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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
535/682

523手目 一本

※ここからは、今治いまばりくん視点です。男子第14局開始時点にもどります。

 さて、ラス前で囃子原はやしばらとはな。

 止めれば金星だ。取り組み表としては、悪くない。

 六連むつむら戦の再来といかせてもらおう。

 それに、じつはまだ最下位脱出の芽もある。

 そんなことを考えていると、スーツ姿の囃子原が来た。

「お待たせした」

「なーに、まだ5分ある」

 早めに集まってにらめっこしても、しかたがあるまい。

 わしは肩の関節をほぐして、それから振り駒を勧めた。

「今治くんでいい」

「なら振らせてもらおう」

 この大会の駒は、立派で助かる。

 小さいとつまみにくいからな。

「……表が3枚。わしの先手だ」

「承知した」

 チェスクロの位置を変えて、あとは待つだけだ。

 会話はない。する必要もなかろう。

《……対局準備はよろしいでしょうか?》

 おう。

《では、始めてください》

「よろしく頼む」

「よろしくお願いする」

 7六歩、8四歩、7八金、8五歩、7七角、3四歩。


【先手:今治いまばり健児けんじ(E媛県) 後手:囃子原はやしばら礼音れおん(O山県)】

挿絵(By みてみん)


 角換わりか。受けて立つぞ。

 6八銀、3二金、2六歩、7七角成、同銀、4二銀、2五歩、3三銀。

 囃子原のやつ、手が速いな。

 吹っ飛ばされんように用心しよう。

 3八銀、6四歩、6八玉、6二銀、3六歩、6三銀、9六歩、1四歩。


挿絵(By みてみん)


 柔道と将棋は、似ているところもある。

 最初に間合いを詰めるところ。そのあたりの呼吸。

 掴み合ったあと、はたから見るとぐだぐだなところもか。

 細かい読み合いは、外野からわかりにくい。

 3七銀、5四銀、5八金、4四歩、2六銀。

 これを見た囃子原は、

「ほぉ、棒銀かね」

 と言った。

「わしは攻めが好きでな」

「なるほど……ではしばらくつきあおう。9四歩」

 7九玉、1五歩、3五歩。


挿絵(By みてみん)


 囃子原は4三銀と引いた。

 さすがだ。ムリに反発せず、身を任せてきている。

 6八金右、4二玉、8八玉、5二金。

「うまく雁木に組みよったな」

「今治くんこそ、3五の歩が止まったままのようだが」

 ふーむ、どうしてくれるか。

 感情に任せて押してみても、意味はない。

 3四歩は感情的か?

 同銀右、3六歩、3一玉、3五銀と出れば、そこそこ攻めにはなる。

 とはいえ、突破できる気はせん。

「もうすこし溜めるぞ。6六歩」

 3一玉、5六角、5一金、4六歩、4二金上。


挿絵(By みてみん)


 囃子原のやつ、組み替えよった。

 4七角、5四銀、5六角、4三銀、4七角、5四銀。

 ん?

 5六角、4三銀、4七角、5四銀。

 わしは、

「千日手にするつもりか?」

 とたずねた。

「まだ同一局面4回ではない」

「だがあと2手だぞ」

「今治くんが手を変えるかどうか、ようすを見ていた」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………つまり、千日手にはせんわけか。

 しかし、どう打開するのかが見えてこん。

 わしからは変えられん。こうなったら乗るしかない。

「5六角だ」

「4五歩」


挿絵(By みてみん)


 これが囃子原の答えか──角筋の遮断だ。

 単に3四歩では弱い。

「1六歩」

「いい手だ。4四銀」

 3四歩、4六歩、1五銀。

 端を破る。どのくらい効果があるのかは、わからん。

 4七歩成、同角、5五角。

 その角打ちは、ただの牽制か? それとも攻めの拠点か?

