541手目 最後のサイコロ
※ここからは、磯前さん視点です。女子第17局開始時点にもどります。
いやいやいや、がんばれ、あたし。
受けに回ったのが、判断ミスだったか。
気合いを入れなおして、読む。
同銀、同銀、6七歩で、銀挟みにするしかないんだよね。
問題は、そのあと。
6七同銀成と突っ込まれて、同金右。
ここで後手の手がむずかしい……と思う。
8六歩は同歩でいいし、7六歩も見た目ほどプレッシャーはない。
いずれにせよ、先手から反撃できないのが、ネックかな。
受けに回ると決めたんだから、切らしていかないと。
「同銀」
同銀、6七歩、同銀不成、同金右。
ここで茉白ちゃんはちょっと考えた。
パシリ
そこか……んー、これは6六歩狙いだよね。
こっちから6六歩と打てば、7六銀と入り込んでくる。
それを同金、同歩はダメ。
いっそのこと6六歩と打たせて、5七金とスライドしたほうがいい。
それとも、事前に5七金と寄っておく?
「……4八玉」
もう右玉でいこう。こだわってもしょうがない。
茉白ちゃん、また小考。
残り時間は、あたしが15分、茉白ちゃんが13分。
ちょこっと離れている。
茉白ちゃんは1分使って、6六歩と打った。
5七金、7六歩、3八玉、4二玉、5九角、3一玉。
6八歩で止まるか? ……止まるけど、ジリ貧だな。
角がどうにもならなくなる。8六歩と突かれて、交換されるくらいで悪い。
4八角も飛車先を切られるし、ここは手がつけられない。
となれば……6七歩で強く反発、あるいは2四歩以下でいったん手渡し。
2四歩は消極的過ぎだ。傍観していい局面じゃない。
「6七歩」
押し返す。
茉白ちゃんは6二飛と回った。
6六歩、同銀。
あたしは5八金と引いた。
茉白ちゃんは「ん?」という表情で、手を止めた。
これは読みが入ってる手だよ。
7七歩成は同桂、7六歩に、6三歩、同飛、7四銀と反撃する。
7七銀成は同桂、6九飛成に6八金左として、9九龍に6五桂と反撃する。7七同桂に同歩成は、同角で飛車が成りこめなくなる。
このふたつよりもイヤなのは、6七歩と押さえて来る手だ。一応、6四歩と打つ予定。同飛に4八角で、後手は困るんじゃないかな。
手が広いから、後手の時間を削るには最適。
その一方で、あたしに見落としがあったら終わる。
緊迫した読み合いが続く。
茉白ちゃんが動いたのは、10分を切ろうとしたあたりだった。
「4五歩」
? ……なんだこれ?
わかんない。あたしの見落とし? それとも茉白ちゃんがひねった?
あたしは前傾姿勢で考えた。
同歩でなにが悪いの? ……どこかで4六歩?
それとも単に4五歩、同歩、6七歩の味つけかな。
いずれにせよ、あたしは同歩を考えていなかった。同桂としたい。
同桂、同桂、同歩のとき、4筋の位がけっこういいでしょ。4四桂がある。
それに、3七の地点が空くから、3七角の芽も出てくる。
「同桂」
茉白ちゃんもノータイムで同桂。
以下、同歩に5五歩と、さらに攻めてきた。
6七歩と打たないんだ。じゃあ──
「6三歩」
一回叩いて、同飛に3七角。
角を活かせる気配が出てきた。
茉白ちゃんはそれを阻止しないといけないから、4六歩。
これを同角とできればいいんだけど、できないんだよね。
5四桂と打たれてしまう。
「同銀」
5四桂、5五銀、4六歩。
だよなあ。 5五同銀、同角とか、なるわけがなかった。
あたしは帽子のつばを触った。
「同銀」
茉白ちゃんは同桂とせずに、7五角。
マズい。手がよく見えてる。
顔を上げると、茉白ちゃんと目が合った。
どやぁ、というオーラ。
あたしは視線をそらして、お茶を飲んだ──ペットボトルを置く。
そでで口もとをぬぐって、6七桂。
茉白ちゃんは、ようやく手を止めた。
「桂打ち……」
そうだよ。角を引いたら、後手の攻めは止まる。
これが最強の防波堤。
茉白ちゃんは30秒ほど考えて、同銀成とした。
同金右、4六桂、同角、5四桂、9一角成。
一方的に攻められて負けは、なくなった。
4五歩は、やっぱり疑問だったね。
後手がすこし悪くしたことを、茉白ちゃんも自覚したようだ。ここで悩んだ。
残り3分まで考えて、4七歩。
ひねり出した感じの手だ。
放置しないほうがいいか……3七銀は、なんか変だよね。
そうでもない? 3七銀、4八銀に、同銀とできないのが気になる。
「……同玉」
4六銀、5八玉、6六桂、同金、同飛、4六馬。
「磯前おねぇ、それは危ないっしょッ! 4八金ッ!」
ん……あッ!
