526手目 ラブパワー
※ここからは、西野辺さん視点です。女子第16局開始時点にもどります。
いやあ、朝からいいことあっちゃった。
え? なにがあったのかって?
それはヒ・ミ・ツ。
私がニヤニヤしていると、ひよこおねぇは手を合わせて、
「なにやら煩悩を感じます」
とつぶやいた。
煩悩って言うな。愛って言え。
「ひよこおねぇ、すこしは世俗に塗れたほうがいいよ」
「戒名は、なにがよろしいですか?」
ひえ。
ここでアナウンスが入った。
《対局準備はよろしいでしょうか?》
オケオケ。
《では、始めてください》
「よろしくお願いします」
7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。
【先手:大谷雛(T島県) 後手:西野辺茉白(H島県)】
ひよこおねぇ、まだ研究ストックがあるんだね。
それとも手なりで勝てると踏んでるのかな。
なーんか後者くさいんだよね。格下あいての、いきあたりばったり戦法。
そうは問屋がおろさないよ。
2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、5八玉。
どんどん進む。
4二玉、3四飛、7二銀、2四飛、2三歩、2六飛、8四飛。
高めに浮いて威圧。
8七歩、1四歩、3八銀、7四歩、1六歩、9四歩、9六歩。
んー、8四飛は、ちょっと高飛車だったかな。反省。
「8二飛ね」
「1五歩です」
ぐえッ、いきなり開戦か。
同歩、1四歩?
1四歩は取れないよね。2四歩~1四飛で香損。
2四歩を取らないって選択肢は、ないだろうし。
かといって、1五歩そのものは手抜けないか。
「同歩」
1四歩に7三銀。無視。
ひよこおねぇは2五飛と浮いた。
これはいじめたくなるね。
ただ、そのためには3三金~2四金しかない。
さすがに3三金~2四歩はできない。
「……3三金」
ひよこおねぇ、すこしだけ表情が変化。
いくら能面でも、ちょこちょこと顔に出るよね。見逃さないよ。
「1五飛です」
「2四金ね」
4五飛と寄られた。
そっちか。1八飛かと思ったけど。
1五歩でむりやり封鎖する?
あんまりパッとしないかな?
1筋をムリに支えるよりも、破らせちゃったほうがすっきりしそう。
私は6四銀と上がった。
「1三歩成」
同桂も同香もありそう。
無難に同香。
同香成、同桂、4六飛。
ここで8八角成と交換して、同銀に5四香と打った。
先手の飛車がぐずぐずしているうちに、やっちゃうよ。
3六飛、3二歩、4六角、7三桂、6六香。
ん? 6六香? 5五銀で? ……切るつもり?
同角、同香、4六銀で急かすのかな?
私はもうすこし先まで読んでみた。
角を打つ場所がない。角銀交換は不合理じゃないみたい。
誘いに乗らないなら6二金。
でも乗るでしょ、これは。
「5五銀だよ」
「同角です」
同香、4六銀、6四歩、同香、5七香成、同銀、7二金。
6四歩で一発緩和してから、5筋へ突っ込んだ。
ひよこおねぇは、1四歩と打ってきた。
2五桂、1三歩成……は、後手が悪いよね。
同金しかない。
同金、7五歩、8四飛、7七桂、7五歩、6六香。
ぐッ……なんか自然に先手が指しやすくなってる。
7六歩は遅いし、6五歩は同香じゃなくて、同桂で先手が良さそう。以下、同桂、同香、7三桂とお代わりしても、6六飛と寄られたかたちが痛い。
私は1分考えて、2五金と出た。
飛車をなんとかする。
5六飛、7六歩、6五桂、同桂、同香、7三桂、6六銀、6五桂。
ひよこおねぇは、強く6五銀と取った。
うーん、先手がいい。認めざるをえない。
とにかくこっちだけ穴が多い。
6筋がスカスカなだけじゃなくて、次に3四桂でもマズい。3三玉に5三飛成がある。これを封じるために3五金としても、3六歩、4五金、3四桂で同じ。
となると──
「4四角」
これで5筋を受けるしかない。
ひよこおねぇも読んでたみたいで、7六飛と寄った。
7五歩、同飛、7四歩で緩和。
同銀、6六歩、4五桂、6七歩成。
よし、先手にも手がついた。
同金、6六歩、3四桂、4一玉、7七金、3三歩。
耐えろぉ。
これ次に8五銀でも耐えてるよね?
