42手目 高校生女子の部A2回戦 桐野vs西野辺(2)
「……6一角ぅ」
そこに角打ちかぁ……差し違え覚悟の手だね。
ピッ。おっと、もう30秒将棋。これで79手目だから、当然か。
私は29秒まで考えて、4五桂と跳ねた。
7三金と逃げるのは、5二角成が銀当たりだからね。4二金と弾いたら、今度は5一馬が7三の金当たりになって、泥沼。
……ピッ。お花おねぇも30秒将棋。
「7二角成ぃ」
「3七桂成」
同金に4八銀。これで絡みつくよ。3八金と引いたら、4六角が王手金取り。
「これは、オオカミさんの攻めなのですぅ……3八金打ぃ」
3七銀成、同金、1七歩成、同香、1六歩、同香、同飛、1七歩、1一飛。
いったん引いて、次に1二香だね。ロケット。
「悪いオオカミさんには、お馬さんで対抗するのですぅ、6三馬ぁ」
うーん、4二銀と節約したいけど、それは4四桂がある。
お花おねぇの攻めも、相当オオカミだよ、まったく。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4三金打」
手堅く守るよ。
「5二銀ですぅ」
4四銀と手順に逃げて、4三銀成、同金、5二馬。
覚悟はしてたけど、ギリギリの勝負だね。
「4二香」
「4九飛ぃ」
ついに飛車が働いちゃったか……しかも歩切れ……。
「1二香」
攻め合う。
「これはさすがに受けないとダメなのですぅ……1六桂としまぁす」
ここでうまい手……なにかないかな……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8六角」
私は角を置いた。成れない場所なのが、ちょっと気になる。
5八金、7五角。
「その角さん、攻めるときに邪魔なのですぅ、退いてくださぁい」
7六歩。チッ、守りを追加できないか。6六角。
「やっと反撃できるのですぅ、2五歩ぅ」
うぅ……厳しい……これは根元の桂馬を払うしかないね。
1六香、同歩、2五歩。
「桂馬さんをおかわりしてぇ」
5五銀、同……角?
ちょっと待ってよ。これって……次の1五桂〜2四歩がキツ過ぎじゃんッ!
5五同角、1五桂、4五桂の攻め合いは、2四歩、3七桂成、同桂……ダ、ダメ、全然続かない。もっと過激にいくか、あるいは受けないと……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
こっちで取るッ! 寄せるなら、角は6六の方がいいッ!
「ふえぇ……なんか飛車さんを切られそうなのですぅ……1五桂」
「同飛ッ!」
ぶった切って、同歩に1六桂。
「……3八玉ぅ」
「4五桂ッ!」
「い、いきなり詰めろなのですぅ……鬼攻めですぅ……」
3七桂成、同玉(同桂は2八金、4七玉、5六銀、4六玉、4五銀直まで)、2六銀、3八玉、2八金、4七玉、5六銀、4六玉、4五銀直までの9手詰めだよ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5七歩ぅ」
ぐぅ、これは読んでたけど……一番厳しいのきた。
3七桂成、同桂、2八金は、全然足りてないし……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3七桂成ッ!」
私は突っ込んだ。
同桂に2六歩。
「うにゅ? これって詰めろですかぁ?」
ノーコメント。
「……」
お花おねぇは、上半身をくねくねさせている。
「ふ、ふえぇ、これ詰めろなのですぅ……」
チッ、バレたか。2八桂成が好手で、4八玉、3八金、5九玉(4七玉は4六歩、同玉、3五銀打、同歩、同銀、4五玉、4四金まで)、4九金、6九玉(同玉は3九飛以下、6八玉は7七銀以下、詰み)、8九飛、7九桂(7九金は同飛成、同玉、8八銀以下)、7八銀と捨てて、同玉、8八飛成、6九玉、7八銀、6八玉、7七龍まで。15手詰め。
最初の4八玉のところで4七玉は、3八銀以下、同様。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4四飛ぃ」
!? ……げぇ、こんな妙手があるのか。同金は3三金から詰みじゃん。2五桂打、2二玉(2四玉は4二馬)、1三銀、1一玉、3一飛のとき、合駒に飛金銀しかないのが痛過ぎる。
ひ、飛車がないと、2八桂成のとき詰まない……いや、それとも詰む?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「に、2八桂成ッ!」
いっちゃった。4八玉、3八金、5九玉。あうぅ、詰まない……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3七金ッ!」
私は、あわてて金を引いた。
「茉白ちゃんの王様も、すぐには詰まないのですぅ……4二馬ぁ」
桂馬取ったから、詰めろになってるんじゃないの?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
くぅ、なってるのかなってないのか分かんない。7七角成。
「6八金打ですぅ」
「4八銀ッ!」
これは……同金でも6九玉でも詰まない……かも……。
「駒が足りてないのですぅ、同金ですぅ」
えーい、アドレナリン全開ッ! 詰ます詰ます詰ます詰ますッ!
