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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
552/681

540手目 かぶりなおされる帽子

※ここからは、香子きょうこちゃん視点です。女子第17局開始時点にもどります。

 最終局直前。私はお茶を飲みながら、ひと息ついていた。

 となりの姫野ひめの先輩からは、なんかちょっといい香りがする。

 香水かしら。ほんとうにうっすらと、だけど。

 半年のうちに、だいぶおとなびたなあ。

 見る対局は磯前いそざきvs西野辺にしのべと決めてあるし、あとは雑談コーナー。

 私は、

「予選通過争いが熾烈ですね。姫野先輩は、だれが通過すると思いますか?」

 と話を振った。

「むずかしいご質問です。5敗勢のうち4名が負けると、6敗勢にもチャンスが回ってきます。残りの対局カードを見ても、ありえないシナリオではありません」

 そうなのよね。

 6敗勢がプレーオフになる条件は、5敗勢5名のうち、4名が負け。

 磯前vs西野辺、大谷おおたにvs鬼首おにこうべ温田おんだvsつるぎ桐野きりのvs梨元なしもと早乙女さおとめvs宇和島うわじま

 早乙女さんは負けないかなあ、と思う。だけど、磯前さん、大谷さん、温田さん、桐野さんが揃って負けるのは、わりとありそう。

 大谷さんは対戦相手が強いし、西野辺さんと剣さんは、今日の1局目が良かった。

 西野辺さんの今朝のようすをみると、カレピのおかげかな。

 ラブパワー、強し。

 梨元さんは8連勝中で、絶好調。

裏見うらみさんは、本局について、どのようなご予想で?」

「そうですね……ここまでの勝敗数は、磯前さんが圧倒しています。西野辺さんは、大谷戦の内容がよかったです。両者、調子がいいみたいなので、熱戦を期待しています」

 心情的には、磯前さんを応援しているところがある。ただそれは、私が磯前さんをよく知っていて、西野辺さんはあんまり知らない、っていうだけ。

 だから口にはしない。

《間もなく開始です。ご準備ください》

 私はいずまいを正した。


 ……ピポ


 7六歩、8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3四歩。


【先手:磯前いそざき好江よしえ(K知県) 後手:西野辺にしのべ茉白ましろ(H島県)】

挿絵(By みてみん)


 角換わりだ。

 私は、

「先手が誘った、というよりも、後手の誘導に見えますね」

 とコメントした。

「左様です。西野辺さんのほうに、なにか準備があるのやも」

 角換わりの出だしはありふれてるから、磯前さんはすぐに6八銀と上がった。

 ところが、西野辺さんは4四歩。

 いきなり角筋を止めた。

 磯前さん、小考。

 解説も、いきなり修正を迫られる展開に。

「角換わりかと思ったんですが……違いましたね」

「ムリヤリ矢倉でしょうか。後手の研究ストックが切れた、とも読めますが、これ自体がなんらかの研究かもしれません。どちらであるのかは、考えてもわからないと思います」

 うーん、同意。

 ここはパッと指したほうがいいような──あ、指した。

 4八銀。

 矢倉の含みを見せた。

 3二金、1六歩、9四歩、4六歩、4二銀、7八金、6二銀。


挿絵(By みてみん)


 矢倉っぽくなってきた。

 だけど先手は、7七の角をどうするのか、これが悩ましい。

「先手は矢倉に組めますか?」

「ここからは雁木にするしかないかと」

「雁木ですか……後手も雁木なら、相雁木ですね」

「双方どう囲うのか、注目です」

 4七銀、4三銀。

 後手のほうが早めに雁木を確定させた。

 9六歩、7四歩、1五歩、5四歩。

 磯前さんは、なかなか態度を決めない。

 ちょっと迷ってるのかな、という印象を受ける。

 とはいえ、雁木以外に組むのはむずかしい。

 6六歩、3一角、6七銀で、ようやく相雁木に。

 3三桂、2五歩、5二金、2四歩、同歩、同飛、2三歩、2八飛。


挿絵(By みてみん)


 飛車先の歩を切って、先手は軽くなった。

 でも、王様の位置が不安定だ。

 姫野先輩は、

「このまま居玉で7五歩も、考えられます」

 と言った。

 いやあ、どうかなあ。

 それは姫野流な気がする。

「通ります?」

「7五歩、同歩、同角、7六歩ならば、5三角または6四角が好位置になります。壁角も解消できるので、一石二鳥です。個人的には6四角が好みです」

「そのあと、後手の攻めが続きますか?」

「先手は6五歩で咎めに行き、そこで8六歩とカウンターを決めます。以下、6四歩、8七歩成、6三歩成、同銀、8七金、同飛成、8八飛は、いかがでしょうか」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 姫野先輩の攻め気質が暴走してるぅ。

 こんな変な攻め合いしないでしょ。

「もうちょっと穏当な手はないかな、と……」

「棋理には適っていると思いますが」

 いやあ、棋理もあるけど、心情もあるわけで。

 最終局の、しかもプレーオフがかかってる場面で、これは選択しにくい。

 あ、でも、西野辺さんは予選落ち確定だから、誘う可能性はあるのか。

 調子もいいし、攻め合いは歓迎だと思う。

 私がそんなことを考えていると、駒音が聞こえた。


挿絵(By みてみん)


