545手目 ぐだぐだ
※ここからは、毛利さん視点です。
えーい、ぜんぜんわからないかたちになってしまった。
しかも両取り。すでに悪いか。
「両取り逃げるべからず。7三桂成」
「同桂ですじょ」
ここで5四銀。つっこむ。
すみれは4五桂で、角を取った。
同銀引、6五角、4六飛、5四桂。
ん? 飛車が死んだ? ……死んでない……いや、死んでるか?
同銀、同銀のあと、5五銀打とされたら、死んでるな。
しかし、そのまえに6六銀と打てば、回避でき……ダメか。飛車を移動すると、3六飛と走られて、突破されてしまう。
すみれも、
「これはどうみても後手優勢ですじょ」
と言った。
そうかもしれない。
どこでまちがった? 中央に殺到するのが、よくなかったか?
反省してもしょうがない。
「とりあえず同銀だ」
同銀、6六銀で、角銀交換に持ち込む。
すみれは無視して5五銀打と重ねた。
もう切るしかない。
「4二飛成」
同角、6五銀、同桂。
手順に桂馬が跳ねてきた。
やはり先手が悪いか。飛車打ちにそこそこ強いのだけが、とりえ。
反撃しないとどうしようもないが、打つ手もない。
「攻防だ。2五角」
すみれは首をかしげた。
「それ攻防になってますかじょ?」
うーん、どうだろう。
銀は守れているが、角筋はすぐに止まりそうだ。
とはいえ、ほかに思いつかなかったのだから、しょうがない。
「4三歩ですじょ」
4六歩がなくなっただけ、よしとしよう。
私はさらに6九桂と打った。
後手はなんだかんだで、持ち駒が少ない。
ムリ攻めをしてもらって、逆転を狙う。
プロがあいてではないから、有力な作戦だぞ、これは。
すみれも悩んでいる。
「じょ~……いろんな手がありますじょ……」
残り時間は、私が8分、すみれが7分。
案外にいい勝負ではないか?
アマの対決で、評価値とか意味ないぞ。
すみれは1分使って、3八銀と打ち込んだ。
けっこうな直接手だ。
取ると死ぬので、2八金とかわす。
3九銀成、3七金、8一飛。
ん、イヤな手がきた。
じつはさっきから、そっちのほうが気になっていた。
大山康晴の棋譜でも、アッと驚く飛車の大回転(未遂)があったからな。
「8八歩」
じらす。
すみれは2四角と出た。
4六桂、2八飛、4八金、1五角、2六桂。
「ぐ、ぐだぐだになりましたじょ」
どうだ、格下には格下の戦い方があるのだ。
ここですみれは大長考。
残り1分になるまで考えて、6五の桂馬をさわった。
さらに数秒悩んで、5七桂成。
同玉、5六歩、5八玉、4六銀。
ん? これは? ……同歩に6五桂か?
そのときは6六銀で、また受けることにしよう。
「同歩」
「5七桂ですじょ」
うッ、読んでない手がきた。しかし──
「それは筋が悪くないか?」
「結果がすべてですじょ」
正論……か? 騙されているような気もするが。
うーむ、どうしたものか。私も時間がない。
同桂はないだろうから、6六桂と反撃しておこう。
「6五銀ですじょ」
それは受けるのか。困った。
ピッ
私のほうが先に1分将棋。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4四銀ッ!」
頭突きで攻める。
「じょ~、これはさすがに読んでないですじょ」
ピッ
すみれも1分将棋に。
「4九桂成ですじょッ!」
受け駒がないから、さすがに攻めてきたな。
放置は頓死するので、受け……いや、そのまえに王手しておこう。
「4三角成」
すみれは6二玉と寄った。」
ここで3八歩と打っておく。
4八成桂、同玉、6六銀、同歩、2九飛成。
明らかに遅いのではないか?
後手の攻めは切れたようにみえる。
「6五桂だ」
5三馬以下の簡単な詰めろだ。3手。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
すみれは7一玉と逃げた。
7筋に歩が利くので、7三歩。
6二金、5三銀成。
一手一手になってきた。勝利は目前。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3八成銀ですじょッ!」
なんだこれは? タダ捨て……6九龍の回り込み?
6九龍が詰めろだったりするのか?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ど、同金」
すみれは6九龍と回った。
これは詰めろ……いや、詰めろなわけがない。2八が空いているのだから、助かる。
私は切り替えて、攻めを読んだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
6二成銀と入る。同玉は詰みだ。
8二玉、7二歩成、9三玉。
詰まないか? それとも詰みを考えないほうがいいか?