……………………
……………………
…………………
………………
やっぱり詰まないッ!?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
私は同金と取った。
6七桂も詰まないから、あの飛車をなんとしても抜いてやる。
「ふえぇ……クソ粘りされてるのですぅ……」
同玉、5六桂(!)、4七玉、3八銀、4六玉、4五歩。
「同飛は頓死しちゃいまぁす。同玉ですぅ」
4四金、同玉、4三歩、同馬。
3二金は同馬、同銀、1三銀以下、詰み……4三同玉としてくれてれば……。
「負けました」
「ありがとうございましたぁ」
……………………
……………………
…………………
………………
「生きてますかぁ?」
生きてるっちゅーの。
《70分が経過しました。これより5分切れ負けになります》
15分30秒で70分とか……指し過ぎ。
「最後、頓死筋が多くて、ちょっとヒヤヒヤしたのですぅ」
「詰んでなかったよね?」
「詰んでないと思いまぁす」
ハァ……詰みくらいはチェックしとこうか。
私たちは、局面をもどす。
「これ、同飛も考えたのですぅ」
「それはさすがに同金から詰むでしょ」
同玉は4七歩、同金(同玉は3八銀、4六玉、5四桂、4五玉、4四飛まで)、3八飛、4九玉、3九成桂、5九玉、6八馬で、簡単な詰み。
「同金、同金、6七桂、5八玉、5九飛……あッ、5六銀があるのですぅ。3七玉、3九飛成、2六玉、2五歩……あれれぇ、詰まないのですぅ」
「ウソ? これで詰まないの?」
……………………
……………………
…………………
………………
ほんとだ、詰まない。
「あ、でも、3九飛成のところで、2七歩成、4六玉、4二金があるのですぅ」
「そっか、単純に馬を外して、私の勝ちだね」
「勝ってるんですかぁ? 歩2枚と角ですよぉ?」
感想戦くらい勝たせてくれてもいいじゃん。
「っていうかぁ、4八銀に6九玉と逃げれば、鉄板焼きだったのですぅ」
ま、まともな王手が8七馬しかない……。
「8七馬、7八金、7七桂、6八玉で、もうなにもすることがないのですぅ」
「4四飛が良過ぎるんだよ。あんなの30秒でひねり出さないでよね」
「えへへぇ、ぶった切ってみたら妙手だったのですぅ」
私に指運のなかったパターン……くやしい!
「あれでダメなら、5五銀には素直に同角だったね」
私は、さらに局面をもどした。
「これはこれで、左にどんどん逃げちゃいますぅ」
んなことは分かってるの。
「本譜よりマシなんじゃない? 1五桂に3二銀打でさ」
「ここまで攻めといて、受けるんですかぁ?」
だって他に手がないじゃん。
「3二銀打、2四歩、同銀は、意外としぶといのですぅ」
「でしょ?」
てきとうに言ってるわけじゃないんだよ。半分はてきとうだけどさ。
「敵の打ちたいところに打てで、4五歩と打ちまぁす」
……厳しい。
「3三銀引だよ」
こうなったら徹底抗戦。
「4四香ですぅ」
お花おねぇは、しなやかに香車を打った。
「1四歩……は、ないよね。2三桂成、同銀のあと、飛車が死に体だし」
「やっぱり5五角の位置が悪いのですぅ。本譜のほうがいいと思いまぁす」
あんまり納得したくないんだけどなあ、それ。
《全試合が終わりました。ただいまより、昼食休憩に入ります》
あ、終わった。
私たちは、アナウンスに耳を傾ける。
《午後の対局は、13時30分から開始します。遅れないようにご注意ください》
13時30分……昼休憩は1時間か。プログラムに遅れはないみたい。
「お昼ご飯にするのですぅ」
「ほんとに嬉しそうだよね……」
