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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
543/681

531手目 濃密な時間

※ここからは、捨神すてがみくん視点です。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………僕のほうが遅い。

 速度計算をまちがえた。

 5九歩なら5八成桂、同歩に5六角でいいと思っていた。

 でもそれは足りない。2四とのほうが速い。

 僕は軌道修正を考えた。

 1分ほどして、5八成桂以下は修正できない、という結論になった。

 じゃあ、取らなければ? ……イケるかも。

 すくなくとも、候補手はいくつかある。

 まず、5六角、次に、5六銀、最後に、1四角。

 僕はチェスクロを確認した。

 僕が15分、香宗我部こうそかべ先輩が9分。

 いつもより多く消費している。まだ50手にもなっていない。

 時間差を利用して、このまま押し切ってみる?

 1分将棋になれば、間違ってくれるかもしれない。

 でも、運頼み過ぎるよね。きちんと指したほうが、悔いは残らないはず。

 僕は3つの比較を始めた。

 第一感は5六角だと思う。でも、7七銀と上がられたときがわからなかった。

 5六角、7七銀、6七成桂、同金、5七角成、5六金、6七銀、8八玉──

 足りない気がする。

 8八玉と寄られたあと、うまい詰めろがかからない。

 僕のほうは5二角で詰めろになってしまう。

 6一角成、同金、同龍、同玉に、6二銀の手筋が決まる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神くんの脳内イメージです。)


 5六角、7七銀に、6六銀という捨て身はありうる。

 だけど、これも自信がなかった。6八銀、7七銀成、同銀でよくわからない。

 千日手コースっぽいかも。

 5六銀は? ……6八銀くらいでダメか。

 1四角は? これがダメなら、かなりきついんだけど。

 僕は一心不乱に読んだ。

 1四角の難点は、5八角成が王手になっていないことだ。

 5二銀のほうが速いなら、それで終わってしまう。

 ムリヤリ王手をかけられるようにする?

 例えば、1四角、5二銀に6九銀。

 同玉は5八角成、同歩、6八金で詰む。

 だから7七玉だけど、後手も合わせて逃げれば……ダメだ。うまく逃げられない。

 僕は苦吟した。

 残り時間は僕も10分を切った。

 香宗我部先輩も、後手がおかしいことに気づいている。

 その証拠に、さっきほど困った顔をしていなかった。

 こうなったらミスの期待もできない。正しく読むしかない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ッ!

 ちがう、逆だ。

 先手玉に王手がかからないなら、僕のほうにもかからないようにすればいい。

 5二銀に8二玉。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神くんの脳内イメージです。)


 6一銀成は王手じゃないし、次に有効な王手もない。

 僕のほうは5八角成、同歩、6八金、7七玉に、6一金と手をもどして迫れる。僕が読める範囲では最善。

「1四角ッ!」

 駒音が鳴り響いた。

 僕はチェスクロを押す。

 香宗我部先輩の顔色が、また変わった。

 5八成桂じゃないのか、という表情。

 攻めてくると思う。残り時間的にも、斬り合ったほうがいい。

 だとすれば、あとは読みの深さの問題。

 この将棋は、短手数で終わる。

「……」

「……」

 濃密な時間。

 読みが深まるにつれて、じぶんの勝ち筋と負け筋が、交互に現れてくる。

 勝てないかもしれない、という不安が、幾度もよぎった。

 だけどそれは、香宗我部先輩も同じはず。

「……5二銀だ」

 本線に入った。

 僕は8二玉と寄った。

 香宗我部先輩は、ノータイムで6一銀成と入った。

 5八角成、同歩、6八金、7七玉、6一金。


挿絵(By みてみん)


 岐路だ。5七歩も、わずかにある。

 この時点で、残り時間はおたがいに3分を切っていた。

 香宗我部先輩は息をついて、お茶を飲んだ。

 キャップを閉めたあと、静かに9六歩と突いた。

 僕は椅子に手をついて、読み直す。

 この先に、大きな分岐点が待っている。

 6七成桂、8六玉と追ったあと、一回受けないといけない。

 もしかして負けになってる? ここで受けるようじゃ、おかしいかもしれない。

 だけど、6六角成、6一龍の攻め合いは、はっきり僕の負けだった。

 だから、受けないといけない。

 受けたあと、先手は? そこがよくわからなかった。

 6二歩と叩いてくるかもしれないし、角を打ってくるかもしれない。

 4三角が普通だろうけど、2二角みたいな守りの手もあった。

 時間が過ぎて行く。


 ピッ


 1分将棋。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 6七成桂。

 香宗我部先輩はノータイムで8六玉。

 僕は59秒まで考えて、7二銀打とした。

 こんどは香宗我部先輩が悩む番だ。

 先手に正解があるのか、あるとして選べるのか。

 先輩は、右の前頭部へ手をあてて、テーブルにひじをついた。


 ……ピッ


 先手も1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6二歩」


挿絵(By みてみん)