8五銀なら6七角の予定なんだけど。以下、4八玉、7四歩で、同銀なら先手の手損。8四銀は7五歩、6一飛、3二玉の次がないはず。1二飛と逆に打っても、4五角成、2二桂成、3四歩、3一成桂、同玉、5二飛成、4二香で切れ筋。
(※図は西野辺さんの脳内イメージです。)
ひよこおねぇも、迷ってる感じがする。
私も真剣に読んだ。
パシリ
6八歩。受けた。
私は3四歩で桂馬を回収……せずに、5四香。
5六歩、3四歩、4六歩、3五金、4七銀。
ごちゃごちゃ。混乱してきた。
こういうときこそ、整理大事。
候補手は3つ。7三歩or5六香or7四飛。
7三歩、同銀不成なら、7四歩、8四銀成、7五歩の交換。先手は6一飛と打ってくるだろうけど、これはさっきと同じで切れるはず。ただ、7三歩に6三銀成、8三桂、6五飛みたいな感じだと思うんだよね。交換しないんじゃないかな。
5六香は、同銀、4六金、5七歩、3五角を目指す手。6九玉と引かれても、攻め潰せそう。問題があるとすれば、5七歩と受けない可能性があること。例えば8三銀成、同飛、7二飛成みたいな。もちろんこれは私の負けになるから、8三銀成、7四歩で、交換を迫る予定。
7四飛は、ぶった切って同飛に8五角の王手飛車。一番わかりやすい。7六飛、同角、同金、6七歩成、同歩、8八角成まで行ける。
……………………
……………………
…………………
………………最後が一番派手かな。
将棋も恋も攻めでしょ。攻め。
「7四飛」
私はチェスクロを押した。
ひよこおねぇ、ここで持ち駒をさわる。
今までいちども対局姿勢を崩さなかったのに、反応したね。
1分後、同飛。
8五角、7六飛、同角、同金、6七歩成、同玉、8八角成。
王様で取って来た。
ひよこおねぇ、ここでまた長考。
私の陣地を見てるね。寄せるつもりか。
6一飛と3三角は読んであるし、8五角も続かないはず。
まあ寄ったらしょうがないの精神。
ひよこおねぇは最後の1分まで考えて、6一飛と下ろした。
5一桂、6六角。
え? 6六角? ……あ、入玉かッ!
しまった。寄せをあきらめる順を読んでなかった。
えーい、落ち着け、西野辺栞白。
入玉してきたってことは、私は寄らないし、先手劣勢の証拠。
「……」
時間が溶ける。
ピッ
1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
これで止める。
ひよこおねぇは、ノータイムで5七玉。
6六馬、同玉、8七銀不成。
この次が問題。指せる手が多すぎて、ぜんぶは読み切れない。
ひよこおねぇも、最後の時間を使った。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
8五角。王手された。
けど、寄せを完全に放棄した手だ。寄せの可能性を残すなら3三角だった。
私は3二玉と上がった。
8一飛成、7一歩、9一龍。
4五金としたいんだけどなあ。それなら盤石になる。
金を渡していいのかどうか。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
7六銀成とした。
同角──このタイミングか。
「4五金」
同歩、7四桂、6七玉、6六角。
うまい封鎖があったね。5七と7七を同時には受けられない。
ひよこおねぇはお茶を飲んだ。
しばらく盤を見つめる。
投了かな。私も姿勢を正した。
ひよこおねぇは両手を合わせた。
「拙僧の負けです」
「ありがとうございました」
ひよこおねぇは、すぐに3三を指し示した。
「入玉の方針が誤っていました……正確に言うと、入玉だけに専念したのが誤りでした。3三角と打って、プレッシャーをかけておくほうがよかったです」
とりあえず、打てるタイミングまでもどす。
【検討図】
私は、
「同馬はしないよね。6六歩と打つよ」
と言って、打った。
「同角成では本譜と同じになるので、5八玉と引きます」
んー……一回受けないとマズいか。
私は4二銀打とした。
6二香成、6七歩成、同玉、3三銀、5一成香、3二玉。
【検討図】
寄らないっぽい。
ひよこおねぇも、そのことは認めつつ、
「とはいえ、こちらのほうが明らかによいです」
と言った。
まあ、そうかな。厳密にどれくらいいいかは、わかんないけど。
そのあと中盤も調べた。難しいところが多かったみたい。
ひよこおねぇは手を合わせて、一礼した。
「次もありますゆえ、このあたりで。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
勝利のインタビューターイム!
