529手目 予選最終局
はい、というわけで、予選最後の対局です。
伊吹さんは、
「わー」
と言って、拍手。
私も合わせておく。パチパチパチ。
「それでは、予選もラストを迎えました。伊吹さん、ここまでのご感想は?」
「そうですね、気分的に2年くらいかかった気がします」
そういうことを言わない。
まずは成績状況の紹介。
全モニタに映っているから、ちょっと緊張する。
ちゃんと予習してきた。
「女子からいきましょう。女子は現在、以下のようになっています」
1位 萩尾萌 14勝2敗 決勝トーナメント進出確定
2位 鬼首あざみ 13勝3敗 決勝トーナメント進出確定
3位 磯前好江 11勝5敗
大谷雛 11勝5敗
温田みかん 11勝5敗
桐野花 11勝5敗
早乙女素子 11勝5敗
8位 剣桃子 10勝6敗
梨元真沙子 10勝6敗
伊吹さんは、
「めちゃくちゃ混戦になってますね。10勝6敗は、まだ芽があるんですか?」
とたずねた。
「5敗同士の直接対決はないので、4人以上負けた場合は、6敗勢にプレーオフのチャンスがきます」
「ってことは、最大7名プレーオフですか。どういう方式でしたっけ?」
「1枠を複数人で争うときは、パラマス式トーナメントです。予選リーグで勝ったあいての順位を上から5名足し、合計が少ない選手からトーナメント上位になります。2枠を複数人で争うときは、方式が複雑になるので、実現したときにまた解説したいと思います。なお、プレーオフの人数が多い場合、決勝トーナメントは明日の午前になりますので、ご承知おきください」
予選は最終日だけど、日日杯最終日と表記していないのは、このため。
4泊5日の5日目は、予備日みたいな枠でもあった。
なるほど、と伊吹さんはうなずいて、
「5敗勢は、じぶんが勝つだけじゃ決まらないんですね。全員勝つパターンもあるので」
と指摘した。
「おっしゃる通りです。5敗勢は全員条件がいっしょで、『じぶんが勝ち、かつ、5敗しているほかの選手のうち、3名以上が負ける』です。それ以外はプレーオフ、または予選敗退になります」
「となると、対戦相手が重要です」
そう、というわけで、対局カードもオープン。
磯前好江(3) vs 西野辺茉白(11)
大谷雛(3) vs 鬼首あざみ(2)
温田みかん(3) vs 剣桃子(8)
桐野花(3) vs 梨元真沙子(8)
早乙女素子(3) vs 宇和島伊代(17)
伊吹さんはしばらく見て、
「……だいぶ強弱があるような」
と言った。
「カッコ内は現時点の順位です。あいての順位が一番低いのは、早乙女選手です」
「早乙女さんが負けるとこ、あんまり想像できないですね。入れるなら西野辺さんかな。さっき大谷さんに入れてましたし……8位勢と当たってる温田さんと桐野さんは、ガチンコです。プレーオフの芽があるあいてなので」
「はい、たいへん楽しみなカードが残っています。では、男子へ移ります」
フリップオープン。
1位 囃子原礼音 12勝2敗 決勝トーナメント進出確定
2位 吉良義伸 11勝3敗 プレーオフ以上確定
捨神九十九 11勝3敗 プレーオフ以上確定
4位 石鉄烈 10.5勝3.5敗
5位 六連昴 10勝4敗
6位 鳴門駿 9.5勝4.5敗
伊吹さんは、
「ひえ~、複雑」
と悲鳴をあげた。
「条件がかなり込み入っているので、対戦カードを見ながら解説します」
石鉄烈(4) vs 吉良義伸(2)
捨神九十九(2) vs 香宗我部忠親(13)
六連昴(5) vs 阿南是靖(9)
鳴門駿(6) vs 米子耕平(9)
「まず、自力なのが2位の吉良選手、捨神選手、それから4位の石鉄選手です。勝った時点で決勝トーナメント進出確定です。反対に、鳴門選手は他力です。プレーオフへ進むには、石鉄選手と六連選手の、両方が負けないといけません」
伊吹さんは、うーんとうなったあと、
「さっきの持将棋のときも、話題になってましたね。石鉄vs吉良戦で石鉄負けに賭けるのは、まだいいとしても、今日の六連くんは、調子いいんじゃないでしょうか」
とコメントした。
「対局中にはわからなかったことなので、しかたがないところです」
「たしかに、朝一で『今日調子悪い?』とも訊けませんし」
それを訊くのは、阿南先輩くらいだと思う。
「そういえば、六連さんを飛ばしましたよね? 六連さんはどうなってるんですか?」
「では、六連選手も含めて、全員の条件を整理します」
吉良義伸
自分が勝った場合=石鉄負け → 決勝トーナメント進出確定
