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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
539/682

527手目 リタイア?

※ここからは、越知おちさん視点です。女子第16局開始時点にもどります。

 対局開始前、私は入り口のまえでうろうろ。

 ガラス張りの廊下から見えるH島の景色は、どこかよそよそしい感じがしました。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………六連むつむらくん、現れないですね。

 ほかの選手が通り過ぎるたびに、不安が増していきます。

 開始まであと10分。

 もしかして、失格になっちゃったんでしょうか?

「おはよ」

 うわッ!

 びっくりしてふりかえると──

「六連くん……」

 スポーツキャップをかぶった、いつもの六連くんが立っていました。

 ポケットに手をつっこみ、ちょっと距離をとって、私の目の前に。

 私はめがしらが熱くなりました。

「出場してオッケーなんですね?」

「うん、お医者さんから許可出てる……昨日はごめん」

 私は腰が抜けたように、その場にしゃがみこみました。

 六連くんはおどろいて、

「どうしたの? だいじょうぶ?」

 と、駆け寄りました。

「よかったです。棄権になったかと思いました」

「ほんとうにごめん」

「いえ、六連くんが元気なら、それでいいです」

 私は六連くんの手を借りて立ち上がり、それから息をつきました。

 いっしょに会場へ──いえ、いっしょに入る必要はないですね。

 私の役目は、ここまでです。

 六連くんは帽子を脱いで、それを軽く振りました。

「このお礼はするから……じゃ」

 そう言って、ドアの奥へと消えました。

 私は疲れが出て、しばらく廊下のソファーで休憩。

《間もなく対局開始となります。会場入りしていない選手のかたは、お集まりください》

 おっと、アナウンスが。

 いつもは早めの入場で気づきませんでしたが、廊下で流れてたんですね。

 会場入りした私は、すぐに対局席へ。

「すみれさーん、おはようございます」

「……」

「すみれさーん」

 肩をぽんぽん。

「うわッ! びっくりしたですじょッ!」

 びっくりしないでください。

 とりあえず着席。

「振り駒は、どうしますか?」

夢子ゆめこちゃんが振ってくださいじょ」

 では、お言葉に甘えて。

 シャカシャカ、ポイ。

「表がなしで、私の後手です」

 あとは待つだけですね。

《対局準備はよろしいでしょうか?》

 はい。

《では、始めてください》

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますじょ」

 7六歩、8四歩、7八金、3四歩、2六歩、3二金、6六歩。


【先手:那賀ながすみれ(T島県) 後手:越知おち夢子ゆめこ(K知県)】

挿絵(By みてみん)


 ムリヤリ矢倉ですかね?

 角換わりを拒否されたのは、ちょっと気になります。

 8五歩、6八銀。

 飛車先交換も許容ですか──では。

「8六歩です」

 同歩、同飛、6七銀、8二飛、8七歩、6二銀。

 うーん、当初の予定とちがいます。

 2五歩、4一玉、2四歩、同歩、同飛、6四歩、2八飛。


挿絵(By みてみん)


 先手も飛車先を交換。

 なんとも言えない局面に。

 とりあえず2三歩と打っておきます。

 1六歩……6三銀。

「端を受けないんですかじょ?」

「まあ、そういうことで」

「では突き越しますじょ。1五歩」

 4二銀、4八銀、5四銀、5六歩。

 パパっと攻めましょう。

 タイミングがあれば、6五歩ポンで。

 3一玉、5八金……ここですかね。

「6五歩」


挿絵(By みてみん)


「手が早いですじょ」

 な、なんでそういう言い方になるんでしょうか。

 私は奥手ですよ。

「同歩は8八角成、同金、7九角だから、取らないですじょ。5七銀」

 では突っ込みます。6六歩。

 同角、同角、同銀直、6五歩、7五銀。

 7五銀? ……上に出てきました。

 上ですか、攻めたがりですか。

 では私も攻めます。

「3三桂」

 6七歩、6二飛、9六歩、4四歩、9五歩。

 9筋も詰めてきましたね。

 主導権を奪い返しに来ているようです。

 7四歩、同銀、4五桂で突っ張る手もありますが……一手締まっておきましょう。

 5一金、6八玉、7四歩、8六銀。


挿絵(By みてみん)


 私は右金を連結させました。

 先手も居玉を解消しましたね。

 ここからちょっとずつ攻めていきます。

 まずは6六歩、同歩、6五歩の継ぎ歩。

「反発しますじょ。4六角」

 さて、分岐点です。

 9一角成に対応するなら、9二飛か7三角です。

 9二飛は、あんまりやりたくないです。

 ここでひよるくらいなら、6六歩~6五歩とかしません。

 7三角は同角成、同桂、4六角、7二飛or6三飛が窮屈。

 というわけで、4六角にはそもそも対応しません。

 そのまま攻めます。

 攻めるなら4五桂か6六歩。

 4五桂でも次に6六歩ですから、桂跳ねを入れるか入れないかの問題です。

 4五桂、4八銀、6六歩、9一角成、8八歩が一例。


挿絵(By みてみん)


