525手目 寄せ合いの結末
※ここからは、吉良くん視点です。
取るしかないんだが……問題は、そのあとだ。
6六歩とガードする手が、第一感。
俺はもう突っ込むしかない。
7六金、同銀、同飛、6七玉のワンチャン入玉狙い、はしてこないだろう。
7三歩で、飛車先を止めにきそうだ。
「……同歩」
捨神は6六歩と置いた。
7六金、7三歩、6七金、同金、7一飛。
飛車の位置は迷った。9二飛か6二飛もあったと思う。
本譜は4一金を阻止した順だ。
捨神は30秒ほど考えて、2四角。
同角、同飛、2三歩。
「1四桂」
勝負手か。
全然読んでなかった、というわけじゃない。
端攻めの手筋だ──が、成立してるか?
俺は3一玉と引いて、後手がいいと思う。
捨神は2九飛と引くしかないから、1四香とタダで取れる。
問題があるとすれば、そこで捨神がなにを指すか、だ。
「……」
「……」
緊迫感が高まる。
息苦しさは感じなかった。
手詰まりにはなっていない。むしろ攻め口は多い。
「……3一玉」
2九飛、1四香、6二角。
2番目に読んでいた手だ。4五歩が本命だった。
俺は6一飛と寄って、7二歩成に6二飛と切った。
同と、4六歩。
急所に入った。
捨神から、小さな嘆息が聞こえた。
守勢に回ったことを、悲観してるのか、それとも別の筋か。
2分を残して、捨神は5一飛。
王手してきた。
2二玉、4六銀、4五歩、2四歩、同歩、2五歩。
ここでこれか……めちゃくちゃ悩ましい……10秒将棋ならノータイムで4六歩だが、2四歩、4七角、6八玉、7七銀、同金、同桂成、同玉のあと、捕まるか? 捕まらないなら、俺のほうが終わりだ。一方的に包囲されてる。7六歩、同玉、8五銀、6七玉、5八角打、7七玉、7六銀、8六玉は、足りない。
受けるか? 受けないと負ける気がする。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4二角ッ!」
この手で稼ぐ。
捨神は9一飛成と成った。
ここで4六歩は、けっきょく2四歩でダメだ。
俺は2五歩で、もう一手緩和した。
捨神、最後の長考。1分将棋に。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
同桂、2三銀、1二歩、3一桂、1一歩成。
同玉か4六歩か。
同玉は1三香、4六歩は2一とが見える。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
同玉。
捨神は息をついて、小刻みに揺れながら考えた。
俺は1三香、2二玉以下を読む。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
ん? ……と金捨て?
俺は一瞬、手の狙いが読めなかった。
無視してくれるかも、っていうラッキー狙いか?
いや、そんなはずがない。
だとすれば、同銀で守備駒剥がしだ。
剥がしたあとで1三香だな。
「同銀」
「1三香」
2二玉、1二金、同銀、同香成、同玉、1三桂成、同玉。
「もうこれに賭けるね。2一飛成」
俺はお茶を飲んだ。そのあいだも思考はフル回転。
詰めろだから、2三歩は必然。
捨神は3二龍のはず。それは詰めろか?
詰めろじゃない。
……………………
……………………
…………………
………………4六歩が入るな。
しかも詰めろだ。4七角以下で詰む。先手は受けるしかない。
攻守逆転だッ!
「2三歩」
3二龍に4六歩。
捨神は目を閉じて、後頭部に手をあてた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
俺は前傾姿勢になった。
先手は、右玉のようなかたちだ。これは脆い。
7五桂か4五香か。
7五桂、6八金、6七歩、5七金、6八歩成は手が続く。とはいえ、こんなことにはならない。捨神は2二銀と打ってくるだろう。これで俺が安全かどうか。
4五香は……4五香、4二龍、4七歩成、同金上、同香成、同玉、4六金、同玉、2四角で王手龍か。これは俺の勝ちだ──が、これもそうはならない。4二龍以外の手を指してくるだろう。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4五香ッ!」
俺はチェスクロを押した。
捨神は3七金打と受けた。そっちか。手堅くきたな。
4七になにを打つ? 角か? 銀か?