「お花はぁ、食べてるときにシアワセを感じまぁす」
ま、それは私も同感。
「じゃ、あんまり検討できなかったけど、ありがとうございました」
「ありがとうございましたぁ」
私はため息を吐いて、席を立つ。
晶子ちゃんとみどりちゃんは、うしろのほうで待っていた。
「えーと、負けちゃった……結果は?」
「ごめん、私も負けた」
「わ、私も……ッ」
……………………
……………………
…………………
………………
あのさぁ。
「なにやってるの?」
「0−3で、それ言う?」
「お、お祭りは、参加することに意義があるのよ……ッ」
みどりちゃんは、爪を噛み噛み。
「そうそう、まさに至言だわ」
晶子ちゃんも、やたら首を縦に振っていた。
おまえらはクーベルタン男爵か。
「これは、金と名誉欲にまみれた現代オリンピックに対する警鐘よ」
意味不明。晶子ちゃんって、たまに変な正義感が出るから困る。
「とにかく、残り全勝で2位の可能性はあるから、全力でいくよ」
「了解……と、そのまえに、腹ごしらえね。なに食べる? なんでもいいわよ」
「わ、私も、なんでもいい……ッ」
んー……私、H市在住だから、とりたてて食べたいもの、ないんだよね。
めずらしい店は高いし、あんまり遠出できないし……。
「コンビニでよくない?」
「えぇ? コンビニにするの?」
「こ、コンビニは却下……ッ」
……………………
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………………
さっき、なんでもいいって言ったよね? 言ったよね?
場所:ジャビスコこども将棋祭り 高校生女子の部Aクラス 2回戦
先手:桐野 花
後手:西野辺 茉白
戦型:先手佐藤流ダイレクト向かい飛車
▲7六歩 △8四歩 ▲5六歩 △8五歩 ▲7七角 △5四歩
▲8八飛 △3四歩 ▲6八銀 △4二玉 ▲4八玉 △3二玉
▲2二角成 △同 銀 ▲3八玉 △6二銀 ▲4八銀 △7四歩
▲2八玉 △1四歩 ▲1六歩 △2四歩 ▲3八金 △2三銀
▲7七桂 △7三桂 ▲8九飛 △2二玉 ▲5七銀左 △5三銀
▲6八金 △3二金 ▲4六歩 △3三桂 ▲4七銀 △4四歩
▲3六歩 △6二金 ▲2六歩 △6四銀 ▲6六歩 △8一飛
▲4八銀 △5三銀 ▲6五桂 △同 桂 ▲同 歩 △4二銀
▲6六桂 △5三銀 ▲7四桂 △7二金 ▲9六歩 △4三桂
▲3七銀 △1二香 ▲7五歩 △5五歩 ▲同 歩 △同 桂
▲5六銀 △5四歩 ▲8六歩 △1一飛 ▲8五歩 △1五歩
▲同 歩 △4五歩 ▲同 歩 △1五香 ▲同 香 △同 飛
▲1九香 △1六歩 ▲6一角 △4五桂 ▲7二角成 △3七桂成
▲同 金 △4八銀 ▲3八金打 △3七銀成 ▲同 金 △1七歩成
▲同 香 △1六歩 ▲同 香 △同 飛 ▲1七歩 △1一飛
▲6三馬 △4三金打 ▲5二銀 △4四銀 ▲4三銀成 △同 金
▲5二馬 △4二香 ▲4九飛 △1二香 ▲1六桂 △8六角
▲5八金 △7五角 ▲7六歩 △6六角 ▲2五歩 △1六香
▲同 歩 △2五歩 ▲5五銀 △同 歩 ▲1五桂 △同 飛
▲同 歩 △1六桂 ▲3八玉 △4五桂 ▲5七歩 △3七桂成
▲同 桂 △2六歩 ▲4四飛 △2八桂成 ▲4八玉 △3八金
▲5九玉 △3七金 ▲4二馬 △7七角成 ▲6八金打 △4八銀
▲同 金 △同 金 ▲同 玉 △5六桂 ▲4七玉 △3八銀
▲4六玉 △4五歩 ▲同 玉 △4四金 ▲同 玉 △4三歩
▲同 馬 △3二金 ▲同 馬 △同 銀 ▲1三銀 △同 玉
▲1四金 △2二玉 ▲2三金打
まで153手で桐野の勝ち




