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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
538/681

526手目 ラブパワー

※ここからは、西野辺にしのべさん視点です。女子第16局開始時点にもどります。

 いやあ、朝からいいことあっちゃった。

 え? なにがあったのかって?

 それはヒ・ミ・ツ。

 私がニヤニヤしていると、ひよこおねぇは手を合わせて、

「なにやら煩悩を感じます」

 とつぶやいた。

 煩悩って言うな。愛って言え。

「ひよこおねぇ、すこしは世俗にまみれたほうがいいよ」

「戒名は、なにがよろしいですか?」

 ひえ。

 ここでアナウンスが入った。

《対局準備はよろしいでしょうか?》

 オケオケ。

《では、始めてください》

「よろしくお願いします」

 7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。


【先手:大谷おおたにひよこ(T島県) 後手:西野辺にしのべ茉白ましろ(H島県)】

挿絵(By みてみん)


 ひよこおねぇ、まだ研究ストックがあるんだね。

 それとも手なりで勝てると踏んでるのかな。

 なーんか後者くさいんだよね。格下あいての、いきあたりばったり戦法。

 そうは問屋がおろさないよ。

 2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、5八玉。

 どんどん進む。

 4二玉、3四飛、7二銀、2四飛、2三歩、2六飛、8四飛。

 高めに浮いて威圧。

 8七歩、1四歩、3八銀、7四歩、1六歩、9四歩、9六歩。

 んー、8四飛は、ちょっと高飛車だったかな。反省。

「8二飛ね」

「1五歩です」


挿絵(By みてみん)


 ぐえッ、いきなり開戦か。

 同歩、1四歩?

 1四歩は取れないよね。2四歩~1四飛で香損。

 2四歩を取らないって選択肢は、ないだろうし。

 かといって、1五歩そのものは手抜けないか。

「同歩」

 1四歩に7三銀。無視。

 ひよこおねぇは2五飛と浮いた。

 これはいじめたくなるね。

 ただ、そのためには3三金~2四金しかない。

 さすがに3三金~2四歩はできない。

「……3三金」

 ひよこおねぇ、すこしだけ表情が変化。

 いくら能面でも、ちょこちょこと顔に出るよね。見逃さないよ。

「1五飛です」

「2四金ね」

 4五飛と寄られた。

 そっちか。1八飛かと思ったけど。

 1五歩でむりやり封鎖する?

 あんまりパッとしないかな?

 1筋をムリに支えるよりも、破らせちゃったほうがすっきりしそう。

 私は6四銀と上がった。

「1三歩成」


挿絵(By みてみん)


 同桂も同香もありそう。

 無難に同香。

 同香成、同桂、4六飛。

 ここで8八角成と交換して、同銀に5四香と打った。

 先手の飛車がぐずぐずしているうちに、やっちゃうよ。

 3六飛、3二歩、4六角、7三桂、6六香。

 ん? 6六香? 5五銀で? ……切るつもり?

 同角、同香、4六銀で急かすのかな?

 私はもうすこし先まで読んでみた。

 角を打つ場所がない。角銀交換は不合理じゃないみたい。

 誘いに乗らないなら6二金。

 でも乗るでしょ、これは。

「5五銀だよ」

「同角です」

 同香、4六銀、6四歩、同香、5七香成、同銀、7二金。

 6四歩で一発緩和してから、5筋へ突っ込んだ。

 ひよこおねぇは、1四歩と打ってきた。


挿絵(By みてみん)


 2五桂、1三歩成……は、後手が悪いよね。

 同金しかない。

 同金、7五歩、8四飛、7七桂、7五歩、6六香。

 ぐッ……なんか自然に先手が指しやすくなってる。

 7六歩は遅いし、6五歩は同香じゃなくて、同桂で先手が良さそう。以下、同桂、同香、7三桂とお代わりしても、6六飛と寄られたかたちが痛い。

 私は1分考えて、2五金と出た。

 飛車をなんとかする。

 5六飛、7六歩、6五桂、同桂、同香、7三桂、6六銀、6五桂。

 ひよこおねぇは、強く6五銀と取った。

 うーん、先手がいい。認めざるをえない。

 とにかくこっちだけ穴が多い。

 6筋がスカスカなだけじゃなくて、次に3四桂でもマズい。3三玉に5三飛成がある。これを封じるために3五金としても、3六歩、4五金、3四桂で同じ。

 となると──

「4四角」


挿絵(By みてみん)


 これで5筋を受けるしかない。

 ひよこおねぇも読んでたみたいで、7六飛と寄った。

 7五歩、同飛、7四歩で緩和。

 同銀、6六歩、4五桂、6七歩成。

 よし、先手にも手がついた。

 同金、6六歩、3四桂、4一玉、7七金、3三歩。

 耐えろぉ。

 これ次に8五銀でも耐えてるよね?