過信せずに後者でいくか。
「8一とだ」
すみれは前のめりで、私の陣地を見ている。
7八龍だろうな。
斜めうしろに利く駒がないから、3七に逃げてオッケー。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
7八龍、3七玉。
すみれは8四玉と立った。
粘る気か。神妙に寄せられて欲しい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8二飛」
8三桂、7三桂成、同玉、7二成銀、8四玉。
馬が利いているから、入玉もないだろう。
7三銀、7五玉、6五馬、8六玉。
「これで終わりだな。8七金」
すみれはのけぞった。
「負けましたじょ」
「ありがとうございました」
これで初日だ。初勝利。長かった。
「じょ~、どっかでめちゃんこミスりましたじょ」
「じっさいに後手優勢だったのか?」
「一方的に攻めてたから、優勢のはずですじょ」
すみれによると、8一飛がよくなかった、とのことだった。
たしかに、本譜でもけっきょく成りこめなかった。
すみれが代わりに示したのは、すぐに2八飛と打つ手だった。
【検討図】
「これも4八金ではないか?」
「そこで3六飛と切って、同角に4九銀ですじょ」
「……なるほど、6八玉、4八飛成、7九玉、5八銀成で、ほぼ寄りか」
「飛車を切る手が見えなかったのは、不覚でしたじょ」
飛車を切りたくない気持ち、わかる。
「こちらはどこで間違えたのか、よくわからなかった」
「いつの間にか、すみれがよくなっていましたじょ」
角銀に両取りをかけられたところだろうか。
だとすると、かなり前から悪かったことになるな。
「毛利先輩、すみれは疲れちゃいましたじょ。続きは、またあとでやりますじょ」
「私もだ。インタビューを終わらせて、お昼ご飯にしよう」
一礼して、終わり。
私はインタビューコーナーへ向かった。
「もしもし」
《Ms.モウリ、nice gameデース》
「キャシーか、おつかれさまだ」
《粘ったかいがありましたネ。とちゅう負けだと思ったヨ》
「やはりそうだったか。どこが悪かった?」
《ワカリマセーン》
ずっこける。
《Ahaha, sorry, but so complicated...Ms.アワジ、どう?》
イヤホンの声が変わった。
《おつかれさまです。H庫の淡路です》
「おつかれさまだ」
《今のご質問ですが、解説席でも、よくわからなかったところがあります。飛車を渡した時点では、明確に悪いのではないかと思いますが》
「しかし、あそこは切るしかなかった」
《はい、ただあそこで切るならば、そのまえに角と刺し違えたほうが、よかったのではないかと》
【参考図】
なるほど、納得した。
「たしかに、詰んでるなら最初から切れ、という話だな」
《もちろん、金と交換したほうがいい局面もありますが、本譜は角と交換しておいたほうが、安全だったように思います》
「そうだな、あとで萌たちとも、いろいろ話してみる」
《承知しました。4日間、ほんとうにおつかれさまでした》
《See you later》
インタビュー、終わり。
私はほかのメンバーをさがした──萌がいないな。
その代わりに、亜季は見つかった。
ホワイトボードのまえで、結果を眺めていた。
「おーい、亜季、終わったか?」
「あ、毛利先輩、おつかれさまです」
「おつかれさまだ。勝ったぞ」
亜季は、あ、そうなんですか、と言ったあとで、
「おめでとうございます」
と返した。
私は周囲を見回す。
「萌はどうした? 松陰と嘉中もいないが?」
「3人とも、会場を出ました。萩尾先輩は、決勝の準備ではないですか?」
そうか、決勝トーナメント組は、ここからが本番だな。
「女子の決勝進出は、だれになった?」
「萩尾先輩、鬼首さんが決まりで、磯前先輩、大谷先輩、早乙女さんはプレーオフです。最後はかなり競ったようです」
「男子は?」
「男子もさきほど決まりました。結果は……」
場所:第10回日日杯 4日目 女子の部 17回戦
先手:毛利 輝子
後手:那賀 すみれ
戦型:横歩取り
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩
▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲5八玉 △5二玉 ▲3四飛 △8八角成
▲同 銀 △7六飛 ▲7七銀 △2六飛 ▲2八歩 △7二金
▲3六飛 △2四飛 ▲8六飛 △8二銀 ▲6六銀 △4二銀
▲3八金 △3三桂 ▲7七桂 △8三歩 ▲2七歩 △9四歩
▲2八銀 △7四歩 ▲3六歩 △4四歩 ▲8四歩 △同 歩
▲同 飛 △2一飛 ▲3五歩 △4三銀 ▲7四飛 △7三銀
▲7六飛 △7四歩 ▲5六角 △4五歩 ▲8六飛 △4二金
▲9六歩 △8四歩 ▲3七桂 △5四歩 ▲4五桂 △同 桂
▲同 角 △2五飛 ▲3七銀 △3五飛 ▲3六銀 △3一飛
▲6五銀 △8五歩 ▲同 桂 △3七歩 ▲3九金 △7五角
▲7六飛 △5三桂 ▲7三桂成 △同 桂 ▲5四銀 △4五桂
▲同銀引 △6五角 ▲4六飛 △5四桂 ▲同 銀 △同 銀
▲6六銀 △5五銀打 ▲4二飛成 △同 角 ▲6五銀 △同 桂
▲2五角 △4三歩 ▲6九桂 △3八銀 ▲2八金 △3九銀成
▲3七金 △8一飛 ▲8八歩 △2四角 ▲4六桂 △2八飛
▲4八金 △1五角 ▲2六桂 △5七桂成 ▲同 玉 △5六歩
▲5八玉 △4六銀 ▲同 歩 △5七桂 ▲6六桂 △6五銀
▲4四銀 △4九桂成 ▲4三角成 △6二玉 ▲3八歩 △4八成桂
▲同 玉 △6六銀 ▲同 歩 △2九飛成 ▲6五桂 △7一玉
▲7三歩 △6二金 ▲5三銀成 △3八成銀 ▲同 金 △6九龍
▲6二成銀 △8二玉 ▲7二歩成 △9三玉 ▲8一と △7八龍
▲3七玉 △8四玉 ▲8二飛 △8三桂 ▲7三桂成 △同 玉
▲7二成銀 △8四玉 ▲7三銀 △7五玉 ▲6五馬 △8六玉
▲8七金
まで151手で毛利の勝ち