イヤホンをはめると、どこかで聞いたことのある声がした。
筒井おねぇだった。
《いよ、勝ったねえ》
「あ、筒井おねぇ、ひさしぶりじゃん」
《最初、先手よかったと思うけど、押し返したね。3三金~2四金は機敏でよかったよ。1四香でも一応互角かもしんないけど》
「さすがに悪くない?」
《2四歩、8八角成、同銀、2二銀、1二角、3三桂で、わりといける》
【参考図】
あ、それ考えてなかった。
直感的に切り捨ててた。
「んー、たしかにアリかも」
《でしょ。あ、三和っちと代わるね》
《もしもーし、おつかれ》
「三和おねぇ、おひさ~」
《ひさしぶり。本局、レベル高かったね。エンジンかかるの遅いタイプ?》
これがラブパワー。これがリア充女子の力。
っと、外部に聞かれてるんだよね。言わないでおこ。
「今日はちょっと調子がいいかも」
《好不調はあるよね。王手飛車は入玉があるから、どうかなって解説で話してたけど、杞憂だった。次もがんばって》
「りょうか~い」
これにてインタビューは終わり。
次は磯前おねぇだね。このまま3年生、連続で食っちゃおうか。
場所:第10回日日杯 4日目 女子の部 16回戦
先手:大谷 雛
後手:西野辺 茉白
戦型:横歩取り
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩
▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲5八玉 △4二玉 ▲3四飛 △7二銀
▲2四飛 △2三歩 ▲2六飛 △8四飛 ▲8七歩 △1四歩
▲3八銀 △7四歩 ▲1六歩 △9四歩 ▲9六歩 △8二飛
▲1五歩 △同 歩 ▲1四歩 △7三銀 ▲2五飛 △3三金
▲1五飛 △2四金 ▲4五飛 △6四銀 ▲1三歩成 △同 香
▲同香成 △同 桂 ▲4六飛 △8八角成 ▲同 銀 △5四香
▲3六飛 △3二歩 ▲4六角 △7三桂 ▲6六香 △5五銀
▲同 角 △同 香 ▲4六銀 △6四歩 ▲同 香 △5七香成
▲同 銀 △7二金 ▲1四歩 △同 金 ▲7五歩 △8四飛
▲7七桂 △7五歩 ▲6六香 △2五金 ▲5六飛 △7六歩
▲6五桂 △同 桂 ▲同 香 △7三桂 ▲6六銀 △6五桂
▲同 銀 △4四角 ▲7六飛 △7五歩 ▲同 飛 △7四歩
▲同 銀 △6六歩 ▲4五桂 △6七歩成 ▲同 金 △6六歩
▲3四桂 △4一玉 ▲7七金 △3三歩 ▲6八歩 △5四香
▲5六歩 △3四歩 ▲4六歩 △3五金 ▲4七銀 △7四飛
▲同 飛 △8五角 ▲7六飛 △同 角 ▲同 金 △6七歩成
▲同 玉 △8八角成 ▲6一飛 △5一桂 ▲6六角 △7八銀
▲5七玉 △6六馬 ▲同 玉 △8七銀不成▲8五角 △3二玉
▲8一飛成 △7一歩 ▲9一龍 △7六銀成 ▲同 角 △4五金
▲同 歩 △7四桂 ▲6七玉 △6六角
まで130手で西野辺の勝ち




