534手目 野球ファンの戦い
※ここからは、宇和島さん視点です。女子第17局開始時点にもどります。
だーッ、着替え着替え。
最後の休憩時間のあいだに、自室へダッシュ。
ドアを閉めて、ハンガーにかけてあった衣装を装着。
じゃじゃ~ん
大正義巨神軍の応援ユニフォームです。
最終戦のために、とっておいたんですよ。
帽子もかぶって、いざ出陣。ほんとに時間がない。
走って会場へもどると、早乙女さんとばったり──ああッ!
「そ、それは、カァプのユニフォーム!」
「ウサギ退治の正式コスチュームよ」
「そんなもの、公共の電波に乗せていいと思ってるんですかッ!?」
「伊代さんこそ、全身モザイクが必要そうな衣装ね。今すぐ脱ぎなさい」
「脱ぐのはそっちですよ」
えーい、正義の鉄槌をくら……いててて。
大谷先輩に、おたがいホールドされちゃいました。
「おふたりとも、すみやかに着席を」
引きずられて着席。
大谷先輩は両手を合わせて、合掌。
「よろしいですか、スポーツというものは、いがみ合うための道具ではありません。選手が心身の力を尽くし、ルールにもとづいて勝利を目指すものです。そこには、あいて選手に対するリスペクトがあります。その選手を応援するファンもまた、あいてチームのファンへのリスペクトを忘れてはなりません」
ありがたい説法をいただきました。
野球ファン、みな兄弟姉妹。
「早乙女さん、ここは同じ野球ファンとして、和解しましょう」
「そうね。ひとまず休戦かしら」
がっちり握手。白球の友情。
《対局準備はよろしいでしょうか?》
あ、よくないです。振り駒、振り駒。
カシャカシャカシャ……私の後手。
《では、始めてください》
「よろしくお願いします」
早乙女さんは、力強く7六歩。
さすがに気合いが入ってますね。
私も本気でいきますよ。
3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。
横歩へ。
2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛。
【先手:早乙女素子(H島県) 後手:宇和島伊代(E媛県)】
後手番になっちゃったので、早乙女さん次第なんですよね。
こっちの研究手順に飛び込んできてくれないなら、手将棋になります。
早乙女さんは3四飛、4二玉、5八玉、7二銀に2四歩を選択。
うーん、もう外れちゃいました。
3六飛型は、けっこう調べてあったんですが。
「経験値で指します。8八角成」
同銀、8二飛、7七桂、2二銀。
まあだいたいこんな感じかな、という流れに。
早乙女さんは3五飛。
積極的ですね。攻め将棋なのは、もともとですが。
3三桂、8五歩。
んー、あちこち盛り上がってきますね。
1回表からバンバン振っても、いいことありませんよ。
ここは打ち取ります。
6四歩、1六歩。
「2七角ッ! 必殺スライダー!」
「そんなのすっぽ抜けでしょ。3六角」
同角成、同歩、4四角。
2段階変化球ですよ。こっちが本命です。
「さすがにそれは振らないわ。3八金」
なるほど、無視、と。
飛車取りはアリですよね。3五角、同歩、6三銀は、そんなに悪い感じがしません。
ただ、そこから駒組み勝負になったとき、難しいと思います。
かなりじっくりした展開になりますよね。1八角みたいに打っても、5四銀と出ればいいだけなので、後手は潰れません。反対に、先手をいきなり潰すのもムリです。6三銀に代えて4五桂、1八角、3七歩、同桂、同桂成、同金としても、あとが続きません。3三銀と上がって、傷をふさぐくらいですか。ようするに、飛車を取ったからといって、派手な攻めはできないんですよね。
とはいえ、3五角としない場合も、けっきょくは6三銀です。
ここを逃して、飛車にうろうろされるほうが困るかも。
「……3五角」
「ストレート勝負ね。受けて立つわ」
同歩、6三銀、3六角、5四銀、4六歩。
角の打ち場所が、予想と違いました。
私は4四歩と突いて、銀の選択肢を増やします。
「これでどうするの? 3四歩」
「そこは読んであります。5二金です」
崩された箇所を修復して、盛り上がっていく作戦。
球が飛んでくる位置が分かれば、先に守備へ回れるって寸法です。
「じゃ、イレギュラーで。7九金」
「!」
金引き……攪乱ですか?
たしかに、4三金右とはできませんが……しかし……。
「ここに置きます」
早乙女さんは、長いうしろ髪をなでなで。
「金満球団のドラフト指名みたいな、いやらしい打診ね」
なんですか、その言い方はッ!
