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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
544/682

532手目 心外と友情と

※ここからは、米子よなごくん視点です。男子第15局開始時点にもどります。

 駿しゅん……さっきの持将棋は、なんっすか?

 これ、俺っちに勝たないと、決勝トーナメントに進出できなくなったよね?

 俺っちには100パー勝つ?

 さすがにそれは心外っすよ。

 対面に座った駿は、さっきからひとことも話さなかった。

 足で小さなリズムを刻んでいる。

 それは駿がお気に入りの、ジャズバンドの曲だった。

 これじゃ、俺っちのほうが浮足立ってる感じになっちゃう。

 とりあえずお茶を飲んで、大きく深呼吸。

《対局準備はよろしいでしょうか?》

 オッケーっす。

《では、始めてください》

「よろしくお願いします」

 駿の先手。

 7六歩、8四歩、2六歩、3二金、2五歩、8五歩。

 やっぱ角換わりだよね。

 先手の勝率が高いけど、アマチュアならそんなに関係ない。

 7七角、3四歩、6八銀、6二銀、7八金、3三角、6六歩。


【先手:鳴門なると駿しゅん(T島県) 後手:米子よなご耕平こうへい(T取県)】

挿絵(By みてみん)


 え? 拒否?

 まいったな、べつに研究手順とかじゃないんだけど。そんなに警戒しなくても。

 まあ手なりでいくっす。

 4四歩、9六歩、9四歩、4八銀、7四歩、3六歩、4二銀。

 これは相雁木だね。

 そこまではすぐに組めそう。

 3七桂、1四歩、1六歩、5二金、6七銀、4三銀、4六歩。


挿絵(By みてみん)


 4筋……角交換してないから、5筋を突いてもよさげ?

 いや、あとで交換する可能性が高いのか。

 一応、右四間も警戒しておこう。

 6四歩、5八金、6三銀、6八玉。

 6九玉じゃない。

 俺っち、手が止まる。

 これは……7九玉~8八玉を予定してるっぽい?

 構想がよくわからないっす。

 こうなったら、駿のかたちに合わせよう。

 半分いやがらせみたいになるけど、俺っちからうまく攻める順がない。

「7三桂」

 4七銀、4一玉、5六銀右、5四銀右、7九玉、3一玉。


挿絵(By みてみん)


 駿は、肩のヘッドセットに手をかけた。

「同型、ね」

 攻めるなら、駿から攻めるしかないっすよ。4五歩とか。

 ただなあ、4五歩、普通にあるんだよね。

 成立してたら困る。

 4五同歩、同桂、4四角に1五歩、同歩、7五歩かな。

 これで俺っちの桂頭が危ない。6三金、7四歩、同金、2四歩で、どうか。


挿絵(By みてみん)


 (※図は米子くんの脳内イメージです。)


 ……意外と先手続かない感じ?

 同歩、2五歩、8六歩、同角、7七歩で、反撃できる。

 ちょっと安心したところで、駿の手が伸びた。

 2九飛。

 一手溜めたね。

 じゃ、真似して8一飛。

 2八飛、8二飛、2九飛、8一飛、2八飛。

 ん?

 8二飛、2九飛、8一飛、2八飛。

 俺っち、困惑。

「……8二飛」


挿絵(By みてみん)


 駿はなんのためらいもなく、

「千日手だね」

 と言った。

「え、あ……そうっすね」

 駿は手を挙げた。

 スタッフのひとが来た。

「千日手です」

「少々お待ちください。本部に確認します」

 スタッフのひとは、ほんとうに千日手かどうか、本部に連絡した。

 こういうの、ちょっと不安になるよね。

「はい……はい……わかりました」

 スタッフのひとは、

「残り時間は、どうなっていますか?」

 とたずねてきた。

 駿はチェスクロを見て、

「先手が23分、後手が24分です」

 と答えた。

「では、そのままの持ち時間で、先後を入れ替えてください。2回目の千日手は引き分け処理になりますので、ご留意ください」

 ふたりで盤面をもどした。

 チェスクロの位置を反転。

 駿はひと呼吸も置かずに、

「よろしくお願いします」

 と言って、チェスクロを押した。

 気持ちを入れ替える時間もなにも、あったもんじゃない。

 俺っちは7六歩。

 駿は8四歩で、角換わりを誘うような手。

 なんだろ、後手番の研究があったのかな?

 それでさっきは避けたとか?

 いいっすよ、俺っちは避けないから。

 2六歩、8五歩、7七角、3四歩、6八銀、4四歩。


【先手:米子耕平(T取県) 後手:鳴門駿(T島県)】

挿絵(By みてみん)


 マジ? 後手でも避けるの?