 (※図は越知さんの脳内イメージです。)


 これで一見良さそうなのですが、先に4五桂のデメリットがひとつあります。

 それは3九角と打てないことです。4八に銀がいますからね。

 私は個人的に3九角と打ちたいので、単に6六歩を選択しました。

 9一角成、8八歩、同金、3九角、2七飛、4五桂。

 弾みがついてきました。

 4六銀、6五銀。

「6四香ですじょ」


挿絵(By みてみん)


 よくある反撃。馬に香車を紐づけて、飛車先を遮断。

 だけど、これって飛車切りでよくないですか?

 同飛、同馬、7六銀の瞬間、馬は守りに効いてないです。

 あ、だけど、7七歩くらいで止まったりします?

 例えば6七銀成、同金、同歩成、同玉、6六金みたいなのは、止まります。

 うまい継続手がないと、これは選択できません。

 私は2分ほど使って、手があると判断しました。

 6四同飛、同馬、7六銀……7七歩と打ってきました。

 じつは7七金も気になってたんですよね。8八への通路がひらくので。

 指されなかった手は考えないことにしましょう。

 6七銀成と突っ込んで、同金、同歩成、同玉。

「8五歩です」


挿絵(By みてみん)


 すみれさんは、この手に首をかしげました。

「なんですじょ、それ?」

「ふふふ、なんでしょう」

「ゆ、夢子ちゃんがそういう笑い方をするときは、ろくなことがないですじょ……」

 いえいえ、そんなことはありませんよ。

 すみれさんは、腕組みをしてうんうん考え込みました。

 ちょっと困ってくれてるみたいです。狙いは簡単なんですけどね。

「……同銀ですじょ」

「7五角成です」

 馬を消すわけですね。

 先手が遅ければ後手も遅くていい、という寸法。

 同馬、同歩。

「王手飛車は食らわないですじょ。5八玉」

 さすがにそれは期待していません。

 とはいえ、もう一箇所、準両取りになるところがあります。

「6三角ですッ!」


挿絵(By みてみん)


「じょ~」

 これはさすがに後手有利でしょう。

 すみれさん、どこかでまちがえましたね。

 残り時間は、先手が10分、後手も10分。いい勝負です。

 すみれさんは1分使って、4五銀。

 8五角で、銀をボロっと取ります。これが王手。

 6七歩、6一香、7六歩、同角、7七金、3八銀。

 飛車をいじめながら、包囲。

 2八飛、2七金。

「けっきょく飛車取られますじょ……」

「金と銀、どちらを取りますか?」

「うーん、金ですじょ」

 2七同飛、同銀成、7六金、同歩、2二歩。


挿絵(By みてみん)


 っと、これは詰めろです。2一飛で頓死してしまいます。

「同金です」

 すみれさんは、3四銀。

 持ち駒の多さを活用しての、圧迫ですか──まだ寄らないですよね。

 有効な詰めろもかからないと思います。

 私のほうは攻め駒が少ないので、慎重に寄せます。

 第一感、飛車打ち。

 右から下ろすか、左から下ろすか……左から、2八飛にしましょう。

 いざというとき、自陣に利きます。

 私は飛車を打ちました。

 5七玉、2九飛成、3五桂、3七成銀。

 すみれさんの手が止まりました。

「このままではマズいですじょ」

 どうでしょうか。私のほうは、持ち駒が少ないんですよね。

 後手のほうがいいとは思うんですが、すぐには寄ら……あ、寄る順あります?

 5八金がありますね。


挿絵(By みてみん)


 (※図は越知さんの脳内イメージです。)


 同玉は詰みです。3八龍、6九玉、6七香不成がありますから。

 すみれさんがこの詰みに気づけば、回避してくると思います。

 案の定、1分使って6六歩と突きました。

 残り時間は……私が5分、すみれさんが3分。

 あんまり変なことはしないほうが、よさそうです。じっくりいきましょう。

「3八龍」

「……2五角」

 あ、それにはうまい手があります。

 私は4七成銀として、同角、4五桂、同銀、4六金と捨てました。


挿絵(By みてみん)


 どうですか。同玉なら4五歩以下で、角を抜けます。

「じょ~やっぱり不利ですじょ」

 6七玉、4七龍、7六玉、4五歩。

 角も銀も回収。もうすぐ1分将棋です。

 すみれさん、最後の長考。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「華々しく散りますじょ。4三歩」

 攻めですか──頓死しないように注意しましょう。

 取って……取らないほうがいいですか?

