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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
536/681

524手目 3年ぶりの

※ここからは、捨神すてがみくん視点です。男子第14局開始時点にもどります。

 その日の朝、僕はちょっと遅めに部屋を出た。

 すると、廊下で葦原あしはら先輩と出会った。

 葦原先輩は、さっぱりした夏の制服を着ていた。

 僕はあいさつをする。

「アハッ、おはようございます」

 葦原先輩は、ぺこりと頭をさげた。

「おはようございます」

 うーん、どうしよう。距離感がむずかしい。

 ひとに会わない予定だった。

 とりあえず、階段のほうへ歩く。

 僕が迷っていると、葦原先輩のほうから話しかけてきた。

「今日は、捨神くんの解説をするかもしれません。そのときは悪しからず」

 僕は、言われたことの意味がわからなかった。

 解説? どうして?

 僕は踊り場のところで立ち止まって、

「男子は全員15局で、終わるのは同時ですよね?」

 とたずねた。

「例年、プレーオフと決勝は、選手が解説することになっているそうです。辞退はできますものの、私は受けるつもりです」

 あ、そうなんだ。知らなかった。

 葦原先輩はまた歩き始めながら、

「そのようすでは、ご存じなかったようですね」

 と言った。

「あ、その……対局以外のことは、あんまり調べてなくて……」

「責めているわけではありません。私も光彦みつひこから聞くまでは、知りませんでした。一応、順位の上から声をかけられるようです」

 ようするに、5位以下から、ってことかな。

 僕は、葦原先輩が暫定7位なことを思いだした。

 1番手というわけでは、なさそう。

 まるで僕の思考を読み取ったかのように、葦原先輩はほほえんだ。

「私は残り2局も勝つつもりです。それでは、おたがいに武運を」

 僕たちは、会場の入り口で分かれた。

 対局席へ向かう。

 吉良きらくんは、先にテーブルへついていた。

 僕も黙って座った。

 駒を並べたあと、振り駒はゆずった。

 表が2枚で、僕の先手。

 会場全体が静かになっていく。

《対局準備はよろしいでしょうか?》

「……」

「……」

《では、始めてください》

「よろしくお願いします」

 チェスクロを押す音。

 僕は角道を開けた。

 7六歩、3四歩、2二角成、同銀、8八銀、3三銀、6八飛。


【先手:捨神すてがみ九十九つくも(H島県) 後手:吉良きら義伸よしのぶ(K知県)】

挿絵(By みてみん)


 おたがいに予想済みのかたち。

 8四歩、3八金、4二玉、3六歩、1四歩、1六歩。

 ふつうに組む。奇はてらわない。

 6二銀、7七銀、7四歩、4八銀、7三桂、9六歩。

 吉良くんも、オーソドックスに来てるね。

 僕は2~4筋を盛り上がる予定。

 それは読まれているだろうから、吉良くんはおそらく矢倉だ。

 3二金、6六歩、4四歩、3七桂、3一玉、2六歩。


挿絵(By みてみん)


 ここまでは読み通り。

 僕の構想は、4七銀+3八金型の木村美濃。

 6四歩、4六歩、6三銀、4七銀、5四銀、7八金。

 吉良くんは2二玉と入った。

 僕は小考。そして9五歩と伸ばした。

 後手から攻めて欲しい、という手。

 大一番だから怖いけど、とにかくひよらない、あせらない。

「……6二飛」

 吉良くんも呼吸を合わせてきた。

 ここで4八玉。

 5二金、6九飛。

 吉良くんが攻めるとしたら、次だね。6五歩だ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神くんの脳内イメージです。)


 8五歩や4二銀で、手待ちするのもありえる。

 でも、吉良くんは引かないと思う。攻めてくるはず。

 6五歩、同歩、5五角と置かれて、どうか。

 先手は、そう簡単に受かるかたちじゃない。8八角と打つか、あるいは6四歩、同角、6六歩、5五銀、8三角で反撃するか。後者は6三金くらいで止まりそう。以下、6五歩なら同桂、同飛、7三金と、手順に寄ることができる。

 だから8八角一択。6五銀に6六歩で、止まりそう? 態勢を立て直してくるかな……そうだね、立て直しは簡単だ。僕のほうは、ここから3九玉としにくい。5六歩がきつくなる。僕の王様は、守りに利かせている意味合いもある。

 あ、吉良くんが動く。

「6五歩」

 攻めてきた。開戦。

 僕は30秒ほど確認して、同歩と取った。

 5五角、8八角、6五銀、6六歩、5四銀。


挿絵(By みてみん)