 8五銀なら6七角の予定なんだけど。以下、4八玉、7四歩で、同銀なら先手の手損。8四銀は7五歩、6一飛、3二玉の次がないはず。1二飛と逆に打っても、4五角成、2二桂成、3四歩、3一成桂、同玉、5二飛成、4二香で切れ筋。


挿絵(By みてみん)


 (※図は西野辺さんの脳内イメージです。) 


 ひよこおねぇも、迷ってる感じがする。

 私も真剣に読んだ。


 パシリ


 6八歩。受けた。

 私は3四歩で桂馬を回収……せずに、5四香。

 5六歩、3四歩、4六歩、3五金、4七銀。


挿絵(By みてみん)


 ごちゃごちゃ。混乱してきた。

 こういうときこそ、整理大事。

 候補手は3つ。7三歩or5六香or7四飛。

 7三歩、同銀不成なら、7四歩、8四銀成、7五歩の交換。先手は6一飛と打ってくるだろうけど、これはさっきと同じで切れるはず。ただ、7三歩に6三銀成、8三桂、6五飛みたいな感じだと思うんだよね。交換しないんじゃないかな。

 5六香は、同銀、4六金、5七歩、3五角を目指す手。6九玉と引かれても、攻め潰せそう。問題があるとすれば、5七歩と受けない可能性があること。例えば8三銀成、同飛、7二飛成みたいな。もちろんこれは私の負けになるから、8三銀成、7四歩で、交換を迫る予定。

 7四飛は、ぶった切って同飛に8五角の王手飛車。一番わかりやすい。7六飛、同角、同金、6七歩成、同歩、8八角成まで行ける。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………最後が一番派手かな。

 将棋も恋も攻めでしょ。攻め。

「7四飛」

 私はチェスクロを押した。

 ひよこおねぇ、ここで持ち駒をさわる。

 今までいちども対局姿勢を崩さなかったのに、反応したね。

 1分後、同飛。

 8五角、7六飛、同角、同金、6七歩成、同玉、8八角成。


挿絵(By みてみん)


 王様で取って来た。

 ひよこおねぇ、ここでまた長考。

 私の陣地を見てるね。寄せるつもりか。

 6一飛と3三角は読んであるし、8五角も続かないはず。

 まあ寄ったらしょうがないの精神。

 ひよこおねぇは最後の1分まで考えて、6一飛と下ろした。

 5一桂、6六角。

 え? 6六角? ……あ、入玉かッ!

 しまった。寄せをあきらめる順を読んでなかった。

 えーい、落ち着け、西野辺栞白。

 入玉してきたってことは、私は寄らないし、先手劣勢の証拠。

「……」

 時間が溶ける。


 ピッ


 1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 これで止める。

 ひよこおねぇは、ノータイムで5七玉。

 6六馬、同玉、8七銀不成。

 この次が問題。指せる手が多すぎて、ぜんぶは読み切れない。

 ひよこおねぇも、最後の時間を使った。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 8五角。王手された。

 けど、寄せを完全に放棄した手だ。寄せの可能性を残すなら3三角だった。

 私は3二玉と上がった。

 8一飛成、7一歩、9一龍。

 4五金としたいんだけどなあ。それなら盤石になる。

 金を渡していいのかどうか。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7六銀成とした。

 同角──このタイミングか。

「4五金」


挿絵(By みてみん)


