By みてみん)


 (※図は石鉄いしづちくんの脳内イメージです。)


 似たような筋は、前にもありました。でも、この手は今思いつきました。

 危なくないですか? 同金は詰みますよね。

 7一玉か7二玉だと詰まない……いえ、7二玉は詰みます。6一角、7三玉に6二龍と切って、同玉、7二金、6三玉、5二銀と、上に追い込まれて終わり。

 7一玉は? 7一玉も詰むと、困るのですが。

 僕は時間を使いました。

「……」

 詰むような……詰まないような……。

 十数手の範囲だと詰まないんですが、もっと長い筋がいくつかあって、不安です。

 しかも、その筋のなかに、後手の飛車を消す順があるんですよね。

 ということは、たとえ詰まないとしても、8六の飛車は消されちゃいそうです。

「……7七桂成」

 こちらにします。

 7七同銀はムリですよ。同馬が厳しすぎますから。

 吉良先輩も、腕組みをして長考。

「……攻め合いだ。4二金」

 受けない……いえ、これは当然です。

 受けようがない以上、攻め合いは理に適っています。

 駒をだいぶ渡しましたから、同玉は寄る可能性が高いです。

 僕は残り時間を節約するため、6三玉と逃げました。

 このかたちで6一玉は、2一龍でたぶん死にます。

「7五桂」


挿絵(By みてみん)


「!?」

 こ、これは……なんですか?

 僕はチェスクロを確認。

 残り時間は3分。

 時間を削る作戦ですか?

 いえ、そんなことに意味がある局面じゃないです。

 っていうか、時間を削るためだけに、桂捨てをするわけがありません。

「……あッ」

 そっか、同歩に9六角──これが攻防。

 7五同歩、9六角、7三玉、7七銀、同馬の瞬間、どうなってますか?

 先手も危ないですが……龍と角が強い。

 僕のほうは6四桂と打たれるくらいで、寄りそうです。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 僕は頭をかかえました。

 7五桂、めちゃくちゃいい手です。

 吉良先輩のオーラが切り替わりました。

 すごい圧。

 先手優勢だと考えている証拠です。

 そこまで悪いですか? 先手も頓死筋はあるはず。

 僕は気合い負けしないよう、前向きに読みました。

 1分を切ったところで、同歩を決断。

 9六角、8五歩、7七銀、同馬、7五金。


挿絵(By みてみん)


 受けないとダメ……ですよね、これは……。


 ピッ


 1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「7三銀ッ!」

 吉良先輩は、ここで手が止まりました。

 持ち駒の銀を、7四に──あ、やめましたね。

 先輩は腕組みをして、天井を仰ぎました。

 なにかイヤな筋があったのか、それとも寄せを確認しているのか。

 僕的に、7四銀はかなりつらいです。

 吉良先輩は腕組みをやめて、こんどはひたいに手を当てました。


 1:05 1:04 1:03 1:02 1:01 1:00 0:59


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 受けてきました。ほんとにイヤな筋があったんでしょうか。

 チェスクロを押したあと、吉良先輩はすこし首をかしげました。

 あんまり納得していないみたいです。

 僕は一手余裕ができたので、予定していた作戦を実行。

「9五馬」

 馬を自陣に利かせます。

 吉良先輩は、この手にむずかしそうな顔。

 頭をかいて、片目をつむりました。


 ピッ


 先輩も1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 吉良先輩は59秒まで考えて、8二歩と打ちました。

 同飛、7四桂。

 そっか……この両取りを狙ってたんですね。

「同銀」

 強く取ります。

 6四銀、7二玉、7四金。

「8六桂ですッ!」


挿絵(By みてみん)


 圧殺される恐れもありますが、攻め合いに。

 吉良先輩は59秒まで考えて、駒音高く8三歩。

 これで寄ると困るんですが……同飛。

 以下、同金、同玉、8四歩、同馬、8一飛。

 8二歩は二歩なので、8二桂。

 吉良先輩は眉間にしわを寄せて、目を細めました。

 誤算に突入した模様。

 8二桂が誤算、ではなく、ここまで寄りにくいと思わなかったのでは。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「9一飛成」

 よし、王手が止まりました。

 僕が注意しないといけないのは、方針がブレブレになることです。

 もうはっきり決めてあります。

 先手の攻め間違いを突いて、盛り上がる。

 これでいきます。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「7八歩」

「同……角」

 同桂成とせずに、9二金。


挿絵(By みてみん)