自分が負けた場合=石鉄勝ち
六連負け → 決勝トーナメント進出確定
六連勝ち
捨神負け → 吉良、捨神、六連でプレーオフ(3名で2枠を争う)
捨神勝ち → 吉良、六連でプレーオフ(2名で1枠を争う)
捨神九十九
自分が勝った場合 → 決勝トーナメント進出確定
自分が負けた場合
石鉄or六連負け → 決勝トーナメント進出確定
石鉄and六連勝ち → 吉良、捨神、六連でプレーオフ(3名で2枠を争う)
石鉄烈
自分が勝った場合=吉良負け → 決勝トーナメント進出確定
自分が負けた場合=吉良勝ち
六連勝ち → 予選敗退
六連負け、鳴門勝ち → 石鉄、鳴門でプレーオフ(2名で1枠を争う)
六連負け、鳴門負け → 決勝トーナメント進出確定
六連昴
自分が勝った場合
捨神勝ち、石鉄勝ち → 吉良、六連でプレーオフ(2名で1枠を争う)
捨神勝ち、石鉄負け → 決勝トーナメント進出確定
捨神負け、石鉄勝ち → 吉良、捨神、六連でプレーオフ(3名で2枠を争う)
捨神負け、石鉄負け → 決勝トーナメント進出確定
自分が負けた場合 → 予選敗退
鳴門駿
自分が勝った場合
石鉄and六連負け → 石鉄、鳴門でプレーオフ(2名で1枠を争う)
それ以外 → 予選敗退
自分が負けた場合 → 予選敗退
伊吹さんは、
「うーん、鳴門さん、かなりワンポイントの条件に突っ込んだような……あ、でも、伊吹が大会で同じ状況になっても、そうするかな。ラス前で長期戦は、ちょっと……リーグ戦はふつうないですが……」
と、ひとりごちた。
大会経験者のしっぽが出てますよ。
とりあえず、状況整理はここまで。
私はフリップを片付けた。
「さて、このあとは、各テーブルの中継になります。本チャンネルでは鬼首vs大谷戦を観ていきますので、よろしくお願い致します」
さっそく対局席カメラへ移動。
大谷先輩も鬼首先輩も、すでにスタンバイしていた。大谷先輩は向かって左に姿勢よく座り、鬼首さんは頭をかきながら、目をつむっていた。
「さて、伊吹さん、戦型予想ですが……」
「なんでもありなんじゃないですかね。大谷さんが居飛車党ですから、相振りはないと思うんですが、対抗形はありえます。鬼首さんはオールマイティなので」
「振り駒は……あ、先手が鬼首さんです」
カメラ越しでも、息を呑むような緊迫感があった。
大谷先輩は、負けると予選敗退がちらつくから、当然。
一方、鬼首先輩も、決勝トーナメント確定で流してる、って雰囲気じゃない。
伊吹さんもそれを感じ取ったらしく、
「鬼首さん、むしろ気合い入ってません?」
と言った。
「そうですね、前局の敗戦に、納得がいっていないのか……あ、始まります」
ピポ パシリ
【先手:鬼首あざみ(O山県) 後手:大谷雛(T島県)】
おっと、この出だしは──私は、
「相掛かりです。鬼首選手から要求しました」
と、ちょっと興奮してしまった。
「かかってこい、って感じの手つきでしたね。なにか因縁でも?」
「いえ、ふたりの対戦は、過去ありません」
攻め潰したい、という意気込みを感じた。
負けて決勝トーナメント進出が確定したことに、不満なのだろうか。
それとも、なにかべつの理由が?
憶測が過ぎるといけないので、このあたりは局後インタビューのお楽しみに。
大谷先輩も面食らったのか、2手目に長考した。
パシリ
受けた。
2五歩、8五歩、7八金、3二金、3八銀。
私はこの手を見て、
「これは流行の銀上がりです。相掛かりといえば、2四歩、同歩、同飛からの飛車先交換が主流でしたが、最近は交換を遅らせるのが人気です」
と解説した。
伊吹さんも、
「飛車の引き場所を早めに決めたくないから、でしたっけ?」
と便乗した。
「そうです。数手ほど様子見すると思います」
7二銀、9六歩、3四歩。
鬼首先輩は、ここで仕掛けた。
同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、5八玉、5二玉。
どちらも中住まいを選択。
伊吹さんは、
「ちょっと横歩っぽい展開になりましたか」
とコメントした。
7六歩、7四歩、3四飛、3三角、3六飛。
そろそろ後手も飛車を引きそう。
「8四飛が第一感でしょうか?」
「7三桂とかもイケると思いますけどね。ぶっちゃけいきなり7五歩もありです。同歩、8四飛の瞬間、先手は2八を受ける必要があります。プロなら解明済みの局面かもしれませんが、アマならどちらもやれます」
2八歩、8六歩なら、激しくなりそうだ。
大谷先輩の決断は──




