表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
542/682

530手目 気負い

※ここからは、飛瀬とびせさん視点です。男子15回戦になります。鬼首おにこうべvs大谷おおたに戦はいったん中断になります。

 捨神すてがみくん、がんばって、もうそれしか言えない。

 私は駒桜こまざくらのみんなと、モニタ前に陣取っていた。

 朝一で来て、よかった。うしろは立ち見になっている。

 箕辺みのべくんは、

捨神すてがみぃ、頼むぞぉ」

 と言いながら、そわそわしていた。

 画面が切り替わって、御城ごじょうくんと、もうひとり、知らない男子が登場した。メガネをかけた、マジメそうなひと。どことなく知的な感じがして、パッ見、優等生タイプ。夏物の制服を着ていた。紺のネクタイを締めている。手には扇子を持っていた。御城くんはラフな白のシャツ。手ぶら。

牧野まきのです。よろしく》

《よろしく……タメ口でいいぞ》

《私のポリシーですので、お気になさらず》

 御城くんと同じで、高2っぽい。

 まずは状況整理から。

《捨神は、ここまで10勝3敗の2位タイ。K知の吉良きらと並んでる。プレーオフ以上が確定していて、じぶんが勝てば決勝トーナメント進出確定。負けた場合も、石鉄いしづち負け、六連むつむら負けなら確定する。それ以外はプレーオフだ》

 さっき内木うちきさんが説明してたのと、いっしょだね。

 って、当たり前か。

 牧野くんはそれを受けて、

《競争相手は強豪ばかりです。本局の相手は、香宗我部こうそかべさんですが……》

 とコメントした。

 御城くんは、

《なにか用意してそうではある》

 と予想した。

 それっぽいね。

 なんとなくだけど、香宗我部先輩は、今回の大会を個人戦と思っていない感じがした。ピンポイントに何局か絞っている。宇宙人にはわかるよ。

 吉良くん、石鉄くんのサポートに回って、全力で来そう。

《まあ、捨神としては、これまで通り指す以外にないな》

《たしかに……あ、始まります》


 ピポ パシリ


 7六歩、3四歩、2六歩、4二飛、6八玉、8八角成。


【先手:香宗我部こうそかべ忠親ただちか(K知県) 後手:捨神すてがみ九十九つくも(H島県)】

挿絵(By みてみん)


 予想通りの、角交換型四間飛車。

 同銀、6二玉、4八銀、7二玉、7八玉、4四歩、5八金右。

《先手の手が速い。研究へ誘導か》

 牧野くんは、

《捨神さんは角交換型振り飛車一本なので、読みやすいところはありますね》

 と答えた。

 5二金左、4六歩、3三桂、4七銀。

 捨神くんは1分考えて、4筋の歩を勢いよく進めた。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え、攻めた?

 となりに座っていた遊子ゆうこちゃんは、

「急ぎ過ぎじゃない?」

 とつぶやいた。

 そう……かも……。

 香宗我部先輩の後頭部が、一瞬映った。

 座り直したみたい。驚いたってことだね。

《御城さん、この手は捨神さんの研究でしょうか?》

《……あいての研究外しな気がする》

 遊子ちゃんは、

「舐めプじゃないの?」

 と言った。

「あのさ……捨神くんは、そういうことしないから……」

「いや、わかんないじゃん、そんなの」

 わかんないじゃん、じゃなくて、わかれ。

 とりあえず、香宗我部先輩の研究は、パーになった模様。

 長考し始めた。

 解説も考えないといけなくなった。

《まあ、同歩の一手なんだが……》

《問題は、そのあとの構想です。同歩、同飛と飛び出されたとき、先手にはいくつか選択肢があります。安全なのは4六歩ですが、2五歩と伸ばす手や、7七銀と上がっておく手も見えます。もちろん、2五歩、4一飛、4六歩ならば、4六歩、4一飛、2五歩と合流します》

 香宗我部先輩は3分使って、同歩、同飛、2五歩を選択した。

 捨神くんは4六歩。


挿絵(By みてみん)


 後手から先着。

 これでいいのかな? 捨神くんが指してるんだから、いいよね、たぶん。

 牧野くんは、

《指されてみれば流れの一手、という感じですが、これは収まりそうにありませんね》

 と、攻め合いを予想した。

 じつは捨神くんのほうが研究手順?

 でも、香宗我部先輩にぶつけるまで温存するかな?

 香宗我部先輩はまた1分ほど考えて、3六銀と上がった。

 4一飛、2四歩、3五歩。

 牧野くんは、

《先手の長考は、4六歩で台無しになってしまったようです。追加の1分でどこまで考えたのかは、わかりません。時間を離されないように、節約した可能性もあります》

 と解説した。

 3五歩で、また時間を使ってるね。

 読み切りなら、ここもノータイムのはず。

 ということは、解説の読みが正しいのかな。

 手が進まなくなったので、解説陣は雑談を始めた。

《なあ、牧野、持ち時間って、どういう風に使ってる?》

《持ち時間ですか……ひとそれぞれだと思いますが、私の場合、日日にちにち杯の対局条件なら、100手を超えあたりで秒読みに入ることが多いです》

《将棋の平均手数が、110手台だったか》

《そのようですが、あくまでもプロの手数だったと記憶しています》

《アマだと長くなるんだろうか? それとも短くなるんだろうか?》

《わかりません。変わらない可能性もあると思います……が、本大会では、比較的長引く将棋が多いようです。すべては観ていませんけれども、短手数で記憶に残っているのは、鬼首おにこうべvs早乙女さおとめの89手くらいです》