 同歩、7四桂、6七玉、6六角。

 うまい封鎖があったね。5七と7七を同時には受けられない。

 ひよこおねぇはお茶を飲んだ。

 しばらく盤を見つめる。

 投了かな。私も姿勢を正した。

 ひよこおねぇは両手を合わせた。

「拙僧の負けです」

「ありがとうございました」

 ひよこおねぇは、すぐに3三を指し示した。

「入玉の方針が誤っていました……正確に言うと、入玉だけに専念したのが誤りでした。3三角と打って、プレッシャーをかけておくほうがよかったです」

 とりあえず、打てるタイミングまでもどす。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 私は、

「同馬はしないよね。6六歩と打つよ」

 と言って、打った。

「同角成では本譜と同じになるので、5八玉と引きます」

 んー……一回受けないとマズいか。

 私は4二銀打とした。

 6二香成、6七歩成、同玉、3三銀、5一成香、3二玉。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 寄らないっぽい。

 ひよこおねぇも、そのことは認めつつ、

「とはいえ、こちらのほうが明らかによいです」

 と言った。

 まあ、そうかな。厳密にどれくらいいいかは、わかんないけど。

 そのあと中盤も調べた。難しいところが多かったみたい。

 ひよこおねぇは手を合わせて、一礼した。

「次もありますゆえ、このあたりで。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 勝利のインタビューターイム!

 イヤホンをはめると、どこかで聞いたことのある声がした。

 筒井つついおねぇだった。

《いよ、勝ったねえ》

「あ、筒井おねぇ、ひさしぶりじゃん」

《最初、先手よかったと思うけど、押し返したね。3三金~2四金は機敏でよかったよ。1四香でも一応互角かもしんないけど》

「さすがに悪くない?」

《2四歩、8八角成、同銀、2二銀、1二角、3三桂で、わりといける》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 あ、それ考えてなかった。

 直感的に切り捨ててた。

「んー、たしかにアリかも」

《でしょ。あ、三和みわっちと代わるね》

《もしもーし、おつかれ》

「三和おねぇ、おひさ~」

《ひさしぶり。本局、レベル高かったね。エンジンかかるの遅いタイプ?》

 これがラブパワー。これがリア充女子の力。

 っと、外部に聞かれてるんだよね。言わないでおこ。

「今日はちょっと調子がいいかも」

《好不調はあるよね。王手飛車は入玉があるから、どうかなって解説で話してたけど、杞憂だった。次もがんばって》

「りょうか~い」

 これにてインタビューは終わり。

 次は磯前いそざきおねぇだね。このまま3年生、連続で食っちゃおうか。

場所:第10回日日杯 4日目 女子の部 16回戦

先手:大谷 雛

後手:西野辺 茉白

戦型:横歩取り


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲5八玉 △4二玉 ▲3四飛 △7二銀

▲2四飛 △2三歩 ▲2六飛 △8四飛 ▲8七歩 △1四歩

▲3八銀 △7四歩 ▲1六歩 △9四歩 ▲9六歩 △8二飛

▲1五歩 △同 歩 ▲1四歩 △7三銀 ▲2五飛 △3三金

▲1五飛 △2四金 ▲4五飛 △6四銀 ▲1三歩成 △同 香

▲同香成 △同 桂 ▲4六飛 △8八角成 ▲同 銀 △5四香

▲3六飛 △3二歩 ▲4六角 △7三桂 ▲6六香 △5五銀

▲同 角 △同 香 ▲4六銀 △6四歩 ▲同 香 △5七香成

▲同 銀 △7二金 ▲1四歩 △同 金 ▲7五歩 △8四飛

▲7七桂 △7五歩 ▲6六香 △2五金 ▲5六飛 △7六歩

▲6五桂 △同 桂 ▲同 香 △7三桂 ▲6六銀 △6五桂

▲同 銀 △4四角 ▲7六飛 △7五歩 ▲同 飛 △7四歩

▲同 銀 △6六歩 ▲4五桂 △6七歩成 ▲同 金 △6六歩

▲3四桂 △4一玉 ▲7七金 △3三歩 ▲6八歩 △5四香

▲5六歩 △3四歩 ▲4六歩 △3五金 ▲4七銀 △7四飛

▲同 飛 △8五角 ▲7六飛 △同 角 ▲同 金 △6七歩成

▲同 玉 △8八角成 ▲6一飛 △5一桂 ▲6六角 △7八銀

▲5七玉 △6六馬 ▲同 玉 △8七銀不成▲8五角 △3二玉

▲8一飛成 △7一歩 ▲9一龍 △7六銀成 ▲同 角 △4五金

▲同 歩 △7四桂 ▲6七玉 △6六角


まで130手で西野辺の勝ち

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