 やっぱり立て直してきた。

 先手は選択肢が多い。5六歩で角をどかせてもいいし、6八銀~6七銀と組み替えてもいい。2五歩で2筋にプレッシャーをかける手もある。5六歩でも、6四角、6八銀、4三銀、6七銀で、けっきょく組み替えになるかな? 6筋の飛車を活かすには、これしかないかもしれない。

 僕は慎重に読んだ。

「……5六歩」

 6四角、6八銀、4三銀。

 吉良くんは、この6八銀を読んでいたっぽい。

 あっさりと雁木に組んだ。

 ここからの構想が読まれていると、すこし困るけど──いくしかないか。

「7七桂」

 チェスクロを押して、お茶を飲む。

 吉良くんは背筋を伸ばして、オールバックのひたいに手をあてた。

 本命としては、読んでいなかったっぽいね。

 ただ、読み抜けではなさそう。そこまで驚いていない。

 ということは、7七桂以外を本命で読んでたってことだ。

 たぶん2五桂じゃないかな。2五桂、2四銀、4五歩、3三桂、4四歩、4六歩みたいな攻め合いは、ありえた。後手有利と読んだから切ったけど、差はわずかだと思う。


 パシリ


 吉良くんは5四歩。

 6七銀、4二角、1八香。


挿絵(By みてみん)


 吉良くんは手を止めた。

「1八香……」

 そうつぶやいて、椅子に深く腰かけた。

 これはけっこうな賭けだよ。

 指された以上、狙いは見えたと思うけど。

 吉良くんは口もとに手をあてて、それから天井を見上げた。

 姿勢をもどして、こんこんと考え込む。

「……なるほどね。だけど、そう簡単には抜かせないぜ。6三金」

 僕は1九飛と回った。

 吉良くんは2四銀で、露骨に止めにきた。

 6九飛、8二飛、2九飛。

 おたがいに飛車の位置調整に入った。

 3三銀、2五歩、6二飛、7九角。

 うーん、なかなかきっかけがつかめないね。

 千日手の可能性も、視野に入れたほうがいいかな。

 べつに僕が優勢なわけじゃないし、指し直しは悪くない。

 吉良くんも迷っているみたいだった。

 いったん3一玉と引いたあと、1九飛に2二玉と上がった。

 僕は2九飛ともどる。

 このパターンで千日手? どうだろう?


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 あ、攻めてきた。

 ちょっと懸念していた筋ではある。同歩のあと、後手にはいくつかパターンがあって、同角と取ってくるか、6五歩と打ってくるのが有力。僕の対応としては、前者なら5七角と備えたい。以下、7四金、7六歩、4二角、4五歩で、僕のターン。吉良くんが選びそうな手じゃないね。

 後者は、もっとめんどう。僕は6五同桂と6五同歩の選択を迫られる。同桂は当然に同桂、同歩の進行。6五同歩は、いったん7五角じゃないかな。

 僕はそれぞれの筋を比較して、同歩と取った。

 吉良くんは、やっぱり6五歩。

「了解、そっちだね。同歩」

 7五角、5八玉。

 5八玉では5七角、同角成、同玉、7四金、8三角の攻め合いもあった。

 本譜は王様で支える。怖いけど、ここは耐えるよ。

 4二角、5七角、7二飛。

 よし、ここで反撃。

「1五歩」


挿絵(By みてみん)


 攻められてばかりじゃ、ジリ貧。

 まずは端から崩す。

 吉良くんはここで時間を使った。

 単に同歩、1四歩じゃない、って気づいてるね。

 雰囲気で分かったのかな? それとも勘?

 僕も続きを読んだ。

「……同歩」

 僕はいったん7六歩と打った。

 これが意外だったらしく、吉良くんはまた小考した。

 1分30秒ほどして、7四金。

 残り時間は、僕が11分、吉良くんが10分に。

「4五歩」

「攻め合いだ。6五桂」

 4六角、7七桂成、同金、8五桂、7八金、6五金。

 いったん4四歩、同銀左とかたちを崩してから、2四歩。


挿絵(By みてみん)


 ようやく飛車先が入った。

 放置で6六歩もなくはないけど、してこないと思う。

 2四同歩は6六歩で、一回受ける。

 吉良くんは、パチリと指を鳴らした。おそらく無意識の行動。

 次の一手を、僕は静かに待った。

 3年前に吉良くんと対局したときのことは、なにも記憶にない。

 あのときは悪かったと思う。今さらながらに。

 今回はちゃんと思い出に残る対局にするよ──できれば勝利で、ね。

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