 同銀、同桂不成は、藪蛇やぶへびですよね。

 3三銀は4二銀、同金に5一飛があります。香車を抜かれてしまいます。

 つまり、放置が正解だと思います。

 私も残り時間を投入。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「7五歩ッ!」

 取ったら詰みです。6四角、6五玉、9七角成の開き王手。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「8六玉ですじょッ!」

 8五歩、9六玉、7八角。


挿絵(By みてみん)


 どこからどう見ても詰めろです。

 8五玉も8七龍以下で詰みますよ。8一の桂馬と6一の香車が大きいです。

「こうなったら突撃ですじょッ! 4二歩成ッ!」

 同金、4三桂打、同金、同桂不成、4二玉。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あれ? これ危なくないですか?

 すみれさんは銀を手にして、

「ひらめきましたじょ。3一銀ですじょ」

 と、王手をかけてきました。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………詰んでますね。

「ま、負けました」

「ありがとうございました、ですじょ」

 うわーん、このボードゲーム、むずかしい。

「ど、どこがおかしかったでしょうか?」

 とりあえず、詰むほうへ逃げてしまったのかどうか、確認。

「……4二歩成以下は、詰むみたいです」

「ですじょ。あそこで受けないといけなかったですじょ」

 私は3三銀と上がってみました。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「……これは詰まないですじょ」

 ですね。4二銀、同金、5一飛、4一銀打、4二歩成以下でバラしても、詰みません。

 とはいえ、気持ちのいい順でもありませんでした。

「途中で6一飛成とされるので、先手が寄らなくなるかも……」

「たしかに、6一飛成~8一龍まで決まれば、入玉できそうですじょ」

 ということは、後手良しの判断がまちがってたんですか?

 納得いかないのですが──

 私たちは他の局面も、いろいろ調べてみました。けど、よくわかりませんでした。

 いずれにせよ、疑問手はおたがいに何回かあったようです。

 先手は69手目に7七歩と受けたのが疑問で、7七金のほうが有利。

 後手は116手目、7五歩以下が冴えない、という結論に。

「そろそろおひらきにしますじょ」

「そうですね。ほかも終わってきてます」

 私たちは一礼して、解散。

 インタビューは、どなたでしょうか。

 優しい解説者がいいですね。

「もしもし、越知です」

《……》

「もしもーし」

《……》

 えーい、届け、私の存在感ッ!

場所:第10回日日杯 4日目 女子の部 16回戦

先手:那賀 すみれ

後手:越知 夢子

戦型:居飛車力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲7八金 △3四歩 ▲2六歩 △3二金

▲6六歩 △8五歩 ▲6八銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛

▲6七銀 △8二飛 ▲8七歩 △6二銀 ▲2五歩 △4一玉

▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △6四歩 ▲2八飛 △2三歩

▲1六歩 △6三銀 ▲1五歩 △4二銀 ▲4八銀 △5四銀

▲5六歩 △3一玉 ▲5八金 △6五歩 ▲5七銀 △6六歩

▲同 角 △同 角 ▲同銀直 △6五歩 ▲7五銀 △3三桂

▲6七歩 △6二飛 ▲9六歩 △4四歩 ▲9五歩 △5一金

▲6八玉 △7四歩 ▲8六銀 △6六歩 ▲同 歩 △6五歩

▲4六角 △6六歩 ▲9一角成 △8八歩 ▲同 金 △3九角

▲2七飛 △4五桂 ▲4六銀 △6五銀 ▲6四香 △同 飛

▲同 馬 △7六銀 ▲7七歩 △6七銀成 ▲同 金 △同歩成

▲同 玉 △8五歩 ▲同 銀 △7五角成 ▲同 馬 △同 歩

▲5八玉 △6三角 ▲4五銀 △8五角 ▲6七歩 △6一香

▲7六歩 △同 角 ▲7七金 △3八銀 ▲2八飛 △2七金

▲同 飛 △同銀成 ▲7六金 △同 歩 ▲2二歩 △同 金

▲3四銀 △2八飛 ▲5七玉 △2九飛成 ▲3五桂 △3七成銀

▲6六歩 △3八龍 ▲2五角 △4七成銀 ▲同 角 △4五桂

▲同 銀 △4六金 ▲6七玉 △4七龍 ▲7六玉 △4五歩

▲4三歩 △7五歩 ▲8六玉 △8五歩 ▲9六玉 △7八角

▲4二歩成 △同 金 ▲4三桂打 △同 金 ▲同桂不成 △4二玉

▲3一銀


まで127手で那賀の勝ち

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