 角は質駒にします。

 吉良先輩は、いやあ、と言って、背筋を伸ばしました。

 両手を頭に当てて、静止。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7一龍。

 僕は9四歩で、初志貫徹。

 7五銀打、7八桂成、同龍、9三角、8七香。

 吉良先輩、こちらの狙いに気づきました。

 僕は7七歩で、先手陣を崩しにかかります。

 同銀、7二歩、8四銀、同角、8五香。

 上は空いてきましたが、7七の銀と7八の龍が邪魔です。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「9五銀ッ!」

 まだ諦めません。

 吉良先輩、やや前傾姿勢に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同香、同歩、8四香、9三玉。


挿絵(By みてみん)


 僕はひたすらノータイム。

 吉良先輩の手は、持ち駒の上を旋回。

 これは……さすがに……ダメ……かも。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「8五桂ッ!」

 僕は即座に9四玉。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシーン


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………詰んで……ます。

 同金に9一龍と回って、なにを合駒しても、同桂成から詰み。

 顔を上げると、吉良先輩は持ち駒をそろえて、剣のとれた表情。

 終局を確信しているようでした。

 もっと安全な勝ち方もあったはずなのに、最後は華麗な詰みで──

 僕はひたいに手をあて、テーブルにひじをつき、うなだれました。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………壁が高すぎた。

 そのひとことに尽きます。

 なんだか泣きそうです。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「負け……ました……」

【現時点の男子戦況】


 1位 囃子原礼音 13勝2敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定

 2位 吉良義伸  12勝3敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定

    捨神九十九 12勝3敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定

 4位 石鉄烈   10.5勝4.5敗 全局終了 結果待ち

    鳴門駿   10.5勝4.5敗 全局終了 結果待ち

 6位 六連昴   10勝4敗 対局中(vs阿南)


 石鉄烈

  六連勝ち → 予選敗退

  六連負け → 石鉄、鳴門でプレーオフ(2名で1枠を争う)


 六連昴

  自分が勝った場合 → 決勝トーナメント進出確定

  自分が負けた場合 → 予選敗退


 鳴門駿

  六連勝ち → 予選敗退

  六連負け → 石鉄、鳴門でプレーオフ(2名で1枠を争う)


場所:第10回日日杯 4日目 男子の部 15回戦

先手:吉良 義伸

後手:石鉄 烈

戦型:角換わり腰掛け銀


▲7六歩 △8四歩 ▲7八金 △3二金 ▲2六歩 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲6八銀 △4二銀 ▲2二角成 △同 金

▲7七銀 △3三銀 ▲3六歩 △6二銀 ▲4八銀 △4二玉

▲4六歩 △7四歩 ▲4七銀 △3二金 ▲9六歩 △1四歩

▲6六歩 △6四歩 ▲9五歩 △7三桂 ▲5六銀 △6三銀

▲6八玉 △5四銀 ▲5八金 △3一玉 ▲3七桂 △6二金

▲7九玉 △8一飛 ▲4七金 △4四歩 ▲1六歩 △4二銀

▲2五歩 △6五歩 ▲4五歩 △同 歩 ▲同 銀 △同 銀

▲同 桂 △6四角 ▲4六歩 △6六歩 ▲同 銀 △8六歩

▲同 歩 △6七歩 ▲6九歩 △5四銀 ▲4四角 △3三桂

▲5六金 △4三歩 ▲3三桂成 △4四歩 ▲3二成桂 △同 玉

▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △4七角 ▲2七飛 △5八角成

▲2八飛 △5九馬 ▲2九飛 △5八馬 ▲2八飛 △5九馬

▲2九飛 △5八馬 ▲2八飛 △5九馬 ▲2九飛 △5八馬

▲2二金 △4一玉 ▲2三飛成 △5二玉 ▲3二金 △8七歩

▲2八龍 △5九馬 ▲8七金 △8六角 ▲7七桂 △6五桂

▲8六金 △7七桂成 ▲4二金 △6三玉 ▲7五桂 △同 歩

▲9六角 △8五歩 ▲7七銀 △同 馬 ▲7五金 △7三銀

▲8八銀 △9五馬 ▲8二歩 △同 飛 ▲7四桂 △同 銀

▲6四銀 △7二玉 ▲7四金 △8六桂 ▲8三歩 △同 飛

▲同 金 △同 玉 ▲8四歩 △同 馬 ▲8一飛 △8二桂

▲9一飛成 △7八歩 ▲同 角 △9二金 ▲7一龍 △9四歩

▲7五銀打 △7八桂成 ▲同 龍 △9三角 ▲8七香 △7七歩

▲同 銀 △7二歩 ▲8四銀 △同 角 ▲8五香 △9五銀

▲同 香 △同 歩 ▲8四香 △9三玉 ▲8五桂 △9四玉

▲8三角


まで151手で吉良の勝ち

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