4八銀、7四歩、4七角。
先手は陣形整備へ。4七角は7四角出の狙いでしょう。
後手にも攻めるチャンスが来ました。望外。
4五歩、いきたいですねえ。
さすがに3三歩成とされますが、同銀以下、どうか。
7四角に4六歩と取り込んで、なんとかなりませんかね。
かたち的には4三歩と一本叩かれて、同銀、3五桂が本線。
この攻め合いで勝てれば、希望が持てます。
私は3分ほど考えて、この順を選択しました。
4五歩、3三歩成、同銀、7四角、4六歩。
早乙女さん、1分の小考。
「このあたりかしら」
パシッ
単打ちですか……予定と違います。
でも、手順は似てるはずです。
30秒ほど確認して、6三銀。角を殺しにいきます。
5六角、7二銀、5二角成、同玉、6八玉。
早逃げ。これも予定外です。
7四桂の攻め合いを読んでいたのですが。
「8七歩」
右をふさぎます。
同銀、2七歩成、3九金。
左も封鎖。
決めるだけ決めて、2二歩。
「7四桂」
来ましたね、ついに。
厳しいんですよね、これ。縦に逃げられないので。
考えられるのは、3六角で攻め合い。あるいは、9二飛の逃げ。
3六角、7八玉……うーん、けっきょく9二飛になりそう。
となると、角打ちを決めてから逃げるか、決めないで逃げるかの二択。
先に9二飛だと……これもけっきょく3六角ですか。
どっちが先でも同じみたいです。じゃあ9二飛からで。
9二飛、8二金、3六角、4九金、7三銀、9二金。
飛車を取られました。
同香、9一飛。
小細工なしの攻め。3四歩とかも入れないんですね。
私も本格的な攻勢に出ないと、マズいかも。
なんだか後手が悪い気がしてます。
先手玉が、かなり遠い。2八飛と打っても、すぐには響きません。
腕組みをして、うなる。
「んー……5五金」
「中途半端な守備ね。9二飛成」
4三玉、4五香、同金、同角、同角。
あれ? すんなりと交換させてくれるんですね。
……………………
……………………
…………………
………………なんか、あやしくないですか?
私が不審に思っていると、早乙女さんは3五金。
上を押さえにきましたか?
でも、持ち駒がもうないですよね。歩が3枚だけ。
「5四角です」
「4四歩」
「同銀」
「はい、狙いのコース。3二龍」
~~~~~ッ!
早乙女さんは、フッと笑って、うしろ髪を大きく流しました。
「ホームランね」
や、やってしまいました。この3手1組が見えてなかったです。
まだ5二飛と打っておけば……あ、でも、同龍、同玉、4五金ですし……ってことは、9二飛成の時点で敗勢だった? あるいは、もっと前から?
「同玉ですッ!」
4四金、4二玉、4三歩、5二玉、4二銀。
ど、どうにかならないですか?
右へ逃げられそうではあるんですが、切らす方法を思いつかないです。
6三玉、5三銀成、7四玉、5四金。
つ、次に角を打たれたら終わる。
8三玉と上がるか、あるいは9二飛と受けるか。
8三玉は6一角と打たれて、ダメですよね。歩で受けるんでしょうけど、6三成銀と寄られたら、どうしようもないです。7一香と打っても、7三成銀、同桂、6四金と迫られるだけですし。9二飛は、どうですか? ……あ、全然ダメですね。6三じゃなくて、5六角と打たれて、斜めの串刺し。
残り時間は、私が8分、早乙女さんが14分。
つらたんな時間に。
……………………
……………………
…………………
………………最後まで指すしか、ないですね。
「8三玉です」
6三成銀、9二玉、7三成銀、同桂、7四角、8三歩、8四歩。
8一香と打てば、数手延命できますが、形作りとしては、このあたりですか。
私は頭を下げました。
「負けました」
「ありがとうございました」
うーん、酷い。
ろくに王手もできませんでした。
「おめでとうございます、でしたっけ?」
「プレーオフ以上は確定だけど、決勝トーナメントは確定してないわ」
「感想戦しますか? それとも観戦します?」
「スポンサーがいるから、感想戦はしないとマズいんじゃない?」
たしかに、スポンサーは立てないといけないですからね。
私はどこから始めたものか、迷いました。
「3五角って切らないほうが、よかったですか?」
【検討図】
早乙女さんは、
「切るのはふつうにアリなんじゃない」
と答えました。
「切らないと6三銀ですよね?」
「そうね……先に2六歩と垂らすとか、9四歩と突いておくとかは、あるかもしれないけど、いずれ銀は6三に上がるでしょうね。6三銀、4六歩のあとが、ちょっと難しいように感じるけど」
「そうなんですよね……まあ7四歩かな、と思うんですが」
早乙女さんは、黙って8四歩と突いた。
【検討図】
「あー、同飛に8五飛ですか」
「これと比較してたのは、6三銀に1五歩ね。放置ならそのまま1四歩と攻めるわ」
「んー、だったら3五角と切って、正解でしたか。いったいどこで悪くなったのか……」