 そんなに角換わりしたくないんだ──いや、分かるよ。

 駿は、いつでも合理的。

 持将棋だけじゃない。さっきの千日手も、そう。

 じぶんだけ時間を使うのがもったいないから、まったく打開しなかったよね。

 角換わりを避けてるのも、まだ秘蔵のやつがあるからでしょ。それをプレーオフでれつにぶつけるつもりなわけだ。

 曲作りでもそうだし……流行をちゃんと押さえてるというか……怒ってるわけじゃないよ。ただ、その合理性が、気にかかることがある。俺っちも、今朝丸けさまる先輩ほどの情熱家じゃない。どっちかっていうと、冷めてる。でも、駿のはまたちょっと違うよね。どこがどう違うのか、うまく言えないけど。

 俺っち、小考。

 7八金と上がった。

 4二銀、4八銀、3二金。

 また相雁木。

 4六歩、4三銀、6九玉、5四歩、4七銀、6二銀。

 どうするかな。右四間っぽくなってきた。

 駿からの速攻は、あんまり考えてない。ムリはしてこないはず。

 でないと、ここまでやってきたことと、ちぐはぐっすからね。

 7九玉、5三銀、5六銀、5二金、2五歩、3三角。


挿絵(By みてみん)


 俺っちから攻めるしか、ないんっすかねえ。

 一番いやらしい指し方は、もういちど千日手を模索。2回目の千日手は、持将棋といっしょで引き分け。駿は5敗で予選敗退になるから、もう千日手にはできない。ムリヤリ打開させることができるわけ。でもさ、千日手コースなんて、そう簡単に登場しないし、将棋というゲームの本質から離れてるよね、あいての勝敗数頼みなんて。

 というわけで、4八飛を考える。

 かたちがそれっぽい。

 問題は、右四間でほんとにいいのか、ってことっす。

 3六歩~4八飛~3七桂まで決めて、4五歩が入るかどうか。

 俺っち、お茶を飲み飲み、長考。

 一直線で進めるなら、3六歩、7四歩、4八飛、4一玉、3七桂、3一玉、4五歩。これを取らないで、2二角、4四歩、同銀右のあとが、どうか。


挿絵(By みてみん)


 (※図は米子くんの脳内イメージです。)


 んー、あんま続かないっすかね、これ。

 当たり前だけど、右四間ポンで、そう簡単に潰れるわけがないんだよね。

 潰れるなら、みんなやってるし。

 もっと速く攻めてみる? いきなり4五歩とか?

 3六歩~3七桂は、さすがに必要っすか?

 それとも不要?

 俺っち、けっきょく3分も考えて、決断。

 3六歩。

 駿は7四歩と突いた。

「4五歩っす」

 駿、息をついて、姿勢を変えた。

 目を閉じて考え込む。

 ちょっと予想外だったかな。

 これは同歩があると思うっす。ムリヤリ角交換させられるかも。

 ただ、6四銀もかなり有力。

 駿の選択は──


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 そっちか。

 だったら全面戦争だね。

 俺っちは3七桂と跳ねた。

 7七角成、同桂、4六歩、2四歩、同歩、同飛、2三歩、2八飛。

 飛車先を交換して、感触良し。

 駿は1四歩で、端を楽にした。

 俺っちになにか指せ、って催促してる。

 居玉だけど、いいのかな。

 そんな心配はどこ吹く風で、駿はずいぶんとリラックスしていた。

 読み通りになっちゃってる? ……いや、そんなはずはない。

 プレッシャーをかけていくっすよ。

 6六角、4七歩成、同銀、3三桂、3五歩。

 どんどん攻める。

 駿は1分ほど考えて、同歩。

 ここから2度目の飛車先交換。

 2四歩、同歩、同飛、2三歩。

「3四歩っす!」


挿絵(By みてみん)


 暴発じゃないよ。飛車を渡しても、十分イケるはず。

 かと言って、取らない手はないでしょ。

 6六角と打ったのは、これが狙いだったんだよね。

 2四歩、3三歩成、同金、同角成は、受け駒が悪すぎて先手優勢。

 だから攻め合うしかなくて、4六歩が第一感。そこで5八銀と引いて、悪くない。3二とまで入れば、飛車と金桂の2枚換え。損もしてない。

 駿は背筋を伸ばして、頭をかいた。

 両肩のヘッドセットが揺れる。

 ちょっと感情っぽいのが出たね。

 人間同士の戦い、そうじゃなきゃ面白くない。

 最後の壁は高いっすよ、たぶん。

場所:第10回日日杯 4日目 男子の部 15回戦

先手:鳴門 駿

後手:米子 耕平

戦型:相雁木


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲2五歩 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲6八銀 △6二銀 ▲7八金 △3三角

▲6六歩 △4四歩 ▲9六歩 △9四歩 ▲4八銀 △7四歩

▲3六歩 △4二銀 ▲3七桂 △1四歩 ▲1六歩 △5二金

▲6七銀 △4三銀 ▲4六歩 △6四歩 ▲5八金 △6三銀

▲6八玉 △7三桂 ▲4七銀 △4一玉 ▲5六銀右 △5四銀右

▲7九玉 △3一玉 ▲2九飛 △8一飛 ▲2八飛 △8二飛

▲2九飛 △8一飛 ▲2八飛 △8二飛 ▲2九飛 △8一飛

▲2八飛 △8二飛


まで50手で千日手

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