527手目 リタイア?
※ここからは、越知さん視点です。女子第16局開始時点にもどります。
対局開始前、私は入り口のまえでうろうろ。
ガラス張りの廊下から見えるH島の景色は、どこかよそよそしい感じがしました。
……………………
……………………
…………………
………………六連くん、現れないですね。
ほかの選手が通り過ぎるたびに、不安が増していきます。
開始まであと10分。
もしかして、失格になっちゃったんでしょうか?
「おはよ」
うわッ!
びっくりしてふりかえると──
「六連くん……」
スポーツキャップをかぶった、いつもの六連くんが立っていました。
ポケットに手をつっこみ、ちょっと距離をとって、私の目の前に。
私はめがしらが熱くなりました。
「出場してオッケーなんですね?」
「うん、お医者さんから許可出てる……昨日はごめん」
私は腰が抜けたように、その場にしゃがみこみました。
六連くんはおどろいて、
「どうしたの? だいじょうぶ?」
と、駆け寄りました。
「よかったです。棄権になったかと思いました」
「ほんとうにごめん」
「いえ、六連くんが元気なら、それでいいです」
私は六連くんの手を借りて立ち上がり、それから息をつきました。
いっしょに会場へ──いえ、いっしょに入る必要はないですね。
私の役目は、ここまでです。
六連くんは帽子を脱いで、それを軽く振りました。
「このお礼はするから……じゃ」
そう言って、ドアの奥へと消えました。
私は疲れが出て、しばらく廊下のソファーで休憩。
《間もなく対局開始となります。会場入りしていない選手のかたは、お集まりください》
おっと、アナウンスが。
いつもは早めの入場で気づきませんでしたが、廊下で流れてたんですね。
会場入りした私は、すぐに対局席へ。
「すみれさーん、おはようございます」
「……」
「すみれさーん」
肩をぽんぽん。
「うわッ! びっくりしたですじょッ!」
びっくりしないでください。
とりあえず着席。
「振り駒は、どうしますか?」
「夢子ちゃんが振ってくださいじょ」
では、お言葉に甘えて。
シャカシャカ、ポイ。
「表がなしで、私の後手です」
あとは待つだけですね。
《対局準備はよろしいでしょうか?》
はい。
《では、始めてください》
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますじょ」
7六歩、8四歩、7八金、3四歩、2六歩、3二金、6六歩。
【先手:那賀すみれ(T島県) 後手:越知夢子(K知県)】
ムリヤリ矢倉ですかね?
角換わりを拒否されたのは、ちょっと気になります。
8五歩、6八銀。
飛車先交換も許容ですか──では。
「8六歩です」
同歩、同飛、6七銀、8二飛、8七歩、6二銀。
うーん、当初の予定とちがいます。
2五歩、4一玉、2四歩、同歩、同飛、6四歩、2八飛。
先手も飛車先を交換。
なんとも言えない局面に。
とりあえず2三歩と打っておきます。
1六歩……6三銀。
「端を受けないんですかじょ?」
「まあ、そういうことで」
「では突き越しますじょ。1五歩」
4二銀、4八銀、5四銀、5六歩。
パパっと攻めましょう。
タイミングがあれば、6五歩ポンで。
3一玉、5八金……ここですかね。
「6五歩」
「手が早いですじょ」
な、なんでそういう言い方になるんでしょうか。
私は奥手ですよ。
「同歩は8八角成、同金、7九角だから、取らないですじょ。5七銀」
では突っ込みます。6六歩。
同角、同角、同銀直、6五歩、7五銀。
7五銀? ……上に出てきました。
上ですか、攻めたがりですか。
では私も攻めます。
「3三桂」
6七歩、6二飛、9六歩、4四歩、9五歩。
9筋も詰めてきましたね。
主導権を奪い返しに来ているようです。
7四歩、同銀、4五桂で突っ張る手もありますが……一手締まっておきましょう。
5一金、6八玉、7四歩、8六銀。
私は右金を連結させました。
先手も居玉を解消しましたね。
ここからちょっとずつ攻めていきます。
まずは6六歩、同歩、6五歩の継ぎ歩。
「反発しますじょ。4六角」
さて、分岐点です。
9一角成に対応するなら、9二飛か7三角です。
9二飛は、あんまりやりたくないです。
ここでひよるくらいなら、6六歩~6五歩とかしません。
7三角は同角成、同桂、4六角、7二飛or6三飛が窮屈。
というわけで、4六角にはそもそも対応しません。
そのまま攻めます。
攻めるなら4五桂か6六歩。
4五桂でも次に6六歩ですから、桂跳ねを入れるか入れないかの問題です。
4五桂、4八銀、6六歩、9一角成、8八歩が一例。
(※図は越知さんの脳内イメージです。)
これで一見良さそうなのですが、先に4五桂のデメリットがひとつあります。
それは3九角と打てないことです。4八に銀がいますからね。
私は個人的に3九角と打ちたいので、単に6六歩を選択しました。
9一角成、8八歩、同金、3九角、2七飛、4五桂。
弾みがついてきました。
4六銀、6五銀。
「6四香ですじょ」
よくある反撃。馬に香車を紐づけて、飛車先を遮断。
だけど、これって飛車切りでよくないですか?