 僕は背筋を伸ばした。2番目に読んでいた手だ。

 本命は4三角だった。だけど6二歩も厳しい。

 僕はじっと盤を見た。6一歩成は、詰めろでもなんでもない。だけど──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6六角成」

 香宗我部先輩も59秒まで考えて、7七金。

 よし、読みの範囲に入った。

 この手に賭ける。

「7八金」


挿絵(By みてみん)


「!」

 香宗我部先輩は一瞬おどろいて、そのあと目を細めた。

 なんだそれは、と視線が語っている。

 腕組みをして、まぶたを閉じた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 6六金、同成桂、3三角、6五金、4三角。

 先手は攻防の2枚角。僕の攻め駒を攻めてきた。

 一気に寄せるしかない。間に合って。

 7六成桂、9七玉、8九金、6五角成。

「8五桂ッ!」

 成桂が瀕死のなかの、王手。

 香宗我部先輩はノータイム指しになった。

 9八玉、8八金、同角成、7七銀、7九金、8八銀成、同金。

 僕は震える指で、7九角と打った。


挿絵(By みてみん)


 香宗我部先輩は、くちびるを結んだ。

 40秒が過ぎたあたりで、先輩は姿勢を正した。僕も正す。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「負けました」

「ありがとうございました」

 丁寧に一礼して、終局。

 僕は大きく息をついた──勝った。

 香宗我部先輩は、

「とりあえず、おめでとう、だな」

 と言ってくれた。

「ありがとうございます」

「途中、うまくいったような気もしたんだがなあ」

「そうですね……僕が悪くなる順は、けっこうあったと思います。本譜も微妙で……最後も、7九馬なら、もうちょっと続いたと思います」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 香宗我部先輩は、不思議そうな顔をして、

「7九馬? 9七銀で?」

 とたずねた。

「8九玉、8八銀右成、同馬、同銀成、同玉、7七桂成、7九玉が、すぐには捕まらないんですよね。後手勝勢だとは思うんですが」

「……なるほど、4六角に合駒はできないが、8九玉で即詰みというわけじゃないのか。しまったな。最後、時間攻めにしたのがミスだった。6七成桂とでもしてくれないかな、と思ったんだが、するわけないから無意味だった……ところで、感想戦をしていいのか? 休みたいなら、切り上げるぞ?」

「あ、だいじょうぶです。早くても昼休憩がありますし、ほかの選手がプレーオフなら、午後の遅い時間帯だと思うので」

 僕たちは、中盤も調べることにした。

 香宗我部先輩は、

「5九歩の代わりに5二銀は、足りないよな?」

 と、確認を入れた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「これは僕がいいと思いました」

「やっぱりそうか。攻め合いで自信がなかった」

「この段階では気づいてなかったんですけど、ここで8二玉もよさそうです。本譜でじっさいに考えていたのは、いったん9四歩と突いて、6一銀不成、同金、5二とに6九銀でした。同玉なら5八成桂で詰みです」

「これが足りないから5九歩と打ったんだが、捨神はそこから長考したよな?」

 僕はちょっと恥ずかしくなって、

「見落としてました。正確には、5九歩、5八成桂、同歩、5六角を読んでたんです。足りないことに、あとから気づきました」

 と白状した。

「俺はそっちのほうを読んでなかった。5八成桂、同歩なら2五角だと思ってた。ちなみに、5八成桂を入れないで、単に5六角の場合は、どうなんだ? 5二銀だと?」

「それは先手が足りないと思います」

 だったら、と言って、香宗我部先輩は6八銀を示した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「ありそうですね……ただ、2四とで後手が苦しいかな、と思いました」

「2四とは、1秒も考えなかったなあ。7七銀は考えた」

 僕たちは2四との流れも検討した。

 結論として、僕が思っていたほど先手はよくなかったらしい。

 5一とのほうがまだ採算がある、ということに。

「読み不足でした。どうも枝が多くて……」

「いや、全体的に俺のほうが読み負けてたよ。それじゃ、このあたりにするか」

 おたがいに一礼して、解散。

 15局すべてを終えた僕は、どこか晴れ晴れとした気分だった。

 ひと休みして、インタビューへ向かう。

「もしもし」

 いつも通り、御城ごじょうくんの声が返ってきた。

《もしもし、おつかれさん。そして、おめでとう》

「ありがとう。ようやくプレッシャーから解放されたよ」

《おいおい、まだ予選が終わったばかりだろ》

「アハッ、予選敗退が、わりと現実的になってたからね、後半は」

《14回戦で、吉良きらに勝てたのは大きかったな。さて、本譜の感想は、どうだ?》

「そうだね、やっぱり深く読めてないな、っていう局面があった。1四角で軌道修正できたのは、ラッキーだったよ。終盤もミスできない局面が続いたから、最後まで気が抜けなかったね」