 攻めの拠点なら、6五歩を警戒する必要がある。

「1八飛」

 囃子原は黙って6五歩。

 ふむ、懸念が当たった。

「同歩は8六歩、同歩、8五歩のつもりか……取らんぞ。2六銀」

「それでも8六歩だ」

 同歩、8五歩、3七桂、6六歩。

「2四歩だッ!」


挿絵(By みてみん)


 わしも攻める。

 同歩、4三歩、同金直、4五歩、同銀右、同桂、同銀。

「ぐッ……」

 4五銀の位置が絶妙か。

 どこから手をつける? 2三歩か?

 しかし、8六歩のほうが速いようにみえる。

 6四歩で6筋を狙っても、8六歩だろうな。

「……8五歩」

 こうするしかあるまい。

 1七歩、同飛、3四銀、3五歩、2三銀、2五歩。

 かたちは悪くなったが、攻め手を増やす。

「僕も追加しよう。9三桂」


挿絵(By みてみん)


 2四歩、同銀、2三歩、8五桂。

 2三に歩を置けたが、だいぶ遠回りになった。

「8三歩だ。飛車をどけ」

 囃子原は6二飛と逃げた。

 ここで攻める。

 2二銀。

 同金、同歩成、同玉。

「6三歩ッ!」

 4二飛で玉飛接近。

 思ったより粘れている。このまま押す。

 2五銀、同銀、同角、3三金、4七飛、同飛成、同角、6七歩成。


挿絵(By みてみん)


 バラしたが……これでもまだ、わしがキツイ。

 歩切れは解消した──が、1歩では使いどころに困る。

 同金直、8六歩、4二飛、3二歩、6六銀、1九角成。

 迷うところだ。

 5六角と上がるのは確定として、2三歩を先に決めるかどうか。

 2三歩に同金、5六角、2八飛となるか、ならないか。

 単に5六角でも、2八飛は打たれそうだが……さて。

「ふぅむ、ここに来て歩1枚が惜しい」

「元手が少ないほど、ひとは慎重になりがちだ」

 それは金持ちの皮肉か?

 囃子原に限ってそれはないか。

「……5六角だ」

「そのようすだと、ほかに打ち場所を見つけたようだな。2三銀」

 3四銀、同金、同歩、7四桂、7九玉、8七銀、7七金寄、3九飛。

「ここだッ! 4九歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 寝技に持ち込む。

 囃子原は腕組みをして、しばらく考えた。

「……柔道では、寝技にも一本があったな」

「ん? ……それがどうかしたか?」

 10秒抑え続ければ有効、15秒で技あり、20秒で一本だ*。

 あいての背中か肩を、畳につけないといかん。

「囃子原は柔道をするのか?」

「たしなみでしたことはある……もちろん、今治くんあいてに一本はムリだろう」

 わしは笑った。

「しろうとにやられるわけにはいかんからな」

「しかし、きみの王様はどうだろうか。7七桂成」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………なるほど、組み伏せるつもりか。

 わしの肩はついている。

 それは認めよう。敗勢だ。


 ピッ


 しかも1分将棋。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「できるもんなら、やってみいッ! 同銀ッ!」

 5五馬、2四金、同銀、4三飛成、2三歩。

 なんとしても返す。

 8七金、同歩成、3三銀、同桂、1四桂。

 囃子原も1分将棋に。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同香だ」

「3三歩成ッ!」

 同馬、同龍、同歩、3四桂、同歩、5五角、3三桂。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………返せなかった、な。

 完全に組み伏せられた。ブリッジもできん。

「7七桂成から、20秒ならぬ20手か……参った。一本だ」

「ありがとうございました」

 どこから感想戦を……いや、そのまえに言うことがあった。

「囃子原、決勝トーナメント進出、おめでとう」

「ありがとう。いい将棋だった」

「感想戦は、するか? わしは次で終わりだが、おまえは……」

「もちろん。決勝トーナメントは、早くて昼食休憩後だ」

 わしは、8五桂と跳ねられたところまでもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「2二銀、同金、同歩成、同玉に2三歩で、攻めに徹したほうがよかったか?」