同飛、同馬、7六銀の瞬間、馬は守りに効いてないです。
あ、だけど、7七歩くらいで止まったりします?
例えば6七銀成、同金、同歩成、同玉、6六金みたいなのは、止まります。
うまい継続手がないと、これは選択できません。
私は2分ほど使って、手があると判断しました。
6四同飛、同馬、7六銀……7七歩と打ってきました。
じつは7七金も気になってたんですよね。8八への通路がひらくので。
指されなかった手は考えないことにしましょう。
6七銀成と突っ込んで、同金、同歩成、同玉。
「8五歩です」
すみれさんは、この手に首をかしげました。
「なんですじょ、それ?」
「ふふふ、なんでしょう」
「ゆ、夢子ちゃんがそういう笑い方をするときは、ろくなことがないですじょ……」
いえいえ、そんなことはありませんよ。
すみれさんは、腕組みをしてうんうん考え込みました。
ちょっと困ってくれてるみたいです。狙いは簡単なんですけどね。
「……同銀ですじょ」
「7五角成です」
馬を消すわけですね。
先手が遅ければ後手も遅くていい、という寸法。
同馬、同歩。
「王手飛車は食らわないですじょ。5八玉」
さすがにそれは期待していません。
とはいえ、もう一箇所、準両取りになるところがあります。
「6三角ですッ!」
「じょ~」
これはさすがに後手有利でしょう。
すみれさん、どこかでまちがえましたね。
残り時間は、先手が10分、後手も10分。いい勝負です。
すみれさんは1分使って、4五銀。
8五角で、銀をボロっと取ります。これが王手。
6七歩、6一香、7六歩、同角、7七金、3八銀。
飛車をいじめながら、包囲。
2八飛、2七金。
「けっきょく飛車取られますじょ……」
「金と銀、どちらを取りますか?」
「うーん、金ですじょ」
2七同飛、同銀成、7六金、同歩、2二歩。
っと、これは詰めろです。2一飛で頓死してしまいます。
「同金です」
すみれさんは、3四銀。
持ち駒の多さを活用しての、圧迫ですか──まだ寄らないですよね。
有効な詰めろもかからないと思います。
私のほうは攻め駒が少ないので、慎重に寄せます。
第一感、飛車打ち。
右から下ろすか、左から下ろすか……左から、2八飛にしましょう。
いざというとき、自陣に利きます。
私は飛車を打ちました。
5七玉、2九飛成、3五桂、3七成銀。
すみれさんの手が止まりました。
「このままではマズいですじょ」
どうでしょうか。私のほうは、持ち駒が少ないんですよね。
後手のほうがいいとは思うんですが、すぐには寄ら……あ、寄る順あります?
5八金がありますね。
(※図は越知さんの脳内イメージです。)
同玉は詰みです。3八龍、6九玉、6七香不成がありますから。
すみれさんがこの詰みに気づけば、回避してくると思います。
案の定、1分使って6六歩と突きました。
残り時間は……私が5分、すみれさんが3分。
あんまり変なことはしないほうが、よさそうです。じっくりいきましょう。
「3八龍」
「……2五角」
あ、それにはうまい手があります。
私は4七成銀として、同角、4五桂、同銀、4六金と捨てました。
どうですか。同玉なら4五歩以下で、角を抜けます。
「じょ~やっぱり不利ですじょ」
6七玉、4七龍、7六玉、4五歩。
角も銀も回収。もうすぐ1分将棋です。
すみれさん、最後の長考。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「華々しく散りますじょ。4三歩」
攻めですか──頓死しないように注意しましょう。
取って……取らないほうがいいですか?