《いろいろ訊きたいところもあるんだが、とりあえず休憩に入ってくれ。パターンによっては、昼食休憩後、すぐに決勝トーナメントだからな……牧野まきの、なにかあるか?》

 あ、牧野くんがいるんだ。

《もしもし、牧野です。決勝トーナメント進出、おめでとうございます》

「ありがとう。懇親会のとき、会ってないよね?」

《昨日会場入りしました。私からは一点だけ、終盤の先手には、7九馬と逃げる筋がありませんでしたか?》

「あ、感想戦で出たよ。長引くけど、後手勝ちかな、と思う」

《たしかに後手優勢なのですが、8八右銀成、同馬、同銀成、同玉、7七桂成、7九玉、4六角、8九玉、8七成桂上、同馬、同成桂、8八金以下が、そう簡単でないように思えるのですよね》


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 僕は、イヤホンから聞こえた読み筋を追いながら、

「そうだね……もう1分将棋になってたから、深くは読めてないけど……8八同成桂、同玉、6八角成……飛車受けが最強かな。7八飛、6六角、7七歩、6七金で、どう?」

 と返した。

《以下、6八飛、7七角成、9七玉、6八金、8七金ですか……なるほど、そこで6七飛と打つか、あるいは7八金と寄って勝ちですね。7八金、7七金、同金のとき、先手は合駒が角銀桂歩で、うまく受かりません》

「だね、今考えた手順だから、実戦でどうなったかは分からないけど」

《承知しました。決勝トーナメント、楽しみにしています》

「おつかれさま」

 僕はイヤホンをはずした。

 頭が真っ白になる──ほかの対局は、まだ終わってなかったのかな?

 解説の立場だから、ほかの対局を観てなかったか、教えにくかった可能性もある。

 確認に行こう。きびすを返したところで、囃子原はやしばらくんとぶつかりそうになった。

「あ、ごめん」

「おやおや、ずいぶんと慌てているな。どうだった?」

「勝ったよ」

「そうか、おめでとう。僕も13-2でフィニッシュだ。観戦に行くか?」

「うん」

 僕らはいっしょに、インタビューコーナーを離れた。

【現時点の男子戦況】


 1位 囃子原礼音 13勝2敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定

 2位 捨神九十九 12勝3敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定

 3位 吉良義伸  11勝3敗 対局中(vs石鉄) プレーオフ以上確定

 4位 石鉄烈   10.5勝3.5敗 対局中(vs吉良)

 5位 六連昴   10勝4敗 対局中(vs阿南)

 6位 鳴門駿   9.5勝4.5敗 対局中(vs米子)


 吉良義伸

  自分が勝った場合 → 決勝トーナメント進出確定

  自分が負けた場合

   六連勝ち → 吉良、六連でプレーオフ(2名で1枠を争う)

   六連負け → 決勝トーナメント進出確定


 石鉄烈

  自分が勝った場合 → 決勝トーナメント進出確定

  自分が負けた場合

   六連勝ち、鳴門勝ち → 予選敗退

   六連勝ち、鳴門負け → 予選敗退

   六連負け、鳴門勝ち → 石鉄、鳴門でプレーオフ(2名で1枠を争う)

   六連負け、鳴門負け → 決勝トーナメント進出確定


 六連昴

  自分が勝った場合

   吉良勝ち → 決勝トーナメント進出確定

   吉良負け → 吉良、六連でプレーオフ(2名で1枠を争う)

  自分が負けた場合 → 予選敗退

 

 鳴門駿

  自分が勝った場合

   石鉄and六連負け → 石鉄、鳴門でプレーオフ(2名で1枠を争う)

   それ以外 → 予選敗退

  自分が負けた場合 → 予選敗退


場所:第10回日日杯 4日目 男子の部 15回戦

先手:香宗我部 忠親

後手:捨神 九十九

戦型:後手角交換型四間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4二飛 ▲6八玉 △8八角成

▲同 銀 △6二玉 ▲4八銀 △7二玉 ▲7八玉 △4四歩

▲5八金右 △5二金左 ▲4六歩 △3三桂 ▲4七銀 △4五歩

▲同 歩 △同 飛 ▲2五歩 △4六歩 ▲3六銀 △4一飛

▲2四歩 △3五歩 ▲2三歩成 △3六歩 ▲4二歩 △4七歩成

▲4一歩成 △3九角 ▲2六飛 △5八と ▲同 金 △4五桂

▲2四角 △3四金 ▲3六飛 △2四金 ▲3一飛成 △5七桂成

▲4二と △4一歩 ▲同 龍 △6二金寄 ▲5九歩 △1四角

▲5二銀 △8二玉 ▲6一銀成 △5八角成 ▲同 歩 △6八金

▲7七玉 △6一金 ▲9六歩 △6七成桂 ▲8六玉 △7二銀打

▲6二歩 △6六角成 ▲7七金 △7八金 ▲6六金 △同成桂

▲3三角 △6五金 ▲4三角 △7六成桂 ▲9七玉 △8九金

▲6五角成 △8五桂 ▲9八玉 △8八金 ▲同角成 △7七銀

▲7九金 △8八銀成 ▲同 金 △7九角


まで82手で捨神の勝ち

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