「僕は本譜の8三歩が、最善だと思っている。2二銀、同金、同歩成、同玉のあと、いずれにせよ8三歩と打たねばならない。その後の展開で、後手は銀を受けに使える。これは本譜より固い」

「そうか……そうなると、手の変えようがない」

 もっと前が悪かったか。

 わしは、囃子原にポイントの局面をたずねた。

 囃子原はかなり前までもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「本譜は同角だったが、2四歩と攻めるのではないかね?」

「なるほど、下がったのが悪手だったか」

「悪手というほどではないけれども、こちらが指しやすくなった」

「しかし、これは過激だな。2四歩、同歩、同銀に4六角がある」

 囃子原は、2七飛と浮けば助かる、と答えた。

 1九角成に2二歩、というわけだ。

 わしはこれを認めて、

「こちらのほうがおもしろかった。本譜は腰が引けた」

 と返した。

 あとは雑談を少々。解散した。

 囃子原は先に席を立ち、わしは残った。

 トップ抜けと最下位。典型的な勝者と敗者。

 悪くはない。勝負ごとは、必ずそうなる。

「……次は今朝丸けさまるとだったな」

 3年生同士、楽しく指すか。

 語り残したことはないが、指し残したことくらいは、あるだろう。

*2017年改正以前のルールにもとづく。


場所:第10回日日杯 4日目 男子の部 14回戦

先手:今治 健児

後手:囃子原 礼音

戦型:角換わり先手棒銀


▲7六歩 △8四歩 ▲7八金 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6八銀 △3二金 ▲2六歩 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀

▲2五歩 △3三銀 ▲3八銀 △6四歩 ▲6八玉 △6二銀

▲3六歩 △6三銀 ▲9六歩 △1四歩 ▲3七銀 △5四銀

▲5八金 △4四歩 ▲2六銀 △9四歩 ▲7九玉 △1五歩

▲3五歩 △4三銀 ▲6八金右 △4二玉 ▲8八玉 △5二金

▲6六歩 △3一玉 ▲5六角 △5一金 ▲4六歩 △4二金上

▲4七角 △5四銀 ▲5六角 △4三銀 ▲4七角 △5四銀

▲5六角 △4三銀 ▲4七角 △5四銀 ▲5六角 △4五歩

▲1六歩 △4四銀 ▲3四歩 △4六歩 ▲1五銀 △4七歩成

▲同 角 △5五角 ▲1八飛 △6五歩 ▲2六銀 △8六歩

▲同 歩 △8五歩 ▲3七桂 △6六歩 ▲2四歩 △同 歩

▲4三歩 △同金直 ▲4五歩 △同銀右 ▲同 桂 △同 銀

▲8五歩 △1七歩 ▲同 飛 △3四銀 ▲3五歩 △2三銀

▲2五歩 △9三桂 ▲2四歩 △同 銀 ▲2三歩 △8五桂

▲8三歩 △6二飛 ▲2二銀 △同 金 ▲同歩成 △同 玉

▲6三歩 △4二飛 ▲2五銀 △同 銀 ▲同 角 △3三金

▲4七飛 △同飛成 ▲同 角 △6七歩成 ▲同金直 △8六歩

▲4二飛 △3二歩 ▲6六銀 △1九角成 ▲5六角 △2三銀

▲3四銀 △同 金 ▲同 歩 △7四桂 ▲7九玉 △8七銀

▲7七金寄 △3九飛 ▲4九歩 △7七桂成 ▲同 銀 △5五馬

▲2四金 △同 銀 ▲4三飛成 △2三歩 ▲8七金 △同歩成

▲3三銀 △同 桂 ▲1四桂 △同 香 ▲3三歩成 △同 馬

▲同 龍 △同 歩 ▲3四桂 △同 歩 ▲5五角 △3三桂


まで144手で囃子原の勝ち

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