《実力が均衡してる、ってのもあるか》

《粘って指していることも大きいと思います。囃子原はやしばらvs今治いまばりは、140手くらい指していたように思います。最後の十数手は、今治さんの敗勢でした。プロならもっと早く投げているのではないでしょうか》

 濃い会話だね。

 香宗我部先輩は、けっきょく2三歩成と攻め合った。

 捨神くんもノータイムで3六歩。銀得。

 香宗我部先輩はこの段階で、7分離されていた。

 後手が27分なのに対して、先手は20分。

 これ以上離されるとマズいから、香宗我部先輩はすぐに4二歩と打った。


挿絵(By みてみん)


 牧野くんの第一声は、

《これは……悩ましい手です》

 だった。

《同金の一択じゃないか?》

《第一感そうですが……攻める手もあります》

《飛車取り放置で?》

 牧野くんはタブレットを操作した。

《4七歩成と踏み込んで、4一歩成、5八と、同金、4五桂が一案です》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 先手は薄いから、もう攻めてよし、っていう判断だね。

《その瞬間に3三飛だと?》

《3七歩成で追加します》

 殴り合いの順か──でも、そこまでするかな?

 捨神くんは長考している。

 観てる私が心配になってきた。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ほんとに指した。

 遊子ちゃんは、

「気負ってる感じがしない?」

 と言った。

「そうかも……捨神くん、アクセル急に踏むときがあるから……」

 私への告白も、今考えたら唐突だったよね。

 前振りがなんにもなかったし。

 でもそんなところが好き。

 逆に遊子ちゃんは、すべてを周到に用意してそう。

 箕辺くんからの告白も、手のひらのうえで踊らされてそうだよね。

 牧野くんはしばらく読んだあと、

《やはりムリ攻めとは言えません。これは通る可能性があります》

 と告げた。

 やった。通って。

 香宗我部先輩がこの手を読んでいたのかどうか、それはわからなかった。

 ただ、むやみに時間を使うことは、やめたっぽい。

 すぐに4一歩成として、3九角まで決めさせた。

 ここで長考。

《今の使い方は、うまいですね。3九角のところは5八ともありました。先に局面を指定してくれ、という進め方です》

《ここも2四飛の一手じゃないか?》

 牧野くんは、むずかしいですね、とコメントした。

《3三とや6八金寄は、ないと思います。飛車を逃げる一手で……あ、指します》

 香宗我部先輩の結論は、2六飛。

 そこなんだ──個人的には中途半端かな、と思った。

 県代表にもなってない私の第一感だけど。

 5八と、同金、4五桂、2四角。


挿絵(By みてみん)


 ……そうか、2四に角を打ちたかったんだね。

 ただ、これはどうなの? 受けるなら7九角じゃない?

 捨神くんの手が止まった。

 牧野くんは、

《一目、後手は指したい手があります》

 と言った。

《3四金だよな? 3六飛の切り返しは気になるが》

《はい、ここは後手も長考しそうですね》

 打ったら一直線だ。

 盤面が静かになる。

 牧野くんは、パチリと扇子を閉じた。

《御城さんの時間の使い方は、どのようなものでしょうか?》

《ん、俺か……俺は……》


 パシリ


 3四金を指した。

 そこからはパタパタと進んだ。

 3六飛、2四金、3一飛成、5七桂成、4二と、4一歩。

《これで先手の攻めを遅らせたら、勝てるってことか?》

《そこまで後手が速いようにも見えませんが》

 同龍、6二金寄。

 香宗我部先輩、さすがに長考。

 また時間を使わされている。

 解説も忙しくなった。

《5二銀以下で、どちらが速いかですね》

《俺はよくわからん。牧野は、どうだ?》

《5二銀に8二玉の早逃げで、後手が余しているように思います》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


《以下、6一銀成、5八成桂がいきなりの詰めろです。そこで7九銀と手を戻しても、5七角成が再度の詰めろです》

《7九金は、どうだ?》

《そこを今考えていますが、これも後手に手があるような……》

 解説が考える中、うしろのほうで、猫山ねこやまさんの声が聞こえた。

「ニャハハ、それは詰みですねえ。6八金、同金、同成桂、同玉なら5七銀以下、6八金に7七玉なら6七金、同玉、6六銀以下。後者、6七金に8六玉は8五銀と捨てて、同玉に8四角成と引けるのがポイントです」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ナイス。さらに30秒ほどして、解説陣も同じ結論に到達。

《5二銀からの攻め合いは、先手の速度負けですね、おそらく》

《香宗我部さんが気づくかどうかだな》

 気づかないでください。

 お願いします。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 あ、受けた。

 ここで捨神くんの手が止まった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あれ? 長考してる?

 いや、長考はいいんだけど……対局者カメラの捨神くんの動きが気になる。

 表情に変化はない。でもこれは困ってるときの雰囲気に似ている。

 彼女だから分かる。彼の、ひとに見せたくない不安が、わかる。

 すごいよね、将棋って。

 こんな状況なのに、エールを送ることもできない。

 歓声も、フリップボードも、なにもない。ただ見守るしかない世界。

 だから、私は最後まで見守るよ。どんな結末でも、最後まで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