542手目 ガンづけ
※ここからは、鬼首さん視点です。女子第17局開始時点にもどります。
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………………くっそ、さっきの対局、マジで納得がいかねえ。
オレのミスだとは思うんだが……早乙女の指しかたが、どうも気になる。
研究にハマったか? それともオレとの相性か?
あれこれ考えていると、大谷がようやく来た。
「遅かったな」
「失礼いたしました」
大谷はわざわざ手を合わせて、オレを拝んだ。
ナマステかよ。
「チッ、なんか調子狂う」
「振り駒は、どういたしますか?」
「任せる」
大谷は駒を集めて、混ぜてから放った。
「歩が1枚。拙僧の後手です」
そのあいだもオレは、早乙女戦のことを考えていた。
すると大谷は、
「なにやら雑念がおありのようですが」
と言ってきた。
「オレは機嫌が悪いんだよ。さっきの対局がボロ負けでな」
「心中お察しいたします。しかし、今の対局相手は、目のまえにおります」
オレは大谷をにらんだ。
大谷も強烈にオレの視線をとらえかえしてきた。
オレは苦笑する。
「おまえ、以前ボコったレディースのヘッドに似てるな」
《対局準備はよろしいでしょうか?》
オレは座り直して、前髪を流した。
《では、始めてください》
大谷は、よろしくお願いします、と言ってチェスクロを押した。
オレは駒音高く2六歩。
「ごあいさついただけないようで」
オレは大谷をゆびさして、口の端をゆがめた。
「あいさつなら、さっきのガンづけで終わってるぜ」
「……なるほど」
パシリ
【先手:鬼首あざみ(O山県) 後手:大谷雛(T島県)】
よし、潰す。
2五歩、8五歩、7八金、3二金、3八銀、7二銀。
相掛かりを受けたことだけは、褒めてやる。
桃子なら変化しただろうな。
9六歩、3四歩、2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛。
オレは5八玉と上がった。
5二玉、7六歩、7四歩、3四飛、3三角、3六飛。
大谷次第、か。
こいつ、坊主のコスプレしてるくせに、好戦的な性格とみた。
それとも、坊主だから好戦的か?
後手のほうから盛り上がってくるだろうよ。
「……8五飛」
高く浮いたな。
2六飛、2二銀に7七桂と跳ねて、即座にとがめる。
大谷は10秒ほど考えて、8二飛と引いた。
桂馬を跳ねさせたつもりか?
そうはいかないぜ。
「8五歩だ」
「4四角です」
3六飛、3三桂。
よしよし、予定通り、後手が盛り上がってきた。
オレも好戦的だが、タメはできるんだよ。じゃなきゃ喧嘩には勝てねえ。
「1六歩」
6四歩、1七桂、3五歩、2六飛、5四歩。
ここだ。
「6五桂」
大谷、背筋が伸びる。
見えてなかったか?
同歩なら4四角、同歩、2一角だ。
4二玉、3二角成、同玉に、4二金、同玉、2二飛成と、いきなり成り込む。
ここで考えてるようだと、キツイぜ~。
けっきょく1分も考えて、5五歩。
「次のはもっとキツイぜッ! 2二飛成ッ!」
「さすがにそれは読みました。同金」
5三銀、同角、同桂成、同玉、3一角。
王手金だ。
このままボコボコにする。
6二玉、2二角成。
「反撃します。4五桂」
ん? 5五馬で、なにがある? ……8五飛の飛び出しか。
4六馬に6五桂で、中央に殺到する、って寸法ね。了解。
「5五馬」
8五飛、4六馬、6五桂、5六金。
攻めは好きだが、受けが弱いってわけじゃないからな、オレは。
受け潰しでもいい。
大谷はここで考えた。
オレなら5七桂成だね。どっちから行ってもいい。それが流れってもんだろ。
大谷も5七桂左成を選んだ。
同金、同桂成、同馬。
「2七歩です」
ふーん、垂らすんだ。
オレなら4五金~5六歩で、5筋をこじ開けたけどな。
ちょこまかするのは、よくないぜ。
「2九歩」
「7三桂」