「私の脳内評価値だと、2二歩以降はジリ貧みたい」
出ましたね、あやしげな脳内評価値。
「でも、他に手がなかったと思いますよ?」
「そうね、他の手を指しても下がるみたいだし……もっと前で、潜在的に悪いのかも」
私はあきれました。
「それじゃあ、なんの役にも立たないじゃないですか」
「巨神よりは存在意義があるわよ」
「巨神なくしてゼリーグなしッ!」
「あきれてものが言えないわ」
それならここで決着をつけましょう……って、いててて。
だれかに頭をホールドされました。
萩尾先輩の声が。
「ここ、どっちが勝った?」
答えられない私に代わって、早乙女さんは、
「私の勝ちです……そのようすだと、先輩も勝ったようですね」
と返しました。
萩尾先輩は、私をホールドしたまま前のめりに。
「決勝トーナメント進出の確率は?」
ぐるじぃ……私は応援で鍛えた体力で、萩尾先輩を……む、むり……。
息をしようとあがいていると、早乙女さんの顔が視界に入りました。
いつもの能面で、歩を右手に持ち、それをじっと見つめていました。
「計算は可能ですが……あくまでもお楽しみ、ということで」
【現時点の女子戦況】
1位 萩尾萌 15勝2敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定
2位 鬼首あざみ 13勝3敗 対局中(vs大谷) 決勝トーナメント進出確定
3位 早乙女素子 12勝5敗 全局終了 プレーオフ以上確定
4位 磯前好江 11勝5敗 対局中(vs西野辺)
大谷雛 11勝5敗 対局中(vs鬼首)
温田みかん 11勝5敗 対局中(vs剣)
桐野花 11勝5敗 対局中(vs梨元)
8位 剣桃子 10勝6敗 対局中(vs温田)
梨元真沙子 10勝6敗 対局中(vs桐野)
早乙女素子
磯前、大谷、温田、桐野のうち3名以上が負け → 決勝トーナメント進出確定
それ以外 → 5敗勢同士でプレーオフ
磯前好江
自分が勝った場合
大谷、温田、桐野全員が負け → 決勝トーナメント進出確定
それ以外 → 5敗勢同士でプレーオフ
自分が負けた場合
大谷、温田、桐野全員が負け → 6敗勢同士でプレーオフ
それ以外 → 予選敗退
大谷雛
自分が勝った場合
磯前、温田、桐野全員が負け → 決勝トーナメント進出確定
それ以外 → 5敗勢同士でプレーオフ
自分が負けた場合
磯前、温田、桐野全員が負け → 6敗勢同士でプレーオフ
それ以外 → 予選敗退
温田みかん
自分が勝った場合
磯前、大谷、桐野全員が負け → 決勝トーナメント進出確定
それ以外 → 5敗勢同士でプレーオフ
自分が負けた場合
磯前、大谷、桐野全員が負け → 6敗勢同士でプレーオフ
それ以外 → 予選敗退
桐野花
自分が勝った場合
磯前、大谷、温田全員が負け → 決勝トーナメント進出確定
それ以外 → 5敗勢同士でプレーオフ
自分が負けた場合
磯前、大谷、温田全員が負け → 6敗勢同士でプレーオフ
それ以外 → 予選敗退
剣桃子
自分が勝った場合 = 温田負け
磯前、大谷、桐野全員が負け → 6敗勢同士でプレーオフ
それ以外 → 予選敗退
自分が負けた場合 → 予選敗退
梨元真沙子
自分が勝った場合 = 桐野負け
磯前、大谷、温田全員が負け → 6敗勢同士でプレーオフ
それ以外 → 予選敗退
自分が負けた場合 → 予選敗退
場所:第10回日日杯 4日目 女子の部 17回戦
先手:早乙女 素子
後手:宇和島 伊代
戦型:横歩取り
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩
▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △4二玉 ▲5八玉 △7二銀
▲2四歩 △8八角成 ▲同 銀 △8二飛 ▲7七桂 △2二銀
▲3五飛 △3三桂 ▲8五歩 △6四歩 ▲1六歩 △2七角
▲3六角 △同角成 ▲同 歩 △4四角 ▲3八金 △3五角
▲同 歩 △6三銀 ▲3六角 △5四銀 ▲4六歩 △4四歩
▲3四歩 △5二金 ▲7九金 △2六歩 ▲4八銀 △7四歩
▲4七角 △4五歩 ▲3三歩成 △同 銀 ▲7四角 △4六歩
▲6一角 △6三銀 ▲5六角 △7二銀 ▲5二角成 △同 玉
▲6八玉 △8七歩 ▲同 銀 △2七歩成 ▲3九金 △2二歩
▲7四桂 △9二飛 ▲8二金 △3六角 ▲4九金 △7三銀
▲9二金 △同 香 ▲9一飛 △5五金 ▲9二飛成 △4三玉
▲4五香 △同 金 ▲同 角 △同 角 ▲3五金 △5四角
▲4四歩 △同 銀 ▲3二龍 △同 玉 ▲4四金 △4二玉
▲4三歩 △5二玉 ▲4二銀 △6三玉 ▲5三銀成 △7四玉
▲5四金 △8三玉 ▲6三成銀 △9二玉 ▲7三成銀 △同 桂
▲7四角 △8三歩 ▲8四歩
まで105手で早乙女の勝ち