あたしは背筋が伸びた──同玉は6八飛成があるじゃん。
景色がグラッとなる。
負けにし……いや、後手はもう駒がない。
「同玉」
気合いで取る。
茉白ちゃんは駒音高く、6八飛成。
あたしは3七玉と逃げた。
4八角成、2七玉。
茉白ちゃんは迷った。
7八龍として2六金を狙うか、3八馬として王手飛車を決めるか。
あたしも高速で読みを入れる。
ピッ
茉白ちゃんは時間がなくなった。
1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3八馬ッ!」
王手飛車を選択。
多分、最善。7八龍なら6八歩、2六金、2八玉で、続かなかったはず。
あたしも最後の持ち時間を使った。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
2六玉。
ここで2九馬と取ってくるかどうか。
7八龍のほうがイヤ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7八龍」
うーん、崩れてくれない。
+1000とかじゃ、ないと思うんだよね。
先手有利くらい。とにかく頓死しないように注意。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2八金」
一回受ける。
同馬、同飛、同龍、同馬は、完切れのはず。
茉白ちゃんも2九馬として、飛車を取った。
同金、2五金、同玉、2七飛。
しつこい。
2六銀、2九飛成。
「よしッ! 反撃ッ! 6四角ッ!」
王手から入る。
これは簡単に受からない。
4二金右なら5一銀と引っかけていいし、4二金左なら3三香で寄る。
4一玉もだいぶあやしい。6一銀くらいで、いいんじゃないかな。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
オッケー、後手の持ち駒はなくなった。
あとはリールを巻くだけだ。
あたしは4筋から、寄せの構想を練った。
……………………
……………………
…………………
………………あれ? 4四に駒を打てない?
4四香は同銀、同歩、2四香。
4四桂は同銀、同歩、3三桂。
前者は詰み、後者は1六玉に1四歩で困る。
銀や金でもいっしょだ。食いちぎられて2四に打たれて終わる。
5五桂と打つ? だけど、4三桂成、同金右のあとに困るのは、変わらない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「1八銀ッ!」
受けちゃった。
茉白ちゃんは盤をのぞきこむように、前傾。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
3九龍と寄った。
ちょっと待って、後手陣、想像以上に固い。
けっきょく5五桂くらいしか、思い浮かばない。
魚が水面に上がってきたら、想像より大きくて、いきなり暴れ出したみたいな流れだ。
1八銀と打った効果で、桂馬を渡してもだいじょうぶになってないかな。
後手の次の手は、漠然としている。読みづらい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
あたしは5五桂と打った。
サッと水分補給して、考えなおす。
茉白ちゃんも苦しそう。先手をうまく寄せる手は、ないはず。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
4八龍寄。
馬をいじめにきた。
あたしは4七銀でブロックする。
「ぐッ……」
持ち駒の差が出てきたよ。
魚がいくら大きくても、物量には勝てない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
苦し紛れの手と見た。
糸が切れないように、慎重に、慎重に。
あたしは1六玉と下がった。
茉白ちゃんは、1四歩と突いてくる。
4三桂不成で突っ込んでもよさそうだけど、ここは自重。
「同歩」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
茉白ちゃんは、あわてた手つきで3五歩とした。
なんだ、これ? ……もう動かす駒がないのか。
死に体になったっぽい。
あせらずに同歩。
3五歩自体は無意味でも、取って悪いことはない。
茉白ちゃん、本格的に困ったらしく、あううう、という感じで頭をかかえた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
1四香、1五歩、同香、同銀、6三歩。
マジかあ。粘る粘る。
最終局だけヤル気を出すのは、かんべん。
7五角、1九龍、同馬、4七龍。
詰めろをかけてきた。
こういうのがあるから怖いよね、将棋は。
1一飛と打って、2一香に2六歩と手をもどす。
2二銀、1二飛成、2三銀、1一龍、1四歩。
あたしは眼光一閃、後手陣に狙いを定めた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3三桂ッ!」
茉白ちゃんは「え?」となった。
固まって、盤を凝視する。
「……ひ、必至ッ!?」
正解。カタチ的にびっくりな必至。
同金右も同金直もできないし、1五歩、同玉、1二銀は4一金で反対から詰む。
7五の角、大活躍。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ま、負けました」
「ありがとうございました」
よっしゃああああああああああッ!
プレーオフ以上、確定ッ!
ガッツポーズしたいのをこらえる。
茉白ちゃんは、
「き、金銀4枚あるのに必至とか、ありえない……」
と言いながら、ぴくぴくしていた。
「だね。ちょっと変わってる」
「最後は、ずっと負けてる感じだったね。4六桂としないで、飛車を切ったほうがよかったかな?」
【検討図】
ん……これは1秒も読まなかったな。
「切って続く? 同金で?」
「4六桂、同角、3九金」
「王手飛車か……同飛は2六桂で、先手が危ないね」
「磯前おねぇがそこ読めるなら、やらなくて正解っぽい。3九同飛、同角成、同玉、6九飛のほうで、まちがって欲しかったんだけど。3九金に4七玉と立たれたら、2九金、7一飛の王手角食らうから、ダメだと思ったんだよね」
【検討図】
あたしはちょっと考えた。
たしかに王手角だけど、そんなに厳しいかな?