 仕掛けた。

 さっきの攻め合いの筋があるから、固唾を飲んで見守る。

 同歩、同角、7六歩、5三角。

 後手は深く引いた。

 姫野先輩は、

「この手では、やや落ち着いた流れになります」

 と、ちょっと残念そう。

 まあまあまあ。

「ちなみに、7六歩の一手ってわけじゃ、なかったですよね?」

「はい、5六銀と出ても良かったですし、6八角と引く手もありました」

 そこを選択しなかったあたり、磯前さんもひよってるイメージ。

 大一番だから、しょうがない。

 こういうところで踏み込むのは、逆に大谷さんのほう。

 ふだんの言動と盤上の指し手って、そこまで連動しない。

 5六歩、7三銀、6八角、6四歩、3六歩。


挿絵(By みてみん)


 私は、

「おたがいに間合いを計ってますね」

 とコメントした。

「先手は焦点がなくなりました。やや後手持ちです」

 たしかに、後手からの攻め待ちだ。

 西野辺さんが動くかどうか。

 西野辺さんとしては、最後の対局、というだけだから、千日手にするモチベはないと思う。磯前さんも、そのへんは考慮に入れていそう。

「これ、単に8六歩とか6五歩は、続きませんよね?」

「7四銀は必須かと」

「7四銀、5八金の瞬間に、6五歩、7五歩、8六歩の選択ですか。7三桂は7五歩、同銀、7四歩があるから、すぐには跳ねられないです」

 私たちは、歩突きの是非を検討した。

 結論として、6五歩は入れないほうがいい、ということに。6五歩、同歩、7五歩、同歩、同銀、7六歩、8六歩、同歩、同銀の瞬間、5七角と出る手があるのだ。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ここでうっかり8七銀成とすると、8三歩からの連打で止まってしまう。

 そのとき7八成銀が王手じゃない、というところがポイント。

 だから8五飛と浮かないといけなくて、以下、7五歩、8七銀成、7六銀。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 この返しが強烈。5三の角筋も止まっていて、後手の攻めは頓挫。

 これを回避するには7五歩に同銀としないといけない。

 というのを8割方、姫野先輩に読んでもらいました。マル。

 姫野先輩は、

「7五同銀のところでは、まだ後手持ちだと思います。しかし、こうするくらいなら、最初から6五歩を入れないほうがよいです。そのときは5七角が成立しません」

 と解説した。

 ほえ~、なるほど、勉強になる。

「7五歩は、取らなくてもオッケーですよね?」

「取らないほうが自然だと思います。その場合、先手は3七桂などで一手待ち、後手に6五歩を突かせます」

「それを同歩なら、さっきの順に合流する、と?」

「いえ、その場合はさらに同銀で変化します」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 そっか、手順でだいぶ違う。

 検討もだいたい終わったところで、西野辺さんが着手。

 7四銀、5八金、7五歩。

 本線に入った。

 こんどは磯前さんが長考。

 姫野先輩は、

「3七桂は、第一感として見えていると思います」

 と言って、次の手を考えているわけではない、と予想した。

 私もうなずいた。

「そのあとですよね、問題は。6五歩、同歩、同銀、6六歩、7六銀と突っ込まれて困るなら、べつの手を考える必要があるので……6五歩、同歩、同銀に7七桂とか、どうですか?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 姫野先輩は、10秒ほど考えた。

「7六銀に同銀とせず、別の手を指す方針ですか?」

「はい……ただ、なにを指すかはむずかしいですね」

 戦場から離れるなら、4八玉。

 けどなあ、ここから右玉にするのは、磯前さんらしくない気がする。


 パシリ


 3七桂。

 以下、6五歩、同歩、同銀に2九飛。


挿絵(By みてみん)


 この手は検討していなかったので、解説席も忙しくなった。

 姫野先輩も、読んでいなかったようだ。

 それもそのはずで、これは純粋に受けの手。

 当然、次の6六歩が強烈な打ち込みになる。

 西野辺さんは、長考を開始した。

 私は、

「罠……と見てますね」

 とつぶやいた。

「わたくしなら、すぐに打ち込みます」

 あ、はい。

 まあ、姫野先輩が言ってることにも一理あって、罠かどうかの心理戦は、盤上の優劣とは関係がない。私もそこまで気にしないほうかな。

 とりあえず、6六歩の検討。

「6六歩オンリーってわけじゃ、ないような……」

「8六歩もありそうですが、手順の問題かと」

 たしかに、6六歩を先にするか8六歩を先にするか、くらいの違いだ。

「打たないっていうのは、ないですよね。代わりの手が……」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 やっぱり指した。

 後手の攻め、先手の受け。方針ははっきりした。

 あとは後手の攻めが切れるのか、切れないのか、それだけだ。

 磯前さんはスポーツキャップを脱いで、ひたいをぬぐった。

 クーラーが効いているはずなのに、汗をかいているようにみえた。

 披露、緊張、プレッシャー。

 磯前さんはそのすべてをはねのけるように、帽子をかぶりなおした。

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