それとも4一銀打と受けるか?
あるいは7五桂?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7五桂ッ!」
捨神は、龍へ鋭く指を乗せた。
鍵盤を弾くかのように、サッと中指をすべらせた。
「4二龍」
腹をくくった手だ。
攻めが続けば俺の勝ち。切れたら俺の負け。
きわどい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
4七銀、同桂、同歩成、同金上、6七桂成、同玉、4九角。
捨神の5八桂に、俺は7七金で押し戻した。
5七玉、6七金打、4八玉、4七香成、同玉、4六歩。
同金と取られて、俺は頭をかきむしった。
5八角成、3八玉、2六桂、2七玉、4九馬。
捨神は、どこかさみしげに笑った。
「5二とが、まさかここで効くなんてね……2六玉」
……………………
……………………
…………………
………………俺が足りない。
3四に逃げ道がある。
俺は呆然とした。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2七金ッ!」
2五玉、2二桂。
捨神はすっぱりと龍を切った。
2二同龍、同玉、1一角、2一玉、2二銀、3二玉、3三銀成、同銀。
捨神は同角成とまた切った。
同玉、3一龍。
俺は息をついた。
不完全燃焼──じゃないな。踊り切って負けた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
チェスクロを止めた捨神の指は、軽く震えていた。
俺はしばらく声が出なかった。
「……どこが悪かった? 7五桂か?」
「7五桂なしで4七に打たれても、残してるかな、とは思った」
【検討図】
捨神は、
「同桂、同歩成、同金上、同香成は、完全に切れてるよね。だから同桂、7五桂、4二龍で、本譜と合流するんじゃないかな」
と言った。
俺は首肯せざるをえなかった。
「じゃあ、受けるしかない。4一銀打……3三銀打もあるか」
「4一銀打は2二銀、2四玉まで決めて4一龍寄。3三銀打は、すぐに3一龍寄を予定してたよ。4一銀打のほうが難しいかな、と思ってた」
俺たちは、4一銀打、2二銀、2四玉、3一龍寄、同銀、4二龍まで進めた。
【検討図】
後手は詰めろなんだよな、これ。
7八飛は4九玉くらいで続かない。
俺は4七金と4七角を比較した──どっちもダメだ。
「4七金、同桂、同歩成、同金上、2八飛、3八銀、4七香成、同玉、6九角で左右から迫るしかないが、5八香の次がない」
捨神もうなずいた。
「そうだね、4六歩、同玉、4五歩、5七玉で切れてるよ」
「だとすると、2筋の攻防あたりか……」
俺は会場を見回した。ほかはもうだいたい終わっていた。
180手くらい指したから、当然か。
「捨神、悪いがこのあたりでいいか?」
「うん、いいよ」
おたがいに一礼して、席を立った。
インタビューコーナーも、すでに閑散としていた。
「もしもし」
最初に出たのは、H島の御城だった。
《もしもし、おつかれさん。時間を取ると悪いんだが、ちょっと質問がある》
「かまわないぜ」
《解説でも結論が出ない将棋だった。名局ということなんだろうが、気になったのは120手目のところだ。2五歩と継ぎ歩されたとき、同歩はなかったか?》
【参考図】
「同桂、2四歩?」
《一回2八歩を入れたほうが、いいかもしれない。本譜は、飛車の横利きがかなり強かった。叩いて浮かせて、それから桂馬を取りに行くのは、どうだ?》
俺はすこしばかり考えた。
「……アリだと思うが、それならまだ4六歩と攻めたいな」
《それも有力だと思う。4六歩としなかった理由は?》
「深く読んだら、途中で完全に切れた」
《なるほど、了解……牧野、なんかあるか?》
S賀の牧野も来てたか。
《もしもし、牧野です》
「ひさしぶりだな。今日来たのか?」
《日程的には、三室くんと同日でした。吉良くんの将棋を観るのは、今回が初めてです。単刀直入にうかがいます。本局のポイントは、なんだったのでしょうか?》
難しい質問だ。
7五桂がヌルかったか? 4二角の受けが甘かったか?