「本譜より、こっちのほうがいいんじゃない?」
「え、マジで?」
「だって5一歩、7五飛成のあと、後手は寄らないよ?」
「でもさ、先手はもう入玉確定じゃん」
ああ、それを気にしてたのか。
あたしは点数を数えた。
「……なるほどね、4九飛で角を狙っても、取れない」
「でしょ。先手が大駒3枚じゃ、後手負けだと思う」
日日杯は、強制裁定制度がある。粘りまくってなんとかするのはムリだ。
あたしは納得した。
「じゃあ、途中から先手がいいのかな、あるいは……」
「その局面は+100ほどですが、指し続けると持将棋になりそうですね」
あたしは顔をあげた。
素子ちゃんが、黒髪をなでながら立っていた。
「素子ちゃん、勝った?」
「はい、勝ちました」
そっか、まあそこは勝つと思ってた……ん、ってことは──
あたしの気づきを察知したのか、素子ちゃんはうなずいた。
「私と磯前先輩で決勝進出、あるいは大谷先輩も含めてプレーオフ……いずれかの状況になりました。あとは最後のサイコロを、神が振るだけです……見に行きますか?」
【現時点の女子戦況】
1位 萩尾萌 15勝2敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定
2位 鬼首あざみ 13勝3敗 対局中(vs大谷) 決勝トーナメント進出確定
3位 磯前好江 12勝5敗 全局終了 プレーオフ以上確定
早乙女素子 12勝5敗 全局終了 プレーオフ以上確定
5位 大谷雛 11勝5敗 対局中(vs鬼首)
6位 温田みかん 11勝6敗 全局終了 予選敗退
桐野花 11勝6敗 全局終了 予選敗退
剣桃子 11勝6敗 全局終了 予選敗退
梨元真沙子 11勝6敗 全局終了 予選敗退
早乙女素子
大谷負け → 決勝トーナメント進出確定
大谷勝ち → 5敗勢同士でプレーオフ
磯前好江
大谷負け → 決勝トーナメント進出確定
大谷勝ち → 5敗勢同士でプレーオフ
大谷雛
自分が勝った場合 → 5敗勢同士でプレーオフ
自分が負けた場合 → 予選敗退
場所:第10回日日杯 4日目 女子の部 17回戦
先手:磯前 好江
後手:西野辺 茉白
戦型:相雁木
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲6八銀 △4四歩 ▲4八銀 △3二金 ▲1六歩 △9四歩
▲4六歩 △4二銀 ▲7八金 △6二銀 ▲4七銀 △4三銀
▲9六歩 △7四歩 ▲1五歩 △5四歩 ▲6六歩 △3一角
▲6七銀 △3三桂 ▲2五歩 △5二金 ▲2四歩 △同 歩
▲同 飛 △2三歩 ▲2八飛 △7五歩 ▲同 歩 △同 角
▲7六歩 △5三角 ▲5六歩 △7三銀 ▲6八角 △6四歩
▲3六歩 △7四銀 ▲5八金 △7五歩 ▲3七桂 △6五歩
▲同 歩 △同 銀 ▲2九飛 △6六歩 ▲同 銀 △同 銀
▲6七歩 △同銀不成 ▲同金右 △6五銀 ▲4八玉 △6六歩
▲5七金 △7六歩 ▲3八玉 △4二玉 ▲5九角 △3一玉
▲6七歩 △6二飛 ▲6六歩 △同 銀 ▲5八金 △4五歩
▲同 桂 △同 桂 ▲同 歩 △5五歩 ▲6三歩 △同 飛
▲3七角 △4六歩 ▲同 銀 △5四桂 ▲5五銀 △4六歩
▲同 銀 △7五角 ▲6七桂 △同銀成 ▲同金右 △4六桂
▲同 角 △5四桂 ▲9一角成 △4七歩 ▲同 玉 △4六銀
▲5八玉 △6六桂 ▲同 金 △同 飛 ▲4六馬 △4八金
▲同 玉 △6八飛成 ▲3七玉 △4八角成 ▲2七玉 △3八馬
▲2六玉 △7八龍 ▲2八金 △2九馬 ▲同 金 △2五金
▲同 玉 △2七飛 ▲2六銀 △2九飛成 ▲6四角 △4二金打
▲1八銀 △3九龍 ▲5五桂 △4八龍寄 ▲4七銀 △2四歩
▲1六玉 △1四歩 ▲同 歩 △3五歩 ▲同 歩 △1四香
▲1五歩 △同 香 ▲同 銀 △6三歩 ▲7五角 △1九龍
▲同 馬 △4七龍 ▲1一飛 △2一香 ▲2六歩 △2二銀
▲1二飛成 △2三銀 ▲1一龍 △1四歩 ▲3三桂
まで149手で磯前の勝ち