どうすっかな。
次に6五桂なんだろうが、そんな悠長な手は認めたくねえ。
このスキに攻めるか。
「8六歩」
オレは飛車を叩いた。
同飛なら3五馬で飛び出す。
オレなら、無視して6五桂と跳ねるところだ。
大谷の手が止まる。
オレはポケットのチョコを食べた。
ミルクチョコも置いとけよ。
味が変えられないだろぉ。
パシリ
お、指した。
取ったかあ。ひよってんなあ。
「5筋を攻めるんじゃなかったのか?」
「たしかに、巧遅拙速とも申しますが、この場合は……」
「ああ、そういうのわかんないから。3五馬」
4四銀、同角、同歩、同馬、5三歩。
おらおら、5筋を逆襲だあ。
5四歩、6五桂。
っと、ここで反撃か。
さすがに7一玉はねえか。
オレはテーブルにひじをついて、手のひらにあごを乗せた。
ひと目、突っ込む一手。
5三歩成、7三玉、5七桂、同桂成、同玉の攻め合いで、悪い気はしない。
変えるなら6九桂の受けだが、オレの棋風じゃねえ。
「5三歩成」
7三玉、5七桂、同桂成、同玉。
大谷は1分考えて、7六飛と寄った。
……ほーん、詰めろか。6五桂、6八玉、5七角、5九玉、6九金、同玉、7八飛成、同玉、
7七飛、6九玉、7九飛成、5八玉、6八金まで。13手。
やるじゃねえか。
「これで止まってるだろ。5六歩」
大谷はまた考えた。
詰めろに気づかないと思ったか? ……いや、ちがうな。
受けの手が広かったから、決め打ちできなかったんだろう。5六歩じゃなくて6六歩でも受かってたし、一回8五桂と王手してもよかった。ごちゃごちゃ考えるのがめんどくせえから、深くは読まなかったけどな。
オレが耳の穴をかっぽじっていると、駒音が聞こえた。
……ん? 5五歩じゃないのか。
6五桂じゃなかったのは、わかる。4六玉から抜けられる。5七角と打たれても、どんどん上へ逃げればいい。つまり、馬がデカいんだよ。
で、こっから4三歩の意味もわかる。
同馬なら3五角で、オレの王様は出口がなくなる、と。
5四馬は6五桂、4六玉の瞬間、4四金で馬を押さえられる。
だったら同と、だな。
そのあと、なにをしてくる? 今度こそ5五歩か?
それを同馬はできないんだよな。6五桂、4六玉、5七角、4五玉、3五飛で捕まる。ようするに、オレの馬の位置がポイントだ。
5五歩に同歩もできない。だけど、凌ぐ手はあるだろ、さすがに。
「……同と」
「5五歩」
オレは6六銀と打ち込んだ。
5六歩、同玉、1二角。
んー、なるほどね、りょーかい。
3、4筋をなんとかしたいわけだ。
そりゃそうだよな。オレが指しやすい理由は、入玉が容易だから。これ。
だけどそこにリソースを割くんじゃ、あべこべだぜ。
「その方針、後悔させてやるよ。3四桂」
4二歩、5三と、3三歩。
同馬なら4一桂の両取り。見え見えだ。
「こいつで、どうする? 6八桂」
大谷、お茶を飲む。
こういうときって、だいたいふたつあるよな。
もう楽勝ってときと、困ってリフレッシュしたいとき。
後者の匂いがする。オレが4六玉と寄ると思ったか?
「……8六飛」
「5七玉」
オレは最初から、入玉とか目指してないんだよ。
自陣で耐え切れる。
大谷は方針が外れたからか、またまた長考した。
残り時間は、オレが10分、大谷が6分。
そんなに考える時間はないぜ。
3四角あたりだろ、どうせ。
んで、この予想は当たった。
大谷は3四角と飛び出して、馬との交換を迫ってきた。
「んー、交換してもいいんだが……」
どうすっかな。
同馬、同歩、9五角の王手飛車を誘ってるんだろうが、8四飛打で受かる。
そっちに突っ込むメリットもねえ。
「5四と」
後手玉にプレッシャーをかける。
大谷は8九飛成で、飛車を成り込んだ。
4五桂じゃないんだな。受けを優先したか?
流れの変化を感じる。均衡してたバランスが崩れる音を。
「5五馬」
「6二玉」
よーしよしよし。
「先手がよくなったな。6四と」