同銀、同桂不成は、藪蛇ですよね。
3三銀は4二銀、同金に5一飛があります。香車を抜かれてしまいます。
つまり、放置が正解だと思います。
私も残り時間を投入。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7五歩ッ!」
取ったら詰みです。6四角、6五玉、9七角成の開き王手。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8六玉ですじょッ!」
8五歩、9六玉、7八角。
どこからどう見ても詰めろです。
8五玉も8七龍以下で詰みますよ。8一の桂馬と6一の香車が大きいです。
「こうなったら突撃ですじょッ! 4二歩成ッ!」
同金、4三桂打、同金、同桂不成、4二玉。
……………………
……………………
…………………
………………あれ? これ危なくないですか?
すみれさんは銀を手にして、
「ひらめきましたじょ。3一銀ですじょ」
と、王手をかけてきました。
……………………
……………………
…………………
………………詰んでますね。
「ま、負けました」
「ありがとうございました、ですじょ」
うわーん、このボードゲーム、むずかしい。
「ど、どこがおかしかったでしょうか?」
とりあえず、詰むほうへ逃げてしまったのかどうか、確認。
「……4二歩成以下は、詰むみたいです」
「ですじょ。あそこで受けないといけなかったですじょ」
私は3三銀と上がってみました。
【検討図】
「……これは詰まないですじょ」
ですね。4二銀、同金、5一飛、4一銀打、4二歩成以下でバラしても、詰みません。
とはいえ、気持ちのいい順でもありませんでした。
「途中で6一飛成とされるので、先手が寄らなくなるかも……」
「たしかに、6一飛成~8一龍まで決まれば、入玉できそうですじょ」
ということは、後手良しの判断がまちがってたんですか?
納得いかないのですが──
私たちは他の局面も、いろいろ調べてみました。けど、よくわかりませんでした。
いずれにせよ、疑問手はおたがいに何回かあったようです。
先手は69手目に7七歩と受けたのが疑問で、7七金のほうが有利。
後手は116手目、7五歩以下が冴えない、という結論に。
「そろそろおひらきにしますじょ」
「そうですね。ほかも終わってきてます」
私たちは一礼して、解散。
インタビューは、どなたでしょうか。
優しい解説者がいいですね。
「もしもし、越知です」
《……》
「もしもーし」
《……》
えーい、届け、私の存在感ッ!
場所:第10回日日杯 4日目 女子の部 16回戦
先手:那賀 すみれ
後手:越知 夢子
戦型:居飛車力戦形
▲7六歩 △8四歩 ▲7八金 △3四歩 ▲2六歩 △3二金
▲6六歩 △8五歩 ▲6八銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛
▲6七銀 △8二飛 ▲8七歩 △6二銀 ▲2五歩 △4一玉
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △6四歩 ▲2八飛 △2三歩
▲1六歩 △6三銀 ▲1五歩 △4二銀 ▲4八銀 △5四銀
▲5六歩 △3一玉 ▲5八金 △6五歩 ▲5七銀 △6六歩
▲同 角 △同 角 ▲同銀直 △6五歩 ▲7五銀 △3三桂
▲6七歩 △6二飛 ▲9六歩 △4四歩 ▲9五歩 △5一金
▲6八玉 △7四歩 ▲8六銀 △6六歩 ▲同 歩 △6五歩
▲4六角 △6六歩 ▲9一角成 △8八歩 ▲同 金 △3九角
▲2七飛 △4五桂 ▲4六銀 △6五銀 ▲6四香 △同 飛
▲同 馬 △7六銀 ▲7七歩 △6七銀成 ▲同 金 △同歩成
▲同 玉 △8五歩 ▲同 銀 △7五角成 ▲同 馬 △同 歩
▲5八玉 △6三角 ▲4五銀 △8五角 ▲6七歩 △6一香
▲7六歩 △同 角 ▲7七金 △3八銀 ▲2八飛 △2七金
▲同 飛 △同銀成 ▲7六金 △同 歩 ▲2二歩 △同 金
▲3四銀 △2八飛 ▲5七玉 △2九飛成 ▲3五桂 △3七成銀
▲6六歩 △3八龍 ▲2五角 △4七成銀 ▲同 角 △4五桂
▲同 銀 △4六金 ▲6七玉 △4七龍 ▲7六玉 △4五歩
▲4三歩 △7五歩 ▲8六玉 △8五歩 ▲9六玉 △7八角
▲4二歩成 △同 金 ▲4三桂打 △同 金 ▲同桂不成 △4二玉
▲3一銀
まで127手で那賀の勝ち