飛車の引き場所か? そもそも千日手にしなかったことか?
俺はしばらく考え込んだ。
《すみません、漠然とした質問でした。打ち上げのときにでも、おうかがいできれば》
「わりぃ、ちょっと疲れてるかもしれない」
《次は予選最終です。よい将棋を》
インタビューはそこで終わった。
俺は嘆息する。
これで格付けはされたか? 俺の負け?
……………………
……………………
…………………
………………いや、まだ対局はあるはずだ。
プレーオフか、決勝トーナメントで。
指運が悪かったとは言わない。おまえの読みが冴えてた。
だけど、結論はもうちょっと先でもいいだろ、な、捨神。
場所:第10回日日杯 4日目 男子の部 14回戦
先手:捨神 九十九
後手:吉良 義伸
戦型:先手角交換型四間飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2二角成 △同 銀 ▲8八銀 △3三銀
▲6八飛 △8四歩 ▲3八金 △4二玉 ▲3六歩 △1四歩
▲1六歩 △6二銀 ▲7七銀 △7四歩 ▲4八銀 △7三桂
▲9六歩 △3二金 ▲6六歩 △4四歩 ▲3七桂 △3一玉
▲2六歩 △6四歩 ▲4六歩 △6三銀 ▲4七銀 △5四銀
▲7八金 △2二玉 ▲9五歩 △6二飛 ▲4八玉 △5二金
▲6九飛 △6五歩 ▲同 歩 △5五角 ▲8八角 △6五銀
▲6六歩 △5四銀 ▲5六歩 △6四角 ▲6八銀 △4三銀
▲7七桂 △5四歩 ▲6七銀 △4二角 ▲1八香 △6三金
▲1九飛 △2四銀 ▲6九飛 △8二飛 ▲2九飛 △3三銀
▲2五歩 △6二飛 ▲7九角 △3一玉 ▲1九飛 △2二玉
▲2九飛 △7五歩 ▲同 歩 △6五歩 ▲同 歩 △7五角
▲5八玉 △4二角 ▲5七角 △7二飛 ▲1五歩 △同 歩
▲7六歩 △7四金 ▲4五歩 △6五桂 ▲4六角 △7七桂成
▲同 金 △8五桂 ▲7八金 △6五金 ▲4四歩 △同銀左
▲2四歩 △同 歩 ▲6六歩 △7六金 ▲7三歩 △6七金
▲同 金 △7一飛 ▲2四角 △同 角 ▲同 飛 △2三歩
▲1四桂 △3一玉 ▲2九飛 △1四香 ▲6二角 △6一飛
▲7二歩成 △6二飛 ▲同 と △4六歩 ▲5一飛 △2二玉
▲4六銀 △4五歩 ▲2四歩 △同 歩 ▲2五歩 △4二角
▲9一飛成 △2五歩 ▲同 桂 △2三銀 ▲1二歩 △3一桂
▲1一歩成 △同 玉 ▲5二と △同 銀 ▲1三香 △2二玉
▲1二金 △同 銀 ▲同香成 △同 玉 ▲1三桂成 △同 玉
▲2一飛成 △2三歩 ▲3二龍 △4六歩 ▲5九桂 △4五香
▲3七金打 △7五桂 ▲4二龍 △4七銀 ▲同 桂 △同歩成
▲同金上 △6七桂成 ▲同 玉 △4九角 ▲5八桂 △7七金
▲5七玉 △6七金打 ▲4八玉 △4七香成 ▲同 玉 △4六歩
▲同 金 △5八角成 ▲3八玉 △2六桂 ▲2七玉 △4九馬
▲2六玉 △2七金 ▲2五玉 △2二桂 ▲同 龍 △同 玉
▲1一角 △2一玉 ▲2二銀 △3二玉 ▲3三銀成 △同 銀
▲同角成 △同 玉 ▲3一龍
まで183手で捨神の勝ち




